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楽しんだ者勝ち!海辺のアルバイト
「海の家だぁ?」
『けもののきもち』の強面おばちゃん院長、随豪寺徳(ずいごうじ・とく)は、古馴染みの頼みに露骨に顔をしかめた。
「いくらなんでもベタすぎだろ……あんた、なに企んでるんだい?」
「嫌ぁね徳ちゃんたら、人聞きの悪い」
ハスキーヴォイスで身をくねらせる織女鹿魔椰(おるめか・まや)は、実はおっさんなんだけれども相変わらずやや薹のたった美女にしか見えない。光沢のある黒いロングドレスのスリットから覗く脚線美には、正真正銘XX遺伝子の保持者として数十年来納得のいかない徳である。
「そりゃ第七診療室はどこぞの浜辺とリンクしてるし盆を過ぎても水温高いしクラゲも出ないがね、なんだってこそこで海の家なんだよ?」
「あたしだって人の子ですもの。一度くらい、海洋汚染エピとか番外編エピとか劇場版エピの引き立て役とかじゃない、正真正銘平和でベタな夏の思い出を作ってみたいの☆」
「次に語尾に☆つけたらぶっとばすよ、この元悪の組織大幹部。どんだけ苦労してあんたらの陰謀を潰してまわったと……まあ昔話はいいや。五万歩譲って貸してもいいけどさ。あそこって結構、半魚人出るよ? 性格単純にして粗暴で身の丈七、八尺あるよ?」
「そんなの、徳ちゃんの人脈でどうにかして頂戴よ!」
「近頃なにかと物入りでね……」
「わかったわよ、ちゃんと日当払うから」
「毎度。そういうことなら求人広告でも出してやろう」
「あ、売店の方もお願いねぇ☆」
艶サラのストレートヘアをセクシーにかきあげた魔椰は、院長渾身のアッパーで星になった。
──そんなわけで、下記の募集と相成る。
■シーサイドハウス☆ルル スタッフ募集!■
1)浜辺の警備スタッフ(半魚人出没エリアです。追い払えればOK。退治尚可。解決後は自由時間)
2)売店スタッフ(出店アイディア歓迎。お小遣い稼ぎのチャンス!)
++++++++++++
青い空に入道雲。
照りつける南国の日差しと、椰子の木陰を抜ける心地よい潮風。
きらめく白い砂を波が洗い、エメラルドグリーンの海には色とりどりの熱帯魚が遊ぶ──
『けもののきもち』第七診療室の扉の向うは真夏のビーチであった。
それも人っこ一人いない、まさにプライベートビーチだ。
やけに大きな太陽は中天にあり、真昼の状態があと十数時間続くという。
依頼主のおっさん、もとい、魔椰は「ある程度形になったら呼んで頂戴ねえ☆」とのことだったので、各アルバイター(及び魔椰配下の黒服達)は到着順に広い砂浜を踏みしめた。
なにぶん長大な浜辺である。
警備や海の家設置場所探し等に人数がばらけると、あたりは再び潮騒に満たされた。
そんな白い砂浜に、寄せては返す波になぶられて謎の物体が……
一見打ち上げられた深緑色の昆布の塊、しかしてその実体は東雲緑田(しののめ・ぐりんだ)であった。
「被害は7803緑田……やはり素足では自殺行為ですか……」
まず足をやられ、跪いた膝から臑をやられ、海まであと僅かというところで遂に前のめりに倒れたのだが、熱い砂とある意味相性抜群だったらしく、体のそこかしこから細く黒煙が上がっている。
それでも俯せのまま他人事のように呟く声は至って平静だ。前もって半魚人と交渉できなかったのは残念だが、焼け死んだ部分は現在黒い魚型の小規模緑田郡体(ぐりんだっしゅ)によって耐熱性他の便利機能もあわせて鋭意補修中であり──なにがどうなって、などという質問は野暮というものだ──、海の家ができあがるまでには販売員として復帰できる見通しである。
「海の家といったら……ラーメンですからね……」
焦げくさい臭いを漂わせつつ目玉商品の構想を練る緑田さんの姿に恐れをなし、黒服達が助け起こすのを断念したのは秘密だ。
どれくらいそうしていたものか、ふと我に返ると辺りが騒がしい。砂まみれの顔を上げれば、波打ち際が乱闘の舞台になっていた。正確を期するならば、新鮮なクロマグロの頭部を持った半魚人の集団を巨躯の青年がほぼ一方的にぶちのめしている。見守っているうちに、彼方から半魚人の群れが殺到してきた。応援に駆けつけたかと思いきや、追われているらしい。追っているのは見知った二人だ。
「おや、千獣(せんじゅ)さんにジェイドックさんではありませんか」
立ち上がりかけて、
「ん〜そろそろリッジウェイの出番な気がするさ……」
巨躯の青年の呟きをキャッチし、その視線の先に釘付けになる。
「ほほう、これは素敵なメカですね。なになに……ナイトフォーゲルLM−04リッジウェイ……攻撃力は……」
魔法のぐるぐる眼鏡で素早く分析しながら、操縦者であるらしい青年の背後に速やかに移動。
「よろしければリッチでニッチな武器をお貸ししましょうか?」
ぱっと振り向いた青年が細い目を丸くして緑田を見下ろした。抑制してはいるが、結構驚いている。よくある反応だ。
「申し遅れました、僕は東雲緑田です」
青年──御影柳樹(みかげ・りゅうじゅ)というそうだ──が答えるより先に言葉を継ぐ。
「但し『なんくるないさ〜キャノン』は一発ネタですし『エイサーボム』は負荷が大きいですし『かりゆしビーム』は試作段階──」
「あー……今回は遠慮しとくさ〜」
よくある反応なので気にしない。デメリットも事前にきちんと説明するのが緑田のポリシーなのだ。その前にそもそもどういうメリットがあるのかは本人にもよくわからないので尋ねないのがお約束だ。
「おや、そうですか。では僕は仕込みがありますので」
実は海の家販売員でしてと付け加え、緑田はリッジウェイの起動音を背にいつの間にか完成している海の家へいそいそと足を運ぶ。ぐりんだっしゅによる修復は完璧で、足裏は砂を踏むごとにひんやりしていた。
ラーメンの販売スペースが食欲をそそる匂いと謎の臭気が渾然一体としたカオスな空間と化し、他の店も支度が終わった頃、浜辺の方も一段落したようだ。戦意喪失した半魚人の処遇は、オーナーこと魔椰にまかせる運びらしい。
「そうですね、売店の方も、皆さん準備が整いましたし」
にょろりと移動してごく自然に会話に混ざる彼に、柳樹がびくりと肩を揺らした。
「ちょ、緑田さん、いつ来たさ?」
続けて何事か言いかけてやめた柳樹の腹が、そこで盛大に鳴った。
「ふ、この正直者め!……ところで我輩も小腹が空いたぞ、千獣」
柳樹の腹の虫を揶揄したその口で偉そうに甘える超小型犬・バロッコを、千獣が抱き上げる。
「うん……何か、食べよう……」
「何かではない。麺である!」
願ってもない反応だ。緑田はずい、と一歩踏み出し、ちょうど虚空から受信した情報を交えてアピールした。
「ラーメンはいかがです? 今ならもれなく魔法少女になるチャンスが当たる、サマーマジ狩るキャンペーンもやってます!」
「あらまあまあ、素敵じゃなぁい☆」
シーサイドハウス☆ルルのオーナーこと魔椰が歓声を上げた。ミニ丈のサマードレスからおっさんにあるまじき美脚をさらし、椰子の木陰を生かした南国風のバーや、カレーにおでん、焼きそば等の麺類、西瓜にかき氷といった定番メニューの並ぶ海の家を上機嫌で見て回る。
「ところで、と。アレはなんなのかしら?」
ネイルばっちりの指さす先には、緊張ぎみに渚に佇む半魚人がおよそ三十匹。いつのまにか数が増えている。おまけに波間にもマグロの頭が見え隠れしていた。仲間が気になって戻ってきたものとみえる。
柳眉をひそめるオーナーにジェイドックが説得を試みた。
「魔椰……だったか。もう争う気はないそうだし、売り子かなにかに使ってやったらどうだ?」
「そうねえ……」
肉食系の美女(ではないのだが)は逞しい獣人をうっとりと眺めた後、可愛らしく肩をすくめた。
「ま、ぶっちゃけ侵入者はあたし達なわけだし? おとなしくしているなら居てもよくってよ☆」
寛大な処置に礼を述べ、ジェイドックは状況を伝えに立ち去った。
「あっでもぉ、お魚ちゃん皆いいカラダしてるしぃ、ちょっと楽しませてもら……あ痛ッ! しかも熱ッ!」
くだらない発言のさなかに焼けた砂につんのめって悶絶する魔椰の背後には、拳固をかためた強面のおばちゃん院長がいた。
「踊り子さんには手を触れない!」
「ひどいわ徳ちゃん、軽いジョークじゃないの」
「ん〜でも目が本気だったさ?」
さりげなく茶々を入れる柳樹の手には、いちはやくゲットした焼きトウモロコシがあった。
「んまッ憎らしい、こうなったら貴方の可愛いメカを乗っ取って悪用してや……ぐはッ!」
院長渾身の蹴りが決まったところで、黒服達が魔椰を丁重に引きずっていく。どういういきさつか半魚人を引き連れたジェイドックも戻ってきた。
「あの、人達……仲、悪い、のかな……?」
テーブル席では千獣が首をかしげていた。
「否々、我輩の見るところあれは『くされえんのたわむれ』、心配無用である──おやじ、お勧めを固めの特盛り一丁!」
「くされ……腐れ?……でも、心配ない、なら、よかった……あ、私も、同じ、で……」
「毎度!」
今回の目玉商品は麺からスープまで昆布尽くしの多分ヘルシーな一品『半魚人さんお袋の味特製昆布メン』である。スープ、麺、ラッコをかたどったトッピング全てが緑、それも微妙に色合いが異なる。ひとたび口にすれば豊かな磯の風味が十重二十重にひろがって脳髄直撃間違いなし。特性ダレを加えるとちょっぴり危険なフレーバーに激変するので、そこはお好みでご賞味あれ。
そんな苦心作を手早く二人前用意して運ぶ。油断すると丼に入ってしまいそうなサイズのチワワがどうやって食べるのか興味がないでもないが、きっと触手を出したり変形したりするのだろうと己を納得させて調理に専念する。好奇心、緑田を破壊すると諺にもあることだし(いずれ復活するけど)。ともあれここは商売第一だ──しかし意気込んでみたものの、よくよく見回せば賑わいのわりに純粋な意味での人類が殆どいない。
「オーナー、プライベートビーチ並みに人いないですね?」
カクテルグラスを手に聞こえないふりをする魔椰に代わって、隣でペペロンチーノをかっ込みながら院長が答えた。
「ご近所さんやら商店街の人やらに声掛けたんだけど、なんか物凄い勢いでのきなみ断られたんだってさ」
うちはお化け屋敷みたいなもんだからねえ、と苦笑する肩越しに「普段からのアピールが足りないからよ」と魔椰が愚痴る。そういうわけなら仕方ない。視線を戻せば、すっかりおとなしくなった半魚人が店先に鈴なりだ。目玉商品のネーミングがツボにジャストミートしたのか、はたまた怪しい外見と謎の臭気を放つラーメンが本能を刺激するのか……けれども、明らかに食べたそうなのに後一押しが欲しいのかもじもじしている。行動に移す前に、一応許可は取っておこう。
「とりあえず半魚人以外客が来ません! 半魚人相手に商売始めても良いですよね?」
「いいわ、海の家値段+αでぼったくっておやり!」
「ウィ、マダーム」
一連のやりとりに、半魚人達は一斉にジェイドックに期待をこめた熱いまなざしを送る。齧りかけの焼きイカを持ったまま、絶対に振り返るまいとしている獣人はどうやらボスに就任した模様だ。
「……食いたければ食え。ああ、勘定はちゃんとしろよ」
やや引きぎみに出た『お許し』に、身振り手振りの注文が殺到する。
「はい毎度、はい少々お待ちを、はいお待たせいたしました!」
日差し対策の暑苦しいローブ(設定ミスか仕様か、足の裏は今や極寒だった)と無駄に爽やかな笑顔で、緑田は商売に専念する。ラーメンは量産するそばから飛ぶように売れた。器用に箸を使って麺を啜るマグロの姿がほほえましい。ヒレやエラがぱたついているのは喜んでいるのだろう。だからこの稼業はやめられない。
「お釣りは……要らない? 替玉ダブルで? かしこまりました!」
嗜好性が高いのかホルモンでも分泌されちゃうのか、目玉商品タレ多めのリピート率が半端ではない。支払いはいかにも半魚人らしく大粒の真珠だったり難破船から回収したと思しき金銀財宝なのだが、持ち合わせがなくなってしまい辛抱たまらずこっそり鍋に手を伸ばす不逞の輩も出てくる始末だ。
むろん、緑田が見逃す筈もない。
「おっと……おいたする子にはおしおきですよ?」
なぜか猫耳マーメイドに変身してのたうつ仲間に、半魚人達は本気で怯えた。
「あら、いい腕してるじゃない……四半世紀前に会えてたら、さぞヴァラエティに富んだ怪人が量産できたでしょうに」
「恐縮です、オーナー」
この世に愛とか夢とか希望とかが減るのを防ぐ為、遠い世界から訪れた緑田である。悪の組織に加担するなどありえない。とはいえ現状、さらりと流すのが商売人の嗜みだろう。なにやら口惜しがっている魔椰に無難に答えると、大ジョッキを飲み干した院長がからからと笑った。
「『たられば』が出るようじゃ、元悪の麗人様もヤキが回ったねえ。年はとりたくないもんだ」
「徳ちゃんたらひどいっていうか昔の面影ゼロな人に言われたくないんですけど!? なによっ帰ったら郵便受けの蓋を糊付けしてやるから!」
地味にダメージのくる宣言をすると、たこ焼きを放り出して魔椰が渚に走り去る。余人に計り知れぬ根深い確執があるようだ。
「ラーメン……いかがです?」
気まずい雰囲気を打開しなおかつ商売に繋げるべく、緑田は院長に問うてみた。
「頂こうかね。ああ、そのタレは抜きで」
「ウィ、マダーム」
わっと上がった歓声に頭を巡らすと、浜辺にネットが張られていた。片側に千獣とチワワ、反対側に柳樹と魔椰。間にジェイドックが立っている。状況からしてビーチバレーのようだが、ボールはどう見ても石の球だった。
青い空に白い雲、真夏の海のうさんくさい球技と人外に大人気のラーメン屋──
「なかなかシュールな展開ですね……」
己を全否定するかの如き緑田の述懐が、ビーチの熱気に溶けていった。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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東京怪談
【6591/東雲緑田(しののめ・ぐりんだ)/男/22歳/魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん】
聖獣界ソーン
【3087/千獣(せんじゅ)/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男/25歳/賞金稼ぎ】
CATCH THE SKY
【ga3326/御影柳樹(みかげ・りゅうじゅ)/男/22歳/グラップラー】
NPC
随豪寺徳(ずいごうじ・とく)
織女鹿魔椰(おるめか・まや)
バロッコ
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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東雲緑田様
ご発注ありがとう存じます。
この度は大変お待たせ致しまして申し訳ございませんでした。
緑田様の素敵ラーメンにはいつもやられます。昆布麺、食べたいです。
それでは、またご縁がありましたらよろしくお願い致します。
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