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<東京怪談ノベル(シングル)>


■宇宙豪華客船あすとらる・ぐれいす!■

 三島玲奈は、ドックの中にある自分の『本体』……宇宙戦艦玲奈号を見上げた。
 流麗な燕型ボディに、半ば無理やりと言った感じに溶接された紡錘型エンジン。
「……どう見ても鉛筆です本当に」
「心の持ちようだ! それが、なりきりを生業とする者の言葉か?」
 突っ込みを入れたのは四菱財閥のご令嬢、四菱桜だ。
 複雑な顔で玲奈が振り返れば、桜は楽しげに旅行誌をめくっている。
 『プレアデス系を巡る宇宙豪華客船あすとらる・ぐれいす』と四菱海運によって堂々と打たれた広告に、玲奈はため息をついた。


 かの四菱財閥から玲奈に、『異界を渡る新型エンジンのモニターになってくれ』という大口契約が舞込んだのは先日のことだ。
 玲奈号は表向きは各国共同開発の探査船で、その実態は『戦艦』なのだが、この不況で世論は厳しい。
 ゆえに維持費の問題などもあって、こうして四菱の話に乗り民需に頼ることと相成った。
 『宇宙豪華客船あすとらる・ぐれいす』と名前を変えて。
(でもプレアデス系を巡る、なんていって……本当は異界を巡るんだよね)
 四菱の新型エンジンは、人間の莫大な怨念等を燃料に、乗客の意識だけを異界へ飛ばすという活気的なもの。
 怨霊が望むバッドエンドの実現は、選択肢の一つへ旅するのと同じという原理を利用して平行世界へ何とかカントカ、と説明された。
 だが世間一般の人間に『異界』の存在は明らかになっていない。そこで『プレアデス系の星々への旅』と偽って、集客しているのである。
(地球とは異なる文化で発達している他星へ来ているのか、一種の幽体離脱をして見知らぬ異界へ来ているのか、確かに乗客の皆にはわからない、か……。うう、維持費の為とはいえ、チンピラの詐欺商法はしたくないけど……でも制服まで貰っちゃったし)
 今の玲奈は、四菱から配給されたタイトミニスカートの船長服姿だ。彼女にとても似合っていて、実は玲奈も満更ではない。
「よーし、もう難しいこと考えるのはやめ! 乗客の皆さんが楽しめることが一番よね。どんなツアーもご案内、さすらいの添乗員・三島玲奈がこの旅行、ご一緒させていただきまーす!」
「おー!」
 嬉しそうに桜が横で拍手した。
「じゃあ本日は記念すべき最初の旅ね。桜ちゃん、どこへ行きたい?」
 初の旅ということで、乗客は四菱の令嬢桜と、その身辺警護の皆さんだ。もちろん、旅先は桜の希望で決めることになる。
「桜ちゃんはな! お菓子でいっぱいのところがいい!」
「お菓子? ふむふむ……ちなみに、そうだなあ、ご予算は?」
「ごよさん? お金のことか? それなら」
 桜がごそごそとポケットをさぐって取り出した小さな財布からは、100円玉が2つ転がり出た。
「……」
 あれ、この子四菱のご令嬢じゃなかったっけ、と玲奈の脳裏に疑問がよぎる。
「ま、まあいいや! じゃあ駄菓子屋ひしめくレトロな世界を目指そっか!」
「だがしや? 楽しそうだな、そうしよう!」
「決定! じゃあ桜ちゃん、乗って。警護の皆さんも、どうぞ」
 玲奈が声をかけると、今まで潜んでいたのか、何人ものSP達が音も立てずに船へと乗り込んだ。まるで空気のようである。
(こうして日々桜ちゃんは護られてるのね)
 妙なことに感心しながら、玲奈も船へ乗った。
「それでは皆様、よろしいですか? これより駄菓子屋ひしめくレトロな場所を目指してまいります。あすとらる・ぐれいす、出航!!」
 その掛け声に反応して、玲奈の強力な霊能力を燃料に、エンジンが勢い良く稼働し始める。
 やがて戦艦玲奈号……改め、宇宙豪華客船あすとらる・ぐれいすの乗客達の意識は、異界の中へと吸い込まれていった。


「へえ、これが幽体離脱状態なの? 実体とまったく変わらないみたい。でも今頃、乗客の皆の本体も、玲奈号自体も昏睡状態になってるんだろうな」
 玲奈号は玲奈の細胞から作られた、つまり生ける船だ。四菱のエンジンを取り付けることによって、船自体の意識も異界へと飛ぶ。
 船ごと霊体のようになって異界へ来るのはとても不思議なことのはずなのに、感覚は現実とほとんど変わらない。
 玲奈はレトロな『異界』を感覚で選び出し、船を広々とした空き地へと降ろした。
「うん、雰囲気はちょっと昭和に似てるかも。あっちに町が見えるね、きっと駄菓子屋さんが……」
 2人が町へ向かおうとしたその時だ。
 空気がゆらりとしていくつかの影が浮かび上がった。
「わわっ、なんなのだ?!」
「桜ちゃん下がって! もう、せっかくいい雰囲気の町なのに、亡霊がいるなんて……!」
 驚く桜を咄嗟に背に庇えば、SP達が飛び出してきて桜を保護する。
「進歩しない者達が堕ちる煉獄へヨウコソ。どこから来たか知らないが、随分と良い格好してるネエ」
「しかも何か不良っぽい亡者。そこをどいて! 私達は町へ行くんだから」
 玲奈が言えば、不良の亡者達はニヤニヤと下卑た笑いを見せた。
「そうだなあ、ネーチャンが俺達のお相手してくれるってんなら……ってぇっ!」
 不良亡者の1人が玲奈に伸ばした手が、パァン! と音をたてて弾かれる。
 玲奈の対霊障フィールドが発動したのだ。
「お相手? してあげてもいいけど、覚悟してね」
 彼女が答えると同時に、亡霊達の足元に超精密攻撃レーザーによる焦げ跡が出来た。
「ちなみにこのレーザーには、怨霊浄滅と物理破壊、両方の効果があるわよ」
「ヒ、ヒイィッ!!」
 玲奈がキッと睨めば、亡霊達は恐れをなし、あっという間に退散していった。
「まったく、チンピラなんて本物も亡霊も一緒ね、口ばっかり。桜ちゃん、大丈夫?」
「うむ、平気だ!」
「しかし、この場所は何やら危険では」
 SPの1人が言うと、玲奈は首を横に振った。
「大丈夫、あんな亡霊、全然大したことないですよ。それに目をつけられたのは、多分身なりが良すぎたせいです。私、いいこと思いつきましたから」
 玲奈はそう言って、悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。


 あられは10円、飴やチョコは20円。懐かしい色合いの菓子類に、あれもこれもと目移りしてしまう。
「バニラアイスは50円! おいしい!」
 リュックに体操着、遠足に出かける姉妹に扮し、玲奈と桜は駄菓子屋前でアイスを頬張っていた。
 降り注ぐ蝉時雨、不思議とノスタルジックな気分だ。
「すごいな、200円でこんなに色んなお菓子が買えるなんて! じゃあこのカードを使えば、お菓子屋さんが全部買えるな!」
「えっ?!」
 桜の言葉に玲奈が目をやれば、その手にはゴールドカードが煌いている。
(そ、そういうことだったのね)
 玲奈はようやく、桜が『現金』を200円しか持っていなかった理由に気がついた。
「うん、でも私もここが気に入ったよ! 母港にしよう!」
「そうだな。船には船籍が必要だ!」
「原住民の皆さんはここを『進歩しない者達が堕ちる煉獄』なんて呼んでるみたいだけど、それよりも……そうだ『楽華星』ってどうかな?」
「おお、とっても可愛いぞ!」
「よーし、楽華星錨地、決まりね!」
 嬉々として玲奈は書類に記入した。
「ふふ、エンジンモニターなんてどうなることかと思ったけど、こんなに楽しい旅なら大歓迎よ。桜ちゃん、また来ようね!」
「もちろんだ!」

 かくして玲奈号は今日も出航する。
 お客様達を、めくるめく素晴らしき妙な世界へ、ご案内するために。


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