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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【未熟者】〜振り回されて、そして〜

「佐久弥さん、居るー?」
 崩れかけた階段を駆け上がり、壊れんばかりの勢いで扉を開けたのは華子だ。
 彼女は事務所の中を見回すと、腰に手を当てて息を吐いた。
「何だ、居ないじゃない」
 つまらなそうに口を尖らせて鞄を放る。
 そこに鈍い音が響いた。
「――……痛い」
 視線を向ければ、蹲って頭を押さえるパーカー姿の男がいる。
「あらん、パカは居るのね。佐久弥さん何処に居るか知らない?」
 謝るでもなく言い放つ言葉に、パカこと幾生は緩く首を横に振った。
「まったく、使えない男ね――……あら?」
 華子の目が出入り口で止まった。
「……誰よ、あんた」
 出入り口に立ち竦む人物に、訝しげな視線が向けられる。
 つい先ほどまでは誰も立っていなかった。
「生憎だけど、オーナーは不在よ。用なら後にして。あたしは今忙しいの」
 客になんたる態度。華子はシッシッと手を振ると踵を返した。
 そこに空かさず小さな声が響いてくる。
「……仕事、少しはしないと追い出される」
「っ!」
 幾生の言葉に華子の顔が引き攣った。
 基本的に不思議なことは大好きだが、面倒は嫌い。でも、ここには居たい。
 苦悩した末に華子が出した結論は――。
「し、仕方ないわね。あたしがあんたの依頼を受けてあげる。こんなこと滅多にないのよ。超bigでhappyな待遇なんだから!」
 そう言って偉そうに指を突きつけた華子。
 その姿を見た幾生は、大きな欠伸を零してパーカーの中に顔を隠した。

 ***

 ぜえぜえ……。
 息切れと、頬や額、背中を流れる汗たち。
 目の前には美香を疲労のどん底に落とした張本人、SSの従業員である華子が、誇らしげに胸を張って前を向いている。その彼女が眺めるのは、懐かしい我が家だ。
「あの……華子、さん……なん、で……ここ……」
 まだ整わない息の中で辛うじて言葉を紡ぐ。
 その声に目を瞬くと、華子は汗一つかかないまま美香に視線を寄こした。
「あんた体力ないわね。あんな距離走るくらい、ヘソが茶を点てるくらい簡単なことじゃない」
(それを言うなら「ヘソが茶を沸かす」よ)
 心の中で突っ込むが、今はそれどころではない。
 自分自身は体力がないとは思っていないし、それなりに鍛えてきたと思っていた。
 なのに、華子についていけてない。そのことが軽くショックだった。
 そんな美香をじっと見つめていた、華子が小さく笑う。
「まあ良いわ。息ぐらい整えなさいよ。これから進入するんだからね!」
「し、進入っ!?」
 今日は何度驚いたことか。
「う、嘘でしょ……」
 美香はその場に崩れ落ちると、脱力したまま息を整えた。

 事の起こりは美香が事務所を訪れた直後にさかのぼる。
 美香は自らの依頼内容を華子に伝えると、固唾を飲んで彼女の返事を待った。
「あっちゃぁ、これってばあたしの管轄外だわ。って言うか、完全にパカの得意分野じゃない」
 そう言いながら華子の目が部屋に隅に向かう。
 そこにはパーカーを頭から被った男が蹲っている。
 華子はその姿を見てから視線を戻すと、美香を真っ直ぐに見つめた。
 真剣な表情で見つめる表情に、美香の顔も自然と真剣身を帯びる。それを見て華子が口を開いた。
「初めに言っとくけど、あたしは調査とか細々したものが苦手なの。それでもOK?」
「はい、構いません。両親が元気でいる。それだけでも分かれば十分です」
 にこりと笑った美香に、華子の目が瞬かれる。
「元気でいるか……はーん、なるほど」
 口元に手を添えて何やら考え事をする姿に、美香の目が吸い寄せられる。
 じっくり吟味すること一分弱。
 華子の目がキラリと輝いた。
「よし、決定!」
 華子はポンっと膝を叩くと、勢い良く立ち上がって美香の手を取った。
「あ、あの……なにか?」
「あたしは調査とか細々したものが超苦手! だったら、やるべき事は、ひと〜つ! 突撃あるのみ!!」
「と、突撃、まさか――」
「はーい、ウダウダ言わなーい♪」
 華子は笑顔でそう言うと、美香の腕を引いて事務所を出て行った。

 そして今に至るのだが――。

 SSの事務所から美香の実家まではかなりな距離がある。
 それを華子は電車などの公共の手段を使わずに走ってきたのだ。
 それも美香に道を聞きながら猛ダッシュで……。
「ねえ、そろそろ息整った?」
「な、なんとか……」
 美香は何度か深呼吸を繰り返すと、ようやく立ち上がって膝の埃を払った。その上で華子を見つめる。
「あの、華子さん」
「なによ」
「……私、一年以上前に家を勘当されてて、入ることなんて出来ませんよ」
「そんなの関係ないわよ」
 あっさり言ってのけた華子に、美香は面食らったように目を瞬いた。
「関係ないって、その……どういうことでしょう」
「家ってのはね、住むためにあるものなの。要は人が住めなきゃ何の意味もない代物なのよ」
 わかる? と、首を傾げる華子に、美香は頷く。
 その姿に華子は満足げに一つ頷くと、腰に手を当てて豪邸を見上げた。
「ってことは、人が住むために造られた建物なら、侵入してもOK!」
「良くないです!!」
 思わず突っ込んだ美香に、華子は不思議そうに首を傾げると豪邸を指さした。
「だって、入ってくださいって言ってるみたいにドアがあるじゃない」
「ドアは住居を守るための重要な入口です。それに、不法侵入をしたら法律で罰せられます」
「え? 法律で罰せられるのは他人が住居に侵入した場合じゃないの?」
 不思議そうに目を瞬く華子につられて、美香まで目を瞬いてしまう。
 この華子という少女は、遠距離を公共の手段を使わずに走ったり、他人の家に無断で入ろうとしたり、少々常識が欠けてるんじゃないかと思う。
 そんな華子を心配する美香に、彼女は更に言葉を続けた。
「あんたはこの家の娘なんでしょ。だったら不法侵入にはなんないじゃない」
「でも、私は勘当されてるんです」
「あはーん? それこそ関係ないわ」
 華子はオーバーリアクションで両手を広げて見せると、美香の顔を覗きこんだ。
 その姿に思わず足が一歩下がってしまう。
「月並みで悪いけど、家族の縁ってのはそう簡単に切れるものじゃないのよ。健在なら尚更、ね」
 ニッと笑った華子に、美香が苦笑を向けようとした時だった。
 彼女の顔が一気に強張った。
 一点を凝視して頭のてっぺんから爪先まで固まっている。
「ちょっと、どうしたの? 蝋人形みたいで気持ち悪いわよ」
 失礼極まりない言い回しである。
 だが美香は華子の言葉に気分を害した様子も見せず、まだ一点を見つめていた。
 一種の呪縛か何かか。そう華子が思い始めていた時、美香が口を開いた。
「……お母様」
「!」
 美香の視線の先に立つのは、上品な出で立ちの女性だ。
 彼女は蒼白の表情で美香を見つめている。
「ちぇっ……少しは暴れられると思ったのに」
 華子の野望はここで潰えた。
 だがそれこそどうでも良い。
 残念そうに視線を落とした華子を気にすることなく、美香の目は母親の姿に釘付けになっていた。
「――美香さん、なの?」
 母親の声に、ハッとなった。
 驚いたように息を呑んで、ただ小さく頷く。
 その姿に、母親の顔色が更に蒼くなった。
 辺りを見回し、その上で美香を睨みつける。
「っ、な、何でここにいるんです! 貴女は私たちとは縁を切った筈でしょ!!」
 母親の方が小刻みに震えている。
 その姿を見た美香の胸に、熱いものが込み上げてくる。それを堪えるように唇を引き結ぶと、母親はくるりと背を向けた。
「は、早くここから立ち去りなさい! 二度と来ないで頂戴!!」
 震える声と、見せる母親の小さな背に美香の瞼が伏せられる。
「なによ、あれが親の言う言葉? 素直に喜べばいいのに」
 華子のぼやくような声が聞こえてくる。
 その声に目を開けると、美香は華子の手を拾い上げた。
「なによ。泣くんだったら一人で――」
 繋がれた手に視線を落とした華子の目が、美香の顔を捉えた瞬間に見開かれた。
 てっきり泣いていると思っていた美香の顔に、穏やかな笑みが浮かんでいたのだ。
「行きましょう」
 そう言って手を引いて歩きだした美香に、今度は華子が驚いてしまう。
「ちょっと、何で? 別に言うこと聞く筋合いなんてないでしょ!?」
「良いんです、もう大丈夫」
 そう言って微笑んだ横顔が綺麗で、華子は目を逸らすと唇を尖らせた。

 二人で歩いて最寄りの駅に辿り着くと、ようやく美香は手を離した。
「この目で元気な母の姿を見れるなんて思っていませんでした。ありがとうございます」
 思いがけない方法で依頼を達してくれた相手に頭を下げる。
 それに不服そうな表情を浮かべるのは、依頼を完了させた華子だ。
 彼女は唇を尖らせると、腰に手を当てて美香を見やった。
「別に、お礼なんて良いわよ。最終的には何もしてないし」
 つーんっとそっぽを向いた仕草に思わず笑ってしまう。
 その声に華子の視線が戻ってきた。
「あんた、さ」
 言い辛そうに紡ぎだされた声に、美香の首が傾げられる。
「す、少しは、その……肝が据わってるじゃない」
「き、肝、ですか?」
 美香の首が更に横に倒れる。
 その姿に、華子は頭をかきむしりと、くるりと向き直った。
「だ・か・らっ! 肝が据わってて、大和撫子みたいって褒めてるの!」
 どこをどう取ったらそう言う意味になるのか。
 顔を真っ赤にして叫んだ華子にきょとんとしてしまう。だが直ぐに笑い声が口を吐いた。
「な、なによ。なんで笑うのよ!!」
 地団太を踏んでそっぽを向いた華子に、美香は更に笑った。
 その目尻には薄らと涙が浮かんでいた。


 END


=登場人物 =
【整理番号/名前/性別/年齢/職業】
【6855/深沢・美香(ふかざわ・みか)/女性/20/ソープ嬢】

=ライター通信=
はじめまして、朝臣あむです。
SSの暴走娘とのご依頼は如何だったでしょうか?
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。