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<東京怪談ノベル(シングル)>


もえるおすし。

 レインボーブリッジの袂、倉庫が林立する倉庫街。
 その場に似つかわしくない茶髪の美女が、かつんかつんとヒールの音を響かせ姿を現した。
 やがて、立ち並ぶ倉庫の一つへと足を向けると、既に開いていた入り口からひょこりと中を覗きこみ、
「玲奈、どうや調子は?」
「ぼちぼち……じゃないですよッ!綾さん」
 問いかけに泣きそうな声と表情で応じたのは、三島玲奈。
 そのいでたちは、セーラー服にメイド風のエプロン──どこぞの大きいお友達が喜ぶような格好であるが、それを目にした綾は慣れているのか、はたまた細かい事は気にしない性格なのか、動じた風もない。
「なんや、未だ梃子摺っとんのかい」
「だって…」
「ンなもん、ぎょーさん塩撒いたらええやん」
「そんな相撲取りみたいな訳にいかないですよぉッ」
 疲労の色も濃く肩で息をしている玲奈に、首を傾げた綾がこともなげに言い切ると、何やら蚯蚓ののったくったような文字が書かれた紙切れとこんもり膨れた袋を手に玲奈が吼えた。
「相手はただの座敷童やろ?簡単…」
『邪魔なんだけど〜?』
 玲奈の抗議も何処吹く風で、軽く肩を竦めた綾が倉庫の中へと足を踏み入れていくと、ダルそうな少女の声が割って入った。
「…はぁ?」
「綾さんあぶな……、きゃーッ!?」
 怪訝そうに視線を向けた綾に殺気を伴った気配が迫る。
 いち早く危険を告げる玲奈の声が後半悲鳴に変わった。
 間一髪で綾が胸元から引き出した紙片──玲奈が握り締めていたものと同じものである──を投げつけると、不定形の蒼白い炎のような塊は霧散する。
 見れば、玲奈も自身に襲いかかってきたそれを祓っている。
「なんや、今のは。幽霊みたいやったけど」
「みたいじゃなくて幽霊なんですっ」
 ぽりぽりと頤をかきながらの綾の言葉に、玲奈が噛み付くように突っ込む。心なしか眼が血走っているようだ。
『どーでもいいけどぉー、アンタたち、マジでウザイ』
 緊迫する二人とは対照的に、いかにも面倒臭そうな声で呟くもう一人。
 年の頃は小学生低学年といったところだというのに、茶髪に染め短めのスカートを履き、覗いた二の腕には蝶々のタトゥーまで入っている。
「……コギャルがなしてこないな所におんねん?」
「アレが座敷童なんです」
「携帯持ってんで?」
「倒しても倒しても、次から次へとあれで呼び出してるみたいで…」
「ピザの宅配かいな」
『…そう。マジでウザくて〜』
 清めの塩や御札で迫り来る霊を祓いながらこそこそと会話をする玲奈と綾の前で、ふわふわと床から20cm程のところに浮遊したコギャル風の少女は携帯を耳にあてて何やら話している。
 通話が終わるか終わらないかのタイミングで、浮遊霊やら何やら魑魅魍魎が次から次へと集まってきては、玲奈と綾に襲い掛かるのだ。
『幽霊、ゆうれい、ユウレイヒー♪』
「き、キリがないったら」
「幽霊がヨーデル……じゃなくて、よう出る」
 魑魅魍魎の癖に陽気な歌を歌いながら、倒すそばから現れるのに、数時間前から戦っていたらしい玲奈は勿論、助っ人としてやってきた綾も最早限界状態だった。
「安いからって飛びついた綾さんがいけないんですよ」
「せやかて、ここが場所的にええ感じやったし……」
 魑魅魍魎を右から左に受け流し、更に左から右へと受け流していきながら、ぶつぶつと不平を口にする玲奈に対し、流石に綾も悪いと思っているのか声のトーンが弱くなっている。
 元をただせば綾が半ば思いつきで──しかし、かなり本気で『萌え寿司屋』設立に熱意を燃やした事が原因なのだ。
 コンセプトやら店員のコスチュームやらあれこれと煮詰め、そして立地条件などがマッチする物件を探したところ、この倉庫街がヒットした。
 倉庫とはいえ妙に安いことに疑問を抱いたが、それは程なく解明した。──…そう、そこは幽霊が出るという曰く付きの物件だったのだ。
 殺された密航者の霊が出るだとか、自殺者の霊だとか、あれこれと禄でもない因縁が判明したが、そこは玲奈に除霊してもらえば問題なかろうという事になったのだ、が──。
「コギャルの座敷童が出るなんて、聞いとらんで」
『まだやるわけー?』
 汗一つかいてない件の座敷童の少女が、やはりダルそうに二人に聞いて来る。未だ、魑魅魍魎のお友達は沢山いるのか、携帯電話を操作する指は躊躇いのないものだった。
「……こ、降参、です」
「…、……、………くそったれが」
 玲奈がエプロンのポケットから白いハンカチを取り出してひらひらとふって見せるのを認め、綾も毛玉のような魍魎にのっしりと背中にのしかかられたままがくりと頷いた。
『じゃ、『御鴎様』の下僕になれば許してあげる。…っていうかアンタたち今から奴隷』
「決定事項かい」
「……もーなんでもいいです」
 疲れきって半ばヤケクソ状態の玲奈が、ぶーたれる綾をそっちのけで話を進めてしまおうとしている。
「で、何をすれば…」
『そっちのヒトの格好、相応しくないんだケド?』
 空中に足を組んだ姿勢で浮かぶ少女が、偉そうに綾を指差し唐突に駄目出し。そしてきょとんとする玲奈に指を向け、
『アンタは合格』
「……え?」
「ウチがアカンくて、玲奈は合格て…」
 クエスチョンマークを幾つも浮かべた表情の玲奈を、漸く魍魎の重みから解放された綾が改めて爪先から頭のてっぺんまでみやる。
 本日の三島玲奈の装備【セーラー服】【メイド風エプロン】【生足】。
「…またんかい!!ウチも玲奈と同じ格好せなアカンっちゅーことかい!?」
『イエーッス』
「いやや、この歳で!」
『じゃ、魍魎の姿』
「魍魎?」
 交換条件に出された単語に、益々訳がわからないといった調子で綾が問えば、あっさりと『検索しろ、教えてチャン』とすげない返事。
 その態度に綾の機嫌が下降し一触即発の空気が流れる中、溜息混じりに玲奈が携帯でWEB検索して調べはじめる。
「ええっと…、魍魎、魍魎とは…河川などの精霊や、墓などに住まう物の怪、河童など様々な妖怪の総称。水の神とも…童顔で、眼は赤く、耳は尖り、美しい髪を持つ───」
「ちょっとまたんかい!人間の体の構造的に無理があるやろ!」
 様々なことがありすぎてキレて喚きちらす綾を宥めるように玲奈が「はいはい、魍魎魍魎」と引き摺っていきやがて自分と同じ服装──因みに、萌え寿司の制服だったりする──に着替えさせた。
 『この歳で恥かしい』と屈辱に顔を真っ赤にする綾当人の気持ちは兎も角として、客観的にみたその姿は中々悪くは無かった。
『よしっ、じゃ早速『御鴎様』に奉納』
「え!?」
「ちょ、奉納てなんや、奉納て──」
 慌てふためく二人にお構いなしであれよあれよという間に、先程、座敷童の少女が呼び出した魑魅魍魎達によって拉致られ、橋と併走するモノレールの中へと放り込まれてしまう。
「いたっ!?扱いが乱暴…」
『きゃぁ──ッ!!ごしゅじんさまぁ☆』
「ごらーッ!ヒトの話を聞かんかいっ、このガキゃぁ!」
 モノレールの中に放り込まれる刹那にどこかを打ったのか玲奈が抗議めいた痛みを訴える声をあげるが、ハートマークが飛び交うような少女の声によってかき消されてしまう。
 少女の前には、何やらイケメン風の精霊らしき存在が立っている。どうやら、それが座敷童の少女の主のようだった。
「…あ、あたし達どうなっちゃうんでしょう」
「わからん」
 男の出現に、先程の痛みも忘れて玲奈が一気に不安げな表情になる。
 ちら、と自身の姿を鑑みれば──セーラー服にメイド風エプロンである。更に、男は『御主人様』で自身らは『下僕』で『奴隷』。
「……アタマに『性』がつかんとええケドな」
「あ、綾さぁぁぁん!!」
 身も蓋も無いツッコミに玲奈が半泣きで喚いた。
 モノレールは止まる様子も無く静かに走行を続けている。
「…何処に往くんやろな」
「売り飛ばされるんでしょうか…、それにしても暑い」
 車内にはエアコンもないようで次第に蒸し暑くなって着ていた。しかし、互いの存在だけが頼りという状態で綾から身を離すことは出来ず、結局、玲奈は制服を肌蹴ける事にする。
 中にきていたスクール水着の肩紐をのぞかせる程度に肌蹴ると漸くそこそこに涼しくなった。
 ほっと玲奈が安堵の溜息を落とした刹那、『御主人様』もとい、『御鴎様』の瞳がキラーン☆と輝く。
『うほっこれはいい百合』
『ああん、御主人様の眼が輝いてるぅ☆』
 美形な外見に反してアレ過ぎる台詞が発せられ、その横では座敷童の少女が身悶えている。
 呆然とする二人に、びしっと少女が指を突きつけた。
『御主人様ったら好きなんだからぁ。ホラ、アンタたちもっと絡みなさいよ!』
 尊大に命じられ漸く二人も何を言われているのか理解出来たようだ。わなわなと抱き合ったまま二人が震え出す──羞恥でも恐怖でもなく、怒りによるものだ。
「そっちの百合かい!」
「幽霊鴎…百合鴎…やられたー」
 びしっと裏拳をつかってツッコミを入れる綾の横で、今更ながらにオチに気付いた玲奈ががっくりと肩を落とす。
「寒すぎや…って、ぎゃぁッ!?」
 暑さも吹っ飛ぶ寒々しいオチに口からエクトプラズムが出そうになった瞬間、唐突にぼふんと爆発音。そして、もくもくと視界がゼロになるほど勢いよく煙が湧き出した。
「な、な、なんなの───!?」
 動揺した玲奈の叫び声と、綾の雄叫びと──…暗転。


 そして次に意識が目覚めた時、何故か、スクール水着を着用した姿で寿司屋で独楽鼠のように働く二人の姿があるのだが──それは、叉、別の物語となる。


─Fin─