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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


怨念がおんねん〜新人アイドル奇談〜


 いつもの傾いたソファーにお行儀よく座っているのは……なんと所長の武彦であった。周囲に気を遣いながらコーヒーを飲む姿は、もはや他人にしか見えない。この状況下ではいつものハードボイルドを貫けず、ただ無意味に老けたリアクションを繰り返すだけ。いつものように役職を盾にでかい態度を取れないというのは、これほどまでに苦しいものなのか。武彦はもう、ギブアップ寸前だ。
 それもこれも「厄介な脅迫」と「腰の低い新人アイドル」のせいだ。本来は自分が座っているはずの所長の椅子へと目をやると、小柄なメガネっ子が恐縮した面持ちでお辞儀を繰り返す。彼女は某芸能プロ主催の『メガネっ子オーディション』で準グランプリに輝いた真鶴ちあみ。最近ではテレビでの露出も増え、知名度も上がってきた将来有望のアイドルだそうだ。そして今をときめく大学生。そんな彼女もまた、武彦と同じ被害者であると言える。なんたって、こんな場末の興信所で『一日所長』などさせられているのだから。

 数日前、彼女の熱狂的ファン……の幽霊が、この草間興信所を訪れた。最初は零の力に引っ張られちゃった浮遊霊かと思って、武彦自ら「すまんすまん」と極めて軽いノリで会話を始める。ところが、これがよくなかった。なんと相手はアイドルオタクの自縛霊で、しかも『ボクはちあみたんの大ファンだ!』と公言しながら事務所に不法侵入。その後は彼女がデビューするまでの道のりを延々と熱く語る。マニアックなトークが1時間を超えたあたりでどうにも我慢できなくなった武彦は、不本意ながら妹に向かって『消セ』のサインを出すが、それを見た相手は自縛霊にお茶を勧めた後。強制終了のチャンスを逃した代償は大きい。すでに「成仏でしかお帰りいただけない」ところまで来てしまっていたのだ。
 その自縛霊は武彦に向かって「死んだ直後に売れたというちあみたんの活躍が見たい!」と懇願する。もちろん所長は金にもならない依頼を受けるはずもなく、あっさりと「そんなのは専門家に頼め」と突き放した。ところがオタクの情念は死んでも腐らず、ただ純粋に自縛のパワーを増幅させていたらしい。彼がへそを曲げた時のパワーといったら、余裕で雑居ビルひとつを破壊するほどだ。挙句の果てには『みんなが要求を聞かないなら、この興信所を三面記事に載せてやる!』と自爆を匂わせる始末。死ぬにしたってもうちょっとマシな奴にマシな殺され方をしたかったので、武彦は泣く泣く要求を飲んでちあみを一日所長として迎えたのだった。

 「すみません! ホントにすみません! ファンの方がご迷惑おかけしまして……」
 「いや、ちあみちゃんのせいじゃないよ。ただ、あの感じだと一日所長では満足しなさそうな感じだな。どうすればお帰りいただけるかな……?」
 「そっ、そのことなんですけど……あ、あの、あ、あたしがですね、祓っちゃうっていうのはどうなんでしょうか?」

 アイドルが霊能力を持ち合わせているのは珍しい話ではないが、少なくともちあみはただの一般人。おそらくどこからか『祓う』という知識を手に入れ、偶発的に口にしただけだろう。
 ただ自縛霊を成仏させるために行われるお祓いは、簡単に言えば『最終手段』である。本来なら「自縛霊が自分ですべてを納得し、自分から成仏を願うようにする」のが一般的な手法だ。だが、あいつはその辺の情念が異様なまでに根深い。正攻法でなんとかなる相手ではないのかもしれない。
 その反面、何かにつけてちあみを絡めれば、素直に成仏まで持っていける可能性もある。相手はちあみの大ファンだから、彼女をうまく立ち回らせれば効果的だ。何が何でも強制成仏か、それともちあみの可能性に賭けるか……武彦は社員なので、自分から依頼を処理してくれる相手に片っ端から電話をかけ始めた。


 武彦の要請を受けて、派遣霊媒師はすぐにやってきた。
 ただ毎度のことではあるが、美人なのに手荒いご挨拶が大好きな冥月は社員に成り下がった男の尻を容赦なく蹴り上げる。まーたおかしな仕事を引き受けたなというツッコミかと思いきや、今回はそのまま流れるような動作からチョークスリーパーへと移行した。まだ何か武彦に訴えたいことがあるらしい。

 「痛たたたた! な、何をするんだ! 所長様が心配そうな表情で見てるだろっ!」
 「構わん! お前なら今回の事件に実に下らん名前をつけるだろうと思うと、不思議と我慢ならんのだ……!」
 「すっ、すみません! すみません! 私のせいで……」

 冥月は武彦をひとしきりいじめたところで技を解く。ここで完全に落としてしまっては、後で面倒になるからだ。そして電話でも聞いたアイドルとやらに視線を向ける。なるほど、確かに整った顔立ちだ。身長もそれほど高くなく、一般男性が彼女を連れて歩くのを妄想した時にちょうどいい。なるほど、アイドルとしては間違いのない美貌の持ち主だ。ただ責任感が強すぎるのか、それとも気が弱いだけなのかはわからないが、何に対しても腰が低い。事務所の中にいる人間の一挙手一投足に反応しているようにも思えて仕方がない。

 「さ、仕事を終わらせるか。もう怯えることもない。出てこい、そこでカメラを構えた怨念!」

 彼女はさっさとバカバカしい話を終わらせて、じっくり武彦をいじめようと意気盛んであった。怨念は挑発に乗り、実体化して出現する。相手は武彦と話をしたというのだから、このくらいのことはできると踏んでいた。ちあみはこんなところに潜んでいるとは思わなかったらしく、素っ頓狂な声を上げる。

 「あーっ! あ、いらっしゃったんですねー!」
 『な、なんだよぉ。別にあんたには用はないんだよぉ。お前、ちあみたんの前に立つなよぉー!』
 「やかましい。さ、冥土へ旅立ってもらおう。地獄の鬼を相手に撮影会でもするんだな。」
 『ちあみたんの活躍を見ずに死ねるかーっ! ボ、ボクの力を思い知れーっ! はい、目線くださーい♪』
 「こ、こう……かしら? えへっ♪ あ・た・しぃ、ミンユェでーす♪」

 世にも恐ろしいえらいもんを見せられた武彦は、口に含んでいた緑茶を天井に向けて盛大に吹いた。あの、あの、あの冥月が、オタクの掛け声と同時に萌えポーズを流し目で、しかも猫なで声でこなすではないか!

 「んぶーーーーーーーっ!」
 『ちっ、しけた写真だけど仕方ない。これだから素人のポージングは美しくないんだ。』
 「み、み、冥月さ……ん? だ、大丈夫ですか?」

 さすがの零も心配になって声をかける。ところが今の冥月には、そのやさしさが大きなダメージとなった。

 「き、き、記憶、記憶が……あんなことした記憶が残っているっ! わ、わ、私がっ、あ、あ、あんなことを……したという、記憶がっ!」

 いくら彼女が不意を突かれたからといって、こんな怨念に後れを取るわけがない。ということは、怨念の力が半端なものではないということだ。しかも冥月はこういう能力を相手にするのが一番苦手。自縛霊に影はないし、自分の知識の外の能力は使ってくるし、もう散々だ。そしてさらに最悪なのは、あのカメラがポラロイドであること……怨念は出てきた写真を一瞥すると鼻で笑う。

 『ふん。出来の悪い写真だね。元所長さん、こんな写真いらないからあげるよ。』
 「草間、今すぐそれを捨てろ。早く捨てろ。記憶さえも捨て去れ! そうしなければお前を一瞬にして……」
 「わかってるよ、バカ野郎! 見せられた方の身にもなれってんだ!」

 武彦の言い分はごもっともだ。あれはやったよりも、やられた方が困るというもの。そんな被害者の論理はともかく、ひどい目に遭う前に写真は丸めてゴミ箱に投げ捨てた。零もこれ以上の面倒は勘弁とばかりに、これ見よがしにブツを取り出して灰皿の上で丁寧に燃やす。そこまでしないと、いつまで経っても兄さんが危険だ。冥月はそれを横目で伺いながら、二度と不覚を取らぬように警戒する。しかし相手の興味は、すでにちあみに移っていた。

 『こんな乱暴な女のいるってわかってたら、一日所長なんてお願いしなかったのに……ごめんね、ちあみたん。』
 「さっきの力といい、尊大な態度といい、とてもじゃないがこれで素直にお引き取り願える雰囲気じゃない。困ったのを呼び込んだな、草間。」
 「他にも応援、頼んでるんだけどな。ま、だからタバコも吸わずに待ってるんだけど……」

 冥月はてっきりちあみに気を遣ってタバコを控えていたのかと思っていたが、実は仕事を引き受けた相手への配慮だったようだ。その言葉に導かれるように、ふたりの男性がドアを叩く。ひとりはすらりとしたシルエットの青年、そしてもうひとりは幼さを残した高校生だ。タイプは違えども、ふたりは立派なイケメン。怨念からしてみれば、とても彼らがちあみのファンには見えない。

 「よっ、遊びに来たよ! おやつどこ? いつものとこ?」
 「朝幸さん、こんにちは。今日は戸棚にアンパンが入ってますよ。」
 『まーた、ちあみたん目当ての変な虫が来たな!』
 「おーっ、うまそう……って、なんか空気違うね。何かあったの?」

 朝幸は本当に興信所のおやつがお目当てだったらしく、怨念など意に介さないご様子。武彦がため息混じりに説明すると、「怨念がおんのね」と理解したことを伝える。
 もうひとりのイケメン・潤は、零に持ってきたコーヒーと甘いものを渡す。どんな事件であれ、武彦が疲れているだろうと気遣ってのことだった。そして今の状況を見て、自分なりの見解を出す。

 「まさに怨念が渦巻いてますね。見た目とは裏腹に。外に出すと危険です。」
 「潤もそう思うか。できればここで済ませたいんだが、さっきも意外な被害が出て困ってる。」
 『ぬーっ、誰かと思えば潤って……あの夜神 潤! 現役アイドルがこんなところに何のようだ!』
 「草間、雑居ビルの一室を『こんなとこ』とか言われてるぞ。やっぱり力づくで消してもいいか?」

 冥月の提案には賛成なのだが、この怨念の力を考えるとここは我慢するしかない。こんなとこでも一応は生活空間。吹き飛ばされてはかなわない。
 一方、潤はいきなり怨念の目の敵にされるとは思っておらず、この場は釈明をするのが精一杯。朝幸もおやつタイムが終わるまでは動かないつもりらしい。こんなに人がいるのに膠着状態……武彦がまたため息をつくと、ドアから学生服の少年が入ってきた。そして「これが例のオタクか」と一瞥すると、さっそく仕事に入る。

 「おおっ、今日の修羅は頼りになりそうだな!」
 「失礼なことを言うな。いつも信頼に応えている。さっそく説明するが、今回の俺は『阿鼻捨法』という修験道の秘法を用いる。依り代となる巫女に霊を降ろす術だ。普段は自分自身に降霊をするのだが、女性アイドルを自分に降ろしてもオタクに対するアピールにはなるまいと思ってな。」
 「まぁ、ここまでは筋が通っているな。」

 冥月にも事件解決の意志はあるが、いかんせん怨念から頂いた精神的ダメージが残っている。ここは修羅のお手並み拝見とばかりに、武彦の横に座って潤の持ってきたコーヒーを飲み始めた。もちろん入れたのは零である。その彼女の手が空いているのを確認すると、修羅はゆっくりと歩き出した。

 「この中で巫女の代理を任せられるのは、零しかいない。さっそくだが、以前死んだ人気アイドル歌手の霊を降ろす。零、ちょっとくすぐったいぞ?」
 「あっ、なんかそれっぽいのって、さっき冥月で見た気がするんだけど……なぜか理由もなく嫌な予感がする!」
 「ふんっ!」

 武彦の脳裏に心配がよぎったが、それよりも早く該当のアイドルが降りてきた。アイドル界では超新星と呼ばれ、未完の大器のままこの世を去った女性歌手……彼女が今ここに蘇った!

 『えへへ……うふふ……あたしの歌、聞きたぁい? ねぇねぇ、聞きたぁぁぁい?!』
 「う、薄暗ーい感じの、じょ、女性ですね。」
 「おい、修羅っ! お前のやったことは、性質の悪い怨念を一匹増やしただけじゃねーか!」

 どうやらこちらさんも成仏し損ねたせいで、いつの間にかアイドルとしての自覚が希薄になっちゃったらしい。確かにちあみはこの女性のことを知っていたが、輝いていた頃の面影がまるでなく、それこそ別人としか思えないと語った。さすがの修羅もこれは予定外。ばつが悪そうに頭を掻きながら、本来の展開を説明し始める。

 「ホントはここから『アイドルとツーショット成仏』を焚きつけて、あの世で自慢できるよなぁってな感じで進めていく予定だったんだけども……」
 『アイドルなのに、成仏なんかに色気を出したからいけないんだ。ボクのように死んでもちあみたんのファンでなきゃ!』
 「修羅の案は悪くなかったが、結果的に怨念の自信を確固たるものにしただけだったな。これは予想外の展開だ。草間、どうするんだ?」

 ここで朝幸が動いた。
 修羅によってとっとと成仏させられたアイドルの霊から解放された零から普段着を借り、それをトイレに持ち込んで慌てて着替え、仕上げに武彦のグラサンをかけて怨念の前で自分をアピールする。

 「ほらほら、ここにも眼鏡っ子がいるぞ。どうどう?」
 『女装も眼鏡もそれなりに似合ってますけど……その、さっきの少年くんですよね?』
 「やっぱ……俺じゃダメか? ダメか……」
 「ダ、ダメ……でしょうね。」

 身銭を切った作戦だったが、そんなものが通用するわけがない。さすがの潤もフォローの言葉をひねり出すのがやっと。興信所の中に嫌な空気が流れ始める。冥月と修羅がこそこそ話しているところを見ると、小声で強制成仏の作戦でも立てているのだろう。この事件を解決するのに時間制限などなかったのだが、なぜかだんだんと焦りの色が濃くなっていた。
 そんな淀んだ空気になっても、ちあみは武彦に謝り倒す一方で「最後までがんばりましょう!」と声をかける。それが気休めであることは、何の異能力も持たないちあみが一番よく知っている。でもここで腐っても何も生まれない。ポジティブな怨念を負かすのは、決してネガティブではない。興信所に来た時の姿に戻った朝幸がそれを聞いて、えらく感激した。

 「自分で何とかしようなんて、ちあみちゃんいい人だ。怨念君が応援したくなった気持ち、なんとなくわかるよ。」
 「えっ……そんなー。私は何にもしてません!」
 「そうかな? 俺はこのファンをあるべき場所に送るのは、ここに集まった誰でもない。真鶴ちあみだと思った。さっきの姿を見て確信したよ。」

 あの潤も認めるほどのすがすがしく前向きな姿は、まさにアイドルが持ち得る才能……それが誰かを救ったとしても、別に何の不思議もない。もしかしたらアイドルという存在そのものが異能力と考えても、特に不自然さはないのかもしれない。潤の言葉に朝幸がうんうんと頷く。

 「君の言葉で、彼を送るんだ。この言葉の意味は、君が一番よくわかっていると思う。アイドル教育の中で学習したものではなく、真鶴ちあみとしての生きた言葉を捧げること。これが大事なんだ。」
 「怨念君ってさ、ちあみちゃんの敵じゃないんだよね。草間さんの敵でも、俺の敵でもない。大切なものを見失った人だ。だから向かい風じゃなくって、追い風をあげたいんだ。ここは……がんばってね!」
 「わかりました……やってみます!」

 ちあみは怨念を目の前にして臆することなく、潤や朝幸に言われたように自分の言葉を紡いでいく。もちろん大事に至るといけないので、冥月と修羅が適度な緊張感を体から醸し出していた。
 彼女の言葉は意外なものだった。準グランプリで芸能界入りしたから心配かけちゃってとか、同期の娘に比べて下積みばっかりでメディア露出が遅れたとか、やはりここでもごめんなさいなトークが続く。武彦は話のネタがいつもと変わらない調子だったので内心焦った。もしかしたら送り出した潤も朝幸もそうだったかもしれない。しかしふたりは黙ってそれを見守った。ここでちあみの話の腰を折ったら、それこそ取り返しのつかないことになる。この場はどうなろうとも、彼女にやらせるしかない。
 怨念にしてみれば、ちあみが謝っていることなど百も承知であった。他のアイドルより出が遅いのは、最初の売りが眼鏡っ子だったから。芸能事務所は可能性の幅を広げるために、アイドルとしてのスタートを遅らせてでも下積みをやらせた。少なくとも、ちあみを知るファンはみんなそう思っている。ちあみを早熟のアイドルにしたくない……そんな気持ちがあった。

 『ちあみたんは、なんか、その、いつも毎日のことを丁寧に見ていけば、絶対に輝けると思うんですよ! ボクはそんなちあみたんが好きなんですぅ!』
 「ありがと……おかしいね。もう死んじゃってる人なのに、言葉はちゃんと生きてるって……すごいですね。私も見習わないと……! 私が死んでも、誰かが元気になれるように……」
 『ち、ちあみたん……』
 「もう、いいんじゃないか。お前みたいな幸せな怨念、初めて見た。さっさと成仏すべきじゃないのか?」

 おもむろに冥月が立ち上がった。何か思うところがあったのだろうか。左手が胸のあたりで強く握られていた。

 「お前はちあみにキスでもしてもらいたいから、わがままで成仏しないわけじゃないんだろう?」
 『そっ、そんな大それたこと、するわけありませんっ!』
 「でもそれでお前が成仏できると知ったなら、こいつは平気でやるぞ。守りたい存在で、大切なちあみはお前が汚すことになる。それは本意じゃないだろう?」
 『あ、当たり前じゃないか!』
 「そろそろ気づけ、怨念。お前はもう降霊師の俺の道案内などなくても、しかるべき場所に行けるはずだ。お前は……何を求めて彷徨ってたんだ?」

 突然の修羅の問いかけに悩む怨念。どうやら肝心の部分が抜け落ちているらしい。朝幸と潤が続ける。

 「もしかして……伝えたかったんじゃないのかな。本当は誰かに。別にちなみちゃんじゃなくてもよかったんだと思う。同じファンの誰かにでも言うつもりだったんだろう。その気持ちがあまりにも強くて、それを忘れて彷徨ってた。忘れちゃってたから、だんだんこの世にいる目的から離れたことをやっちゃったんじゃないかな?」
 「誰にでもこんな力は備わっているものではない。友人をも超える愛情があったからこそ、君はここに存在している。それも他人同然の人間を信じ、見守り続ける意志を怨念と呼ぶのは惜しい。だから早く成仏してほしいと……ここにいる全員が思っている。もう見失うな。お前の心は、ちあみに届いた。」

 周囲の温かい言葉を聞いた怨念は、涙と鼻水を垂らして泣いた。あの憧れのちあみがいる前で、子どものように泣きじゃくった。さすがに余計な水分まで出しているため、誰もが慰めるのだけは遠慮したが、それでもそれぞれが安堵の気持ちを胸に抱いていた。
 しばらくすると落ち着いたのか、怨念は興信所のドアに向かって歩き出した。彼は一度も振り返らず、さっきまでとは打って変わって小さな声で詫びる。

 『所長さん、ご迷惑をおかけしました。依頼料は……』
 「今さっき、お前からたっぷりもらったよ。もう何も心配するな。あっちでもファン続けろよ?」
 『それだけがボクの取り柄です。』

 その言葉に朝幸が思わずうるっときたらしく、慌てて横を向いた。怨念はそんな人々に見送られて扉を開く。そして静かに新しい旅路へと向かった。


 その後、ちあみは事務所のプッシュとは関係なく口コミで売れ始め、徐々にメディア露出も増えていった。潤の仕事先に彼女がいた……なんてこともあったらしい。あれから朝幸も修羅もすっかりちあみのことを気にするようになり、冥月もまた意味もなくテレビのチャンネルを回しては新鋭アイドルの中に彼女がいないか探した。
 目立たない男とがんばり屋の女の子が出会ったあの日を境に、みんなの中で何かが変わった。それがまた誰かに伝わって、どんどん広がっていく。こんな世の中だけど、信じられるものはある。それを感じたある日の草間興信所であった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

2778/黒・冥月  /女性/ 20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
7038/夜神・潤  /男性/200歳/禁忌の存在
1294/葛西・朝幸 /男性/ 16歳/高校生
2592/不動・修羅 /男性/ 17歳/神聖都学園高等部2年生 降霊師

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんは、市川 智彦です。今回は怨念とアイドルの物語を書いてみました。
タイトルとは打って変わって、後半はすごくシリアスな物語になりました。驚き!

皆さんのプレイングを総合して、いいところをチョイスした結果がこの物語です。
市川智彦のキャラからすると……ずいぶんと不思議なブレンドになりました(笑)。
こういう大事なことって、本当に何気ないことで気づくものだと思います。はい。

それでは通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界でまたお会いしましょう!