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<なつきたっ・サマードリームノベル>


夏夢泡沫


 蝉も寝静まった夜、気づけばいつの間にか見知らぬ海岸に立っていた。
 頬を撫ぜる潮風、穏やかな海の呼吸、昼間の熱気を未だ懐に抱いている砂、どこまでも高い満天の星空。
 平和で優しい風景は心落ち着けるものがあったが、あまりにも静かすぎて不安になる。
 どこへ行くともなく、砂浜を歩く。 視界に入るのは、真っ直ぐに続く砂浜と月光で輝く広い海だけ。少し右を向けば、そちらに町が見えるのかもしれないが、目を向けようという気にはなれない。
 右を向けば海も浜も忽然と消えてしまいそうで、右を向けば何もない漆黒の空間が横たわっているだけのような気がして、怖かった。
 暫くのんびりと歩いていると、何もなかった砂浜に真っ白な巻貝が落ちているのが目に入った。 近づいて拾い上げてみれば、純白の巻貝は淡い月光を受け、七色に輝いた。
 規則的な海の呼吸が、大きくなる。それはすぐ左手にある巨大な海からではなく、手の中に納まった小さな巻貝から聞こえてきているようだった。
 ゆっくりと巻貝を耳に当てながら目を瞑る。波の音に混じり、何か違う音が聞こえてくる。 最初は耳を澄ませなければ聞こえないほどの音だったにもかかわらず、すぐに波の音を押しのけた。


 引きずるほど長い漆黒の髪に、血のように赤い瞳、白い肌は病的なほどで、華奢な体はぶつかっただけでも折れてしまいそうなほど。まだ幼い少女の姿をした彼女は、落ちていた巻貝を拾い上げるとそっと両手で包み込んだ。
「人生の岐路は数多なれど、選び取れる道は1つ。今宵、主の選び取らなかった1つを幻として見せましょう」
 あったかも知れない選択、あったかもしれない過去、続く現在、幻の未来。
「未来の道は、数多あるようで1つしかない。主が選び取る未来は、すでに主自身が決めている。主の選び取らぬ未来を幻として見せましょう」
 あるはずのない選択、あるはずのない未来、続く幻の世界。
 凛と透き通った優しい声でそう言うと、少女は巻貝をそっと元の位置に戻した。
「今宵の全ては、泡沫の夏の夜の夢‥‥‥」



狭間の夢



 温かい白い砂浜に座りながら、波の音に耳を澄ます。海に浮かんだ小さな月が、波に揺れながら泣いているように震えている。静寂が体を包み込み、孤独が胸を支配しようとしたとき、波の音とは違う鋭い機械音が響いてきた。 それは最初、遠い世界から聞こえてくる音のように、こもっていた。けれど放っておくうちに徐々に大きくなり、鼓膜を破らんばかりの騒音となった。
 鈴城亮吾は、せっかくの雰囲気を台無しにした音の正体を確かめようと、勢い良く砂浜から立ち上がった。刹那、グラリと体が傾いだ。砂浜に確かに足は着いているはずなのに、グニャリと柔らかな感触がした。その柔らかなモノは亮吾の体を支えきれずに、振り落とした。 落とされた先にあったのは、固い床だった。目を開ければ乱れたベッドと、天井に向いたまま固まった自分の足、耳には目覚まし時計の無愛想な高音が響いてきていた。
「あいったたた‥‥‥」
 どうやら寝ぼけたまま立ち上がろうとしてベッドの端を踏み、足を滑らせて転げ落ちてしまったらしい。階下からは突然の騒音に驚いた母親の心配そうな声が聞こえてくる。
 亮吾は適当にその声に応じた後で、目覚まし時計の指し示す時刻を見て飛び上がった。この時計が壊れていないとすれば、遅刻ギリギリの時間だ。いや、むしろ確実に遅刻の時間だ。この時間に家を飛び出して走れば、ギリギリ間に合うかどうかの瀬戸際だが、残念ながらパジャマのまま学校に行ってしまえば、校門の前で先生に呼び止められるだろう。 そんな情けない自分の姿を思い描き、すぐに打ち消す。校門までたどり着く前に、近所の人に止められるだろう。
 このまま開き直って2時間目や3時間目から行こうかとも考えるが、遅刻をしたら担任が黙っていないだろう。学年主任もやっている強面の体育教師は、やたらと規則に五月蝿かった。
 亮吾は覚悟を決めると、階段を下りて急いで顔と歯を磨き、テーブルの上に用意されてあった珈琲をブラックで一気に飲み干し、バターをぬった食パンを手に2階に駆け上がった。 パンを一口食べ、机の上に置くとパジャマを脱ぐ。ワイシャツに袖を通し、濃紺のズボンと白の靴下をはくと鏡を見ながら手櫛で髪を整える。部屋の隅に投げ捨ててあった鞄を掴み、パンを食べながら階下に駆け下りる。
「ふぃっふぇひひゃーしゅ」
 白の運動靴を履き、何語かも分からない言葉を家の中に叫んで走り出す。基本、亮吾の母親は彼を起こさない。もう中学生になったんだから自力で起きて学校に行きなさいと言う、親の愛の鞭なのだろうが、小学校のときは遅刻も欠席もゼロで皆勤賞を貰った亮吾だったが、最近は遅刻が多すぎて数度呼び出しをくらうと言う残念な結果になっている。
 周囲に人がいないのを確認し、亮吾は人差し指で何もない空間をチョイチョイと引っかいた。夏の太陽に燃える地上を優しく冷やす風は、亮吾の背中を軽く押し、勢いをつけてくれる。
 いたって普通の中学生の亮吾だったが、1つだけ普通の中学生ではない部分があった。それは、風をほんの少しだけ操れる能力だ。 小さな頃から風が好きで、一人っ子の亮吾はよく風と戯れて遊んでいた。ちなみに、誤解のないように言っておくが、風しか友達がいなかったと言うわけではない。明るくて元気な亮吾は人並み以上に人気があったし、友達だってたくさんいた。ただ、春は優しく、夏は穏やかに、秋は悲しく、冬は厳しく吹く風が好きだった。風にも喜怒哀楽があり、色々な性格がある。そう知ったとき、亮吾は風を操れる力を手に入れた。
 始業のベルが鳴るギリギリに校門を滑り込み、手を貸してくれた風に心の中でお礼を言うと下駄箱から上履きを取り出し、靴を押し込む。つっかけるだけの形で上履きを履き、階段を駆け上がる。階段の途中で始業のベルが鳴り始め、一番手前のドアを開けると中に滑り込む。驚いて振り返る友人達に苦笑いを返し、そそくさと席に座るとベルが鳴り止んだ。
 ベルが鳴り止む前に席に座っていれば、セーフだ。亮吾は額に浮かんだ汗を拭いながら、ほっと胸をなでおろした。そして、注意される前に慌てて上履きをきちんと履いた。



 亮吾はミミズがのた打ち回ったような字を書きながら、必死にあくびをかみ殺すと黒板の文字を追った。古典の先生は生徒にも人気がある、若くて美人な先生だった。艶やかな黒髪に、黒縁の眼鏡、切れ長の目に細いあごのライン、豊満な胸はボタンを弾き飛ばしそうで、体にフィットするスカートは丸みを帯びたヒップの線を強調している。全体的に細身のその先生は、裏では氷の女神様と呼ばれているらしい。誰が呼び出したのかは知らないけれど、似合っている。ただ、自分がそのあだ名で彼女を呼ぶことはないだろう。恥ずかしすぎる。
 まるで背中に定規を差し込んでいるみたいに綺麗な姿勢のまま、先生が教科書を読み始める。気をつけて聞けばなにを言っているのか分かるけれど、気を抜けば右から左に流れていってしまうような、聞きなれない言葉は子守唄のようで、亮吾は教科書で顔を隠しながら盛大にあくびをすると目じりの涙を拭った。
 昨夜は寝たのが2時を過ぎていた。中学生の亮吾には、5時間睡眠では到底足りなかった。トロリと意識が蕩け、甘い眠りに落ちそうになるのを寸でのところで堪える。右の頬っぺたをつねりながら、今日こそは早く寝ようと心に誓う。どんなにネットゲームが面白くても、現実世界にまで影響があるようではダメだ。
 亮吾は今、東京怪談と言うネットゲームにはまっていた。自分の分身であるキャラを作り、怨霊や妖怪を倒しながら東京を救っていくという、今話題の人気ゲームだ。
 亮吾の分身は、鈴城亮吾と言って、都内の中学校に通っている。見た目は身長以外全て現実の亮吾と一緒で、性格も自分とほぼ同じにした。ただ、現実とは違う設定として、半分精霊の血が混じっていることにした。そして、その精霊の血によって身長は低いままだと言う設定を追加した。現実の亮吾の身長は、中学生の平均よりも高い175cmだった。身長順で並ぶと、後ろから3番目だ。
 東京怪談の中の鈴城亮吾は、精霊の血を活かしながら様々な妖怪を倒し、事件を解決している。絶体絶命の危機に仲間と協力しながら立ち向かい、何度も危機を乗り越えてきた。事件の多くは草間興信所の草間探偵からもたらされ、その依頼に乗っ取って事件の捜査に乗り出している。 今日も家に帰ったら、何か新しい依頼が出ているかもしれない。最近、家に帰ってパソコンをつけてからまずすることが、草間興信所での依頼探しになっていた。
 そこまで考えて、亮吾はふと窓の外に視線を投げた。実は現実世界にも、東京怪談にあるのと同じ名前の興信所がある。探偵の名前はズバリ、草間武彦。東京怪談の草間探偵の本名と一緒だ。性格的にも草間探偵と似ているが、現実の武彦は物騒な事件を引き寄せるような特異体質ではない。面倒くさくて厄介な事件を引き寄せはするけれど、生死をかけた依頼なんてものは、基本的には入ってこない。
 迷子の猫探しや、落し物探し、家出娘の捜索や、近所のおばあさんのお買い物の代行など、ほとんど何でも屋だ。亮吾もたまに手のあいたときに手伝いに行っているけれども、最近は東京怪談にはまっていて、部活が終わった後寄り道もせずに家に帰っているため、寄っていない。
 今日は部活もないし、久しぶりに草間興信所に顔を出してみよう。
 放課後の予定を決めたとき、背中に小さなものがぶつかった。振り向いてみれば、バスケ部仲間の少年が必死に亮吾に何かを訴えていた。手には消しゴムを握っていることから推理して、彼は消しゴムを小さくちぎって亮吾に投げていたのだろう。引きつった顔で、黒板を指差す。亮吾は慌てて姿勢を正すと、真剣な表情で黒板に向き直った。先生が、射るような冷たい目で亮吾を見つめている。クラス中の視線が亮吾に集まり、これから何が起きるのかと、皆が身を固くしている。
 極力先生の視線を気にしないようにしながら、シャーペンをノートに滑らせる。眠気は一気に吹き飛び、丁寧な字が白いページを埋めていく。必死にノートを取る亮吾の姿を暫し凝視した後で、先生は何事もなかったように授業を再開しだした。教科書を数行読み、詳しい解説を黒板に書き出す。先生がこちらに背を向けたのを見計らって、亮吾は振り返ると顔の前で両手を合わせ、恩人に頭を下げた。



 亮吾は興信所の扉を開けると、中の冷たい空気を思い切り胸に吸い込んだ。クーラーは今日も快調に冷たい風を吐き出しており、綺麗に片付けられた室内には革張りの豪華なソファーが置かれ、そこでは依頼書を片手に武彦が紅茶を飲んでいた。
「久しぶりだな、鈴城。学校帰りか?」
「今日は部活もないんで、久しぶりに寄ってみたんだ」
「そうか。凄い汗だが、外はそんなに暑いのか?」
「最後の授業が体育でさ、サッカーやってきたんだ。何か飲み物貰って良い?」
「冷蔵庫にジュースが入ってるぞ」
 勝手知ったる草間興信所だ。亮吾は手馴れた様子で食器棚からガラスのコップを取り出すと、アップルジュースをついで一気に飲み干した。2杯目を入れ、テーブルを挟んだ武彦の前に座る。
「何か面白そうな依頼ある?」
「面白いかどうかは分からないが、今さっき受けた依頼を見てみるか?」
 武彦が今まさに読んでいた依頼書を亮吾に手渡す。
『夜な夜な女の泣き声がする巨大な屋敷があるらしいんだ。いつ頃から人がいなくなったのか分からないくらい昔から空き家になっていたにもかかわらず、外観は綺麗な屋敷でな、なんでも、昔その屋敷の当主が家族や使用人を皆殺しにしたらしい』
「えっ‥‥‥?」
 武彦の口から聞いたとんでもない依頼内容に、亮吾は目を点にして顔を上げた。
「どうしたんだ鈴城、そんな狐につままれたような顔して」
 手元の依頼書に目を通す。依頼人は70を過ぎたおじいさんで、初恋の人に渡せなかったラブレターを渡してほしいという内容だった。 すでに初恋の人の名前も住所も武彦によって調べられており、あとはラブレターを渡しに行くだけだ。
「住所は山梨ってあるけど、明日行ってくるの?」
「あぁ。良かったら鈴城も行かないか?明日は土曜日だろ?」
 壁にかかっているカレンダーに目を向ける。1学期最後の土日だった。来週の半ばから、もう夏休みが始まる。
「行くよ。明日は何時くらいにここに来れば良い?」
「いや、俺が迎えに行く。8時くらいでどうだ?」
「分かった、8時ね」
 亮吾は武彦と何気ない会話を続けながら、先ほど聞こえた幻聴の内容を思い出した。東京怪談の草間興信所でなら、あり得そうな依頼だ。でも、ここは東京怪談の世界じゃない。東京の草間興信所だ。ゲームのやりすぎだと結論付けると、亮吾は深いため息を吐いた。



 パソコンをつけ、パスワードを入力する。画面が明るくなり、東京怪談の世界の真ん中で草間探偵が拳銃を片手に闇を凝視している壁画が浮かび上がる。ネットを開き、お気に入りから東京怪談を選んでクリックする。闇に浮かぶ東京怪談の姿を暫し見つめた後で草間興信所に入り、目ぼしい依頼を探す。いくつか“鈴城亮吾”向きの依頼を見つけ、すぐに申し込む。他にも色々な場所で依頼を探し、亮吾は一通りの作業を終えると右下の時計に目をやった。 もうすぐで今日が終わり、明日になる。明日は武彦が8時に迎えに来るから、寝坊は出来ない。
 パソコンを消し、布団にもぐりこむ。 寝不足と疲労が相まって、亮吾はすぐに夢の世界に落ちた。



 ガタンと大きく跳ねた体に、鈴城は目を開けると周囲を見渡した。高い木々に囲まれた暗い山道は舗装されておらず、ガタガタと上下に揺れては窓に頭をぶつけそうになる。ハンドルを握っていた草間がミラー越しに鈴城を見ると、紫煙を吐き出した。
「起きたか?」
「あぁ。屋敷まではあとどれくらいかかる?」
「10分くらいだろ。それにしても鈴城、よくこの凸凹道の中熟睡できるな」
「最近ネットにはまってて、寝るのが遅いんだ」
「ゲームか?」
「あぁ。“東京”って知ってる?」
「何の変化もない毎日を過ごすゲームだろ?あんなん楽しいのか?」
「わりと楽しいよ。勉強して部活して、友達を増やしたり彼女を作ったり」
「そんなの、今だって出来るだろ」
「難しいよ」
 この身長と能力だし。と、口に出さずに心の中で呟く。 エアコンの入っていない車内は暑く、窓を開ける。ガラス越しに小さく聞こえていただけだった蝉の大合唱が鼓膜を揺らす。額に滲んだ汗を拭いながら、鈴城は目を閉じた。



 ガタンと大きく跳ねた体に、亮吾は目を開けると周囲を見渡した。等間隔に並んだ街路樹に、ピンク色の花が咲く花壇、舗装された道は真っ直ぐに先まで続いており、何故車が跳ねたのか驚きながらも、運転席に座る武彦の顔をミラー越しに見る。
「起きたか?」
「うん、今のは?」
「今の?」
 不思議そうな武彦の顔に、夢の中の出来事を思い出す。どうやら車が跳ねたと思ったのは、勘違いのようだった。考えてみれば、これだけ綺麗に舗装されている道路で車が跳ねるなんて、どう考えてもおかしい。夢の続きを現実にまで引きずってしまっていたようだ。
「あとどれくらいかかる?」
「10分くらいだ。それにしても鈴城、熟睡してたけど、寝不足なのか?」
「最近ネットにはまってて、寝るのが遅いんだ」
「ゲームか?」
「そう。“東京怪談”って知ってる?」
「一応はな。でも、あんなの楽しいのか?」
「わりと楽しいよ。仲間と協力して難事件を解いたり、妖怪や霊をやっつけたりさ」
「そんなの、今だって出来るだろ」
「え?」
 突然武彦がブレーキを踏み、ハンドルを回す。180度ターンした先には、凸凹の山道が伸びていた。エアコンから噴き出していた冷たい空気が止まり、熱気がこもってくる。窓を開ければ、ガラス越しに小さく聞こえていただけだった蝉の大合唱が鼓膜を揺らす。額に滲んだ汗を拭いながら、鈴城は目を閉じた。



「一応はな。でも、あんなの楽しいのか?」
 はっと目を開ければ、武彦がミラー越しにこちらを見ていた。
「わりと楽しいよ。仲間と協力して難事件を解いたり、妖怪や霊をやっつけたりさ‥‥‥」
「ゲームの中だけでなら楽しいだろうが、現実世界にそんなのがいたら堪らないだろうな」
 武彦が顔を引きつらせながらそう言い、ハンドルを右に切る。緩やかな坂道を上りながら、武彦と亮吾は昔手がけた“事件”の話をどちらともなくしていた。 ある男に届けてほしいと頼まれたアタッシュケースの中に入っていた大金、やけに重たいぬいぐるみの中に隠されていた拳銃、浮気調査をすればヤのつく怖いお兄さん達に囲まれそうになったり、何故か草間興信所は普通の興信所のはずなのに、たまにちょっぴり危険な依頼が入るときがあった。思えば亮吾の毎日は、普通の中学生よりも少しだけ刺激的だった。
 でも、東京怪談の鈴城亮吾ほどじゃない。攻撃してくる妖怪相手に戦うことなんて、まずありえない。そもそも、妖怪なんてものがこの世にいるのだろうか?
「鈴城、着いたぞ」
 武彦に言われて顔を上げれば、そこには森に囲まれた巨大なお屋敷があった。



「鈴城、着いたぞ」
 草間に言われて顔を上げれば、そこにはこじんまりとした白い小さな家があった。庭には色とりどりの花が植えられ、夏の太陽を受けてキラキラと輝いている。
「この手紙を渡せば、依頼終了だ」
「あ‥‥‥あぁ、そう‥‥‥だな」
 鈴城は頷くと、草間の後について車を降りた。屋敷から夜な夜な聞こえる女の声の調査をしにきたはずが、途中から平和的な恋物語のお手伝いへと変わっている。
 何かがおかしい。 鈴城は足を止めると、ジっと白い砂利の敷かれた足元を見つめた。
 東京怪談の鈴城亮吾は、おじいさんのラブレターを届けに山梨まで来たりしない。東京の鈴城亮吾ならまだしも、俺は ―――――
「鈴城?」
 草間の声に顔を上げると、巨大なお屋敷の両開きの扉が今まさに開かれようとしているところだった。



 はっと顔を上げれば、そこにはこじんまりとした白い小さな家があった。庭には色とりどりの花が植えられ、夏の太陽を受けてキラキラ輝いている。
「どうやらこの屋敷であった悲惨な事件は、本当みたいなんだ」
「そう‥‥‥なの、か?」
「成仏できない怨霊が巣食っていても不思議じゃない」
 武彦が車を降りる。亮吾は、後部座席に座ったまま動けないでいた。
 何かがおかしい。亮吾はお洒落な家を見上げながら、背中を滑り落ちる冷や汗に生唾を飲み込んだ。
 東京の鈴城亮吾は、屋敷から聞こえる女の声の調査のために山梨まで来たりしない。東京怪談の鈴城亮吾ならまだしも、俺は ―――――
 俺は、一体誰なんだ‥‥‥?
 鈴城亮吾は鈴城亮吾だ。でも、東京怪談の鈴城亮吾なのか?東京の鈴城亮吾なのか?
『どっちも俺だろ?東京怪談だろうが東京だろうが、鈴城亮吾は鈴城亮吾だ』
 自分と全く同じ声が、右隣から聞こえる。素早く顔をそちらに向ければ、鈴城が無表情で座っていた。
「違う。東京怪談の鈴城亮吾と、東京の鈴城亮吾じゃ生きる世界が違う」
『鈴城亮吾の言うとおりだ。東京怪談と東京じゃ、世界が違う。なら、鈴城亮吾、お前はどっちの鈴城亮吾なんだ?』
「俺は‥‥‥自分の世界が良い」
『だから、それはどっちなんだ?鈴城亮吾、お前がいる世界はどこなんだ?』
「どっちが夢でどっちが現実なんだ?どっちが現実で、どっちがゲームなんだ?」
 鈴城が ――――― いや、亮吾が不敵な笑みを浮かべながら両手を広げる。
『それを決めるのは鈴城亮吾、お前だ。鈴城亮吾の決めた世界が鈴城亮吾にとっての現実となり、鈴城亮吾の選ばなかった世界が夢となり、ゲームとなる』
 正解はない。今、この場で俺が選んだ世界が正しい世界となる。 俺は唇を噛みながら、自分がいるべき世界の名前を呼んだ。
 瞬間、現実の世界が目の前に現れた。ゲームでもなく夢でもない、“現実の世界”で確かに生きてきたという思い出が、俺の中に流れ込んでくる。
「この夢の中もいいけど、やっぱり今現在の自分が一番良いと思う」
 俺以外の鈴城亮吾が景色と共に溶けていく。蝉の声が遠のき、代わりに波の音が穏やかに聞こえてくる。木の香りは潮の香りに、目に痛いほど明るかった太陽は柔らかな月と宝石のような星に。
「今までの人生で、どれくらい選択をしたのか分からない。でも、どれも自分で選んできたことだから、後悔はあっても不満はない」
 耳に押し当てていた巻貝を砂浜にそっと置く。慈しむように撫ぜた後で、立ち上がる。
「今の俺があるのは、今の俺に繋がる選択肢を全て間違えずに選んできた証拠だから‥‥‥」



 パチリと目を開け、俺は枕元の目覚まし時計を手に取った。夏休みも半ばに入った最近、遅くまでゲームをしているせいで昼近くに起きるというだらけた生活を送っていた。 でも、今日は違う。どんな夢を見たのかはっきりとは思い出せないが、不思議な夢を見た。その夢が、俺の今朝を清々しいものにしてくれていた。
 布団を跳ね除け、パジャマを着替えると台所に向かう。いつもはトーストを焼いただけで終わらせてしまう朝食だったけど、今日は時間がある。凝った朝ごはんを用意して、ゆっくり食べるのも良い。グラスにアイスココアを作り、一口飲む。甘い。舌の上で蕩ける甘さに頬を緩めながら、俺は頭の中にレシピを広げた。それと同時に、今日は何をしようかと考える。 そうだ、昨日のゲームの続きをしよう。まずはどちらから終わらせるか、真剣に考え込む。
 夏休みはまだまだ終わらない。俺は今日の予定をたてると、ココアを一気に飲み干した。



END




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃

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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】




 7266/鈴城・亮吾/男性/14歳/半分人間半分精霊の中学生


 NPC/草間・武彦