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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【桜が咲く理由】幾生的バンバンジー?

 SSのオーナー月代佐久弥は、穏やかな日差しの下で書物を捲っていた。
 ページを捲るたびに繰り広げられる物語。
 その世界観に浸っていた佐久弥の目に、何かが飛び込んでくる。
「桜?」
 夏も終わりを迎えようという時期に、桜の花とは奇妙なことがあるものだ。
 佐久弥は書物を閉じると花びらを摘まみ上げた。
 視界の悪い佐久弥の目にくっきりと映る桃色の花びらはやはり、桜のものだ。
「これは随分と変わったお客さまですね」
 クスリと笑った佐久弥は、書物を閉じると事務所に戻った。
「幾生くん、いますか?」
 くるりと見回した事務所内。
 人の姿は何処にもない。だが、佐久弥は穏やかな笑みを浮かべたまま歩き進めると、ガランとしたデスクの下を覗きこんだ。
「幾生くん、依頼主が見えましたよ」
 デスクの下に潜り込んで惰眠を貪るのは、SS唯一の正規社員、空田幾生だ。
 彼は被ったパーカーのフードをそのままに、目だけで佐久弥を見た。
「桜が心に秘めたもの。それが今回の依頼です」
「……桜?」
 雰囲気だけで幾生が目を細めたのがわかる。
 佐久弥は幾生に頷いて見せると、彼の椅子に腰を下した。
「この桜は切り落とされてしまうそうです。まだ花を咲かせる力があるというのに、勿体ないことですね」
 瞼を伏せれば桜の思念が伝わってくる。
 健康そのものであるというのに、人間の都合で生を終えなければいけない宿命。
 その悲劇に桜の意志が動いたのだろう。
「デモ、桜だけだと、依頼は成立しない」
「ええ、そうですね。でも、大丈夫です」
 幾生の言葉に頷いた佐久弥は、にっこりと微笑んで事務所の入り口を見た。

 トントントントン……。

 階段を駆け上がる音がする。
「ほら、桜と思念を重ね合わせた方が見えたようですよ」

 ***

「結局、何で桜は切られることになったんでしょうか」
 そう言って眉尻を下げたのは、桜の木に思い入れのある美香だ。
 彼女が桜の木に出会ったのは、借金返済に追われていたころ。生活的にも精神的にも辛いとき、アパートの近所に佇む桜の木に何度も励まされてきた。
「噂を耳にした時、今度は私が桜の木を助ける番だと思ったんです。お金ならいくら出しても構いません。どうにかなりませんか?」
 先ほど事務所を訪れた時にも同じことを言っていた。
 幾生はクチャクチャと噛んでいたガムを膨らませると、ようやくキーを打つ手を止めた。
「ヨウは、2年連続で花が咲かなかッタ……コレが問題デス」
「でも桜の花は咲きました」
「ウン。秋に、ネ」
 パンッとガムを破裂させて呟く。その際に散ったガムは舌で器用に回収し、幾生はノートパソコンに視線を戻した。
 その姿を見ながら、美香の視線が落ちる。
「秋でも、花を咲かせれば十分ではないでしょうか」
 2年連続で桜が『春』に咲かなかったのは事実だ。だが今年は『秋』にだが見事な花を咲かせている。
 決して咲かなかったわけではないのだ。
 美香にしてみれば、桜は咲かなかったのではなく少しだけ咲くのが遅れたにしか思えない。
 だが幾生は言う。
「行政は、ンなことたどうでも良いんデス。名目さえ保てれば、バンバンジー」
「……ば、バンバンジー?」
「万事OKの略、デス」
 黙々と画面に向きあう幾生の表情は伺えない。だが声が淡々としているのだから、きっと表情も何も変わっていないのだろう。
 何というか、扱い辛そうな人間だ。
 美香は自らの空気を入れ替えるように一つ息を吐くと、改めて幾生を見た。
「えっと……それじゃあ、桜が切られるのを黙って見ているしかないんですか?」
 苦しい時に散々助けてくれた桜の木が切られるのを、黙って見ているしかないのだろうか。
 そう思うと、無意識に手を握り締めていた。
「噂を耳にした時、今度は私が桜の木を助ける番だと思ったんです。お金ならいくら出しても構いません。どうにかなりませんか?」
 手に力をこめて、言葉を紡ぐ姿は真剣そのものだ。
 桜の木が切られてしまうことに、苦痛を感じているようにすら感じる。
 当然その思いは、先ほどからノートパソコンに向きあったままの幾生にも通じているはずだ。
「お金、デスカ……」
 幾生はキーを打つ手を止めると、くるりと椅子を回して美香に向き直った。
 そして、フードの先を指でつまんで少しだけ持ち上げる。
「ナラ、地雷でも購入しましょうカ?」
「え?」
 美香は目を見開いて固まった。
 そんな彼女を見ながら幾生は続ける。
「ココはSSデス。そんじょそこらの普通の事務所とは違いマス。誰も近付けないようにするなら、地雷が一番デショ」
 真顔で淡々と話す言葉に、美香の顔が青ざめてゆく。
 その顔を見て、幾生は再びガムを膨らませた。
 パンッ!
 大きな音が響いてガムが弾ける。
 今度は風船が大き過ぎたのか鼻の頭にまで飛散してしまい、彼は指でひょいっとそれをはがすと口の中に放った。その上でニンマリと口角を上げる。
「――冗談、デス」
「ッ!」
 思わず声を失った美香に、幾生は言う。
「お金で解決できるなら、ココじゃなくて他に行くべきデス。植え替え、工事中止への圧力、賄賂なんかも可能ですネ」
 幾生は身を乗り出すと美香の顔を間近に覗きこんだ。
 切れ長だが少し曇った瞳が目に映る。
「デモ、アンタはSSに来た。ナラ、その期待に応えるのが、オレの仕事デス」
 幾生はノートパソコンを閉じると、それを手に立ちあがった。
「デハ、行きまショ」
 そう言うと、幾生は美香を連れて外に出て行った。

 美香が幾生に連れてこられたのは、今度切られてしまう桜の元だった。
 秋だと言うのに満開の桜を咲かせる姿は、見る者を圧巻させる。
 だがそれ以上に、他者を圧巻させるものがあった。
「あの、あれって……」
 木の周囲に掲げられた「伐採反対!」、「行政の横暴を許すな!」の幟。そしてそれを撮影する取材陣らしき記者の姿。
「イイ具合に、集まってますネ」
 野次馬もかなりな数に上っており、桜の周辺は花見客ではなく珍客万来状態に陥っている。
 それを幾生は満足そうに眺めると、美香の腕を引いて歩きだした。
「え、ちょっ……」
「桜を守るのは、守りたい人の使命デス」
 美香を連れて幾生が歩いて行くのは野次馬と取材陣の元だ。
「ハーイ、お待たせしまシタ!」
 手を上げて棒読み状態で声をかけた幾生に、記者たちの視線が一気に集中する。
 そしてその目が、美香に向けられた。
「ああ、貴女が例のご婦人ですね! いやあ、確かにお美しい!」
「こんな行政の横暴に屈することなく、我々の前に来て貰えるとは、感激です!!」
「本当に、こんな美人が……うぅ……」
 口々に話しだす記者たち。その中には目頭を押さえて涙をこらえる姿まである。
 そんな記者たちを、目を丸くして見ていた美香は、ハッとなって幾生を見た。
「空田さん、これっていったい」
「悪代官に正義の裁きデス」
「悪代官? 正義の裁き?」
 何のことかさっぱりわからない。首を傾げた美香に、ボイスレコーダーが差し出された。
「大事な婚約者を失われてさぞ悲しいでしょうが、その上、この桜が切られてしまうことに関して何かコメントを頂けませんか?」
「こ、婚約者!? 空田さん、これって――え、あれ?」
 バッと視線を幾生に向けるが、さっきまで隣にいた幾生の姿がない。
 キョロキョロとフードの男を探すが、それを見つけるよりも早く、別のボイスレコーダーが目の前に飛び出してきた。
「婚約者の遺灰を桜の木に撒いたとか。ずっと一緒にいられるようにという彼からの遺言だったと聞きましたが!」
「……なんだか、状況が見えてきたわね」
 口々にインタビューをしてくる記者の言葉をまとめると、美香は婚約者を失ったばかりの女性で、婚約者の遺言を元に遺灰を桜に撒いた。大事な婚約者との繋がりを断つわけにはいかず、桜の木の伐採に反対している。
 とまあ、こんなところだろう。
「なんて無茶な……」
 美香はその場で頭を抱えると、そこに大量のフラッシュがたかれた。
 どうやら美香が泣き崩れたと思ったらしい。
「おい、誰かハンカチ持ってないか!」
「え、えっと……ちょっと待ってくれ!」
 意外と優しいところもおありで。
 美香は顔をあげるに上げられなくなり、ほとほと困り果てて息を吐いた。
 と、そこに足元で蹲っている幾生が目に入った。
「そ、空田さん!」
 彼はこの状況下でノートパソコンを広げてなにやら打ちこんでいる。
「何してるんですか!」
「裏付けを作ってマス」
「裏付け!?」
 どうやら彼は、各新聞社へデマの情報を流すだけでは飽き足らず、その上、行政のコンピューターに侵入をしているらしい。しかも、そのデマを元に情報の修正を行っている。
「まあ、コレで桜は無事デス。これで無理矢理切れば、行政は悪代官決定デス」
「ああ、悪代官って、行政のこと……」
 妙に納得してしまったがそれどころでないことを思い出す。
「こ、この状況って、どうすれば打開できるんですか?」
 記者たちをどうにかしなければいけないし、このままでは婚約者を失った悲劇のヒロインとして新聞に取り上げられてしまう。それは流石に拙い。
 慌てている美香に対して、幾生は酷く冷静だ。
「ハイ、鉄鎚送信!」
 ポチっとキーをひと押し。
 満足そうに息を吐くと、彼はフードの下から美香を見上げた。
「結果良ければ、全てバンバンジー」
「どこがバンバンジーなんですかっ!」
 そう言って、ニマリと笑った幾生に、美香は叫ぶしかできなかった。


 END


=登場人物 =
【整理番号/名前/性別/年齢/職業】
【6855/深沢・美香(ふかざわ・みか)/女性/20/ソープ嬢】

=ライター通信=
こんにちは、朝臣あむです。
暴走娘華子と違い、なんとも淡々とした男でしたが、如何でしたでしょうか?
こんな無茶苦茶なSSですが、機会がありましたらまたよろしくお願いします。