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〜過去から蘇った亡霊の残像〜
目の前で座り込んだ来生十四郎(きすぎ・としろう)を、驚いて見つめた一義(かずよし)だったが、不意に、全身にまとわりつく、どす黒い悪意を感じた。
背筋がぞっとし、冷や汗すら出て来る。
即座に一義は、自分の霊力でその出所を感知しようとしたが、耳を塞いで、真っ青な顔をした弟に気を取られ、まったく集中できなかった。
場所は、デパートやビルの立ち並ぶ裏手と、JR山手線五反田駅の高架の間の裏道で、人の気配はない。
元々ここは、あまり人好きのするような雰囲気ではなかった。
「…ちっ!」
小さく舌打ちする音が聞こえて、十四郎が頭を振って立ち上がった。
「と、十四郎、大丈夫か?!」
「ああ」
十四郎は、胸の中が空になるくらいの大きな息をする。
「問題はねぇよ、眩暈がしただけだ。帰るぞ」
「だ、だが…」
「いいから帰るんだよ!」
ぐい、と一義の腕を引っぱって、十四郎は兄を睨みつけた。
「今すぐだ!」
仕方なく、一義は感知をあきらめ、十四郎を支えながら歩き出した。
視界もきかず、大きな精神的ダメージのせいで、足元がおぼつかない。
ゆっくりと歩くその間に十四郎は、先ほど感じた「殺意の音色」の音量や方向を、もう一度丁寧に探した。
位置はかなり後方だ。そして、ゆっくりと動いている。どうやら一定距離を保ちながら、ついて来ているようだった。
音量は周囲の雑音に紛れるようにしてはいるが、とても強い。そちらに意識を向けた途端、耳の鼓膜が破れそうになる。
一義に気付かれないように、少し頭を振って音色を追い払い、十四郎は考えた。
理由はわからない。
だが、今頃、幽霊になった兄を狙う輩もいはしないだろう。
となると、標的は確実に自分だろう。
仕事柄、恨みを買いやすい立場でもある。
それでも、断定するには材料が足りない。
ふたり一緒にいたのでは、仮に自分が標的だったとしても、それを確かめる術がないのだ。
十四郎は歩きながら考えた。
何とかして、敵の狙いを暴かなければならなかった。
(ああ、そうか…)
唐突に、十四郎は思いついた。
兄を、ここから引き離せばいいのだ。
そのためには。
「おい」
自分を支えている一義に、見えない目を向けて、十四郎は声をかけた。
「…デパートを出る寸前に、携帯を落としちまったようだ」
「何だって?!」
「携帯がねぇと仕事が入った時に困る…あぁ、そうだ、兄貴、総合カウンターに、拾ったヤツがいねぇか、確認して来てくれねぇか?」
「総合カウンター…」
一義の音色ががしゃがしゃと、不協和音の「不安」を奏で始める。
それを感じ取って、十四郎は幾分、声の調子を和らげて、一義に言った。
「俺はここで待ってるからな」
「と、十四郎…俺は総合カウンターまでたどり着く自信が…ほ、ほら、迷うかも知れないだろう?」
十四郎の理性が、音をたてて切れる。
何しろ、一刻の猶予もないのだ。
「あぁ?!んなもんはその辺の店員を呼んで、連れて行ってもらえ!」
いきなり間近で怒鳴られて、一義は萎縮する。
もう一言何か反論しようとしたが、恐ろしい顔で凄まれたため、仕方なく一義はうなずいた。
「頑張ってすぐに戻る。必ずここに…あぁ、この電柱の下にいるんだぞ」
十四郎の右手を電柱に触れさせて、一義は言い含める。
「わかったから、さっさと行け!!」
一義の背中を突き飛ばして、十四郎はもう一度怒鳴りつけた。
とにかく、周囲も一義も巻き込みたくなかった。
一義は何度も十四郎を振り返りながら、デパートの方へ走って行く。
その一義の音色が聞こえなくなると同時に、ふたりが立ち止まってから、動く気配のなかった「殺意の音色」が、今度はためらうことなく真っ直ぐに近づいてきた。
「やっぱり俺かよ…」
兄が狙われていなかったことにほっとしつつも、この状況を打開しなければならない、と十四郎は覚悟を決めた――しかも、早急に、だ。
「殺意の音色」は、先ほどとは打って変わって速い足取りで近付いて来る。
十四郎は急いで記憶を頭の中に展開した。
通勤時に見ている周囲の記憶を頼りに、手探りでデパートの壁伝いに歩き、周辺の小道に逃げ込む。
「うあっ?!」
目が見えないことが災いした。
曲がった瞬間に縁石につまづき、転んでしまったのだ。
音色の持ち主は一気に距離を詰めて来る。
慌てて反転し、座り込んだ形になった十四郎の前に、その人物は立ちふさがった。
真正面に立ち、暗い、黄泉を思わせる声で、十四郎に向かってこうつぶやいたのだった。
「主の仰られたことは正しかった…」
「主…?」
十四郎は、耳が捉えた言葉をくり返した。
瞬時に頭が、その言葉から連想できる記憶を探し出す。
だが、結果が出る前に、相手はまたつぶやき出した。
「25年前に…お前の犠牲になった同志の為にも…」
不意に相手の周りの空気が、どろりとゆがんだような気がした。
それは、この相手の持つ「殺意の音色」と同じような、闇の不快さを持っていた。
「ここで終わらせる…!!」
「な…っ!!」
突然の理解不能な言葉に混乱し、制止の言葉を吐きかけた十四郎の耳に、何かが風を切る音が届いた。
それは鋭く、素早い、まさに風のような音だった――
〜END〜
〜ライターより〜
いつもご依頼、誠にありがとうございます!
ライターの藤沢麗です。
なるほど…こういう経緯があったのですね…。
一義さんがいなくなってしまって、
目の見えない十四郎さんお一人で、
どうなってしまうのでしょうか?!
非常に先が気になります…!
どうか無事で…!!
それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
とても光栄です!
この度はご依頼、
本当にありがとうございました!
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