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〜鳴り響く葬送の鐘〜
因幡恵美(いなば・めぐみ)は号泣していた。
この世から、大事な存在が消えた時、人は誰の前でも泣くことが出来る。
彼女の涙もまた、そんな理由から流されていた。
いつも、恵美の管理するあやかし荘の裏で、元気にドリブルの練習をしていた三島玲奈(みしま・れいな)。
彼女が今日、遺体で発見されたのだ。
「こんな…こんなの…ひどい…!」
泣き崩れる恵美に、かけられる声はない。
ただしめやかに、式は執り行われるだけだ。
棺の中で眠る玲奈は、沈黙を守る。
今回、彼女の命を奪った事件と、10年前に起きたあの事件を胸に秘めて。
10年前のその日、A遊園地は遠足の児童であふれ返っていた。
子供たちの楽しそうな笑い声が響く中、闇の中を歩くような慎重さで、人々の合間を走り去ろうとしている集団がいた。
数人の男たちは、何かを運んでいるようだった。
ふと、遠足の引率者が、彼らに気付いた。
彼らの腕の、荷物のようなそれを、目をこらしてじっと見つめる。
その口が、悲鳴の形に開かれた。
「だ、誰かーーーーー!!!!」
男たちは弾かれたように走り出した。
その腕には、朦朧とした散切り頭の少年が抱かれている。
否――引率者はその目に捉えていた。
その足の、女の子が履く靴下を。
小さな、揺れるさくらんぼのモチーフが、目に焼きついたのだ。
「貴様ら、何をしている!!!!」
遊園地を警備する、屈強な男たちが、悲鳴を聞きつけて走って来た。
引率者は震える指で、「あっちです!」と男たちが逃げていった方向を指差した。
だが、男たちは逃げおおせてしまった。
その汚名をすすぐように、警備員たちは証拠品を探し回って、化粧室から二つの物を発見した。
無残に裂かれたドレスと栗毛の絡んだ鋏である。
それらを元に、連れ去られた少女の身元が判明した。
被害者は、孤児院の娘、玲奈だった。
その動機は臓器売買目的だというところまで判明したが、犯人は捕まらなかった。
しかし、玲奈は帰って来た――唐突に。
それからの玲奈は、一転して攻撃的になった。
女子サッカー部のキャプテンとして、ボールを蹴る毎日が続く。
ボーイッシュな髪型に、清冽な印象――彼女は、女子生徒らしい制服よりも、ハーフパンツ姿の方が好きだった。
下校後は毎日、制服を乱雑に脱ぎ捨て、一心不乱にゴールを目指していた。
そして、恵美は、ボールを蹴る玲奈が大好きだったのである。
玲奈のポテンシャルは高かった。
何しろ、前日のプロ試合の決定的瞬間を、恵美の目前で絶妙に模倣してみせるのだ。
その華麗な技に、恵美はほれぼれしたものだ。
だが。
そんな玲奈が、10年前と同じように、突然消えた。
続いて、法外な金額が要求され、心理戦のように値下げ交渉が始まった。
その最中には、何の警告か、刻まれた玲奈のシャツとハーパンが宅配便で届いたのだった。
緊迫した状況が、何日続いただろう。
先に行動を起こしたのは、向こうだった。
遺体が、無傷で発見されたのだ。
消えた日に着ていた物は、既に無残な姿で戻って来ている。
だから、見つかった時には、玲奈は何も身につけていなかった。
いや、ひとつだけ――真新しいショーツを1枚だけ着ていた。
なぜ、真新しい物だったのか。
それが、犯人の良心であったとでもいうのだろうか。
今となっては、全てが闇の中だった。
葬式は、しめやかに続けられている。
湯かんは、数少ない女友達の手で行われた。
本当なら、玲奈が一番に入れてほしいと願ったであろうボールは、焼く時に破裂する恐れがあるということで、棺には同梱できなかった。
部活の女子一同は、「それならせめて」と、ボーイッシュな玲奈が着ることのなかった、女の子らしい恰好をさせてやろうということになった。
彼女たちが持ち寄った、レオタードやチアガールのユニフォーム、着なくなった制服やジャージ、それこそ山になるほどたくさんの服を、彼女たちは玲奈に着せた。
その中のひとりが、にやりと笑って隣りのひとりに言う。
「実はあのユニ、虫わいてんだよね」
「やだーホント?!」
「だってさー部室のロッカーにあったやつだもん」
「ウソ?!あれ、もう5年前からロッカーにつっ込まれてたじゃん!」
「もうあたし、つまんで袋に入れて持って来たよ」
「あのジャージもさー、すごいにおいするんだよねー」
「ツーンとするにおいでしょ?誰、あれに殺虫剤かけたの!」
「これも着せちゃえ!プールでかびてた巻きタオル!」
「一種の簀巻き?みたいな?ギャハハ!!」
一番上に、セーラー服を着せつけ、女の子たちは陰でひっそりと笑う。
着膨れした玲奈の遺体が、ゆっくりと斎場に入る。
そして、ガチャンという閂の音と共に、彼女の遺体は炎に巻かれた。
2時間後。
引き出された遺灰は、まるでガラスの破片だった。
半壊した頭蓋、L字型に焼焦げた腰骨は木炭の様だった。
ほとんど原形を留めていない骨たちは、箸でつまむとボロッと砕けた。
その様子を、上空から面白そうに眺めている、天使姿の少女がいた。
「いいぞ〜もっとやっちゃえ〜。あたし終了〜。つかアレ人形だし。もう未練も何もないわ。人間三島玲奈はメイドサーバントになったの。つかあたしはアタシだし」
これは、玲奈のけじめだった。
あの頃の自分はもういない。
だが、感傷に浸る気も毛頭ない。
なぜなら。
「あたしは今のあたしが好き。結構気に入ってるんだよね、このカッコ。ぜーんぶ消えてなくなっちゃえ!」
そうつぶやいて。
三島玲奈は、満足そうににっこりと微笑んだのだった。
〜END〜
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