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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夏の疲れを癒して
●オープニング【0】
 8月もあと2、3日で終わろうかという頃――草間興信所の所長である草間武彦は、ぐでんとソファに横になっていた。全体的によく焼けているのは、この夏はかなり外出したということであろうか。
「ふう……」
 小さな溜息を吐く草間の姿を、草間零が台所の方から心配そうに顔を出していた。
「大丈夫ですか? もう43回目ですよ、溜息」
 数えてたのか、零。
「……生きてるから大丈夫だろ」
 草間が少々投げやり気味に答えた。
「ま、ようやく仕事の波も一段落したしな……。寝てりゃ回復する……だろ」
 と続ける草間。実はこの夏、草間興信所には立て続けに依頼が舞い込んで大忙しだったのである。ただその9割方が浮気調査の類で、炎天下で延々と待ち続けなければならないことも度々あり、だいぶ身体に影響を及ぼしていたのである。
「……ふう……」
「あ、44回目」
 だから何で数えてるんですか、零さん。
(かなり疲れてるみたいだし、何とか癒してあげられないかな……)
 そんなことを思う零。溜息の数はさておき、この夏の疲れが一気に出てきているらしいのは見ての通りである。
「誰か詳しい人とか居ればいいんですけど」
 台所で零はぼそっとつぶやいた。後でこっそり、知ってそうな人に電話をかけてみようか。
「ふう……」
「45回目です……」
 などといった経緯があり、自分の所に零から電話がかかってきたのであった――。

●連絡を受けて【1】
「ふう……」
 事務所にまた溜息が聞こえた。といっても、この溜息の主は草間武彦ではない。いやいや、草間自身は相変わらずソファを占領して寝転がっているのだが、溜息の主はその目前のテーブルに倒れ伏していたのである。
「……増えちゃいましたね」
 草間零がそんな光景を前に、少し呆れたようにつぶやいた。テーブルに倒れ伏しているのはシュライン・エマである。零が電話をかけるとこうしてやってきてくれたのはいいのだが、着いて早々にこの有様であった訳で。
「……太陽ってまぶしいのねぇ……」
 突っ伏したまま、そんな言葉をつぶやくシュライン。ここしばらく翻訳やら何やらと仕事が詰まっていて、自宅で缶詰状態になっていたらしく。今なら吸血鬼よろしく、太陽の光に焼き尽くされそうな気持ちであった。
「季節の変わり目ですから草間様同様の方は少なくありませんよ」
 と零に言ったのは、黒き浴衣に身を包んだ海原みそのであった。みそのは零から直接電話を受けたのではなく、妹から連絡があって自分がやってきたのだった。
「それはそうですけれど……」
 心配そうに草間とシュラインを交互に見やる零。するとシュラインが、突っ伏したままちょいちょいと零を手招きしたではないか。
「はい? どうかしましたか、シュラインさん?」
 そそくさと近寄り身を屈めると、急にシュラインの手が零の頭に伸びてきた。
「ひゃっ?」
 突然だったので驚きの声を上げてしまう零。しかしシュラインの手はそれに構うことなく零の頭を撫でくり回す。
「あぁ……癒されるわ……」
 どんな癒しですか、シュラインさん。
「ど、どうしたらいいんでしょうか?」
 シュラインに頭を撫でられたまま、顔をみそのの方へと向けて零が尋ねた。
「そうですね」
 みそのは数秒ほど思案してから、言葉を続けた。
「マッサージなどいかがでしょうか」
「マッサージ……ですか?」
「ええ。温泉施設で身体を温め、血行をよくした上で身体を揉み解して、疲労回復と体調調節。その後に滋養のあるお食事をすれば、一時的に回復するかと」
 と、一般論を口にするみそのだったが。
(ただ、根源回復は草間様の生活習慣から変えませんと……)
 あえてこの場ではそれは口にせず、そして溜息を吐いた。
「温泉ねぇ……。うん、温泉なんかゆっく……」
 シュラインが途中まで言いかけて言葉を止めた。
(……でもきっと行ったら向こうで何やかんや起きるのよ、うん)
 どうやら過去の例をうっかり振り返ってしまった模様である。そりゃ言葉も止まるはずだ。
「……ところで零」
 草間が寝転んだまま、未だ頭を撫でられている零に声をかけた。
「お前が呼んだのって、この2人だけなのか? 結構あちこちに電話かけてたみたいだったが」
 零自身はこっそりと電話をかけたつもりだったが、どうやら草間にはばればれだったようである。
「ええと、もう1人……ソールさんが知り合いのその……知り合いの方を向かわせるからと」
 ソールとは恐らく、ソール・バレンタインのことであろう。しかし何故途中で言い淀みましたか、零さん?
「知り合いを? 何だそりゃ……」
 そう草間が言った時である、玄関の扉の向こうから声が聞こえてきたのは。
「うふふ……聞きましたよ。マッサージをご必要とされていると」
「どなたですか?」
 シュラインの撫でる手から逃れ、零が扉の方へと振り向いて尋ねた。次の瞬間、玄関の扉が勢いよく開かれる!
「あなたに癒しを。魔法少女ソルディアナ参上!」
 そこには、大きな鞄を持って決めポーズを取っている魔法少女の姿があった。というか、あなたソールさんでしょ?
「……ソールさん?」
「いえソルディアナです」
 少し困ったように尋ねた零に対し、即答で切り返すソールもといソルディアナ。
「太陽と月の女神ソルディアナです!」
 重ねて念を押すくらいなので、ここに居るのは魔法少女のソルディアナなのですとも、ええ。
「ともあれ、マッサージならこのソルディアナにお任せあれっ☆」
 またポーズを取り、ソルディアナがきっぱりと言い放つ。なかなかの自信である。
「じゃあ……お任せしますけれど」
 その自信っぷりを見て、マッサージをお願いすることにした零。
「いや、俺の意志は……?」
 草間さん、あなたの意志は今回無視ですよ。諦めてくださいな。

●準備を始めよう【2】
「はい、武彦さん」
「……グレープフルーツか」
 零の頭を撫でることで少し気力が回復したシュラインが、持参したグレープフルーツの皮を剥いて草間に渡していた。ビタミン補給もさることながら、クエン酸は疲れが取れてよいのである。
 草間とシュラインとでそんなやり取りがされている一方、ソルディアナと零は何やら話し合いを行っていた。
「出来ればビジネスホテルの一室にでも移動したいのですが」
「たぶん、移動する気力が足りていないと思いますよ?」
 どうやらマッサージをするにあたっての準備の関係で話し合っているようなのだが……。
「こちらでは無理なのですか?」
 みそのが2人の話し合いに口を挟んだ。
「ええと、スペースがあれば無理ということはありませんけれど……。あと、少々濡れても構わないのでしたら」
 事務所内をきょろきょろと見回してソルディアナが言った。
「じゃあ、スペースを作って、レジャーシートを敷いて、さらにシーツとバスタオルを敷くというのはどうですか?」
「……それでしたら」
 零の提案にソルディアナが折れ、かくしてマッサージはこの場で行われることとなった。
「そうと決まれば、ソファやテーブルを端に寄せないといけませんね」
 と言って、零が草間とシュラインの方を向いた。間髪入れずソルディアナが草間に言う。
「では草間さん。まず、シャワーを浴びていただけますか?」
「このままじゃダメなのか?」
「はい。色々と手順がありますから。何でしたら一緒に――」
 途中まで言いかけて、ソルディアナが続く言葉をごくりと飲み込んだ。何故ならば、シュラインの鋭い視線がソルディアナを捉えていたからである。
「……こほん。シャワーを浴びた後は、パンツ1枚になっていただきます」
 軽く咳払いをし、ソルディアナがシャワーを浴びた後の指示も行った。
「海パンでもいいよな?」
「問題はないですよ」
 草間の言葉にソルディアナが頷いた。これから行うマッサージの手順を考えれば、むしろその方がよいのかもしれない。
「なら、一丁浴びてくるか……」
 のろのろとソファから降り、風呂場へと向かうことにする草間。シュラインもソファから腰を上げ、大きく伸びをした。
「台所をお借りしますね」
 ソルディアナがそう言って台所へと消える。何やら準備があるようだ。
「じゃあ、端に寄せますね」
「あ、零ちゃん」
 ソファに手をかけようとした零をシュラインが呼び止めた。
「はい?」
「この後で買い物お願い出来るかしら? メモを渡すから」
「あ、はい、いいですよ」
 シュラインの頼みに、零がこくこくと頷いた。
 それからソファとテーブルが壁際に寄せられ、床にはレジャーシートとシーツとバスタオルが敷かれ、マッサージを行う準備が完了したのであった。

●優しく丁寧に揉み解し【3】
 零が買い物に出かけた直後、バスローブ姿の草間が戻ってきた。シャワーを浴びて少し血の巡りがよくなったのだろう、頬に赤みが差していた。
「バスローブを脱いで、こちらに横になっていただけますか」
「分かった」
 ソルディアナの指示に従い、うつ伏せになる草間。ソルディアナは草間のそばに座ると、手に何やら黒っぽく丸みを帯びた石を握った。そして、それを静かに草間の背中へと押し当てた。
「おっ……」
 草間の口から声が漏れた。それは痛みを訴えるものではなく、意外さを含んだものであった。
「……温かいな……」
 ぼそりとつぶやく草間。ソルディアナはというと、手にした石できゅきゅっと背中を刺激していた。同じ箇所を数回刺激すると、位置を変えながら。
「それは何?」
「ホットストーンです」
 シュラインの問いかけに、ソルディアナが手を止めず答えた。
 ホットストーンとは文字通り温めた石のことだが、ソルディアナが今行っていることを正確に言うのならば、ホットストーンセラピーとかホットストーンマッサージとなるだろう。
 ここでホットストーンとして使われるのは火山岩の一種である玄武岩だ。熱を吸収しやすく冷めにくいという性質を持っているので、程よく温めるとそれが長時間持続するのでマッサージなどで使うには適しているという訳だ。そして50度強の湯によって温めた石で、ツボを刺激しマッサージを行ってゆくのである。
「こうすることによって、身体の芯から温まるんですよ。ちょっとした温泉に浸かっているような感じで」
「体内の様々な”流れ”もよくなる訳ですね」
 ソルディアナの説明を聞き、みそのがぼそりと言った。
「そうです、血液やリンパ液の流れがよくなるんです」
 頷きながら言うソルディアナ。その額にはうっすら汗が滲んでいた。
「ああ、いい気持ちだ……」
 心地よさそうなつぶやきを漏らす草間。こちらの顔にも汗が光る。よくよく見れば身体全体に汗をかき出しているようだ。
「気持ちよいですか、草間さん?」
 と言って、ソルディアナが草間の腰の辺りに手を伸ばす。
「ああ。マッサージ上手なんだな……」
 草間が感心したように答えた。実際ソルディアナはしっかりとしたマッサージの技術持ちである訳で。その施術を受けて心地よくならないはずがなかった。
 そしてホットストーンでのマッサージを一通り終えると、今度は鞄からアロマオイルを取り出してきた。中身を手に取り、草間の身体へ丁寧に伸ばしてゆくソルディアナ。背中から腰、臀部を通って両足へと、アロマオイルは草間の身体を覆ってゆく。もちろんうつ伏せのままではなく、草間は仰向けにもさせられた。
 丁寧に伸ばそうとすると、どうしてもソルディアナの身体が自然と密着してしまう訳だが、それに比例するようにシュラインの目の端が釣り上がってきていたように見えたのは、果たして気のせいだったろうか。
 ともあれアロマオイルを使ったマッサージも終わり、ソルディアナは仰向けとなった草間の頭の方へと回っていった。
「ここがずいぶん疲れているみたいですね」
 と言って、ソルディアナは草間の顔に手を伸ばし――。
「……あがっ……!」
 一瞬草間の身体が固まった。ソルディアナが頭蓋骨矯正を始めたのである。しかし草間が声を発したのは最初の一瞬だけで、ソルディアナが揉み解し続けてもその後は別段声を発したり身体が固まるようなことはなかった。どうやら最初に触れた所だけ痛みが走った模様である。
「頭蓋骨を開くと、副交感神経が刺激されてリラックス出来るんです」
 手を動かしながらソルディアナが説明する。草間はといえばなすがままである。
「……わたくしも仕上げのお手伝いをいたしましょうか」
 それまで傍観していたみそのが動き、草間の足の方へとやってきた。そしてそこでしゃがみ込むと両手を草間の足の裏に当て、ゆるゆると撫で始めた。
(撫でるまでもないのですが)
 などと心で思いつつ、みそのは草間の体内の”流れ”を調節してゆく。ソルディアナによるマッサージで結構修正されていたので、みそのとしてはさほど疲れることはなかった。
「はい。これで完了です。お疲れさまでした☆」
 ぽんと草間の両頬を叩くように撫で、ソルディアナは立ち上がって台所へ消えた。草間がゆっくりと上体を起こす。その表情はぼーっとしていた。
「武彦さん、大丈夫?」
 シュラインが少し心配そうに草間の顔を覗き込んだ。
「……いや、大丈夫だ。ずいぶんと身体が軽くなった気がする」
 と答える草間の目には、少し前までは薄くなっていた精気が戻ってきていた。確かに、マッサージは効果があったのである。
「はい、マッサージの後は適度な水分補給です」
 ソルディアナがハーブティーを持って戻ってきた。これもまた疲れを取るアイテムである。
「ああ、すまないな」
 草間はソルディアナからハーブティーを受け取ると、静かに口をつけた。

●マッサージ以外でも【4】
「ただいまです」
 草間が再びシャワーを浴びに行き、残された3人で片付けを行っている所へ買い物から零が戻ってきた。
「零ちゃんどうもありがとうね。さ……私も元気を出して、食事を作りましょうか」
 零から買い物袋を受け取り、シュラインが自分に言い聞かせるように言った。
「何を買ってきていただいたんですか?」
「ん、豚汁の材料をね。豚肉はB1豊富だし、色んな野菜も煮汁ごと取れるし。ほら、夏場は水溶性のビタミンB群が不足がちで疲れやすくなっちゃうでしょう? あと、夏らしく枝豆とか……」
 ソルディアナの質問に、中身を確認しながら答えるシュライン。
「花火もありますよ」
 そう付け加えたのは零だ。
「屋上でしてもいいかなって思って。夏らしいこともしてないから、のんびり出来るかもよ?」
 と言ってシュラインがくすっと笑った。

●近付く少女の影【6】
 その頃ビルの1階、草間興信所の郵便受けに黄色い封筒を投げ込む小柄な少女の姿があった。封筒には表に『零』とだけ記されているだけである。
 少女はビルの外に出ると、草間興信所のある窓へと視線を向けた。そして、ふっ……と笑うと金色の髪を掻き揚げ、踵を返して去っていった。
「そのうち……会いましょう……姉さん」
 そんな少女のつぶやきは、夏の太陽光線に溶かされた――。

【夏の疲れを癒して 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1388 / 海原・みその(うなばら・みその)
                 / 女 / 13 / 深淵の巫女 】
【 7833 / ソール・バレンタイン(そーる・ばれんたいん)
          / 男 / 24 / ニューハーフ/魔法少女? 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全6場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました。夏の疲れを取ろうとするお話をここにお届けいたします。ちなみに高原は、9月に入って少ししてパソコンの夏の疲れを取りました……。
・草間の疲れは無事取れたと思います。秋はまた食べ物なども美味しい季節ですから、気力体力ともに充実して動くことでしょう。
・え、最後に出てきた少女ですか? さあ……何でしょうねえ、あれは? まあいずれ分かるかと思います、ええ。
・シュライン・エマさん、145度目のご参加ありがとうございます。お久し振りですね。視線で人を射貫けるのなら、たぶん今回は出来てたのかもしれないのかな……などと思ったり。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。