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【「もしも」の先に続くのは】
女子高生連続失踪事件が起きている。
その影には「……もし……もしも……」そう呟く男の姿がある。
触れることもできず、ただ連れ去られるだけの少女たち。
その解決にSSが乗り出した。
***
暗く沈んだ住宅街。時刻は間もなく12時を迎えようとしている。
深沢・美香は時計の時刻を確認すると足を止めた。
(そろそろのはずなんだけど……)
はあ、と大きな溜息と共に自分の体を見下ろす。そこで目に飛び込んできたのは女子高生の制服だ。
もう何年か前に着なくなったものなのに、何故今さら袖を通さなければならないのか。
「……何でこんなことに」
思い返せばここのところ何度も同じ思いをしている。それも全てSSに足を運んだ時に限って。
美香は再び溜息を零すと、チラリと後ろを振り返った。
閑静な住宅街に不釣り合いなポリバケツが一つ。その後ろに二つの人影が見え、その一つが手を振って来た。
「華子さん、確か現役女子高生よね」
思わず手を振り返しながら苦笑する。
そもそも美香に制服を着させて、道端に放置したのはSSの華子だ。
事務所に偶然足を運んだ美香を見て、「ああ、生贄発見ッ!」と叫んで連れ出した。
目をキラキラさせていた感じからしても、あまり良いことは予想していなかったのだが、まさかこんなことになろうとは。
(やっぱり、変装なんて無理があるのよ)
そう思って華子の元に行こうとした時だ。
突然、黒い影が飛び出してきた。
「!」
反射的に身構えるが、それよりも早く真っ白な手が伸びてくる。
「――もしも」
地を這うような低い声が耳を伝う。
そしてその言葉の真意を掴むよりも早く、美香の身体は闇の中に引き込まれていった。
***
水面を漂うような感覚と、上下がわからなくなる感覚。
朦朧としている意識の中で、美香は声を耳にした。
「――もし……もしも」
反射的に瞼が上がり、視界に白い影が飛び込んでくる。
それが人の顔だと分かるのに、時間はかからなかった。
妙に整った綺麗な顔。それが悲しげな表情を浮かべてこっちを見ている。
(この人が、オーナーさんが言っていた妖精)
美香は冷静に判断している自分に驚いた。
体を襲う漂うような感覚がそうさせるのか、それとも非現実的なことがそうさせるのかはわからないが、美香は酷く冷静だった。
『今回の騒動は、リャナンシーが原因です。人間を虜にして生命力を吸い取ってゆく精霊で、虜にされた人間は生命力を吸い取られて死んでしまいます。解決には退治するのが一番ですが、根本的な解決にはならないでしょうね』
SSのオーナー、佐久弥は美香が事務所から連れ去られた後に、携帯でそう話してくれた。
(オーナーさんの言う通りなら、私も生命力を吸い取られていくはず。でも何も変わらないわ。それよりも何かが違う。そんな気がする)
確固たる理由があるわけではない。だが、何となくそう思う。
それにもし虜にするのなら、別に攫う必要はないはずだ。
見た目が良いのだから直接虜にすれば良い。だが、リャナンシーは奪うという形をとった。
それはつまり、そう取らざるを得ない理由がある。そういうことだ。
「もし……もしも……」
再び呟かれた言葉に、美香の首が傾げられる。
「あの、何を、伝えたいのですか」
不意に口を吐いた言葉に自分でも驚いてしまう。
だがそれはリャナンシーも同じだったようだ。
目を見開いてまじまじと美香のことを見ている。
そしてリャナンシーの口が開かれたとき、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「大和撫子ッ! 無事だったら――って言うか、無事じゃなくても返事なさいッ!」
この無茶な叫び声は華子だ。
どうやって来たのか、リャナンシーの空間にやって来たらしい。
彼女は美香の姿を見つけると、彼女の前に立ちはだかった。
「ちょっと、そこのアンタ! 女の子を強引に拉致って恋人にしようだなんて、無茶苦茶、超強引過ぎるんじゃな〜い?」
華子がポケットから銀色の筒を取り出す。そしてそれを振り下ろした瞬間、勢い良く三段の棒が飛び出した。その先端にはキラリと光る鋭い刃がある。
彼女はその切っ先をリャナンシーに向けると、ニヤリと笑って見せた。
「あの、華子さん……その人……」
「コイツはね。自分を好きになってくれる人をずぅっと探し続けて、見つからないから攫ったって言う、超馬鹿男なのよ!」
「好きになってくれる人を、ずっと?」
「そうよ。強引過ぎる超サイテー奥手男ってわけ」
華子は踏み込みを見据えて足を下げると、武器を構えてリャナンシーを睨みつけた。
その姿に美香の視線が落ちる。
ぎゅっと胸の奥が痛くなるような感覚に、美香の手が握り締められる。
(自分を好きになってくれる人を探していた。ずっと……)
悲しげなリャナンシーの目と、彼が口にする言葉が頭の中で駆け廻る。
そして不意に彼女の目が上がった。
「待って、華子さん!」
美香は今にも飛び出しそうな華子の手を掴んだ。
「――大和撫子?」
驚いたように華子が振り返る。
その顔を見て、美香は緩く首を振って見せた。
「その人の言葉を、最後まで聞いてあげましょう」
「最後までって……そんな必要――」
「華子さんは、誰か好きな人はいないんですか?」
「す、好きな人……な、なによ、と、突然!!」
動揺するあたり怪しいが、今はそれを突き詰める時ではない。
美香は真っ直ぐに華子の目を見つめると、穏やかな口調で諭し始めた。
「好きな人に想いを伝えるのは勇気のいることです。自分だけの力では伝えきれないことだってあります。もし、そんな人がいたら、手伝ってあげたい……そう思いませんか?」
「そ、それは……」
華子の口が噤まれる。
遠慮がちに逸らされた視線に、美香は微笑んだ。
「想いを口にするだけで楽になることだってあるんですよ。そうでしょう、華子さん?」
覗きこんだ華子の顔が真剣に何かを考えている。
そして大きく息を吸い込んだかと思うと、彼女の口から長々と吸い込んだ息が吐き出された。
「……どうなっても知らないんだから」
武器を下げて一歩後ろに下がる。
その姿に頷くと、美香はリャナンシーに歩み寄った。
「あの……もし良ければ、あなたが言いたい言葉を最後まで聞かせてもらえませんか? もちろん相手は違うでしょうけど、伝える練習にもなるでしょうから」
にこりと笑ってみせる美香に、リャナンシーの瞳が揺れた。
不思議そうに見つめる瞳に微笑みかける。
「大丈夫です。最後まで聞いていますから」
その言葉にリャナンシーの口が開かれた。
「……もしも……」
切なげに歪んだ顔。そして紡がれる苦しげな声に、美香は静かに耳を傾ける。
「もしも、私を愛してくれるなら……」
リャナンシーの手が自らの胸を掴んだ。
これ以上の言葉を口にするのが苦しいのか、息を吸うような仕草を見せて口を噤んでしまう。
その姿を見て、美香の手が伸ばされた。
彼をすり抜けた手に一瞬戸惑うが、もう一度手を伸ばす。そして今度は、触れるつもりで手を重ねた。
実際には触れてもいないし、温もりなど伝わる筈もない。だが、リャナンシーはその仕草に励まされた。
そして先の言葉を口にしようと、唇を動かす。
「もしも……私を、愛してくれるなら…………貴女に、この身を捧げましょう」
そう言葉を紡ぎ終えたとき、暗闇の中に鋭い光が射し込んできた。
「っ、空間が消える! 大和撫子、こっち!!」
華子は美香の手を掴むと、彼女の手を引いて走り出した。
それに合わせて美香も駆けだすが、ふとリャナンシーの事が気になって彼を振り返った。
強くなった光がリャナンシー自身を包み込んでいる。
そしてその光の合間に見えた彼の顔は、とても穏やかに満足そうに微笑んでいた。
***
ガラスが割れるような音と共に、2人は元居た場所に戻ってきた。
「ハイ、オカエリ」
そう言って出迎えたのは、ポリバケツの下に座る幾生だ。
彼はチラリと2人を見ると、アスファルトに倒れている数名の女子高生に視線を落とした。
「――全員無事」
パチパチとキーを叩いて呟く。と、そこに華子の怒鳴り声が響いて来た。
「ちょっと! どういうことか説明しなさいよ、パカッ!!!」
ボカッとものすごい勢いで頭が殴られた。
反動でパソコンの画面が閉じられる。
しかし幾生は気にした様子もなく顔をあげると、淡々と言葉を紡いだ。
「口に出来ない想いを口にして浄化。オーナーの読み通り」
ニイッと笑う幾生に、華子の鉄鎚が再び下る。
「何で先に言わないのよ、パカッ!! おかげで暴れ損ねたじゃないッ!!」
「華子さん、殴るのは……」
「良いのよ、こいつはこんなんじゃ痛くも痒くもないんだからっ!」
叫びながら地団太を踏む華子を、幾生は無視しながら画面を開く。
殴られるのも、騒ぐのもいつものこと。そうとれる行動に思わず笑みが零れる。
美香は二人のやり取りを聞きながら星空を見上げた。
その上でリャナンシーの言葉を思い出す。
「『私を愛してくれるなら、貴女にこの身を捧げましょう』か、情熱的な告白ね」
呟いて、美香は嬉しそうに微笑んだ。
END
=登場人物 =
【整理番号/名前/性別/年齢/職業】
【6855/深沢・美香(ふかざわ・みか)/女性/20/ソープ嬢】
=ライター通信=
こんにちは、いつもありがとうございます。
朝臣あむです。
今回はいろいろと解決方法を悩んだのですが、PC様の性格にお手伝い頂きました。
楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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