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<東京怪談ノベル(シングル)>


続・ただいまドラゴン修行中

 『ネクストファンタジア・オンライン』
 その名で検索すると情報交換サイトや掲示板が無数に現れ、情報を行き来させている。効率の良い狩り場や転職クエストやイベントや冒険者
同士の交流が大半だが、中には噂が書き込まれた掲示板もあった。ゲームに登場するモンスターがやたらと人間臭い動きをするのは、実際に人間が中に入っていたからだ、と。
 海原・みなもは掲示板を眺めながら、複雑な気持ちになった。みなもは、海洋フィールドでは最強クラスのウォータードラゴンに入った当事者の一人だからだ。だから、噂は本当だが、上手く説明出来るものでもない。それに、口外したら夢がなくなるので秘密厳守でお願いします、と運営側から釘を刺されている。けれど、不可解な点が多いので、目当ての情報を探すべく検索結果画面に戻って別の画像掲示板を見た。
「やっぱり……」
 画像掲示板では、『ネクストファンタジア・オンライン』のベータ版テストプレイヤー募集のバナーがアップロードされていたが、投稿者以外にはバナーが見えないらしく、記事のスレッドには不可解そうな書き込みが並んでいた。みなもはモニターをじっと凝視し、自分にはバナーが見えることを確かめてから、パソコンデスクの椅子に座り直した。
「考えてみれば、そうですよね」
 人間の意識をモンスターに入り込ませ、未完成のプログラムの代わりに動け、なんて非常識だ。モニターの下に屈んでバナーを見上げると、液晶が陰り、澄み切った空の背景に隠されていた紋様が見えた。どんな術式かは判別が付かないが、人間の意識を乖離させてゲームの世界に転送する術だろう。だが、誰も彼もを転送するわけではなく、バナーが『視えた』者だけを転送したに違いない。
 ゲームの世界に入り込んだ仕掛けが解って安堵したみなもは、ネットサーフィンに専念しようと一度ブラウザを閉じると、メーラーが受信報告のアラームを鳴らした。メーラーを開いたみなもは、狙い澄ましたようなタイミングで届いたメールに驚いた。
『ネクストファンタジア・オンライン運営スタッフよりお知らせです!』
 前回、モンスターの中に入ったプレイヤーに再度プレイヤー募集を掛けるもので、一定期間中モンスターを強化してドロップアイテムもレアアイテムに変えて冒険者達の士気を高めるイベントを行うそうで、報酬も出るとのことだった。みなもは不慣れなためにドラゴンの風格を備えきれなかったウォータードラゴンを思い出し、恥じ入った。
「今度こそ、格好良くやらなきゃ!」
 報酬も良いし、あのままではウォータードラゴンが可哀想だ。みなもは下調べを始めたが、世界各地に伝わる海洋の魔物の伝説は凄まじく、圧倒された。シーサーペントやリヴァイアサンはどちらも神話に登場し、活躍も神話級だ。それらしいことを覚えようとして逆に怖じ気付いてしまったが、みなもはウォータードラゴンの沽券を取り戻すべく、プレイヤー登録申請画面のURLをクリックした。
 そして、みなもの意識はゲームの世界に没した。



 目を開くと、予想した海底洞窟とは違った景色が広がった。
 顎を上げて尾を引き摺り、翼を折り畳む。再び巨体のウォータードラゴンと化したみなもは、少々戸惑いながら辺りを見回した。背景は海底洞窟ではなく、明るい内装のロビーだった。カフェやショップが併設されているが、客に人間は一人もおらず、多種多様なモンスターだった。
「久し振りじゃん、みなもちゃん!」
 振り向くと、巨大なタコのモンスターのクラーケンがぐねぐねと八本足を蠢かせて這い寄ってきた。海底洞窟ではみなもに続いて巨大なので、他のモンスター達は二人の空間を作るように自然に離れた。
「こんにちは、お久し振りです」
 前回のテストプレイでは世話になった相手だ。みなもが一礼すると、クラーケンは吸盤の並ぶ足をぐにゅりと上げた。
「元気してた? その分だと、まだログインしたてだよね?」
「はい、そうです。今し方、運営側からメールが届いたので。でも、ここは一体なんですか? 落ち着きますけど」
 みなもが長い首を上げてロビーを見回すと、クラーケンは一抱えもある大きさの眼球にみなもを映した。
「俺達の控え室みたいなもんかな。運営側が気を遣ってくれたんだよ。こんな成りでも、俺達は人間だからね。本物じゃないけど、ゲームの通貨で買い物も出来るんだよ」
 ほら、とクラーケンは巨体に相応しい大きさの皿を掲げた。タコ焼きだった。それは共食いでは、とみなもは思ったが敢えて突っ込まず、カフェに向かった。客の中には海洋フィールドのアスピドケロンや半漁人やヒュドラもおり、声を掛け合った。あの冒険者は強かった、あのパーティは凄かった、電撃魔法は嫌だ、などと思い出話をしながら、みなもはレジの後ろのメニューを覗き込んだ。現実では十三歳の少女なので、大人の頭越しに見るのは辛いがドラゴンならば簡単だ。みなもは己の巨体に感謝しつつ、ドロップするために支給された通貨で巨体に見合った大きさのハニートーストとミルクティーを買い、巨大モンスター専用テーブルに運んでクラーケンらと談笑しながら食べた。
 異様ではあるが、和やかな一時だった。



 ハチミツが付いている気がして、みなもは分厚い舌で口元を舐めた。
 これから戦おうというのに、口元が汚れていては締まりがない。牙にも付いていたら困るので、みなもは懸命に舌を動かした。しかし、ハニートーストもミルクティーもおいしかった。パンはふわふわでハチミツはとろとろでバターはまろやかで。思い出したらまた食べたくなったが、それどころではないので、みなもは海底洞窟の奥で身を潜めた。通常時よりも冒険者が多く、レアアイテムで固めた装備からして、皆、高レベルだ。クラーケンが出現する時刻を過ぎたが、人数は減らない。ウォータードラゴンのアイテムと経験値が狙いだからだろう。
 運営側から出現時刻を知らせるメッセージが届き、みなもは腹を括った。威圧感が出るように重たく足を踏み出し、尾を振り下ろし、翼を広げ、牙を剥きながら、みなもは海底洞窟から出たが、途端に凄まじい攻撃が降り注いで翼で顔を覆ってしまった。
「痛い、痛いっ!」
 だが、モンスターの声は冒険者には聞こえない。みなもは背後を窺い、ワープで後方に回り込んだ魔術師に気付いた。
「あぁ、それだけは勘弁して下さいー!」
 魔術師が詠唱しているのは、電撃魔法だった。水属性には最悪なので、みなもは尻尾で魔術師を叩きのめすと、魔術師はゲームオーバーになった。
「ご、ごめんなさい……」
 みなもは尻尾を下げて身を縮めるが、足元を騎士に斬り掛かられた。
「きゃあ!」
 反射的に騎士を爪で叩き落とすと、今度は騎士がゲームオーバーになった。
「あぁ……またやっちゃいました……」
 みなもは心苦しくなったがゲームなのだと思い直し、それらしく暴れた。コールドブレスを吐き、水流を巻き上げ、巨体を駆使して冒険者達を薙ぎ払い、次のパーティも、また次のパーティも全滅させた。けれど、どうしても必殺技を失敗するので、冒険者達に微笑ましがられてしまい、みなもは情けなさを堪えながら戦い続けた。


 イベント期間終了後、ウォータードラゴンは恐ろしく強くなったが、必殺技の失敗だけは直らなかったという。


 終