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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


青春の必然
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「ちょ、ちょちょちょちょ、待った!! 待ったってあんた!!!」
 駅のホームで大声を発する草間・武彦は、否応無しに目立っていた。
 手を眼前で振りながら、にじりにじりと後退する腰は引けている。奇異な視線は彼だけに向けられ――相対するものが、誰一人見えていなかった。

 だが武彦には、そんな事に構っている余裕は無い。気を抜けば武彦の相対する【幽霊】は、腰にしがみついて揺すっても剥がれやしないのだ。
 変なものに目を付けられてしまったと嘆いても後の祭り。
 ここで是と頷かない限り、草間にとり憑くと囁くソレ――。
「ああ、わかったよ!! 協力する! するからっ!!」
 脅しとばかりに線路に引きずり込まれそうになって初めて、武彦はまいったと手を挙げた。

「お前に頼みがある」
 草間・武彦から依頼の申し込みを受けて、【アナタ】は興信所を訪れていた。苦々しく笑う武彦に先を促すと、彼は頬を掻いて視線を明後日の方向に逃がした。
「依頼主は、誤って線路に落ち事故死した奴で……まあ、地縛霊なんだが。そいつが駅で見かけたお前に惚れたらしい」
 【アナタ】は武彦の言葉の真意を掴みきれず小首を傾げた。幽霊と言えど、元は人間だ。感情は残っていておかしくない。それが自分に好意を示してくれても、然りだ。
「何でもそいつは一度も味わえなかった青春を謳歌したいらしく……つまり、お前とデートがしたいらしい」
 つい、と彼が指差した扉の前に、いつの間にかソイツはいた。
「ツテで人型の人形を借りた。――人間にしか見えないが、中身は死人だ。奴とデートしてくれ。依頼料もねぇ。デート代もお前のポケットマネーで!! 承諾してもらえねーと俺が呪い殺される……!」
 最後には縋る様に手を伸ばしてきた武彦に、【アナタ】は的外れな事を一言だけ。
『謳歌したい青春がコレ?』
「何でも、恋愛は青春の必然らしい!!」
 ――半べぞの武彦は、あまりにも憐れ過ぎた。



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 深沢・美香の座るソファの前では、床に額を擦り付けて懇願する草間武彦。
 そしてその後ろの対面のソファには、件の幽霊なのであろう青年が座っている。
 土下座してもらうまでも無く美香は否とは答えないのに――それ程までに幽霊の呪いが恐いのだろう武彦を、コーヒーを運んで来た零が呆れ顔で見ていた。
「えっと……」
 別段もったいぶったつもりは無かったのだが、変に間が空いてしまう。青年や草間はおろか零までもが唾を飲み込む音が聞こえた。
「あの……別に、構いません、けど……」
 とは言え、美香にとって予想外の事態ではあった。告白された事は少なくないものの、初めて付き合った相手が結婚詐欺師――という体たらくで、恋愛経験が乏しい美香にとって、デートというものに縁が浅い。
 武彦は恩人である事だし快諾するものの、実際どうしたらいいのか、という事までは考えが及ばない。
 それに相手が、何故美香を気に入ってくれたのかも不思議であった。
 アダム・ニコライ・ジャクソンはアメリカ国籍を持つ、24歳の男性だ。日本に旅行に来て哀れ一日目で事故死してしまったという不幸な青年で、日本語は片言で話せる程度。蜂蜜色のくせっ毛と、大きな蒼い目、それから鼻の頭のそばかすが年齢よりも彼を若く見せる。笑うと出来る右頬のえくぼが印象的だった。
「えーと、ニコライさん……」
「Oh! ニコル、呼んで、クダさい」
 喜びのあまり武彦に抱きついて、武彦を硬直させていたニコライが言う。
「美香サン、わタシ、ハッピーです!」
 伸びてきたニコライの両手が美香のそれを包み込んで立ち上がらせた。呆気に取られたまま、30cmは上にあるニコライの顔を見上げる。
 子供のようなはしゃぎ様で、何故か美香の身体をくるりと回転させ、まるでダンスを踊るように動き出す。
「あの、あのニコルさん……っ!」
 よっぽど男に抱き付かれたのがショックだったのか武彦はいまだ石のように固まったまま、零は兄を覚醒させるのに必死でこちらに頓着している様子は無い。
 楽しそうに歌まで歌いだし、美香を巻き込んでステップを踏んでいるニコライを、美香は必死に呼び止めた。
「ナニ、ですか?」
「ダンスは後にして、ですね……」
 裕福な家に生まれ育ったからには教養の一環として軽いダンスは踊れるが、ニコライのそれは癖が強すぎて対応しきれない。マイムマイムのように、跳ねたり回ったりで息切れしてしまった美香とは対照的に、ニコライはまるで兎が跳ねるかのように軽やかだった。
「どこか行きたい所、ありますか?」
 このままダンスを続けても困らないのだが、デートを申し込まれた手前、ちゃんと目的は果たしておきたい。
 そんな気持ちで美香が尋ねると、ニコライははち切れんばかりの笑顔を浮かべた。
「お城、ワタシ、見たイです!」



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 もしかしなくてもこれはデートでは無くただの観光ではないだろうかと思いながらも、前を行くニコライがとても満足げだったので美香もすぐにその疑問を振り払った。
 何故そんな事を不安に思ったかと言えば、何だか自分がツアーガイドにでもなった気がしたからで――けれどデートに決まった定義があるわけでもなく、恋愛感情を持った男と女が二人で出掛けていればそれは一応はデートになるだろうと苦笑した。
 何せニコライが見る物全てに子供のように興奮してみせるのだ。
「美香サン、アレ、ナニですか!?」
「アレは?」
「コレは!?」
 と、次から次へ指差しては、美香がパンプレットを見ながら説明する。ニコライにも分かるように噛み砕いてやると、彼は相槌を打ちながら瞳を輝かせた。
「マイコさん、居ないデスか?」
 まるで誰かの名前だ。ニコライのイントネーションを微笑ましく聞きながら、美香は少しだけ申し訳無さそうに眉根を寄せた。
「ごめんなさい。舞妓さんは、京都に行かないと……」
「キョート……」
「流石にそこまでは遠くて、今日行くのは難しいので、」
 昼過ぎて呼び出された後だ。日本の素敵な所を色々見せてやりたいが、一日で出来る事には限りがある。それを半日で消化するとなると、難しい。
 それに文化財になっているような城や寺には簡単には入れない。
 今見ている江戸城も遠くから眺めるのが関の山だった。
 それでも皇居東御苑の庭園や、天守跡だったりと、ニコライにとっては全てが珍しいのだろう、満足してくれている様子に安堵する。
 そのニコライが、肩を落としながらも美香をじっと見つめていた。
 目をぱちぱちと瞬かせた後、手振り身振りで
「美香さん、今日、違ウ」
「え?」
 自身の顔を触りながら、頬が赤いだとか、睫毛を表すように指を瞼に持っていって、奇妙な動きを見せた。
「プラット、わタシ、見た。美香サン、マイコさん」
四苦八苦しながらも何かを必死で伝えようとするニコライに、美香も必死で耳を傾ける。
「美香サン、プラットで、見た。ひらひら、キレイ」
 今度は膝の辺りで手を波を作るように動かす。
「今日、キュート。プラット、キレイ」
 そこでやっと合点がいった。つまり、ニコライが駅で見かけて一目惚れした美香と、今目の前に居る美香が印象が違うという事みたいだ。今の美香は普段仕様、通勤に使う駅での美香は、化粧も格好も舞妓とまではいかなくても派手で目立つ。
「それはその……仕事の時とプライベートは違う、というか……」
 疑問顔のニコライに、正直にソープ嬢をしていると伝えるべきか逡巡する。言っても理解は出来ないかもしれないが、知っていたらがっかりさせるかもしれない。
「ホステスのお仕事の時は、舞妓さんみたいに綺麗にしています」
 結局はそう言って、ニコライの惚れた姿ではなくて「ごめんなさい」と付け足すと、ニコライは大きく首を振った。
「No!! ごめんナサイ、違う。ワたシ、今日の美香さん、好きデス。キュート、美香さん、似合う」
 ニコライの必死さが伝わってきて、美香はクスリと笑みを漏らした。恥ずかしそうに後頭部を掻きながら、ふ、とその視線が横に滑る。
「美香サン、こっち!!」
 舞妓の不在にがっくりと項垂れたニコライも、次の瞬間には舞妓の存在など忘れ去ったようで、すぐに遠くへ駆け出してしまった。



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 江戸城を軽く見た後は、遅い昼食を取った。
 駅前の商店街でニコライが食べたがった蕎麦屋へ入る。
 箸に慣れないニコライは蕎麦を掴むのに四苦八苦していたが、見かねた店員が用意してくれたフォークには手をつけなかった。
「ん、む……」
 やっとこさ挟んだ、と思えば箸をするりと落ちてしまう麺。
 唸りながらも、それが口の中におさまれば、とても嬉しそうな顔をするニコライ。
 既に食事を終えた美香は、その様子に心癒されるばかりだ。
(子供みたいで可愛いな)
等という感想は立派な成人男性に持つ印象としては失礼に違いなかったが、今日何度も感じたものである。
 我知らず浮かぶ笑みを自覚しないまま、美香は
「貸して下さい」
ニコライに箸を渡すよう強要した。
 ニコライは軽く小首を傾げたものの、素直に美香に箸を手渡してくる。
 それを器用に操って、ニコライの蕎麦をつゆにつけた。
 そしてニコライの口元に運んでやる。
「あーん」
「…あーン?」
 美香が開いた口を真似する様に開いたニコライの口に、蕎麦が吸い込まれていく。
 咀嚼する顎に汁が垂れる。クスリ、と笑いながらお手拭を口元に宛がってやると、
「ありがとー、美香サン。まいウーです」
 頬に出来るえくぼ。

 そうやって、長閑な時間を過ごした。



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 腹ごなしに商店街を歩いていた二人は、夕暮れ時になってから商店街を後にした。
 はしゃぎ疲れたのが、美香の隣を歩くニコライはほとんど黙っている。
 オレンジの太陽を浴びて目を細めるニコライは、昼間とのギャップがある。大人の色気、というか、男の色気というか――そういうものが漂っている気がして、美香は何となく視線を外した。
 当然の様に自分が車道側を歩くニコライ。
 気遣うように時々美香に向けられる優しい瞳。
 目が合うと、照れたように笑い、笑う度に出来るえくぼ。
 長く伸びるアスファルトの影を見ると、何だか少し寂しい気分に陥りながら、美香は無理矢理に明るい調子を作った。
「次は、どこに行きます?」
 ニコライの服の袖口を軽く引っ張ると、「ン?」と素っ頓狂な声を上げて、二人の目が合う。
「あー……ツギ?」
「はい。まだ一つくらい、何処か行く時間ありますよ?」
 ――たった、それだけの時間。
「美香さんと一緒なラ、どこ、でも」
 立ち止まったニコライが、真顔でそんな言葉を呟いた。
 小さく高鳴る心臓に、美香は思わず俯いた。ストレートな言葉は、嬉しい。もっと一緒にいたいと感じ始めている自分が、悲しい。相反する感情に、うまく笑えていたかは分からない。
「じゃあ、公園に行きましょう。今日は天気が良いから、きっと綺麗な星空が見れますよ」
 ニコライが屈託無く笑った。

 都会の中で満天の星を眺める事が出来るその公園が、美香は好きだ。今ではそれなりに好んだ仕事とはいえ、未知の世界であったソープ嬢を勤め始めた頃は、それなりに辛い事も苦しい事もあった。今だって大なり小なり抱える暗い感情がある。そういった時に足を運ぶ公園は、昼間は運動公園としての役割を持っている。しかし夜になると昼間の喧騒が嘘のように、静寂に包まれるのだ。
 芝生に寝転がって見上げる空は、自分の内に篭ったものを払拭させてくれる清々しさがある。
 次第に暮れていく景色の中、緩やかな足取りで歩きながら美香とニコライは高い空を見上げていた。
 二人とも驚く程言葉少なになっていたけれど、そんな事も気にならない。
 ふ、と隣でニコライが小笑した気配がして、美香は顔を向けた。
「アメリカの、マイホームの見るソラ、似てる」
 懐かしい――と呟く横顔を、ただ見つめた。訥々と語られる覚束ない言葉なのに、不思議と耳に心地よい。
「It is mysterious. I thought for the first time that the sky was so beautiful(不思議だ。空がこんなに美しいなんて、初めて思った)」
 続いた滑らかな英語は、思わず飛び出た、というような感じだった。
 微かに紅潮した顔を美香に下ろして、歯を出して笑う。
「アリがト、美香サン」
「……こちらこそ」
 満ち足りた表情を前に、他に言えることが見つからない。
 伸ばされた指が、躊躇いがちに美香の頬に触れる。さらり、と撫でる感触。その指が、驚く程冷たくて目を見張る。
 淡い虹彩を放って、ニコライの輪郭がぶれた。
「It was good that I could meet you(貴女に会えて良かった)」

 ――微かに頬に触れた唇の温もりだけが残った。
 崩れ落ちた魂を失った人形。その頭上に舞い上がった光の粒を見つめて、美香は思う。

 出会えて良かった。
 私を、見つけてくれてありがとう。




END



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■登場人物■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【6855/深沢・美香[フカザワミカ]/女性/20歳/ソープ嬢】

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■ライター通信■
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こんにちわこんばんわ、お届けが遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
この度もご発注、有難うございます。
意表をついて(つけたのか?)外国人を相手にしてみました!今回の勝手なテーマは癒しでした……ハイジの癒されスポットのお城と、癒され風景の星空、そして癒しアイテム(笑)屈託無い子供みたいな笑い顔……。
少しでもお楽しみいただけますよう祈っております。
ありがとうございました!!