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<東京怪談ノベル(シングル)>


歌姫とお友達計画
「うっわ、すっげイラつく」
 空はすっきりと晴れ渡っている。
 そんな青空の下、五月・蝿(さつき・よう)は一見少女のような顔に、苛立ちを浮かばせていた。

 【呪声】

 それは蝿の能力。
 麻痺や混乱、精神破壊、洗脳などができる。
 その力を使って、蝿はうららかな昼下がりの街に、ちょっとした混乱を巻き起こそうとしていた。
 理由は─イライラ解消の為。

「いざパニック♪ ビバ☆カーニバル」

 くすり、と口元に笑みを浮かべて、声を発しようとした、その刹那。

「?」

 どこからともなく聞こえてくる歌声。
 それに蝿は口を閉じた。
 耳だけに意識を集中して、蝿はその声の方角を探す。

「あっちだ♪」

 蝿は軽やかに走り出した。
 その声が聞こえた瞬間、蝿の中のイライラが一気に吹き飛んでいた。
 心の中に染み込んでくる歌声。
 ひとたび使えば街をパニックにする事ができる蝿の能力も、違った使い方をすれば相手を癒す事ができる。
 しかしこの歌声は違って聞こえた。
 そして自分も歌ってみたい、と思った。
 今、蝿が走っている理由は、ただ、それだけ。

 雑踏の中に見つけた一人の女性。
 着物に身を包んだ、黒髪の女性。
 瞳は緩く閉じられているので、色は判別出来ないが、蝿はなんとなくわかった。緑だ。
 透き通るような白い肌。
 あやかし荘に出入りしている人なら、その女性が歌姫(うたひめ)だ、わかる。
 蝿は思うがままに歌姫の眼前まで近づく。
 歌姫は人の気配を感じて瞳を開く。
 黒と緑がぶつかる。
 最初は蝿の容姿から、歌姫は女の子だと思い、ホッとした瞬間、違う、と感じて声にならない悲鳴をあげて後ずさった。

 蝿の中には沢山の声が溢れていた。

 どうしたらそんな風に歌えるの?
 何故そのような力が使えるの?
 人間なの?

 でもその中の一つも言葉にならない。

「ヒーリングパワー通信講座受講OK?」

 口をついて出たのはそれ。

「…!!」

 歌姫は怯えたように身体を強張らせる。

「なぁなぁ、ヴォイストレーニン…グ…」

 言いかけた蝿の言葉は最後まで紡げない。
 言い終わる前に歌姫が逃げたからだ。
 蝿は知らないが、歌姫は歌う以外の声を発する事が出来ない。
 その上男性が苦手。
 以前の悲恋の記憶で、異性に対して臆病になってしまうのだ。
 故に、蝿の言葉に応えようがなかった。

「何で逃げんだ? …ああ、恥ずかしがり屋なんだな」

 ニッと笑うと、蝿は歌姫を追いかける。
 その唇はいつしか歌が紡がれていた。
 小さい声ではあるが、聞こえる人がいれば首を傾げただろう。

 森のクマさん

 を歌っていたのだから。

「あーあ」

 見失ってしまい、蝿は嘆息した。
 しかし『歌姫とお友達計画』が出来上がっていた蝿は、歌姫に逃げられた憂さを、呪声で晴らそうとは思わなかった。


「ユーアーベストフレンド?」

 歌姫があやかし荘の住人だと突き止め、蝿はにこやかに声をかけた。
 文法が、発音が、とか突っ込む人はいない。
 歌姫はすぐに他の住人に隠れてしまう。

「どうしたら仲良くなれんだろうなぁ」
「……にゃー」

 あやかし荘の近くで、座り込んで近くを通った猫に語りかけてみる。
 欲しい答えは貰えないが。
 あやかし荘の住人から、歌姫が異性を苦手としている事は聞いた。
 だからといってお友達計画をやめるつもりはない。
 何か良い方法を考えてみよう、と思うが、歌姫を前にすると気持ちが先に立ってしまう。
 元来楽観的な所があるので、なんとかなるだろう、と気持ちもある。

「あ」

 ぼーっと猫と戯れていると、あやかし荘から歌声が聞こえてきた。
 すぐに歌姫だ、とわかる。
 かけだそうとした蝿の靴を、猫が噛む。

「行っちゃダメって事か?」

 それに猫が頷いたかのように見えた。
 黙って猫と歌を聴いていたが、蝿は我慢が出来なくなり、口を開いた。
 そして一緒に歌い始める。

 瞬間

 歌姫の歌がとまる。
 しかし蝿はおかまいなしに歌い続けた。
 するとまた、先程よりは小さい声だが、歌姫の歌が蝿の歌に重なる。
 しばらく歌った後、歌姫があやかし荘から顔を覗かせる。
 それに蝿大きく手を振ると、歌姫はちょこっと 会釈をしてすぐにまた引っ込んだ。

「おっしゃー!」

 蝿はガッツポーズを決めると、猫を抱き上げて歌姫の部屋の窓を見つめた。
 なんだか一つ、前進したような気がした。