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<東京怪談ノベル(シングル)>


Opposition

 薄暗く、辺りはシンと静まり返ったある夜。この日は風が強く吹き、高台から下を見下ろしていた玲奈の髪を後方へと浚って行く。玲奈はそれを鬱陶しそうに払いのけると、目前の谷間で水色に揺らめき立ち、フッと魚の幻影がユラユラと揺れ動き周りそして去っていく。その向こうには点々と光る家々の明かりが見て取れた。
 玲奈はふぅ、と溜息を一つ零しその灯りをじっと見つめている。
「ダムの建設地…ね。村では賛否両論の意見があるようだけれど…」
 柔らかな笑みをその口元に湛え、玲奈は微笑んだ。特別、玲奈がこの地に思い入れがありダム建設に対して反対していた訳ではないが、何となくホッとする。そんな感じだった。
 その時突如ピシリ…と、何か亀裂の走る音が響き渡る。
「………」
 玲奈はキュッと眉間に皺を寄せ、その音の鳴る方を見やった。派手な音を上げ大きな岸壁からもぎ取られるかのように岩が浮き上がった。そしてそれは突如として凄まじい勢いで玲奈に襲い掛かる。
 勢い良く襲い来る巨大な岩を目前に、玲奈は決して目を逸らす事もなく真っ直ぐにそれを睨み付けるように見据えたまま、微動だにしない。
 岩が玲奈の顔面目前にまで迫ってきた時、玲奈はここで初めて口を開いた。
「ファクトライズ!」
 叫ぶようにそう声を発すると、鼻先を微かに掠めた巨石は突如として目前から消えた。いや、消えたという表現は間違っているのかもしれない。
 巨石は荒々しく風を巻き上げ、弾け飛ぶかのように勢い良く蛍光色のフォントへと変貌した。
 岩、石、山、Storneなど、様々な語源のそれを指す文字達。無数に玲奈の目前に広がったそれらは、まるでスローモーションのように揺らめきゆっくりと宙を漂う。
 玲奈はそれらに向かい右手を前に突き出すと再び口を開いた。
「トランス、ストーン!」
 その掛け声にあわせ、辺りにあった蛍光色のフォント達は一瞬にして砂塵のように粉々になり消え去った。
 細やかな砂粒や小石だけを残し、それらはバラバラと音を上げて玲奈の脇をすり抜けていく。
 玲奈はクスッと口の端を引き上げてほくそえんだ。
「なめんじゃないわよ」
 砂塵が舞い上がる向こう側に立っていた人物を見据えたままそう呟いた。そこに立っていたのは漆黒の瞳に、月の光を受ける銀色の髪の男。
「ほぉ。なかなかやるな」
「あんた、誰よ」
「ケケ…。俺はギルフォードってんだ」
「ギルフォード…。知ってるわ。己の楽しみだけに様々な犯罪を犯している愉快犯」
「ほぅ、良く知ってるじゃねぇか。その通りだぜ」
 ギルフォードは感心したようにそう呟くとニヤリとほくそえんだ。そして手にしていた一枚の紙切れをヒラヒラと振って見せる。
「巷で大騒ぎしているダム建設…。こんな同意書なんて紙切れ一枚で、でけぇ物が出たり消えたり…。まったく、これってまさに魔法の巻物そのものじゃねぇ?」
 そう言いながら手にした同意書をグシャリと握り潰し、それをクシャクシャと手の中で玩んでいる。
「そうね。理屈的にはあっているでしょうけど、そんな紙切れ一枚で左右される人生はいくらでもあるわ」
 玲奈はギルフォードのその言葉に反論するよう声をあげただじっと相手を睨みつけている。
「ま、それが俺にとっては格好の獲物にはなるがな」
 不気味にほくそえむギルフォードは握り締めた同意書をその場に取り落とす。が、丸まった同意書は地面に落ちる事はなく、空中に浮き上がりまるで己の意思があるかのように蠢き始めた。そしてそれはやがて黒い物体へと変わると、ギルフォードの手に絡みつき彼の腕を杖へと変えた。
「くくくく…。暴れたくてウズウズするぜ…」
 そう呟くが早いか、ギルフォードは杖へと変貌した腕を振り上げると、荒々しい風と共にバコン! と音を上げ傍にあった岩が勢い良く弾け飛ぶ。
「っく…!」
 玲奈は顔面を腕で覆い隠し、バタバタと荒れる風に対して足を踏ん張った。ビシビシと腕や足を傷つけていく岩をもろともせず、風が落ち着いた頃に玲奈は訝しんで口を開いた。
「特権者ね」
 その玲奈の言葉に、ギルフォードは目を見開いて不気味にほくそえんだ。
「おうよ。こいつらは俺のダチなのさ」
「なるほど。そう言うこと…」
 特権者である魔物とギルフォード。何かとこの者達は馬が合っているようだ。優位に立てるのであれば、惜しみなく互いに協力し合うのだろう。人間には不安定な要素が多く存在する。まさに魔物達にとっては付け入りやすい獲物なのだろう。
「特権者とあれば、私も黙ってはいないわ。妖精と龍との合戦の黒幕たる者はすべて排除する!」
 玲奈はぐっと拳を握り締めた。
 遠い未来に起こる龍と妖精の戦争。遙か時を越えて今ここに居る自分は、未来の妖精王国から遣わされた者…。その要因になり得る者の排除を任された。
 今、目の前にいるこの男も排除しなければならない。
「覚悟なさい!」
 玲奈はスゥッと瞳を閉じると連想を始めた。爆風をもたらすもの…それは…。火、そして風…。
「トランス、エア!」
 カッと目を見開き、ギルフォードに向かって爆風を浴びせかける。どこかからか湧き上がった炎をその風の中に絡め取り凄まじい勢いでギルフォードに襲い掛かった。
 カマイタチのような鋭さを秘め、燃え上がる暑苦しさを伝えてくる爆風。ギルフォードはその場に足を踏ん張ったままニタリとほくそえんだ。
「ほぉ…。そう来たか。なら、俺はこれだ!」
 ゴッ! と音を上げて爆風の中を割り入り、怒涛のように流れ出した濁流が玲奈を襲い来る。
 玲奈はサッとその身を翻しその濁流から逃れながら連想を続けた。
「水は酸素と…それから…」
 玲奈は何度も連想した。水は酸素と窒素の融合から生まれる。ファクトライズするには…。
 だが、この時玲奈がどんなに連想しようとも迫り来る濁流は分解する事が出来ない。その事が玲奈の冷静さを失わせた。
「な、なぜ? 術が利かない…」
 困惑の渦に飲み込まれた玲奈が、ハッと目を見張った。
 先程まで透き通った水の中に、明らかな不純物が混ざっていると言うこと。しかもそれは夥しい量の赤を秘め一気に水を濁らせた。
「そんな、これは一体…」
 玲奈が驚愕に目を見開いていると、水の勢いにまるで玩具の人形のように流れ込んでくる人間の姿が目に映った。
「……ま、まさか…反対派の人たち?!」
 玲奈が驚愕のあまり愕然とした。その玲奈の言葉を続けるようにギルフォードは口を開く。
「ケケケ…。そうさ。賛成派だった人間以外は皆殺しにしてやった。これだけ沢山の不純物が混ざったら、分解なんぞ出来ないだろう?」
 意地悪く笑いながらギルフォードがそう言うと、玲奈はその場に膝を付いた。
 何の罪もない、ただダム建設が反対だったと言うだけの事でまさかこんな風に殺されるだなんて…。
 玲奈はその場に両手を着き、わなないていた。分解などできる筈がない。
「酷い…」
「あぁ?」
「酷いっ! 何て事をっ!」
 何もできなかった自分が腹立たしいのか、玲奈はその目に悔し涙を溜めて目の前のギルフォードを睨み上げた。その顔を見た瞬間、この状況を楽しんでいたはずのギルフォードの顔が急に真顔になる。
 突然興味が失せた。そんな顔だ。
「フン、つまらねぇ。急に興味を削がれたぜ」
 ギルフォードは吐き捨てるようにそう言い放ち、口の端を引き上げ高らかに哄笑しながらその場から立ち去って行った…。