コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


幻影浄土〜最初で最後の逢引に〜

●その名は銀太郎
「ぎんたろうさん、と」
「そうです。銀太郎さんです」
 王禅寺万夜はメモ用紙にシャープペンシルを走らせ、その名を漢字で書いた。それを軽く前屈みになって占見・清泉(うらみ・せいせん)は覗き込む。
 だがすぐに、清泉は背中を伸ばし姿勢を正した。
 きちんとした三つ揃いをぴしっと着こなした老紳士は温厚な微笑みで、座卓の上に置いてある薄汚れたクマのぬいぐるみを見遣る。
「お話、直接お聞きになられた方がいいですか?」
「いやいや、こちらは一介の隠居の身。まずはきちんと仲介の方のお話を聞きたい」
 では、と万夜も背筋を伸ばして、話を続けた。
 このクマのぬいぐるみの銀太郎の、願いを叶えて欲しいのです、と。

 さて清泉は、願いを叶えられる者としてここに呼ばれた――わけではない。
 誰か助けてくれる者を探しているという王禅寺の依頼は、人づてに色々な者の元を巡り巡って、縁などあるのかないのかわからない清泉の元までやってきた。だから清泉でなくとも良い話だったのかもしれないが、そこは隠居の気まぐれで、何故だか不思議と引き取り手のつかない助け役の話を聞いてみようと思ったのだ。
 しかしそれで、さて興味本位にと寺を訪れてみれば、連絡はしなかったはずなのに、はじめから清泉を呼んでいたかのように寺の者は出迎えた。
 清泉が今日この日訪れることも、何もかもはじめからわかっていたものか。
 ……清泉にも、そういうことがあることは身に憶えもある。それはもう長く生きてきて、占術の心得もある身だ。
 そういう巡り合わせだったのだろう。
 そう思って、話を聞き始めたところだった。
 説明をしてくれる寺の少年の言うには、長く人の手にあって魂を持ってしまった人形を供養するにあたって、最期の願いを叶える手伝いをしてくれる者を探しているということであった。

「その願いを叶えるにあたって、その名が問題と?」
「いえ、そういうわけではないんです」
「ふむ、要領を得ない」
「……実は、この子は女の子なのです」
「ほう」
 銀太郎、という名前を頭の中に呟きつつ、清泉は再びぬいぐるみを見た。
 しげしげと見る。
 ぬいぐるみの男女を見分けることは困難だった。
 強いて言うならば、首にある赤いリボンがその性差を分けているのかもしれぬと思われた。しかしそれもリボンと見るか蝶ネクタイと見るかで、変わってしまうだろう。どちらとでも取れそうな飾りだった。
 名がつけられたのは、おそらく魂の宿る前。名づけた者は少なくとも、このクマのぬいぐるみをメスだとは認識していなかったのだろう。
 その後の扱いが女子のものであったのか、そうではなかったのか……そこまでは追求しても詮無いことだろう。そもそもぬいぐるみの性別をしっかりと認識して扱う持ち主のどれだけいるものか。
 いずれにせよ、そこはもはやただ宿った魂の主張による……としか言えないものかもしれぬ。人もそうであるように。
「……最近は多いようですな」
 清泉はあごを撫で、そう呟いた。
「……そうですね」
 万夜少年は躊躇いがちに頷いた。
 これは器の問題ではなく、魂の問題であるということ。
 性とは本人の認識が大切なのだ。
「しかしこの銀太郎さん、西洋の作りとお見受けしますぞ。それにしてはずいぶんと和名で」
「実は持ち主は一度も変わっていないのですが、最初に購入されたのは長くこの銀太郎さんを持っていらっしゃった女性の、お祖父さまでして。お祖父さまがいわゆる金太郎のクマを思ったのか……どうなのかわかりませんが、銀太郎と名前をつけて、お孫さんにプレゼントをされて。そのお孫さんの女性というのも、先日大往生されまして……」
「お孫さんが、大往生」
 その言葉だけで、その持ち主との付き合いの長さが窺える。
 人生色々ですな、と清泉はわかったようなわからないようなコメントをして。
「して、この娘さんの願いというのは?」
「ええと、こんな名前ではありますが、女に生まれたからには一度くらいは素敵な殿方とデートがしたい……のだそうです」
 万夜はおそらく聞いているそのままに答えながら、不思議そうに首を傾げた。
「如何なさいましたかな」
「あ、いえ」
「こんなジジィでは、ですかな」
「あ、そういうわけでは……っ」
「いやいや、そう思われることも致し方ない。こればかりはご本人のご意思の問題もありますから。こんな年寄りではお嫌と?」
「……ええと、本人は占見さんがお相手で良いと言ってます。なので占見さんさえよければ……」
「委細わかりましたぞ。私にできることでしたら、協力しましょう」
 と、清泉は頷いた。
 何か楽しいことができようかと、わずかににやりと笑みを浮かべて。



●通訳のおしごと
「で、それでなんで俺が呼ばれたワケ?」
 月見里海音はジーンズに長袖シャツの普段着で、先ほどまで万夜と清泉の差し向かいで話していた部屋にいた。清泉がどこかに行ったわけではなくて、今は三人とクマのぬいぐるみ一つになったということだ。
「占見さんが、通訳が欲しいって言うから」
「すみませんな、一介の隠居なものでクマのぬいぐるみとは話ができず」
「……デートの付き添いで、通訳か。それなら万夜でもよくねぇか」
「それも考えたのですがな。夜が遅くなるかもしれないですし、できれば大人が良かろうかと紹介してもらったのですよ」
「…………」
 しばしの沈黙の後、しょうがねぇな、と海音は眉間に皺を寄せつつも通訳を了承した。渋々なのは、顔を見てわかる。それでも未成年を夜遅くまで出歩かせるよりはと思う、善良な青年であることに清泉は笑みを浮かべた。
 海音は小奇麗で凛々しい顔立ちの、見た目はちょいとロンゲのイケメンだ。
 清泉は心の中で海音に合格を出して、立ち上がった。
「ならば、善は急げと言いましょう。出かけましょうかな」


「まずは呼び名を少々改めますか」
 銀太郎を両手で抱いて、最初の目的地に向かいながら、清泉はそう切り出した。
 ちなみに移動の手段は公共交通機関である。電車とバス。金銭的余裕がないわけではなかったが、清泉のある意図によってタクシーは却下とした。建前としては、移動の間もデートだということで。

 ――アタシの呼び名?

「自分の呼び名かって訊いてるぜ」
 海音が、銀太郎が問うのを通訳として清泉に伝えると。
 清泉は静かに首を横に振り。
「本当にそのように言っていますか。通訳なのですから、その通りに伝えてくださらねば困りますぞ」
「その通りって、言ってる通りにか?」
「もちろんですとも」
「…………」
 海音はしばらくものすごい顔をした後、口を引きつらせて言った。
「アタシの呼び名? ……って訊いてる」
「訊いているとか言っているとかつけるのは、不要ですぞ。そのままで結構」
「……俺があんまり結構じゃないんだけど……」
「通訳は、正確でないといけませんな」
「……アタシの呼び名?」
 ちなみに、ここは駅に向かう路上である。
 通りすがりの女子高生三人が、海音の声が耳に入ったのか、びっくりしたような顔で振り返った。
 ……海音は引きつった顔で女子高生たちと視線を合わさないように顔をぐるんと逸らした。
「そうですとも。銀太郎というのは、そのままではやはりあまり可愛らしくはありませんからな」
 なにごとかと二人を見つめる女子高生たちのことなど知らぬげに、清泉は朗らかに続ける。
「銀ちゃん、というのは如何か」

 ――銀ちゃんね。
 ――銀太郎って呼ばれるよりイイわね。

「……銀ちゃんね。銀太郎って呼ばれるよりいいわね……」
 ぼそぼそと海音が通訳をする。
 ひそひそと女子高生たちが囁く。
「では、これからは銀ちゃんと呼びましょう」
 清泉は頷き、そして海音に向けて言った。
「アタシというのは人目も気になるでしょうから、『アタシは』と言うところを『銀ちゃんは』と言うのでも構いませんよ」

 ――アタシも、それで構わないわ。

「……アタシもそれで構わないわ」
 清泉はうんうんと頷き。
「では参りますぞ。最初は遊園地で」
 そして歩き出した。
 まだ女子高生のヒソヒソ囁く声は「やだー」「あの人……」とか聞こえていて、そこで耐えかねたのか海音がおそるおそる覗き見ると。
「わ!」
「きゃ!」
「やだー!」
 女子高生たちは三様の悲鳴をあげて駆け出していった。
「どうしましたかな?」
「……俺、ここ地元なんだよ……」
 そらっとぼけて訊いた清泉に、海音はがっくりと肩を落として答えた。



●はじめてのデェト
 はじめてのデェト。はじめての遊園地。
 家族連れと恋人たちで賑わう、その場所で。
 クマのぬいぐるみを抱いた老境の紳士とイケメンが並んでいる。
「次は何に乗りましょうか」

 ――アタシ、観覧車がいいわ……!

「銀ちゃんは観覧車がいいわ……」
 『アタシ』と言うのと『銀ちゃん』と言うのとの間には大きな差がないということに、この時までには海音も気付いていた。いや、一人称が『名前にちゃん付け』というのは、アタシと言うよりも幼く感じられて性質が悪いということにも気付いていた。
 でももう引き返せない。
 地元でなくても、奇異の視線と囁き声は絶えることはないのだということも、既によーくわかっていた。
 海音は遠くを見ながら、もはや魂の抜けた声で自動翻訳機のごとく通訳を続けている。
「では観覧車にしましょう」
 苦労する若人を眺めながら、微笑んで清泉は告げる。微笑んで……内心ではにやにやと。

 ――観覧車でデートって、テレビとかで見てたら定番らしいけど。
 ――どういうところがいいのかしら。

「観覧車でデートって、テレビとかで見てたら定番らしいけど。どういうところがいいのかしら」
 人目がないところが何より良いのだと、海音は心から思いながら、観覧車の中では人目がない故に少しだけ元気を取り戻して通訳していた。
「そうですな、人目がありませんので……恋人たちは接吻や抱擁などをするようですぞ」

 ――接吻……あこがれだわ。

「接吻……あこがれだわ」
 だが、微妙な会話の流れに顔を曇らせる。
「試してみますかな?」
 清泉はわざと海音の方を見て、そう言って。

 ――いいのかしら。
 ――接吻してくださる?

「……いいのかしら。……接吻してくださる?」
「いいですとも」
 そして清泉はぬいぐるみの銀太郎を海音の顔の前に掲げた。向きは、自分の方を向けている。
 その意味するところを海音はすぐに悟ったが、実際に手を出して銀太郎を支えるまでには、たっぷり十秒ばかりの時間が必要だった。
 海音がようやく両手で銀太郎を支えると、清泉は手を離し、そして顔をゆっくりと近づける。
 ゆっくりと――

 観覧車を降りた時、その場で海音はしゃがみこんだ。
「おや、揺れに酔いましたか? それとも高い所は苦手でしたかな」
「いや……」
「狭い所が駄目だとか」
「……今日から高い所と狭い所が駄目になったかもしれない……」
 なんか思い出しそうで、とぼそりと呟いて。


 デートはその後、遊園地に隣接する映画館へ行ってラブコメ映画を鑑賞、カフェで感想を語り合った。そうしてようやく、帰路につき。
「おかえりなさい、どうでした?」
 万夜が寺で迎えると。
「そうですな、こればかりは本人に聞かなくては……如何でしたかな?」

 ――素敵なデートだったわ。とっても楽しかった。もう心残りはないわね……

「それは良かった。私も楽しかったですぞ」
 若人の苦労を堪能できて……とは言わなかったが。
 さてその若人の海音は、もうげっそりとして、それを通訳する気力が湧かないまま黙っていたが……ふと、違和感に顔をあげる。
「……今、通訳なしで会話してなかったか?」
「…………」
 しばしの沈黙の後。
「気のせいですよ」
 清泉は、真面目な顔で首を振った。
「いや……! 今確かに……!」
「いやいや、気のせいですとも」

 そんな二人のことを、クマのぬいぐるみがクスクスと笑っていた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■□
■登場人物(この物語に登場した人物の一覧■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【7284 / 占見・清泉 (うらみ・せいせん) / 男性 / 70歳 / 御隠居】

□■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■□
 ご参加ありがとうございました〜。すぐ書けるかな……と思ったら、意外に難しいお題でした。時間かかっちゃってすみません、ぎりぎりになってしまいました。お気に召しましたら幸いです〜。
 もし次がありましたら、よろしくお願いします。