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俺も娘も17歳?!〜まんまる満月、中秋の名月〜
暦の上ではもう9月。
昼間こそ残暑の厳しい日が続くが、夜になるとめっきり冷えこむ。夏の格好で寝たりすると、あっさり風邪を引いてしまうだろう。秋山家でもいつものように美菜が元気よく動き回り、ベッドの上に薄い布団が配布した。いちおう父の勝矢は『もうそんな季節なのか』と思ったその時、あることに気づく。
たしか9月あたりに「中秋の名月」とかいうのがある。美菜やかぐらは遊びたいだけだから別として、そういう文化に造詣のありそうなめぐるとは話が合いそうだ。それにいつも美菜ばかりに遊びの段取りをさせるのもなんか悔しい。ここは「さすがパパ!」と言わせるためにも、音頭を取ってみるのも悪くない……すっかり大人の考え方になっちゃった勝矢は、こんな理由でお月見を計画したのだった。
翌日、さっそく神聖都学園にいためぐるを捕まえ、姉のかぐらじゃないことを再三確認してから話を切り出した。
「……というわけだ。ところで、中秋の名月って知ってるか?」
「ボク、初耳なんですけど……」
「なーんだ、思ったより子どもしてんじゃん。その辺も地球留学がてら楽しめばいいんじゃない?」
「ムカッ! な、なんかちょっとだけ上から目線……っ! じゃ、じゃあ勝矢さん、ちゃんと教えてくださいよっ!」
なぜめぐるがカリカリしてるのかわからないまま、勝矢は説明を始める。
中秋の名月というのは満月を愛でるもので、壷にぺんぺん草、さらにきな粉餅をたっぷり備え、品のいい音楽とともにウサギの話でもする……
何にも知らないめぐるだが、さすがにこの説明のおかしな点を見抜いた。そして心の底から安心する。実は彼も自分と一緒で、なーんにも知らないらしい。
「お言葉ですけど……おそらくどこか間違えてる部分があると思うんですが。」
「あんまり自信ないんだよなー。家に美菜が来たせいか、なんか最近は楽しかったらいいとか考えるようになったし。」
あのバカ娘にして、このバカ父あり。めぐるはこの点には納得せざるを得なかった。
ただ故郷である月を愛でることを適当にされたのでは、月の神子としての責任が果たせない。ここは心を鬼にして、ビシッと言い放った。
「いちおう月の人間なんで、今回だけでもきっちりしましょうよー。姉もあれでいちおう姫ですし……」
「さらっと嫌味を言うな、嫌味を。わかったよ、当日までにみんなと相談するから。今年はこの日だけど、お前アルバイト入れるなよ?」
「そうしましょう。えっと、音楽ならボクは横笛が吹けますので。用意してきますね。」
3人以上寄れば文殊の知恵。めぐるも安心してゴーサインを出す。場所は神聖都学園の茶室を借りることにした。
最近では珍しい勝矢とめぐるのふたりから始まったお月見企画。はたして、ちゃんとした結果が生まれるのだろうか?
前日までにお月見の準備を整えるため、知識のある友達が神聖都学園に顔を揃えた。
さすがに話は美菜やかぐらにも伝わっており、そこからゆ〜なや日和、あやこにバトンが渡っている。ただ日和は過去に苦手なお化け屋敷へ強引に連れ込まれたことがあるので、美菜たちを落ち着かせて最後まで話をさせるなどの自衛策を取ったらしい。今回も『周囲が暗い』ことから、いらぬ心配をさせたようだ。その点はめぐるから悠宇を経由して、お詫びの言葉を伝えてある。
女性陣は料理の仕込みなどがあるので、学園内で材料を買い揃えている。その間、男性陣は茶室の掃除やセッティングをした。そしてたまに中秋の名月を愛でるための方法を口にするのだが、なぜかお月見の知識がズレちゃってる人が何人か混じっていて、そのたびに作業の手が止まる。
竹箒で庭を掃くめぐるは、悠宇には「勝矢さん、あんまりわかってないみたいです」と耳打ちしていた。だから誰かがおかしなことを言えば、どっちかがツッコミを入れることになる。ところがこの日の勝矢は、えらく美菜のキャラに近い発想のセリフを連発するではないか。さらに悪いことに、勝矢と仲のいい刹利が「勝矢クンって、物知りだー」と耳にすることすべてを鵜呑みにしてしまう。これまでにないヘビーな展開に、さすがの悠宇も音を上げた。
「おまえらなぁ……っていうか、特に勝矢。事前にめぐるに聞いたよか、さらに暴走してるぞ? ちゃんと調べたのか?」
「なんだよ、そのジト目! 俺だってな、こっそり物知り爺さんで有名な占見って人に聞いて勉強したんだぞ!」
「お爺さん、ですか。その方にお聞きしたのが『屋根に登ってお月見するのが、正式な作法』とか『お団子はフォークで食べる』とかいう内容ですか?」
めぐるは言葉の端々から、呆れた感情をにじませる。悠宇も「また中途半端な知識を吹き込まれて……」と額に手をあてた。
「勝矢クン、勝矢クン。ボクもそのお爺さんのことさ、家の人に聞いたことあるよー。」
「お、やっぱり有名人なんじゃん! 口では偉そうなこと言ってるけどさ、悠宇もめぐるも知らないんだよ、そういう作法。」
「たしか……変わったお爺さんとか? どこかの紳士みたいな格好してるけど、服装じゃなくって性格が変わってるとか……」
いやはや、無知とは恐ろしいものだ。勝矢は今ごろになって「もしかして騙されたかも?」と気づく。その表情を見て、ようやく胸を撫で下ろす良識人たち。
しかし誰もが思った。そんな評判のお爺さんが、平然と若者にウソを吹きこむなんて誰も思わないだろう。もし同じ状況に遭遇すれば、悠宇もめぐるも騙されないまでも少しは悩むはずだ。だから勝矢を責めるに責められなかった。
「確かそのお爺さんも参加されるんですよね……大丈夫ですかねぇ。」
「ムチャクチャなもんとか持ってこなけりゃいいけどな。とにかくそこにあるススキは間違いないから、明日はそれを備えてくれよ。あ、入口の近くに置いてあるぺんぺん草は片付けていいぞ。」
「ボクは萩とススキを用意したよー。こーゆー魔除けを用意しとかないと、月から里帰りするお姫様を守れないから! もちろん家に帰ってから、特製のウサギさん型お団子を作るんだよ♪」
ようやく無知な勝矢を黙らせたと思ったら、今度は恒例の刹利くんタイムが始まった。
とにかく楽しそうに話すので、それをすべて聞いた後に何がどうなってこうなったのかを分析する。悠宇とめぐるは猫目の少年のご機嫌を損ねぬよう、頭を突き合わせてひそひそと話し合いを始めた。
「話の半分くらいは合ってるけど、七夕と宇宙人とかが混じってるな。」
「正直、今回の勝矢さんよりも正確な知識をお持ちのような気がしますけど……」
「あいつの間違いって、かわいげがあるからな。別にわざわざ訂正してやらなくてもいいか。それに……刹利のキャラはみんなに求められてるとこもあるし。」
ふたりの会話からもわかるように、勝矢は今回に限ってはまったく信用されていない。そんな彼はどこから借りてきたのか、大きめの脚立を運んでいる。やっぱり占見老人の話を信じているようだ。
「なんかあれはあれで珍しい光景ですから、勝矢さんもあのままにしときましょうか。」
めぐるの勝ち誇った表情を見て、悠宇は内心『何かあったのか?』と首を傾げた。ただそういうことに首を突っ込むのはよくない気がしたので、疑問を飲み込んだままいそいそと準備に戻る。
しばらくすると女性陣が戻ってきて、いよいよ賑やかになってきた。今度はお供えや食べ物の準備である。
あやこ担当の月見うどん、そして日和担当の天ぷらやコロッケは当日作るとして、まずは何はなくともお団子から。ゆ〜なが甘さ控えめの里芋のお団子やずんだ餅を作り始めると、美菜とかぐらがアシスタントとして作業を手伝う。その間、日和は悠宇と刹利と一緒にお団子を載せる三方を取りに行った。これは神饌を載せるための台で、お月見にはなくてはならないもの。これでお月見の風情も楽しめるというものだ。男ふたりの運搬も息がぴったり。無事に茶室の庭へと運び入れると、悠宇と刹利はハイタッチした。
あとは明日の日暮れから準備しながら、まったりと月を見ればいい。そのような段取りを決めたところで、この日はお開きになった。
翌日は雲ひとつない晴天に恵まれた。これだけからっからに晴れるのも珍しいが、それだけ月明かりがよく見えるだろう。
夕方になると茶室には浴衣姿のゆ〜なや着物姿の日和が準備を始めていた。三方の上にお供えを置き、花瓶にはススキを挿す。予告どおり刹利が鉢植えの萩とススキを持ってきたので、それも近くに供えた。悠宇は季節の花であるリンドウを飾り、お供えの隣にニンジンを置く。刹利は「ウサギさん用だー!」と喜ぶ。悠宇にはそのつもりもあったが、日和から『農作物を備えることもあった』と聞いたので、自分なりの解釈で用意したのだ。それを聞いたかぐらが「じゃ、お月見が終わったら執事ウサギに渡しとくね」と、本当にニンジンを月のウサギに与えることを約束する。
せっかくの着物が汚れるといけないので、サツマイモの天ぷらや里芋のコロッケを揚げるのは美菜が担当。盛り付けはかぐら。
あやこはめぐるを助手に月見うどん作りを始める。麺は手打ちとのことで、めぐるにはいい経験になった。ただこの時のあやこは例の老人のごとく、ところどころウソを織り交ぜながらのご説明。練った小麦粉を竹刀で打っては「麺、どう月、月!」と変なリズムを奏でたり、古人に倣って「我に七味唐辛子を与えよ」と月に祈ったりとやりたい放題だった。こちらもまた中途半端に含蓄があるもんだから、ウソかどうかを見破るのが難しい。しかも料理中なので、あんまりボーっとしてみんなに失敗作を食べさせるわけにもいかないので、とりあえずめぐるはマジメに取り組んだ。
日が暮れてしばらくすると、お待ちかねの満月が出てきた。勝矢が「おーっ!」と声を上げて刹利を見る。ところが彼はなぜか強く目を瞑っていた。
「せ、刹利くん。ま、満月は見ないとさ、お月見にならないだろ?」
「うん、だからボクの分まで見といて。ボクは満月を見ると、体から毛が生えて凶暴になるらしいんだ。」
「猫のお前が……狼みたいになるの?」
「そうだよ、だって家の人がそう言ってたから。悪い人はいいけどお姫様までやっつけそうだから、満月は勝矢クンに見といてもらうんだ。」
勝矢はどちらかといえば、猫に近いライオンと言われた方が納得できたかもしれない。それはともかくしっかり見るように言われたので、とりあえずケータイで月だけ撮っておいた。勝矢は「これなら明日にでも見れるだろうし、月の光を目に通すこともないだろう」と考えたのだ。あまり不思議な力と縁のない勝矢だが、最近ではすっかり周囲に染まってしまったらしい。
そんな賑やかな空気の中、スーツ姿の老人が飄々とした雰囲気を醸し出しながら茶室の庭に入ってくる。黒檀のステッキを突くその姿は、まさに英国紳士である。悠宇と勝矢は、彼が誰なのかすぐにわかった。これが例の一癖も二癖もあるお爺さんらしい。
「占見のお爺さん、前はどうも。」
「なかなかいい表情ですぞ。若人には似合わぬ、その渋い表情……まぁ、正しい知識を身につけるのには、ちょうどよかったのではないですかな?」
「おかげさまでみんなにバカにされたんだぜ、ったくとんでもない爺さんだ。」
「そう言われると耳が痛いですな。お詫びに食べ盛りの少年たちのために月見そばを振る舞いましょう。うどんとはまた違う味わいがありますぞ?」
さすがに占見老人、若人には口で負けない。相手の文句は老練の話術で巧みにかわし、うまく場を盛り上げていく。悠宇も「ただの嘘つきじゃなさそうだな」とつぶやくと、あとは自分が遊ばれないように気をつけることにした。静かに月を愛でにきたのなら、何も追い出す理由はない。日和も訳のわからない人間に振り回されずに済むのなら、それはそれで万々歳だ。彼はゆ〜なの作ったずんだ餅を皿に取り分け、日和のところに持っていく。
一方の占見老人は、お供えなどを見て感心していた。月を見るのにここまでする若者はそうはいない。なかなかの風情を感じながら、ゆっくりとした動作で茶室に上がる。するとほのかな茶の匂いが鼻をくすぐった。どうやら冷えた体を温めるためのお茶を用意しているらしい。これはゆ〜なが作ったものだ。そして部屋の隅にはドテラがいくつか畳んである。
「これは女性の細やかな気遣いですな。しかし大人には便利な防寒対策がありましてな……」
老人が取り出したのは、なんと日本酒だった。それを見たかぐらがお猪口を持ってくる。それを受け取ると、老人はさっそく一献傾けた。これぞ大人だけのお楽しみ。おつまみの存分にあるので、しばらくは食を楽しむことにした。
しばらくするとタイミングよく、あやこお手製の月見うどんがやってきた。みんなは卵を入れて、手元にも満月を作る。さすがに本物の満月には負けるものの、白い水面に映る月にはおいしそうな匂いがある。この誘惑は耐え難いとばかりに、誰もが「いただきます」の声とともに食べ始めた。占見は自分のを食べ終わるとおもむろに立ち、ゆっくりと台所へと歩いていく。ほろ酔い気分になったところで、食べ盛りのために月見そばを作り始めた。こちらもまた美味で、団子などを食べた後でもつるっと胃に入る。もちろん天ぷらもコロッケも飛ぶように売れた。
そろそろお月見にふさわしい余興を……という話を聞くと、刹利が得意の早着替え術を披露する。そしてなぜか勝矢に、微妙にかわいくないうさぎの着ぐるみを着せた。そして手にはなぜか胡琴……勝矢は困った顔を見せる。
「せ、刹利くん。こっ、これは、お、俺の音楽の成績を知っての仕打ちなのかな?」
「大丈夫だよー。いい音を奏でようと思えば、ちゃんと出るようになってるから。引ければ月のお姫様も安全だし、ボクたちも安心してお月見を続けられるよね!」
「だってさ、勝矢。さ、私のために弾いて弾いて!」
刹利は無邪気に話すが、該当者のかぐらは悪気たっぷり。本物のお姫様からの指示では断るわけにもいかない。勝矢は仕方なく今日だけは折れることにした。
すると、めぐるが「さすがにおひとりでは寂しいでしょう」と愛用の横笛を持って並び立つ。奇妙な二人組の演奏が始まるかと思いきや、今度は茶室からも軽やかな音が響いてきた。なんと占見がどこからともなく琴を用意し、演奏に加わろうというではないか。茶目っ気に料理に音楽に……まさに底知れぬバイタリティーを持った老人だ。
「音楽は国境を、星をも越えるということですな。」
「ご老人、まさにその通り。では参りましょう。」
めぐるの合図で合奏が始まった。ウサギの勝矢も思い切って弾いてみると、不思議なことにふたりの演奏を彩るかのような旋律が流れるではないか。音楽を専門的に勉強している悠宇や日和も目を閉じて静かに聞いてくれている。勝矢は無理にうまく聞かせようと念じるのではなく、精一杯の演奏をすることを心がけた。
「パパ、音楽は残念な成績なのにがんばってるー!」
「月をバックに……ってのは、なかなかいいもんだな。俺たちもそういうのやってみたいぜ。」
「ええ。どこか神秘的な雰囲気で……」
「あのかわいくないウサギの着ぐるみを除けばねー。」
全自動とはいえせっかくお上手な演奏をしているのに、どうしても刹利のセンスで見事なオチになってしまう勝矢。それでも彼は安心していた。自分が何もわかっていなくても、ちゃんと形になるように協力してくれる仲間がいる。一緒に遊んでくれる友達がいる。楽しい思い出は自分から作るものだと思いながら、いつもより明るい夜空の下で演奏というものを楽しんだ。
その演奏を聞きながら、ゆ〜なは日和たちと一緒にデザートのざくろを食べたり、濃い目のお茶を飲んで楽しんだ。悠宇は持ってきたデジカメで記念撮影。かわいくない着ぐるみを脱がれる前に、しっかり勝矢を激写しておいた。もちろん月の双子や日和たち女性陣も収めてある。演奏が終わった後の占見老人が日本酒を飲みなおして、頬を赤く染めている姿も写した。
徐々に夜の冷え込みが厳しくなるが、まだまだこの宴は終わりそうにない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】
2803/月夢・優名 /女性/17歳/神聖都学園高等部2年生
5307/施祇・刹利 /男性/18歳/過剰付与師
3524/初瀬・日和 /女性/16歳/高校生
3525/羽角・悠宇 /男性/16歳/高校生
7061/藤田・あやこ /女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト
7284/占見・清泉 /男性/70歳/御隠居
(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、市川智彦です。今回は「俺も娘も17歳?!」でお月見でした。
オープニングを出した当初の私は、まさに勝矢程度の知識しかありませんでした!
今回ご参加いただいた皆様のプレイングでお勉強させていただいた次第です(笑)。
まさに純和風のお話だったのですが、最近ではあまり見ない光景ですねー。
せめて『俺娘』の中で……と思いましたが、書く人間もよくわかっていないという。
こういう場で勉強して、実生活でも実践できたらなーとか思っております。はい。
ご参加の皆様、今回もありがとうございます。これからもご近所異界をよろしくです。
また勝矢や美菜たちの巻き起こす珍騒動や、別の依頼でお会いしましょう!
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