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碇麗香の百合な夜
○泥酔、碇麗香さん(28)
日曜、夜。都内の洒落たバー店内。月刊アトラス編集長碇・麗香(いかり・れいか)はかなり飲んでいた。と言うかほとんど「泥酔」に近い状態だった。
「だからぁ、私だって人恋しい夜もあるのよ! 私もう28よ!?」
バーテンダーの男性はなんとか笑顔を保ってグラスを拭いていた。麗香の「私だって人恋しい夜もあるのよ!」は、もう3度目だ。
「もうお酒は止めといたほうが良いんじゃないですか?」
バーテンダーは遠慮がちに言った。
しかし――
「まぁだ私ぜんぜん酔ってなぁいの!」
ダダをこねる子供のように言った。大抵の酔っ払いが言うセリフである。
「ふー、なんか暑くなってきちゃった」
麗香はそう言って胸元のボタンをひとつ、ふたつと外していった。豊満な胸が左右に揺れ、胸の谷間が大きく露出し、バーテンダーは目のやり場に困った。
「次、ジン・ライムね」
「あの、本当にもうお酒は……」
「ジン・ライム!」
バーテンダーは説得を諦めた。夜遅く、他に客もいない。麗香が気分が悪くなったら自分が介抱すれば良いと思っていた。
「ジン・ライムです」
コトリ、と置かれたグラス。麗香はそれを一気に飲み干した。
「ふー……暑いわ。上脱いじゃっていいかしら?」
「それは勘弁して下さい、お客様」
バーテンダーは何とか麗香を止めた。
「つまーんない。私もう帰る! お金置いとくわよ」
麗香はフラフラと立ち上がった。
「タクシーは呼ばなくていいわよ。歩いて帰るから」
麗香はよろけながら帰途についた。
10分後、麗香は桜舞う公園のベンチで寝ていた。
「むにゃむにゃ……人肌の温もりが、恋しい……」
悲しい寝言を言っていた。
○ミネルバ・キャリントン(27)
「今、聞き覚えのある声がしたような……」
思わず独りごちて周囲を見渡すミネルバ。
桜の花びらが舞う公園。お花見を楽しむ市民ももう居なくなる頃である。
(気のせい――じゃ、ない!)
ベンチの上で女性が寝ている。左足がスカートのスリットから丸出しの無防備な状態で、もしも悪意のある男性が通りかかったら一体どんな事態になるか。同性として駆け寄ったミネルバは、
「れ、麗香さん!?」
驚愕すると同時に、「ぱしっ」と手を握られた。
「ひとはだ、みつけた」
にんまりと笑う麗香。
誰でも良いという訳では無かった。仕事上も、プライベートでも心を許せるミネルバだから――
○イン・ザ・ホテル
「ここどこ?」
ベッドの上で寝惚けた麗香が問う。衣服は乱れ、ブラもショーツも見えかけ。時刻は深夜の2時である。
「ラブホテルの一室です」
冷たく応えるミネルバはベッドの反対側に腰掛けて背を見せている。
「なんで私が……女同士でラブホテルに? その声はミネルバ?」
ミネルバは「きっ!」と顔だけ向けた。
「あなたが! 麗香さんが連れ込んだんでしょ!? 私がおんぶしてあげたのは覚えてますか?」
「全然」
「後ろから私の首筋にキスしまくったのは!?」
「え〜と、ミネルバさん。それは捏造とかいったものではなく……?」
「妙な敬語を使わないでください! 首筋がべとべとだけど麗香さんが心配なので看てたんですから、もう……」
ミネルバは疲れ果てていた。
「シャワー浴びて帰ります。麗香さんもタクシー代ぐらいありますね? まったく、酔った時は素直になっちゃうんだから……」
ぶつぶつ言いながらバスルームへ向かい――ミネルバは気付かなかった。疲れ果てた自分が「魅了」の力を放出してしまったことに。
麗香は遠のく意識の中で何度も繰り返していた。
「酔った時は素直に……私は……酔った時は素直になっちゃう……私は、素直に……」
気が付くと、バスルームから「大好きなミネルバ」の鼻歌が聞こえていた。
「ミネルバ、好き……」
頬を朱に染めて濡れた瞳で呟き、ふらふらとバスルームへ歩く麗香はバスルームの扉を開け、
「きゃ――っ!」
ミネルバの悲鳴と共に強烈な前蹴りを喰らってベッドまで吹っ飛ばされた。
「ごほっ!」
一時的呼吸困難。ミネルバも咄嗟のこととはいえ急所は外した。その上に力の加減もしたが、麗香のダメージも疲労困憊状態だったミネルバの更なる疲弊も尋常ではない。
ピクリとも動かない麗香を尻目に、ミネルバは体を拭きつつ「もう、限界……」と床に跪いた。
「麗香さん、エネルギーを、精気を少し貰っても良いですか。私、もう歩くので精一杯なので……」
「――――」
麗香は何も答えない。意識を失ってはいないが、ミネルバが精気を得る方法は知っている。即ち、粘膜からの吸収。
沈黙をミネルバは沈黙の肯定と受け取った。
麗香のスカートを捲り、奥へ。
数時間、麗香の声が室内に木霊し、ほどなくして二人は同じベッドで眠りに就いた。その姿はまるで恋人同士の二人がが仲良く添い寝しているような、そんな光景だった。
○涙を拭いて
翌朝、二人はほぼ同時に目を覚ました。黙ったまま衣服を纏うミネルバ。麗香は乱れた服装のまま虚空を見据えている。
「麗香さん、昨夜は色々ありましたが――また、いつも通り友人の関係でいてくれると嬉しいです」
ベッドから去ろうとするミネルバ。その背に声が。
「わた、私、さみしかったの……」
昨夜の「魅了」の力の影響はとっくに消えている筈である。にも関わらず、麗香の弱気な発言。
「さみしかったから、だから――」
麗香の目から涙が一筋こぼれた。
ミネルバはそれを見詰めて問う。
「だから……?」
麗香は口を震わせ、ぽろぽろ溢れる涙を拭わずに言った。
「――ありがとう」
「…………」
編集長という立場上、周囲の人間に弱いところを見せる訳にもいかない、いつも「女王様」であり続けねばならない麗香が見せた弱さ。弱さを「見せてくれた」。それは信頼の証。ミネルバはそれに応えねばならないと思った。麗香の数少ない友人の一人として。
「碇麗香、あなたは――」
言いかけて止まった。ここで「魅了」の力を使ってはいけない気がしたのだ。
ベッドに横たわる麗香に顔を近づけ、目を見詰めて優しく話しかける。麗香は少し怯えたような顔を見せた。
「麗香さん、あなたには私がいるから――泣かないで、強く生きてください!」
「ミネル、」
何か言いかけた麗香だが、「ちゅっ」という湿った音が全てを遮った。
――
「もう月曜です、編集長が仕事に遅れたら示しが付きません。出来れば一旦どこかで着替えてから出社した方が良いですよっ!」
ミネルバは笑顔を見せて去っていった。
一人ラブホテルの一室に取り残された麗香はしばし呆然とし、慌てて両手で自分の涙を拭いた。
「全く持って、その通りね」
誰に言うでもなく、自分自身に。
服の乱れを直し、髪を整え、一旦自宅へ。それから出社。
眼鏡をかけ直したときには一部の隙もないクールビューティー、月刊アトラス編集長、碇麗香。
「持つべき物は友達……フフッ、それ以上の関係かしら?」
意味深に呟き、ニヤリと微笑む。ヒールの音を高らかに響かせて部屋を後にし、その姿は東京の雑踏の中へ消えていった。
<おわり>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7844/ミネルバ・キャリントン/女性/27歳/作家・風俗嬢
NPC 碇・麗香(いかり・れいか)
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