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<東京怪談ノベル(シングル)>


ムーン・ビューティー


 アリスは満足げな表情で石像を見つめていた。閉館後の美術館は、まさに自分だけの城。この時間に自分のコレクションを愛でるのが、彼女の最大の楽しみである。
 目の前には、少年にも少女にも見える美貌の持ち主が立っていた。名前は竹取かぐら。アリスが欲しがっていた石像で、なんとか3日間だけ借り受けることができた。
 例によって、彼女は人間である。アリスがその研ぎ澄まされた美的センスを活かし、美しい立ち姿のまま石像にしたのだ。かぐらは、あの名高き『竹取物語』のかぐや姫の末裔。どんなポーズでも様になるのだが、あまりにも滑稽なのはもったいない。その時の魔眼は、シャッターチャンスを待つ写真家のようだった。

 かくしていつものように傑作を手に入れたアリスだったが、なんと双子の弟に魂胆を見破られ、うまーく交渉されてしまい、3日間だけの所有となったわけだ。こういったケースは実に稀で、アリスもしばらくは不機嫌だったが、美術館に展示してみると他の石像を圧倒する魅力を放っているのに満足する。さらに一般人にもそれがわかるらしく、かぐらは一日にして有名な石像になった。
 アリス以上にご機嫌斜めなのは、かぐらである。弟に「懲罰的な意味合いで3日間預ける」と言われて恥を掻かされただけでなく、大衆の面前でずっと同じポーズのまま立たされるとは……ところが彼女、弟よりも理力を使うのが下手らしく、念話も満足にできないからアリスに苦情を伝えることすらできない。今も身体の各所をぺたぺたと触られ、心の中で叫んでいる状態だった。

 『もーーーっ、何触ってんのよ! まだお客の方がマナーがあったわ!』
 「こんな美しい像に触れることができるのは、このわたくしだけです。この像だけは、いくら大金を積まれても売りません。」
 『あんまり思っちゃいけないのかもしれないけど、自分が並の石像じゃなくてよかったって思ったわ……』

 売り飛ばされる可能性があったとは意外。かぐらはナチュラルにどす黒い少女を目の前に絶句した。さらにアリスは好きな時に念話で自分の呟きを聞き取れることを知り、あまり乱暴な発言は控えた方がいいと肝に銘ずる。下手なことを言って機嫌を悪くし、どこかに売り飛ばされたらどうしようもなくなるからだ。どうせ3日だけのレンタル……かぐらは気持ちを入れ替える。

 だが仮にアリスが機嫌を損ねても、かぐらを売るような真似は絶対にしない。彼女の美に関する姿勢は「美しいものは永遠に」である。かぐらからその美貌が失われでもしない限り、いきなりポイ捨てすることはない。
 そう、逆だ。アリスはかぐらを永遠に所有したいと考えている。もっと言えば、弟もセットで所有したい……レンタルの時間で、そんな欲求がふつふつと沸いていた。

 「地球生まれの月育ちの美貌……できれば弟さんも含めて、ずっと眺めていたいのに。」
 『な、なんか……その考え方が黒いっていうか、むしろ友達の作り方を知らないっていうか。し、思春期なのね、きっと。』
 「友人はいますよ、それなりに。ご心配なく。」
 『いきなり石像からってのは、すごいアプローチよね。私たちもさ、まずはオトモダチから始めない? 石像にするのは、相手の返事を聞いたその後で……』
 「でも、かぐらさんは最初から嫌がってたじゃないですか。だからわたくしが気に入ったものは、最初からすべて石像にするんです。」

 見た目に似合わぬ頑固さ……いや、そこまで美に対する感性に正直であり、曲げられない信念があるのだ。かぐらもまたアリスのいろんな面を感じ、「やっぱり同じくらいの年だもんね」と思ったが、やっぱり石像になってあげるのは無理な相談である。

 「次こそは姉弟揃って手に入れましょう。必ず。」
 『せめて2日くらいで勘弁してもらえると助かるんだけどなー。ひとりだけだと退屈だし……』
 「聞こえてますよ、かぐらさん?」
 『何か言いましたか、私?』

 かぐらの石像はなぜか冷や汗を垂らしているように見えた。アリスをここまで魅了する美貌を持ったことが不幸なのか、はたまたアリスとの出会いが不幸だったのか。はたしてふたりの仲に進展はあるのだろうか?!