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<東京怪談・PCゲームノベル>


第4夜 双樹の王子

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 午後1時35分。
 石神アリスは顔をしかめて報告書を読んだ。
 海棠の情報を集めているのだが。
 情報があちこち矛盾しているのに顔をしかめていたのだ。

「海棠織也は天才バレエダンサー? 名前は一文字違いだし、写真もはっきり写ってないないし、第一あの人音楽科よ? 今度この情報屋に会ったら仕置きね。受賞歴は……あの人あちこち大会に出ている割には賞は最終選考まで行っているのに全部途中辞退。無冠の王って所ね」

 アリスも学園祭で海棠のピアノを聞いた事がある。
 海棠の弾くショパンは、耳だけで聴くものではない。心の琴線に直接触れてくる何かがあった。
 芸術に職業柄よく触れるアリスにしてみれば、何故この学園で埋もれているのか、理解できなかった。理事長の甥と言うバックグラウンドを生かせばどこに出ても活躍できるだろうに。

「目立つのが嫌とか、そんな事かしら……」

 アリスは情報を再度確認した。
 彼の趣味の記述はなし。
 有名人の割にはプライベートは謎だらけ。なるほど。新聞部がゴシップ集めるのにわざわざ大事にする訳ね。

「本人に直接会って確認するしかないかしらねえ……」

 アリスは放課後に理事長館に寄ってみる事にした。
 しかし年頃の青年が伯母と二人暮らしと言うのも謎な話だ。寮もあるのに。

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 午後6時。
 アリスは理事長館へ訪れた。
 あれだけ新聞部が大々的に言っている割には、高等部ではあまり騒がれていないようだった。理事長館へ行く道ですれ違う生徒は中等部ばかりで、高等部の生徒はほぼいない。あそこは理事長の性格上、生徒全員に明け渡されている場所だから、取材に行くならあそこが一番楽だと言うのに。
 まあ、それを知るにも取材は不可欠。だ。
 アリスはドアのチャイムを鳴らした。

「こんにちは、中等部普通科の石神アリスですが、海棠先輩は……」

 ドアをがちゃりと開ける。

「分からず屋! ほんっと最低!」
「……関係ないだろ」
「そうやって貴方はいつも話を逸らすんだから! 私の話を聞きなさいよ!」

 海棠は、少女と睨み合いをしていた。いや、少女の方が一方的に怒っているような気がする。
 あら、修羅場?
 って修羅場の中心は海棠先輩じゃない。
 対する子は……華奢な子。あれはバレエ科の子ね。中等部の子かしら。
 アリスが様子を伺っていると、ようやく少女の方がアリスに気が付いた。
 少女は顔を真っ赤にしてお辞儀をした。

「あっ、すみません! し……理事長先生は今留守です!」
「いえ、わたくし今日は理事長に用は……」
「あっ、新聞部の、ですか?」
「ええ」
「失礼しましたっ!」

 少女はもう一度頭を下げた後、ドアを大きな音を立てて開けて走っていってしまった。
 落ち着きない子。
 アリスは少女を見送った後、海棠の方を見た。
 少女は顔を真っ赤にする程恥ずかしがったり唾を飛ばしながら怒っていたのに対し、彼は無表情のままだった。

「ええっと……中等部普通科3年の石神アリスです。先程の子はもしかして海棠先輩の……」
「楠木えりか。中等部バレエ科1年」
「えっ?」
「さっきの。うちによく来てる。伯母の友達」
「理事長の友達ですか。海棠先輩は関係なく?」
「突っかかってくる」
「そうですか…」

 この人恋愛に関しては興味ないのかしら?
 それとも大量に取材にやってくる生徒にうんざりでもしたのかしら?
 海棠からは相変わらず表情が読み取れなかった。

「1つだけ、質問よろしいでしょうか?」
「………」

 海棠は黒い瞳でアリスを見ていた。
 目は口ほどに物を言うと言うが。彼の瞳は深淵に続いているような程に暗い。

「もし仮に、美しいと思ったものがあったとして、それを永遠にとどめておく事はなさいますか?」
「………」

 海棠の瞳孔が、大きく開かれた。
 アリスは思わず息を飲んだ。
 初めて海棠の中身を見たような気がしたからだ。

「先輩?」
「……記憶にそれがあればいいと、思う。なくなっても、覚えていればそれは消える事はない。これでいいか?」
「ありがとうございま……」

 海棠は黙ってアリスを置いて階段を登っていった。

「先輩?」
「………」

 海棠は振り返らない。
 ドアは音もなく開けられ、海棠は音も立てずに部屋に入って行ってしまった。
 アリスは唖然とそれを見ていた。
 気難しいってレベルじゃないわ。あれじゃ人間不信よ。
 アリスは歯軋りした。
 得られた情報らしいものは微々たるものである。

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 翌日。
 アリスは新聞部を尋ねた。
 蔦や血の色のツルバラが張り付く古くて気味の悪い建物が、新聞部の部室が存在する旧校舎であった。もっとも、現在では学科ごとに校舎が存在するので、旧校舎は新聞部の部室以外は機能していない。
 アリスは緩い床板をギシギシ踏みながら、唯一灯りのついている新聞部部室へと歩いていく。

「ご機嫌よう」
「ああ、石神さん。こんにちはー」

 新聞部の部室のドアを開くと、小山連太と顔が合った。
 連太は、紙束に埋もれながら、速筆で原稿を書いていた。大量の紙束は海棠の情報であろうか。他の部員達はアリスに頭は下げたが、忙しそうに原稿の改稿作業をしたり、タイプライターで清書したりと、まともに話せる状態じゃなさそうだ。

「すごい量ね。これ。全部海棠先輩の?」
「まあそうです。でも、先輩基本的に人間嫌いですから。あんまりまともな情報はないっすねえ」
「見ても大丈夫?」
「どうぞー。この辺りは多分没になるでしょうが」

 アリスは紙束を捲ってみる。
 海棠はチェロと昼寝が趣味。学園のエトワール守宮桜華と交際している(本人達は完全否定)。トッペルゲンガーが存在する。二重人格で、優しい海棠と無口な海棠が存在する……。一部はどこかで聞いた事ある話だし、一部は突拍子もなさすぎた。確かに記事には使えなさそうだ。

「先輩、意外にロマンチストみたいね」
「もしかして、先輩にインタビューできたんですか?」
「できたって……、この企画はそもそも新聞部が出したんじゃないの?」
「いや、企画はしたんですけれど、多分無理だと思っていました。けど、直接先輩に交渉に行ったら、「構わない」とOKもらったんで」

 あの気難しい人が「構わない」ねえ?
 二重人格はあながち出鱈目ではないのかもしれない。
 アリスがそう考えている間に、連太はアリスの方に向き直って手帳を広げていた。

「先輩がロマンチストと言う根拠は?」
「ええ。先輩にお会いしたの。先輩に、「もし仮に、美しいと思ったものがあったとして、それを永遠にとどめておく事はなさいますか?」と質問したわ」
「随分抽象的っすね」
「で、先輩の回答は、「記憶にそれがあればいい。なくなっても、覚えていればそれは消えない」と」
「ふむ……具体的なエピソードは?」
「訊く前に自室に引っ込んでしまったわ。話は本当にそれだけ」
「ふむ……裏付けさえ取れれば話としてはかなり美しいんですがねえ」
「裏付けねえ……最近先輩と仲いいらしい子と喧嘩しているのは見たけど?」
「先輩が喧嘩っすか?」
「確か、楠木えりか。中等部バレエ科の1年生だったわね」
「楠木さん? ああ……」

 連太はアリスの言葉をさらさら書き上げた。

「ありがとうございます。何とか記事に使えそうです。それで、怪盗の情報は何をお望みで?」
「怪盗が学園以外で盗んだもの及び盗んだ方法を」
「ああ……怪盗は、学園限定ですね」
「えっ?」
「関連事件の調査はしましたが、バレリーナの格好をして、予告状を出して盗むような事をする怪盗はいませんでした。ただ、悪魔の格好をして同じような事をする怪盗は出ましたが、こちらは男です」

 連太はガサガサと新聞を取り出した。こちらは学園新聞ではなく一般紙だ。
 写真には悪魔の格好をした男が屋根の上を跳んでいるのが写っていた。記事には「怪盗ロットバルト登場」と書かれていた。

「じゃあオディールは、この怪盗の模倣犯だと?」
「いえ、ロットバルトの方が模倣犯でしょう。オディールが出現したのは3ヶ月前。でロットバルトが出現したのは今からたったの1週間前なんです。それに」

 連太はパンフレットを取り出した。
 演目は、バレエ「白鳥の湖」である。

「オディールもロットバルトも「白鳥の湖」の登場人物です。そしてオディールとロットバルトは主人公を陥れる協力関係にあります」
「つまり、2人は共犯……?」
「そこまではまだ分かりません。ただ、ロットバルトはオディールの存在を認識している事だけは確かでしょう」
「………」

 アリスは黙り込んだ。
 てっきり怪盗は1人。怪盗を自分のコレクションに加えようと思っただけだったのに。
 話が大きくなってないかしら?

 ギシ……

「えっ?」

 アリスは振り返った。
 新聞部しか存在しないはずの旧校舎の床が軋む音が聴こえた気がした。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7348/石神アリス/女/15歳/学生(裏社会の商人)】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/楠木えりか/女/13歳/聖学園中等部バレエ科1年】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】

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■         ライター通信          ■
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石神アリス様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第4夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は海棠秋也、楠木えりかとのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。

第5夜公開は10月上旬の予定です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。