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『美女3人の夏休み』
学生であれば夏休み真っ盛りである季節であるが、社会人となればそうもいかない。
時刻はすでに午前3時をまわっており、オカルト雑誌を作成しているアトラス編集部には、パソコンのキーボードを打ち続ける音だけが響き渡っていた。
28歳にしてこの編集部の編集長を務める碇・麗香(いかり・れいか)は、部下達の編集作業のチェックに追われていた。
本当であれば、この編集作業も昨日の午後までには終わり、編集部一行は夏休みに入れるはずであった。
ところが、編集作業がもうすぐ終わるという最後の仕上げの段階で、近くで工事をしていた業者が、突然電線ケーブルを切断してしまうアクシデントが発生、一時的にその周辺の電力供給が断たれてしまったのであった。
大手の立派なビルであれば、自社発電により仕事に影響がなかったかもしれないが、ここはごくごく普通のビルであり自社発電機などなく、スタッフ一同は最後の仕上げが出来なくなり、最後にきて足止めをされてしまったのであった。
ようやく、電力ケーブルが修理され、再び編集作業に戻れたのがすでに夜中の2時近くであった。今夜行われる人気歌手のチケットをやむなくキャンセルするはめになったスタッフの1人は、早く修理しれくれと電気会社に怒りの電話を入れていたが、この場で怒り狂ったところでどうにもならなかった。
一同は、苛立ちを抑えながら復興を待つしかなかったのである。麗香自身、疲れと時間に追われている事で、苛立っていたのは確かであった。
実は彼女は、仕事の後に友人のミネルバ・キャリントンと(みねるば・きゃりんとん)とキャンプに出かける約束をしており、すでに彼女を会社の外で待たせてしまっているのだ。
予定通りで行けば、仕事を終えすぐにミネルバと合流するつもりであったが、予定外のアクシデントが発生してしまった。
会社の外で待っているミネルバに事情を話したところ、ミネルバは外で待っている、と言ってくれたのである。友人を待たせているの申し訳なさも、麗香の苛立ちに拍車をかけていた。
「OK、その内容でいきましょう」
麗香はようやく、最後の仕上げにOKのサインを出した。編集部がほっとした空気に包まれ、漂っていた苛立ちも消えてなくなっていく。
とはいえ、ずっと編集をしていたのだ。編集者達の顔に疲れが見えているのを、麗香は見逃さなかった。
「予定外のアクシデントで、夏休みも出遅れてしまったわね。皆、本当にお疲れ様。遅れてしまったけど、これから夏休みね。仕事で遅くなってしまった分、夏休みは仕事のことは忘れて、楽しんで頂戴ね」
麗香は、いつもの厳しい口調にほんの少し、笑顔と柔らかさを入れて頑張った編集者達にねぎらいの言葉をかけた。
「それじゃ、また夏休み終わったら会いましょう」
編集者達だけではなく、麗香もようやく仕事から解放されたのであった。大急ぎでまとめてあった荷物を持ち、麗香は自社ビルの外へと出た。
ミネルバは、愛車であるメルセデス・ベンツGLの窓を叩かれる音で目を覚ました。その音がした方を見ると、麗香が窓の外で待っている姿があった。
麗香が仕事で遅くなる連絡は受けていたが、自分は待っている間に眠ってしまったようである。運転席についている時計を見ると、もうすぐ4時になるところであった。麗香は仕事から解放されてほっとしたような表情でいるが、かなり疲労しているようであった。おそらくは、仮眠もせずにずっと仕事をしていたのだろう。
「ごめんなさいねミネルバ。まさかこんな時にこんなトラブルが起こるなんてね」
「しょうがないわよ麗香。もう仕事は終わったんでしょう?お疲れ様。キャンプ場につくまで、少し寝てたら?」
「そうね、悪いけどそうさせて貰うわね」
麗香を車の中に招き入れると同時に、ミネルバは隣の助手席ですっかり眠ってしまっている、親友のルナ・バレンタイン(るな・ばれんたいん)を軽くつついた。
「うん、もうついたの?」
「違うわよ、麗香が来たの」
銀色の長い髪に、すぐに海で泳げるのではないかと思われるほどの水着の様な露出度の高い服を来たルナは、麗香を見つめにこりと笑顔を見せた。
「美人な人!仕事の出来る女って感じね。初めまして、あたしはルナ。ミネルバと一緒の家に住んでいるの。よろしくね!」
「ミネルバから話は聞いているわ。こちらこそよろしくね、ルナ」
これから、ミネルバ達は4泊5日の旅行に出かけるのだ。3人はキャンプ場で一泊、リゾートホテルで3泊する予定を組んでいた。出だしが遅れてしまったが、今からでも十分に取り返せる。
ミネルバは後部座席の様子をバックミラー越しに見つめた。ルナは麗香をすぐに気に入った様であり、麗香に仕事のことやプライベートのことを弾丸の様に尋ねていた。
もともと軽い部分もあるルナであるが、これからキャンプとあって、気持ちも興奮気味なのだろう。かなりはしゃいだ様子であったが、逆に場が盛り上がり、麗香はルナのテンションに圧倒されている雰囲気であったが、ルナの子供の様なはしゃぎっぷりを見て、楽しそうな笑顔を見せていた。
ミネルバはエンジンをかけると、高速道路へ向けて車を走らせた。
アトラスのある麗香の会社を出発し、1時間程経過した。
麗香はすっかり眠ってしまっており、後部座席に首を持たれかかり、静かな寝息を立てていた。ルナは眠っておらず、外の景色が流れていく様子を見つめていた。ミネルバはハンドルを切り、車をサービスエリアへと停車させた。すでに空も明るくなりつつある時刻であり、日中と比べると駐車場もすいているが、それでも旅行者の車や長距離トラックなどが停車しているのが見えた。
「麗香、ルナ、休憩にしましょう」
「麗香起きて!休憩しようよ、休憩!」
ルナの明るい声に、麗香が重たそうに瞼を開けた。まだ眠そうであったが、サービスエリアからキャンプ場まだ距離があり、この先はトラブルがない限り目的地まで一気に車を飛ばすつもりでいるので、今のうちに休憩を済ませたかった。
「ああ、サービスエリアについたのね」
麗香は大あくびをし、ミネルバやルナと共に車の外へと出た。手洗いを済ませたあと、サービスエリアで簡単な食事を取った。レストランはまだ開いていないので、コンビニエンスストアで購入したサンドイッチとおにぎりをつまんだ。
食事をしている間、さっさとおにぎりを食べたルナは、またはしゃいだ様子で、サービスエリアにまわりに広がる山を見たり、このあたりの名物である菓子の写真を見たりしているようであった。
「すっかり、眠ってたわよ麗香」
「悪いわね運転させちゃって」
「別にいいわよ。もう疲れは取れた?」
ミネルバが、最後のサンドイッチを口にしている麗香に尋ねる。
「大分ね。仕事であんななった分、旅行は思い切り楽しみたいわ」
「そうね、私も同じよ」
ミネルバは、再びあくびをした麗香にそう返した。
東京から車を飛ばし、サービスエリアで休憩を取ったミネルバは、その後はどこにも止まることなく、目的地である大洗キャンプ場へと辿り着いた。
7000坪もある森林の中にある巨大なキャンプ場で、ミネルバ達が到着した時間は午前9時頃であり、キャンプ場は家族連れや友人同士等でかなり賑わっていた。
ここは茨城県の大洗町の海水浴場の近くにあるキャンプ場であり、ウッドキャビンや売店やシャワーなどの施設もあり、この時期は沢山の客でいっぱいにある。海のそばというだけあり、潮の匂いが漂ってくるのであった。
「さて、テント張りましょう」
ミネルバとルナは車から荷物を下ろし、キャンプの準備を始めた。麗香は車からまだ眠そうに降りると、トランクにある自分の荷物を出し、テントを早速立てているミネルバとルナの邪魔にならないように、荷物をまとめて置いていた。
「テント張りはミネルバとルナに任せておいた方がいいわね。って、随分早いのね」
軍隊経験のあるミネルバとルナだから、その慣れた手つきで手早くテントを建ててしまっていた。少し離れたところでは、若い男性グループがテントの建て方がわからず、なよなよとした手つきでテントを建てていたが、それに比べると圧倒的な手際の良さであった。
「こういうの、あたし達慣れてるからね」
ルナが麗香にそう答えた。
「確かに。野外活動はよろしく頼むわよ」
麗香は感心しきった驚きの表情で、ミネルバとルナを交互に見つめた。
太陽が高くなるにつれて、どんどん気温も上がってきた。朝は風があり、じめじめしているが涼しさを感じていた。昼も近くなると風もなくなり、空から太陽が照り付けてくるかのようであった。しかし、海で遊ぶにはちょうど良い天気といえる。
テントの準備を終えた3人は、大洗海水浴場へと向かった。歩いて数分のところにあり、ルナは青地のセクシーなマイクロビキニ、ミネルバは肌の露出の眩しい白いスリングショット、麗香は女王の様な黒いビキニを着て海へと出た。
「さすがに混んでるわね」
ミネルバの視線の先には、海で楽しむ海水浴客で溢れ返っていた。親子連れが目立っているが、中にはカップルや友人同士といったグループも見られる。ビーチも海も人で溢れており、穏やかな海風がミネルバやルナ、麗香の髪を揺らしていた。
3人は準備体操をし、海へと入っていった。冷たい海の水も、しばらく海の中にいればその冷たさにも慣れてしまう。
浮き輪に乗って楽しんでいる子供達を避けながら、3人で海水浴を楽しんでいると、横から男の声が聞こえてきた。
「おねーさん達、3人だけ?一緒に、海の家でお茶しない?」
ミネルバが振り返ると、さきほどキャンプ場でルナとテントを張っている時に近くでテント張りに苦戦していた、若い男のグループがいた。茶色い髪の、いかにも今風といった男が、ミネルバに笑顔を向けている。その後ろには、同じく少し軽そうな雰囲気の男が2人立ってこちらを見つめていた。
「さっき、凄くテント早く立ててたよね。すごいねー」
海水で濡れたミネルバの肌に、男の視線が刺さる。あきらかに下心の見えたナンパであった。
「悪いけど、今日は女だけで楽しみたいから。じゃね」
ミネルバはナンパ男を適当にあしらい、ルナと麗香を連れてさっさと海の家へと戻った。
「ナンパの多いところだよね。あたし、さっきも声かけられちゃった。ちょっとおじさんくさい人に」
ルナがミネルバに苦笑する。
「ま、気持ちはわからなくもないけど。私達みたいな、美人はほっとけないのよね」
麗香が自信たっぷりな笑みを、ミネルバとルナへと向けた。
「そうね。逆にナンパしない男ってのも、見る目がないわよね」
麗香にミネルバが言葉を添えた。その話具合がおかしくて、ミネルバは女性らしい、楽しそうな笑顔を見せた。
「ちょっと泳いだところで、そろそろお腹すかない?」
「あたしはすいたー!何か食べよう!」
ルナが元気よく答えた。
「それじゃ決まりね。海の家で食事にしましょう」
3人は一度海から上がると、濡れた髪の毛を絞り、海の家へと向かった。
海の家もそこそこに人がおり、テーブルがあくまで少し待った。ミネルバはやきそば、麗香はお好み焼き、ルナはよっぽど腹が減っていたのか、たこやきにいか焼き、コーラに加えてかき氷まで注文していた。
「こういうところの食事って、味はたいしたことないけど、雰囲気でいっぱい食べちゃうよね」
ルナは子供の様な笑顔を見せ、次々と食事を空にしていた。
「まったく、はらぺこキャラじゃないんだから。だけど、確かに雰囲気で美味しく感じるわよね」
ミネルバも、ただの焼きそばがとても美味しく感じていた。海の家の普通のおじさんが焼いた、ただのやきそばであるが、皆で食べると、よっぽどでなければ美味しく感じるものである。
麗香がデザートにアイスクリームを頼んでいたので、つられてミネルバも大きなアイスクリームを頼む事にした。
食事を終えた3人は、食後すぐに泳ぐのも体に良くないと考え、砂浜にシートを敷いて日光浴を楽しんだ。あまり日焼けをしないように日焼け止めを塗り、眩しい太陽の光を浴び、波の音を聞きながら浜辺で横になった。
ここは日本の海水浴場であるが、どこか南国の浜辺にいるような気分がした。日光浴をしている間も、またナンパ男が現れたが、ミネルバと麗香が適当にあしらって、夕方までの時間を過ごした。
夕方、海水浴から戻った3人は、キャンプ場の近くにあるショッピングセンターでキャンプに必要なものを購入した。生活必需品を売っている大型のショッピングセンターであり、他にも多くの人が買物に訪れていた。
「古い筐体があるゲームセンターがあるわ!」
ミネルバと麗香が買物をしている間、ルナはショッピングセンターの隣にあるゲームセンターに足を踏み入れていたようで、顔を輝かせながら今にもゲームをやりたい、と言いそうな表情を見せていた。
「また明日ね。これから食事の支度をするんだから、ゲームやってたら遅くなるでしょ。さ、行くわよルナ」
まだショッピングセンターを見たそうなルナを促して、3人はテントへと戻った。
すでに時刻は夕方5時をまわっており、テントでは夕食の支度をしている頃であった。それぞれのテントで炊き出しをしており、とても良い香りが漂ってきていた。楽しそうに野菜を刻んでいるグループもあれば、黙々とカップラーメンをすすっているグループもあった。
「こういう時の定番はカレーよね」
じゃがいもの皮をむきながら、麗香が呟いた。
「あらそうなの?」
その呟きを聞き、ミネルバが麗香に問いかけた。
「日本の学校じゃ、キャンプへいったら必ずカレーを作るわね。たぶん、作りやすいからだと思うけど」
「そうなんだ。でも、カレーは確かに簡単だものね。それに、沢山食べられるし、具も好きな物入れられるし」
切った野菜を、熱した鍋に入れて、肉と一緒によく炒める。目の前の机には、ルナが鼻歌を歌いながら皿や飲み物の準備をしていた。
「ところでミネルバ、カレーちょっと多くない?」
ミネルバが炒めている鍋の中身を見つめ、麗香が指摘をした。
「ええ、ちょっと多目に作ったの。お腹すいたでしょ?ルナもいるし」
「お腹はしているけど、それにしても多いわね。7,8人前はあるんじゃない?」
「そう?確かに、ちょっと多いかしらね?」
足りないと困ると思って多めに作ったカレーだが、麗香の言うとおり少し多かったようだった。
カレーも余らせてしまうと思い、ミネルバは近くでテントを張っているグループにおすそ分けをする事にした。逆に、おすそわけをしたグループからデザートの果物を貰ったり、あのナンパをしてきた若い男グループもここぞとばかりに、菓子を持って現れたが、ミネルバはそのナンパをきっぱりと断った。
「乾杯!」
食事も終わり、かなり夜も更けてきた頃、静かな風の音と星空を見ながら、3人はビールを片手に賑やかに歓談を楽しんだ。楽しい話で盛り上がり、時間はどんどん過ぎ去っていった。
「そろそろ寝ようか」
と、ルナが言い出した時には、夜中の2時になっていた。テントに入った3人は、昼間楽しく過ごした時間の事をお互いに語らいながら、やがて眠りについた。
真夏の旅行は、まだ始まったばかりだ。(終)
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