コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


妖精の嘆き唄〜乙女の錬金術奥義に刮目せよ!

送りつけられた紙を握りつぶし、玲奈は怒りに肩を震わせた。
何をもって迫害、否、排除するのか理解できない。したくなどない。
そこに書かれていたのは玲奈にとって無機質で冷酷としか言い難い。
―昨今、樹海にてバンシーを楽器に使用するバンドが公演する。死者を嘆くものを操るなど危険極まりなし。よって討伐せよ。
IO2からの指令を丸めて地に叩きつけ、踏みつけてもまだ飽き足らない。
―理不尽よ!!
ただいま、玲奈の胸にたぎるのはこの一言のみ。
何の情報もなく、ただ死者を嘆く妖精・バンシーを楽器化し演奏しているなど危険以外何者でもなく、討伐は当然と思う。
が、彼女・三島玲奈にとっては怒りの炎を巻き起こすもの。

なぜか?と問われれば、それは何のことはなく、件の―バンシー楽器化しちゃった♪悪魔バンドのファンなのだ。
できた傑物―例えば『悟りを開いちゃいました〜』という人間だとしても、自分の好きなものに一片も情も与えられず、『なんか危険そうだから、とりあえず排除しちゃえ♪』などと言われたら怒るのは当然の感情だろう。
それが世間一般的な枠から見て危険と思われていようとも、狂信的なファンからすれば、全ては『ファン』だから!の一言で済ませてしまうものである。
それは問題ありだろうが、玲奈はそこまで狂信的なファンではないし、一般常識と冷静な客観力を持ち合わせている。
だが、それを差し引いても理不尽と思えた。
当然のごとくIO2に冤罪を訴え、抗議したがまともに聞き入れられず、却下された。
「バンシーは死者を嘆く妖精だ。会場に死者が出る可能性は充分である。任務をすみやかに実行せよ」
返答が届くか否や、玲奈が真相を突き止めるべく飛び出したのは言うまでもない。

決意も固く向かったのは先は深く広い樹海。
重く沈みこむように響き渡る葬送の嘆きが描く未来への夢と淡く清らかな恋心に果てなく起こる不安が時として夢見がちで暴走しかける少女達の琴線を激しくかき乱す。
―遥か昔の出来事が嘆きと悲しみを奈落の底をさまよわせる。孤独が憎悪を越えていとおしくなっていく。
傍から聞くと陳腐でシンプルな歌詞。
いや、それ以前に妙に怖さを覚えたりするのだが、妖精が歌うと妙に胸打つ艶やかな唄に聞こえるのだから、摩訶不思議。
「樹海に住まう精霊よ、我が問いかけに答えよ」
荒波のように千々に乱れる心をどうにか鎮めて、樹海の中を狂喜乱舞して踊る精霊たちに囁くように謳いかけた。
しばしの間。やがて遠く近く木霊を残しながら返ってくる声に玲奈はエルフ耳を立て、安堵の息をこぼした。
「そう…自殺者の類はいないのね。じゃあ誰が…」
予想通りとはいえ―IO2が予期していた事態が起こっていなかったことは喜ばしい限り。
が、それで事態が解決するならIO2どころか国家権力だって必要はない。
改めて気を引き締めて、バンシーたちがなぜ嘆くのかを問いかける―と、それまで狂おしいように舞っていた精霊たちが急に押し黙るがいなや、玲奈の前で歌劇の一幕が如く歌い出す。
「そ〜れ〜はっ!」
「それはっ!!」
どこぞの男装将軍がごとき精精の長らしきの銀髪の精霊の歌に仲間の精霊たちの声が見事に重なる。
悪魔っぽいバンドが公演している割に歌劇とは中々やるわね、などと微妙にズレた玲奈の感想はともかく、精霊にしては相当ノリのいいことは確かだった。
「あ〜な〜たの〜為っ!!」
「ためっっ!!」
「全ては〜あなたを忍び、嘆きながら〜むせび泣いてぇ〜るの!!」
「てるのっ!!!」
完全に芝居がかった精霊の指先がビシッと指し示すのは玲奈。
「そう、あたし……えぇぇぇぇぇぇぇぇっあたし?」
一瞬、勢いに押されて納得しかけ…絶叫した。
死者を嘆いているのではなく、自分―すなわち玲奈を忍んで嘆いている。
なんだかどころかよく分からないが、ものすんごく無茶苦茶な―かつ理不尽なお話。
ありのままを受け入れろと、極めてご都合主義まっしぐらな台詞を残して、無責任にも去っていく精霊を見送りながら、もう一度玲奈は冷静に分析を試みて―断念した。
「だからなんなの!どういうことなのよっ!!」
頭を掻き毟って絶叫しまくる玲奈はその背後からやけに大きく苔むした岩が近づいてくるのに気付くのが遅れた。

それは突然だった。
ゾウガメ3匹分の大きさの巨石が完璧に気配を断ち切り、常人ではありえない速さで玲奈の背後に近づき―瞬間、まるで永遠の美に出会えた芸術家のように全身を震わせ、ガバッと立ち上がった。
「姫様ぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ヒィッ!!」
落ちた巨大な影に気付いて振り向いた玲奈の眼前にいたのは苔むした岩をふっ飛ばし、筋骨隆々とした男が上半身を露に今まさに玲奈に抱きつかんとした姿。
思わず、顔面を蹴り飛ばしたのは単に卓越した玲奈の防衛本能の賜物。
「玲奈姫様、ご機嫌麗しゅう。お見事な一撃でございます」
「姫?!って誰?あなた」
実に小気味よい音を立てて蹴り飛ばされたにも関わらず、男は歓喜の涙を流して身構える玲奈に平伏した。
「私は遥か先の世界―人の末裔たる妖精が治める王国に仕えし魔導師。そして、貴女様をこの過去の世界へと送り出した我が最高の愛弟子にして王国の皇女殿下にあられます!」
どっから出したのやら、マイク片手に拳を握り締めて絶叫する男の姿は魔導師ではなく、根性一直線の歌手にしか見えない。
さらに付け加えると語ってくれる内容も突拍子もない話。
呆気に取られる玲奈を置き去りに自称・魔導師は情緒たっぷりに歌いだす。
「王国では異端研究に重税が課された。学問に課税とはいかなることか?元老院は正気か?いや、それはもはや狂気の沙汰。ゆえに我らは決断す。愛弟子にして王の隠し子たる第七皇女殿下である姫様に希望を託しもうしあげた」
「ちょっと!なに隠し子って!!それよりもなぜ演歌?」
玲奈の抗議を右から左へと受け流し、魔導師はさらに歌う。
異端研究の奥義と共に永遠の命を託した姫を時の箱舟にて過去へと送り出すことで、歴史が変わるのだと。
奥義を正しく伝承し遍く普及すれば、異端は正統となり、不当なる課税はなくなる。
だが、些細な手違いによって知識は王国に反逆するテロ組織に渡り、姫は消滅させられた。
「なれど妖精たちに姫の死を嘆かせ続ければ、必ずや生まれ変わりが現れると待ち続けていたのでございます」
先ほどまでの歌いっぷりをいきなり引っ込めて、真顔で平伏する魔導師。
普通なら色々と問いただすところだろう。
が、なぜか玲奈にはすとんと理解できた。まるで欠けていたパズルのピースがはめ込まれたように、その言葉が真実なのだと分かってしまったのだ。
「そう…コスプレも奥義…錬金術の一種なのね」
「なんやねんっ!!それはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
唐突に全てを悟ったかようにつぶやかれた―ツッコミどころ満載なぶっ飛び「守るべきは社会秩序さ!」「守るべきは社会秩序さ!」玲奈の発言に、それはそれは見事な関西仕込みのツッコミが鋭い一撃と共に振り落とされた。

迸る青白い閃光がそこに生じた力の凄まじさを物語る。
思ったほどの威力がないと判断し、小さく舌打って引き下がる影に玲奈は柳眉を立たせた。
そこにいたのは小柄な身体に見合わぬ大鎌を手にする白髪の少女。
幼さを残した顔には感情が全て抜け落ちた―どこか人形めいた感を抱かせずにはいられない。
「三島玲奈、IO2に反逆した咎により断罪する」
「そうやそうや!キテレツな格好だけやのうて、訳分からんことゆうて!!大人しく捕まりや!!」
喚き散らす大鎌とは対称に冷ややかな声で告げる少女・スノーの言葉に玲奈は確信する。
命令にたてついた者を放っておくほどIO2は甘くなく、さらに言うなら逆らう者が過去にいなかったこともない。
そういった反逆者を捕らえる為に派遣されるスペシャリストの存在を聞いたことがあったのだ。
「IO2のダークハンター……やってくれる。でも、その程度の魔力で私を倒せて?」
発動した対霊障結界に押されたとはいえ、相当な魔力を秘めているとおぼしき大鎌を操るスノーに玲奈はうざったそうに額にかかった前髪を掻き揚げる。
「今度は外さない」
淡々とした口調でスノーは玲奈に大鎌を振り下ろす。
魔狼の吐き出す極寒の吐息がごとき白亜の氷雪が空を舞い、張り巡らせた結界と激しくぶつかり合う。
と、玲奈を包むように展開されていた半球体の青白い結界に軋み始め、無数のヒビを生じ―空気を震わせて、白熱した電撃がスノー目掛けて縦横無尽に駆け回る。
間合いをとって大鎌を振り構えなおすとスノーは目を細めて、玲奈を睨む。
「やるわね、三島玲奈。でも、わかっているでしょう?今の警告…これ以上IO2に逆らうのはやめて命令に従いなさい」
「お断りよ。先に言っておくけど、こちらも警告しておくわ。彼ら―バンシーを捕えるのは止めておきなさい」
「却下。今度は肌が裂けるよ」
無意味としか言い難い玲奈の答えにスノーは苛立ちまぎれに大鎌で切りかかる。
粒子よりも細分化した氷雪が烈風を纏って玲奈を襲う。
小さく裂かれる衣服に一瞬、玲奈は悲壮な光を瞳に走らせ、右手を一文字に切る。
ブンッと鈍い音が響いたと同時に極限まで細められた鋭い針が出現し、スノーを貫く。
思わず身をかわし、スノーは手にした大鎌を回転させ、それらを弾き飛ばす。
爆発音を立てて消えていく針の威力を正確に理解して苛立ちを通り越して、感嘆を覚えた。
「刺さった瞬間に電撃するわ!彼らを捕えると大変な事になる。貴女も判っているのでしょう?」
怒りとも悲壮とも取れる玲奈の問いかけにスノーは冷ややかに応じる。
「命令は命令さ」
バンシーを捕える愚かさなど当に分かりきってる。だが、与えられた命令を確実にこなすのがスノーのダークハンターとしての誇り。
それを捨てることなどできはしない。
「死者などいないのに!」
「守るべきは社会秩序さ!」
―そう、一時の情に流されて守るべきものを見誤るなどもってのほか。
悲哀が入り混じった玲奈の叫びをスノーは無視して己が信念を貫くとばかりに攻撃の手を緩めない。
激しさを増した氷雪の刃が玲奈の肌を、髪を切り裂いていた。
緩やかに舞い落ちていく己が髪を呆然と見ながら玲奈はきつく唇をかみ締めると、対峙するスノーを射抜く。
数瞬の無音が絶え間なく繰り出されていた刃を瞬時にして消し飛ばす。
驚愕に染まるスノーに玲奈はわずかに哀れみを覚えながら、右手で印を切る。と、切られた空間からゆらりと銀に輝く巨大な巨石―モノリスを思わせるプレートが現れた。
「な、なんや?!これ」
「言ったでしょう?全ては奥義と…水銀も化繊も魔力の媒体に過ぎないと」
悠然と言い放つ玲奈にスノーはギリッと歯をかみ締める。
怒り心頭となった相棒の大鎌とは対照的にスノーは玲奈がやってのけたことを理解した。
全ては魔力の媒体。奥義を持つ玲奈ならばその媒体を操ることもたやすい。
例えそれが他者であるスノーが操る氷雪であったとしても、己の意思一つで干渉をかけて無機に帰すことできるのだ。
「判ったら大鎌を引きなさい!私は妖精王国の第七皇女玲奈!服飾兵器と妖艶魔法の大家!味方につける方が得ですよ!戦いますか? 」
「戦う…それが私の仕事だから」
決意を秘めたスノーに玲奈は悲しげな表情を浮かべ、そっと眼前にあるプレートに触れた。
埋め込まれた4種の輝石がおぼろげな光を帯び、周囲に実体なき銀狼の群れが玲奈を守るように駆け巡る。
「残念ね、せめて『烈光の天狼』の一撃をもって終わりにしましょう」
静かな玲奈の声に応じ、『烈光の天狼』と呼ばれたプレートは脈打つように全身を震わせる。
背筋を駆け上がった悪寒にスノーはそれよりも早く玲奈の懐へと飛び込み―鼻先に突きつけられた冷え切った発射口に動きを止めた。
避ける時間はなかった。
白銀を纏って打ち放たれた天狼の顎が容赦なく小さな身体を襲いかかる。
濁流のごとき力の本流が渦をまき、樹海のあちこちを破壊しながら、やがて天に向かって一つの柱となり―音もなく消え失せた。
「虚しいわね…でも、これで良かったのよ」
玲奈のこぼした一言は誰に届くことなく風に呑まれたのだった。

樹海には今日も平和にバンシーの音が鳴り響く。
どういう理屈なのか分からないが、どうにか助かったスノーは敗北を認めると相棒の抗議を無視してIO2にとりなしてくれ、討伐命令を正式に撤回してくれた。
スノー曰く―ハンターの誇り。負けは負けという理屈らしいが、とにかく喜ばしい限りである。
その音色をうっとりと聞きながら、玲奈はつくづく思う。
「せっかく伸ばした髪と大枚叩いて買った衣装が駄目にならなくて良かった♪」
今時の女子高生―いや、そうなんだが―のように無邪気に喜ぶ姿に言い知れない虚しさを覚えてしまうのは誤りなのかは分からない。
―恐るべき錬金術奥義!いや、暴走しがちな乙女の思考!!
妖精が奏でる陳腐な音楽に酔いしれる玲奈には届かないツッコミが樹海の奥へと消え去っていったのだった。

                                                      FIN

□■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物
□■■■■■■■■■■■■■□

【7134:三島・玲奈(みしま・れいな):女:16:メイドサーバント】
【NPC:スノー】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、緒方智です。お久しぶりでございます。
ご依頼頂きありがとうございます。お待たせして申し訳ありませんでした。
さて、今回のお話はいかがでしたでしょうか?

やや疑問も残りますが、乙女は大事なものを守るためなら、果てしなく暴走するものなのでしょう!
ならば、全体的に暴走しているのは仕方がないことなんでしょうね。

お気にいられましたら幸いです。
またの機会がありましたらよろしくお願いします。