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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『強き想い』



 それは、どこにでもある風景であった。朝の薄い光がカーテンの隙間から漏れ、少年が静かな寝息を立てて眠っていた。
 少年の布団の中には、黒い猫が気持ち良さそうな表情で眠っている。その少年、大守・安晃(おおかみ・やすあき)が、数年前に拾ってきた愛猫のリヴァ(りう゛ぁ)であった。
 安晃はリヴァをとても可愛がっていたので、リヴァは安晃にとてもよくなついていた。安晃は中学生なので、日中は学校へ通っていたが、帰ればすぐにリヴァの毛並みを撫でて、玩具で遊んであげていた。だからリヴァも、まるで犬のように安晃のあとをついて歩いていたし、家の中では安晃の部屋にいる時間が一番多かった。
 安晃がテストの勉強をしている時も、リヴァは安晃にねだって彼の膝の上に乗り、安心したように眠るのであった。
 元々は、川辺に捨てられていた猫であった。小さな少年だった安晃が、冷たい川辺を歩いていた時、腹をすかせた黒い子猫を見つけた。
 それが、安晃とリヴァの出会いであった。愛猫と一緒にいれば、明け方もまったく寒くない。猫と一緒に布団で寝れば体も寄せ合いお互いに温まるので、特に冬は毎日のように、安晃はリヴァと一緒に眠っていた。
 その日は秋にしては明け方が寒く、安晃はリヴァを抱きかかえるように眠っていた。猫の毛並みの感触が心地よく、安晃は半分夢の中にいた。今日は日曜日だから、少しぐらい寝坊しても構わないはずだ。
「ん?」
 目を閉じていた安晃は、自分にしがみついている「自分と同じくらいの大きさのもの」を感じた。それはまるで、人間にしがみつかれた様な感触であった。目を覚ました安晃は、そのおかしな感触を確かめる為、急いで布団をめくった。
「うわあ!あんた、誰だ!?」
 その光景を見て、大抵の人間はまず驚くだろう。何しろ安晃のベットに、見たこともない銀髪と褐色の肌を持った裸の美少女がいて、健やかな寝息を立てて自分にしがみついていたのだから。
「どうかしたの、安晃!」
 隣室で眠っていたはずの安晃の母親が、寝ぼけ半分な父親と一緒に部屋へ入って来た。
「知らない変な人がいるんだよお!」
 安晃は慌てていたが、頭の中はこの美少女の裸でいっぱいになっていた。こんな美少女が、突然裸で、自分の隣で眠っていたのだ。思春期の男子には少々刺激が強いというものであろう。
「この子は誰なんだ、まさか勝手にガールフレンドを」
 安晃の父親が、そう言って少女を見つめた。
「そんなわけないよ。気づいたらいきなりここにいたんだよ」
 大守一家の騒ぎをよそに、その美少女はずっと眠っていたが、やがてふと目を覚ました。布団から起き上がると、美少女は安晃をじっと見つめて笑顔で言った。
「ご主人様、お父様お母様おはようございます。今日はちょっとだけ、寒いわね」
「ご主人様?」
「はい。貴方はあたしのご主人様だもの」
 美少女が笑顔で答えた。
「とりあえず、この子に服を着せてあげましょうか」
 安晃の母親が、リヴァと安晃の間に分け入った。あまりの事とはいえ、年頃の安晃に、朝から美少女の裸体は刺激が強すぎた。



「あたし、リヴァよ」
 母親のシャツをズボンを着たその少女は、嬉しそうに安晃達へと答えた。
「え、リヴァ?」
 安晃が答え、しばらくの間沈黙が流れた。
「リヴァは俺の飼っている猫の名前じゃないか。そういえば、リヴァがいないや」
 あたりを安晃は見回したが、黒い猫はどこにいない。
「猫長老に聞いたの。猫又っていう妖怪になれば、大好きなご主人様と一緒にいられるって。あたし毎日、ご主人様と一緒にいたいってずっと願ってきた。ご主人様が、川であたしを拾ってくれた時からずっとずっと、ずっと!」
「まさか、本当にリヴァが?人間の姿になるだなんて?」
 安晃はまだ夢でも見ているのかと、思ったぐらいだ。飼い猫が突然人間になるなんて、まさに漫画の中の出来事の様であった。
「あたし、ご主人様、安晃様のことが大好きなの。それで、ずっと一緒にいられる方法はないか色々探して。ある日、猫長老が言ったわ。猫又っていう妖怪になれば、ずっと一緒にいられるって。猫の寿命よりもずっと長く」
「それで、猫又になる決心をしたのね。安晃と一緒にいるために」
 安晃の母が、そう言うと、リヴァは嬉しそうに頭を強く縦に振った。
「ご主人様といられるなら、妖怪でもバケモノでも、何でもいいと思ったの。あたしのこと、拾ってくれて、いつも大切にしてくれていた。一緒にいたいし、恩返しもしたい」
「猫又っていうのは、普通は歳を取った猫がなるものだが、リヴァの想いがそれだけ強かったということだろう」
 今度は安晃の父親が答えた。
 普通の家庭なら、変な女が勝手に入ってきて、おかしなことをほざいている、と騒ぎ立てて警察を呼ばれるところだろう。
 だが、安晃の一家は少し違っていた。古くは犬神の縁者であり、妖怪に理解のある家族であった。リヴァが猫又になったことも、驚きはしたが、それをすんなりと受けとめていた。
 安晃もまた、両親から猫又等、動物が人間に姿を変える妖怪や、過去に実際に起きた出来事を聞いていたので、今目の前にいるこの少女が、猫又という妖怪なんだと、関心を示していたのであった。
 それに、それほどまでに自分の事を好いてくれるリヴァに、恐ろしい妖怪というイメージはまったくわかなかった。彼女は、両親の問いかけに真面目な表情で懸命になって答え、話の合間に安晃の方を振り向き、笑顔を浮かべている。こんな可憐な少女に、誰が悪く思うだろうか。川辺で、数年前に拾った子猫が、自分へ強い想いを向けて、人の姿へと変化したのである。
 安晃の心の中では、すでに彼女を受け入れる決心がついていた。彼女が自分に強い想いを向けているのなら、自分もその思いを受け止めてあげたい。そう思っていたのだ。
「安晃はどうなんだ?」
 父親が、安晃に問いかけた。その問いかけは、すでに答えはわかっているが、念の為確認、という表情が、父親から感じられた。
「リヴァと一緒に暮らそうよ。いや、そんな言い方は変かな。だって、今までも一緒に暮らしてきたんだし」
「そうね。今までと変わらないわよね」
 そう言った安晃に、母親も言葉を乗せた。
「嬉しいな、あたし、ご主人様とずっと一緒にいられるもの!」
 リヴァは安晃や、その両親へと満面の笑みを返した。



 それから、人間の姿になったリヴァと、大守一家との生活が新たに始まった。リヴァはいつも安晃の部屋にいたが、きちんと恩を返せるように、たまに家事を手伝った。
「あーん、また落としちゃった!」
「リヴァ、お皿を割るのは何枚目?もうちょっと、しっかりしなきゃ」
 何しろ、今までが猫だったのだ。家事などなかなかうまくいくはずもなく、彼女はよく安晃の母に叱られた。
 また、人間の生活には慣れていなかったので、たびたび騒ぎを起こした。
「リヴァ!もう一緒にお風呂は入れないんだよ!」
 安晃が風呂に入ろうとしたので、リヴァも安晃の前で服を脱ぎ、一緒に風呂へ入ろうとした。だが、安晃が真っ赤になって怒ったのだ。
「何で?」
「何でって、年頃の男と女、よっぽど仲がよくないと、一緒にお風呂に入ったりはしないんだよ」
「でも、前は一緒に入ってくれたわ」
 リヴァが答えると、安晃はまだ恥ずかしそうな表情で答えた。
「それはリヴァが普通の猫だったからだよ。今は人の姿じゃないか」
「人の姿じゃ駄目なの?仲が良くなったら一緒に入れるのね?じゃあ、今は仲良しじゃないの?」
「そういうわけじゃないけど」
 安晃は、裸のリヴァを視界に入れないように、彼女にバスタオルを渡した。
「仲良しだよ、俺だってリヴァのことは好きだ。でも、何ていうか、違うんだよ」
「じゃあ、何になったらいいの?」
「そうだなあ」
 一呼吸し、リヴァから視線をそらして答えた。
「夫婦になったら良いかな。結婚したら、ってことだ」
「結婚?」
 安晃は静かに頷いた。
「もし、将来そうなることがあったら、風呂にだって一緒に入れるだろうな」
「そう」
 リヴァは、少し残念そうな表情で答えた。
「人間の世界って難しいんだね。あたし、まだまだ沢山、勉強しないといけないなあ」
 もしかしたら、その時が2人が赤い糸で結ばれた瞬間だったのかもしれない。安晃は愛という意識はしていなったけれど、リヴァが大切な存在となっていた。
 当時はまだ、どちらかというと、可愛い妹と暮らしている感覚であったし、リヴァも飼い猫とご主人様、という関係の中で生きていた。何より、二人を守ってくれる安晃の両親がいた。
 慌しくも楽しい日々は、あっという間に過ぎ去っていった。その時間に終わりが来るなんて、安晃もリヴァもその時は思ってもいなかったのだ。



「墓前の花は持ったか、リヴァ」
「はい、ご主人様。お母様が大好きだった花を用意したわ」
 安晃の針療所は、今日は休診日であった。院長の安晃は、リヴァを連れて電車へと乗り、実家の有る駅へと向かう。
 あれから、どれだけの月日が流れたのだろう。不慮の事故で安晃の両親はこの世を去り、安晃とリヴァが残された。
 あまりにも悲しい出来事だったけれど、そばにリヴァがいて、いつでも安晃を励ましてくれた。月日が流れて、この世間知らずの黒猫は、安晃のそばに常にいて、彼を助ける大切な存在となっていたのであった。
 もうこれ以上、大切なものを失いたくない。安晃の心は決まっていた。それを、両親に伝えるために、今日、こうして両親の眠る墓地へと向かったのである。
 秋の風が冷たかった。リヴァと初めて会った、あの川辺の風に似ているような気がした。大守家と書かれた墓は、墓地の端の方にあった。墓地には2人以外の人影はなく、静まり返っていた。
「今日は報告があります」
 安晃は、花を添えて線香を灯した後、墓前に向かって静かに呟いた。
「今までずっとそばで支えてくれたリヴァを、妻として娶る事にしました。俺のお嫁さんに、彼女を選びました」
 そう言って、安晃は隣にいたリヴァの手を握った。
「お父様、お母様。あたしの小さい頃から、ずっと面倒を見てくれた、安晃さんの次に大切な人達」
 リヴァは、墓をじっと見つめて答えた。
「その恩返しに、これからはあたしがご主人様を支えます。彼にこれからも一層、つくしていきます。安心して、眠っていてね」
「俺も、このリヴァを大切にするよ。だから、もう心配なんていらない。これからは2人で、頑張れるから」
 そう言って、安晃とリヴァは両親の墓の前で辞した。
 秋が過ぎれば冬になる。寒い季節も、リヴァとなら楽しくやっていける。リヴァも同じ思いでいるはずだ。小さな飼い猫が、大切な妻になった。
 これからは2人の生活が始まる。2人で、両親の分まで生きることを、安晃はこの日、妻のリヴァと共に誓ったのであった。(終)