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第3夜 舞踏会の夜に
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午前7時35分。
朝も早く、登校する生徒達もまだまばらな中、樋口真帆は花壇の水やりをしていた。
この数日、真帆は忙しい。
星空観察会の司会を任せられたので、神話や星座の本を読んで勉強しているし、定期舞踏会では一曲演奏しないといけないのでオケの練習も昼休みと放課後に分けて参加しないといけない。踊る相手に会えるかどうかはともかく、ワルツの練習はしないといけない。
だから朝少しでも早く起きて水やりする時間が、真帆にとって数少ない安らぐ時間なのであった。
「まあ、焦っても仕方ないからねえ」
忙しい中でも、真帆はのんびりだ。
「ああ、真帆ちゃんいたー!」
「あれ? どうかしたの?」
振り返るといつも一緒に温室でハーブ採集をしている園芸部の子である。
「今日放課後大丈夫!?」
「うーんと、放課後は芸術ホールでリハーサルした後は暇かなあ。どうかしたの?」
「あのねっ、今日の舞踏会のフラワーアレンジメントの数がどうしても足りなくって、作るの手伝ってもらえないかな!?」
「えー……舞踏会今晩だよ? 間に合うの?」
「間に合わせないと駄目なの!! お願い! リハの後でいいから手伝って!!」
「うーん……」
真帆は少し首を傾げた後、コクンと頷いた。
「いいよ。リハーサル終わったら急いで手伝うね」
「ありがとー」
「せっかくの舞踏会に花がないと、華がないもんね」
「頑張らないとね」
二人はにっこりと笑い合った。
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午後6時25分。
真帆や園芸部員は芸術ホールにいた。
既に床にはキレイに赤絨毯がひかれ、中央のダンスホールの周りは美化委員によって磨き上げられていた。
生徒会役員が自警団の配置の確認をしているのを尻目に、真帆は園芸部員に混じってフラワーアレンジメントを続けていた。三波の後姿が見える。頑張っているなあ。会長さんに認めて欲しいんだろうなあと思っていた所で、真帆の分のアレンジが終わった。
「テーブルの花、これで大丈夫?」
「うんありがとう真帆ちゃん! さすが早いわ……」
薄いピンク色のバラを基調としたフラワーアレンジメントがテーブルを彩っていた。
ふと、ちらりと生徒会の方を見ると、ガラスケースがあった。中には金を塗られ、細かい細工の施されたイースターエッグが入っている。
あれが恋愛成就のイースターエッグかあ。キレイ……。
ちらりと生徒会の方を見ると、今は配置の確認で忙しそうだ。
真帆はポケットからこっそりと手紙を取り出した。
ガラスケースをこっそり開けると、イースターエッグを持ち上げ、下にぴたりと貼り付け、そのままガラスケースを閉じた。
怪盗さんが読んでくれるといいなあ……。
真帆はそうのんびりと思った。
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午後9時12分。
真帆は黒いAラインドレスにふわふわの白いケープを合わせ、胸にはバラのコサージュ、首にはアクセントとして銀のペンダントと言う出で立ちで会場を歩き回っていた。彼女はデビュタント用の曲を一曲終えてお役目ごめん。こうして会場を歩き回っていたのだ。
三波ちゃんは会長さんと踊れているといいんだけどなあ。
ダンスホールの近くのテーブルに着くと、そこにホストとして立っている委員が参加者達に紅茶を振舞っていた。
「紅茶、いかがですか?」
「ありがとうございます。葉っぱとか選べますか?」
「大丈夫ですよ」
「なら……ニルギリでお願いします」
「了解しました」
委員が去っていくと、人波がザワリ……と揺れているのに気が付いた。
「海棠先輩が、踊ってるわ!」
「あの人普段定期舞踏会にも参加しないのにね。珍しい」
「素敵ね……でも踊ってる方桜華先輩じゃないわね?」
「あの人誰? どこの科の人かしら?」
下級生達のひそひそ話を耳にし、真帆はダンスホールの方に目を凝らした。
今ダンスホールで踊っているのは十組はいるが、中でも光って見える二人がいる。
薄紫のタキシードを着た海棠と、見知らぬ黒い髪の女性だ。クリーム色のマーメイドラインのドレスを来て、髪を左側に結ってウェーブにまとめている。
あんな色のタキシードを違和感なく着こなせるのは海棠君くらいね、でも踊っている人誰かな? 知らない。
真帆は不思議そうに海棠と女性が踊るのを見ていた。
気のせいか、普段無表情な海棠が笑っているようにも見えるのだ。他の人が気付いているかは分からないが、何度もオケで一緒している真帆にはそう見える。
ワルツのメロディーが流れる中、再度人波が揺れた。
「イースターエッグよ……」
女性陣の溜め息が零れた。
青桐がガラスケースを抱えて歩く姿がある。
青桐が抱えるガラスケースは、確かに夕方真帆が見たものだ。
ダンスホールに、一組、また一組と、入っていく。
残念。せめて会長さんがイースターエッグ置いてくれないと三波ちゃんは一緒に踊れないわね……。
「お待たせしました。ニルギリです」
「わー、ありがとうございます」
委員が持ってきた紅茶を一口飲んだ時だった。
いきなり照明が消えた。
何だろう? 演出?
その割には、海棠君が踊っている時やイースターエッグの登場以上に騒いでいるけど……。
周りがざわめく暗闇の中、真帆はダンスホールを見ていた。
と、海棠が踊っていた辺りで何かが投げ捨てられたのが見えた。
暗闇の中でも見える、クリーム色のサテンの布地が舞っていた。
って、さっき踊っていた女の人のドレス?
「怪盗だ!!」
誰かが叫び声に被って、ガラスが割れる音が聴こえた。
暗闇の中、人影を避けつつ、真帆は歩いていた。
そして、人の叫び声の中、初めて真帆は間近で怪盗を見た。
そこに立っていたのは、漆黒のクラシックチュチュをまとった少女であった。身体つきは華奢で、身体のラインは人形のように細く、手足が長い。顔は分からない。顔は扇で覆っているのだ。
そこで青桐は怪盗にフェンシングの剣を向けていた。
「無粋だな。こんな所で盗みを働くとは」
「……これが大事なものとは分かっている。でも、私にも願いがあるから」
扇のせいか、声はややくぐもって聴こえるが、少女特有の高い声だ。
「これは学園の宝だ。生徒が求愛できる数少ない動機を貴様は奪う気か?」
「………」
「答えろ!!」
青桐は足を大きく踏み込み、剣を突き立てた。
怪盗はそれを後ろに動いて軽く避け、右手に扇、左手にイースターエッグを抱えて、綺麗な礼をした。
「ご機嫌よう。生徒会長さん。また会いましょう」
まるで舞台の一幕のような光景であった。
真帆ははっとして、思わず手を振った。表情は分からないが、怪盗の肩が少し揺れたような気がした。もしかして、笑っている?
彼女は高く跳び、そのままガラスを割って去っていった。
飛び散るガラスがわずかな月明かりを受けてきらきら光り、それを浴びた人の悲鳴も聞こえるが、それさえも舞台の一幕のようであった。
照明が戻った際は、一同騒然としていた。
「自警団! この場を保存しろ! 怪盗が盗んだ後を調べて……」
「お止めなさい」
青桐が自警団に指示を飛ばそうとするのを、栞が主賓席から出てきて、やんわりと止めた。
「しかし理事長……」
「典雅じゃないわ。頭を少し冷やしなさいな。たくさん来賓の方もおられるのよ?」
「……了解しました。美化委員! 場の始末を頼む。自警団は現場写真だけを撮って、後で会場のカメラの確認を頼む」
青桐が新たに指示を飛ばす中、栞はダンスホールの中央に立った。
真帆とも目が合い、彼女は優しげに微笑んだ。
「皆さん。今回は場は乱れましたが、どうぞ舞踏会を続けましょう。確かにイースターエッグは失われました。でも、想いを伝え合うのに、理由は必要ありません。私および理事会はそう言う場を作るために、定期舞踏会を開催しております。どうか、心乱さぬよう、想いを伝え合って下さい」
栞の言葉を聞いてか、ワルツが再び流れ始めた。
黙々と美化委員が清掃し、ガラス片は全て片付けられていった。
一組、また一組が、ワルツに身を任せて踊り始めた。
真帆はきょろきょろと、海棠を探した。
「海棠君!」
「……樋口」
「さっきの人が、怪盗さん?」
「らしいな」
「そう言えば、てっきり参加しないって思ってたのに参加してたんだね、舞踏会」
「……何となく」
「ふうん。まあいっか。ねえ」
「何?」
「折角だから踊りませんか? 私と」
「……別にいいけど」
海棠は手を出した。真帆はその手を取る。
あれ?
真帆は海棠の手を手袋越しに触ってぴくりと反応した。
「どうかした?」
「ううん? 何でもない」
ワルツは優雅に流れ、真帆は海棠のリードに合わせて踊り始めた。
海棠君、天才って言われているせいなのかなあ。
ピアノ弾きなのに手に豆ないや。
そう思ったが、甘く優雅な雰囲気に、真帆はすぐにその事を忘れた。
<第3夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【6458/樋口真帆/女/17歳/高校生/見習い魔女】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】
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■ ライター通信 ■
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樋口真帆様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第3夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は怪盗オディールとのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい(もっとも彼女とコンタクト取れるかは運次第ですが)。
第4夜は9月公開の予定です。よろしければ参加お待ちしております。
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