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<東京怪談ノベル(シングル)>


虚構の戦争


 広大な宇宙。
無限に広がり続ける闇の領域は、人の力では暴ききれない神秘に満ちている。
 遠く、遠く離れた星では人間とは次元の違う生命体が文明を成し、人間など足元にも及ばぬ技術を持って、星から星へと渡り、侵略、略奪、征服、または侵され、虐げられ、滅んでいく。
 もっとも、どれだけ悲惨な末路を遠い星々が迎えようと、地球で生きる者には関係ない。
 互いに何光年という距離を保ち、互いの存在を観測しながらも手を出さず、共存関係を保ち続けることも出来る。どれほど技術、知識に差があったところで、互いに得る物がある限りは相手の領域を侵すような理由はない。
 ‥‥‥‥しかしこの日、その均衡は崩れ去った。

「まったく、宇宙人との戦いなんて‥‥‥‥こんな宇宙大戦争をするんなら、もっと早く言ってよ」
『これでも最速で情報は渡しています。余計なことは考えてると、死にますよ。気を付けて』

 愛艦にして本体である戦艦『玲奈号』にて着々と戦争の準備を進めながら愚痴る玲奈に、どこか安全圏で監視しているオペレーターが淡々と警告する。
 そんな相手に内心舌を出しながら、玲奈は体に取り付けた大量の重火器、弾倉を確認し、「うん」と大きく頷いた。こんな時のために開発しておいた特製強化セラミック製メイド服に重火器を取り付けている様は実にシュールな光景だったが、今日ばかりは気にしているような余裕はない。軽く飛び跳ね、駆けて装備が邪魔にならないことを確認する。
 ‥‥‥‥詳細な情報など渡されぬまま、突如として緊急招集を受けたのが二日前。言い渡されたのは、遙か数十光年と離れた世界からくる、侵略者の存在‥‥‥‥
 馬鹿げた話、などとは笑えなかった。何しろ、玲奈自身人間から戦艦に改造されているのだ。もう非常識極まりない話にも慣れている。勝手に攻めてくるのも勝手に改造されるのも‥‥‥‥玲奈にとっては迷惑な話でしかない。

「本当に、侵略して来るにしても‥‥理由が勝手すぎるよ!」

 準備万端で待機する玲奈は、これから戦うことになるであろう敵に呆れながら、溜息をついていた。
 ‥‥‥‥特権者。ただ、IO2ではそう呼ばれている。
 生命体とは違う、まったく異質な知性体。彼らは、宇宙に散らばる“知識”と“認識”を実体化させる力を持ち、それを糧として存在してきた。そんな彼らが、地球の文明が放出したTVの電波を兵器資源とするのも、決して不自然なことではない。“戦争”を題材とした番組は世界中に存在し、今もなおその数を増やしている。時代とともに、より盛大に、派手になっていく番組の電波は、特権者にとって地球を生かしておく理由となっていた。
 だが、認識を実体化させる特権者は小さな誤算に気付かないまま、地球の認識を利用し続けてしまっていた。
 善と悪、世界中で放映されている数ある番組において、大半の番組がある共通の認識を持ってそのストーリーを作っていた。
 それは“悪とは必ず倒される”と言う、世界共通のテーマ。子どもが見るような番組ならば尚のこと、強大な兵器が登場したとしても、それは小さな力によって滅ぼされる。侵略者はあらゆる戦争に勝利し、版図を広げたとしても、最後の最後で滅ぶのだ。
 特権者にとっては致命的にして、最悪な邪念。彼らは情報と認識無くしては存在を維持出来ず、これまでに地球の情報を利用し過ぎていた。もはや、地球の情報無くしては存在を思うように維持出来ず、地球の情報を切り捨てれば、勢力の力が大きく弱体化し、これまで制圧してきた星々が反旗を翻すことも、またあり得る。
 特権者にとっても、もはや後戻りは出来ない位置にいた。彼らに出来ることと言えば、もはや道は一つ。自分たちが滅ぼされるよりも前に‥‥‥‥侵略者として敗北する前に、悪しき邪念を植え付けた元凶である認識を、改めさせる以外にない。
 そう判断した特権者の進軍を察知したのが数日前。彼らは迷うことなく大軍勢を率いて地球に降り立ち、言葉通りに“侵略者”としての破壊の限りを尽くすだろう。彼らが必要としている“侵略者の勝利”と言う認識を人間に植え付けるまで、徹底的に、地球の情報から抽出した兵器軍によって蹂躙するだろう。
 ‥‥‥‥玲奈が自分勝手だと憤ったとしても、仕方ないかもしれない。
 勝手に他人の情報を利用しておいて、不利になったら戦争を仕掛けるとは‥‥‥‥こちらにとっては、いい迷惑だ。

「さぁて、もう出ておかないと‥‥」

 玲奈は装備を調え、ハッチから外へ飛び出した。成層圏ギリギリで待機していた玲奈号から出たことで、強風に玲奈の体が吹き飛ばされそうになる。それを堪え、ひとまず玲奈号の上に待機し、全天シートをバリアのように自分の周りに張り巡らせて、そこに玲奈号から送られてくる情報を投影する。全天シートと共に与圧結界を張っているため、超高々度でも問題なく活動することが出来る。
 IO2本部と玲奈号は特権者の進軍を察知してからと言うもの、常に地球周辺の重力場を監視していた。数十光年も離れている特権者達が、遠路遙々地球を攻めてくる‥‥‥‥まさか何十年という年月を重ねて地道に進軍してくるわけがない。相手にとっては、一秒でも早くこの地球に辿り着きたい筈なのだ。

(ワープしてくるとしたら、この辺りかな?)

 玲奈は東京上空に玲奈号を配置し、自身もそこを中心に警戒していた。
 日本のアニメ文化は、世界中に浸透し、日々人型兵器だの超能力だのという情報をばらまいている。敵がまず攻めるとしたら、情報の発信源となっている日本を目指すのは容易に予想出来た。
 そしてその攻め方も、大体の予想は出来る。
 ワープ、空間移動の類は、大昔からあった空想の産物だ。当然特権者が目を付けそうなワープ機能を持った兵器は多々と発信した情報の中に組み込まれており、それを使用して地球圏までやってくることは想像に難くない。
 それが今日、ここに来る。遙か彼方で進軍していた特権者の軍勢の一部が、不意に消失したことをIO2情報部が観測し、尖兵が向かっていることを察知したのだ。
 特権者は、“侵略者は敗北する”と言う認識に脅威を感じている。
 その情報の発信源である地球に侵略するにしても、いきなり総力戦には出られない。どれだけの大軍を率いたところで、彼らは自分を縛る認識には抗えないのだ。
それが強大にして異常な特権を駆使し、侵略行為を繰り返した、彼らのルールだった。
 まずは尖兵を放ちこちらの戦力を測らなければ、安心して侵略は出来ないだろう。侵略者とは、ここ一番という最大の見せ場で敗れ去ってしまうのだから、それを量りに来る。
 今日、玲奈が特権者の尖兵を破ることが出来るかどうかで、今後の戦局は大きく左右されるだろう。
 ビー! ビー!

「来た!」

 玲奈号が強力な重力場を感知し、警報を鳴らす。方角は十時の方向、距離はそれほど離れていない。
 突然東京のど真ん中に出現されるかと冷や冷やしてもいたが、幸いにも地球と宇宙の狭間となる何とも微妙な位置に出現し、そこから降下していくつもりらしい。
 特権者は、あくまで“侵略者”として地球と争うつもりらしい。突然街中に現れるのではなく、勿体ぶった降下作戦を展開し、“攻め込んできた侵略者に敗れた”という認識を植え付けたいのだろう。
 玲奈は迷うことなく、重力場に向かって飛翔した。重力場は目に見えず、投影されたレーダーを見ることで敵を捕捉する。先手必勝、重力場は玲奈号の射程に入っている。玲奈号のレーザー砲を重力場に向け、玲奈自身も手にした重機関銃を重力場に照準する。
 この間、僅か十秒にも満たない出来事。その間にも重力場は大きく歪み、そして元からそこにいたかのように、多くの黒い艦影を映し出す。
 その数は十数か、数十か‥‥‥‥
 どれだけの艦隊が尖兵として放たれたのか、規模が大きいために、瞬時に把握することは出来ない。時間を掛けて推し量ることも出来ず、玲奈は迷うことなくするべきことを決定した。

「やっちゃえ!」

 玲奈の号令と共に、玲奈号から何本ものレーザーが放たれた。
 出現したばかりの敵艦を貫通し、爆発が起こる。大虚構艦隊も奇襲を仕掛けてきたつもりだろうが、玲奈も待ち構えることで奇襲を可能とし、先手を取って迎撃する。
 不意を付かれた大虚構艦隊だったが、すぐさま反撃に転じ始めた。砲塔を迫る玲奈に向け、さらにハッチを開き装甲兵を出撃させる。

「ロボット?」

 出撃してきたのは、人型のロボットだった。大小様々な物があるが、ほとんどが人型を成し、背中には降下用に使うであろう大きなバックパックを背負っていた。そうして日本を目指し、降下していく。特権者が目指しているであろう降下地点を算出しながら、玲奈はすぐに次の手を打っていた。

「これは‥‥さすがに手が回りませんね。皆さん、出番ですよぉ♪」

 迫り来るロボット、艦隊はとても一人では手が回らない。玲奈号を参戦させたところでとても何百という数をカバーすることなど出来はしない。
 しかし、こんな事態は最初に考えていたことだ。そして当然、それに対する方法も、すでに考え、備えてある。
 玲奈号のハッチが開き、無数のスチームカタパルトから次々と翼竜ゾンビが放たれる。向こうが人間の情報と認識を兵器へと変えるのならば、玲奈号とて様々な兵器の開発、生産を行う玲奈号を持っている。少々作り出している兵器の方向性は違うが、戦力としては申し分ない。次々と降下を開始していくロボット達に襲いかかる何十何百という翼竜ゾンビの群は、人間が想像した一騎当千の兵器達とも、一進一退の戦いを繰り広げ始めた。

「てやぁ! これで七つ目!」

 湯水の如く、惜しみなく弾丸を敵艦に叩き付ける玲奈。より強く、より理想に近づけようと空想された宇宙戦艦に無数の弾痕が穿たれる。
 相手が虚構を具現化させた艦隊ならば、それはほぼ無敵とも言えただろう。虚構の時点で“最強の兵器”という理想を与えられ、そしてそれを具現化したならば最強の艦隊になり得るのだ。
 しかし、悪とは破れるもの。目の前に存在するのは虚構ではなく、ただ負けるために現れた悪の侵略者‥‥‥‥玲奈はそう信じ、疑わなかった。そしてその認識が特権者の兵器を鈍らせる。“絶対に勝てる”と信じて疑わない認識が、特権者の大虚構艦隊を弱らせていく‥‥‥‥
 この戦いは、玲奈のその認識こそが鍵となっていた。
 勝てる、と思いこんでいる限りはこちらの攻撃は敵に通じる。しかしもし、敵の攻撃を受けて「負ける」と思ってしまえば、その時点で玲奈は不利な立場となる。玲奈の迷いはそのまま敵の強さとなり、攻撃が通じないと思ってしまえば通じなくなるだろう。
 玲奈は攻め続けた。大型の敵艦は玲奈号に任せ、翼竜ゾンビとの戦いを潜り抜けた装甲降下兵に対して追撃する。降下兵を背後から強襲し、水芸の如く人魂を放ち、敵を確実に仕留めていく。しかし数の暴力には抗いがたく、始めは成層圏で始まった戦いも、今では玲奈を中心に地上へと近づいてきてしまっている。

(せめて、強化服とか着られたら楽だったのに!)

 常に結界を張っている疲労感を吹き飛ばそうと、玲奈は目前の降下兵を蹴り付けて引き剥がし、弾丸を撃ち込んだ。
 ズボンが履けないために、装備が限定され、余計な力を使ってしまっている。戦闘にさしたる支障はないが、それでも長期戦になると、どうしてもその僅かな労力が響いてくる。

(もう地上があんなに‥‥狙いはやっぱり東京だったのね)

 地上に広がる街並みを見渡し、ここまで敵を近づけてしまったことに歯噛みする。
 敵の狙いは、東京だった。
 多くの放送局が並び、多くの作家が居を構えるこの場所こそ、大虚構艦隊が目指していた場所だった。地球にとっては小国の一都市に過ぎなくとも、大虚構艦隊にとっては無視出来ない街だったのだろう。
 降下兵を撃破しながら、玲奈は手の空いた翼竜ゾンビを呼び戻した。出来れば街中で騒動は起こしたくなかったが、こうなったら被害を最小限に納めるためにも、最速で決着を付けるしかない。少なくとも街中に降り立つ降下兵は、暴れ出す前に最優先で仕留めなければ‥‥‥‥
 玲奈がそう判断し、敵の位置をレーダーで確認しようとした刹那‥‥‥‥騒々しい警告音と共に、唐突に入ってきた通信に、玲奈は目を丸くした。

『上だ! 避けろ!』
「はい?」

 唐突な声に、玲奈は一瞬混乱した。しかし言葉を理解するよりも早く、玲奈は自分を包む巨大な影に気付き、その場を飛ぶ。途端、玲奈を轢き潰そうとした巨大な物体は、まるで隕石の如く東京の街に落下し、衝撃を伝えてきた。
 ゴゥッ!
 衝撃は風となり、玲奈を襲う。
 危うく吹き飛ばされそうになった玲奈は、ある高層ビルの屋上に着地し、事なきを得た。玲奈を掠めた物体は地上の街に激突し、小さなクレーターすら作っている。土煙が巻き上がり、街のあちこちから悲鳴と怒声が響き渡っていた。
 そんな街を見下ろしながら、玲奈は、まず激突に巻き込まれなかったことに安堵し、次に落下してきた物体に目を見張った。

「でっか!」

 思わず声を上げ、唖然とする。
 本体が宇宙戦艦だったりする玲奈でも、街に落下してきた物体の大きさには唖然とさせられた。
 落下してきた物体は、人型を模して造られているロボットだった。流麗な曲線を描く美しい作りで、そこらのアニメにそのまま登場してきそうな勢いだ。しかし頂けないのは、その巨体。そこらの中規模の雑居ビルと並んでも、まだロボットの方が大きい。これまで中空で相手にしてきたロボット達と比べても、比較にならない巨体だった。
 生身で相手をするには、少々荷が重い相手である。
 手持ちの装備で対処が出来るかと思い悩んでいた玲奈は、頭上を飛翔していく影にハッと顔を上げる。

「ギャキャァ!!」

 呼び出していた翼竜ゾンビ達だった。数は十数匹。迷うことなく落下してきたロボットに向かい、襲いかかる。

『――――ブォォォォ!!』

 それは咆吼だったのか、それとも機械の作動音だったのか‥‥‥‥
 土煙の中から身を起こしたロボットは、襲いかかってきた翼竜ゾンビを払い除ける。
 巨大な鈍器その物であるロボットの腕に払い除けられ、数匹の翼竜ゾンビが潰れ、まるで叩き落とされる羽虫のようにビルに激突し、沈黙する。続いてロボットは、背中に背負っていた巨大な剣を抜き放ち、二度、三度と振り回す。
 直径百メートルはあろうかという巨大な剣は、翼竜ゾンビを殴り、斬りつけて次々に沈黙させていった。

「あちゃ〜、相手にならなかったかぁ」

 その光景に、玲奈は呆れながらも嘆息した。
 残りの翼竜ゾンビに指示を飛ばし、出来るだけ小粒な降下兵達の相手をさせる。成層圏での玲奈号の戦闘も、おおよそは終わりつつあった。つまり、この大きなロボットこそが今回のボスだ。このロボットさえ倒せば、この戦は玲奈の勝利で終わるのだが‥‥‥‥

(本当にどうしよっか?)

 手持ちの装備を見直す。敵艦に穴を開けるほどの装備、だと思うのだが、そもそも射程内に近づけるのかが怪しい。街中でさえなければ、玲奈号の主砲で撃って終わりに出来るのだが‥‥‥‥
 ピピピピピッ‥‥
 何とか倒せる方法はない物かと思考を巡らせているところに、通信が入る。

「はい」
『ハヌマン・ラングールを投擲する。座標を送るから、急いで向かえ!』

 こちらの意見など一切聞かぬとばかりの勢いに、玲奈は不意を付かれて反論しそうになった。だが、すぐに思い直して送られてきた情報を元に行動する。
 通信の声には聞き覚えがあった。
 ディテクター‥‥‥‥今回の騒動を察知し、警告してきたIO2エージェント。
 本来なら、こんな通信に彼の声が入ることはない。ディテクターの任務は捜査の類で、特権者の情報を得ることが今の任務だ。玲奈のサポートなど行っている余裕はない筈で‥‥‥‥

(用意してくれたのかな。わざわざ)

 気を利かせてしまったか。玲奈は心中そう思う。
この東京の状況は、IO2でも常にモニターしているだろう。そして今頃、こんな人目に付く場所での大騒動に泡を吹いている頃だ。
 事態を収拾するためには、もはや手段を選んでもいられない。しかし、IO2に限らず組織という物は、どうにも腰が重いものだ。土壇場になっても判断は後手後手に回り、手遅れを通り過ぎても動くかどうかは酷く怪しい。
 それを見越して、ディテクターは動いてくれたのだろう。ハヌマン・ラングールとやらに聞き覚えはなかったが、何かしらの支援兵器であると当たりを付け、玲奈は送られてきた座標に移動する。

『衝撃に備え、巻き込まれないようにな。潰されては笑えんぞ』
「重メイドサーバント?」

 ただの火器ではない。少なくとも、玲奈が潰れるかもしれないと警告するほどの大規模な兵器‥‥‥‥
 大まかな予想が付いた時、玲奈の目前に黒い影が落下した。

『いや、ヘヴィ・ギアだ!』

 盛大な衝撃音。建物の屋上に立っていた玲奈は、路上に落下したヘヴィ・ギアを中心に放たれた衝撃波で吹き飛ばされそうになったが、危ういところで持ちこたえ、ヘヴィ・ギアに目を向ける。
 ‥‥ヘヴィ・ギアは、膝を折るような形で着地していた。
 着地時の衝撃を緩和するために共に放たれたシートのような物が、あちらこちらに飛散している。そばには巨大なコンテナも放置され、蓋が軽く開いていた。
肝心のヘヴィ・ギアは、ゴツゴツとした無骨な装甲に小さな傷を作りながらも、物音一つ立てずに搭乗者を待っている。芸術品とすら呼べそうな虚構艦隊のロボットに比べ、まさに兵器と呼べる様相。向こうが宇宙人の最新技術によって生み出されたロボットなら、こちらは遺跡にでも埋もれていそうな古めかしいデザインだった。
 だが、それでも一向に構わない。
 玲奈は迷うことなく建物から飛び降り、コックピットへと駆け込む。ヘヴィ・ギアの落下は敵にも当然捕捉されている。時間がない。動き出す前に攻撃を受ければ、いかに頑丈に作られている兵器でも、容易に破壊されるだろう。
 コックピットは、実に簡素な作りだった。アニメのように何十というスイッチが乱立するわけでもなく、複雑怪奇なコンソールが目前を覆っているわけでもない。強いて言えば巨大な強化外骨格のような物で、玲奈の動きを増幅、機体に伝えてそのまま動いてくれるという兵器だ。
 コックピットハッチを閉じ、ヘヴィ・ギアの起動準備に取りかかる。実際に使用したことはないが、機体を起動させる動作に迷いはない。ディテクターからは機体と共に、機体の情報も送られてきている。迫り来る敵のロボットのことなど眼中にもおかず、玲奈はひたすら手を動かし、システムを立ち上げ、設定、装備を確認。そして――――起動。
 頭部のメインカメラが捉える映像を画面に映し、振り下ろされようとしている剣を寸での所で転がり、回避する。

「あ、危ない!」

 もう僅かにでも起動が遅ければ、それで事は終わっていたかもしれない。
 敵は目の前に立ち、玲奈の様子を窺っている。尤も、重い剣を振り回しているために、動きが鈍いだけなのかもしれない。振り下ろした剣を路上に突き立て、再び振り上げようと体を反転させる。

「やらせない!」

 タタタタタ!
 外から伝わってくる振動と耳を打つ音の波。頭部に装備された機関砲が火を噴き、目前のロボットの体を穿つ。
 至近距離から撃たれ、さすがに装甲を凹ませて後退するロボット。改めて照準し、追撃しにかかろうとした玲奈の火砲を、ロボットは左右に走りながらビルの陰に身を隠すことでやり過ごした。

(今のうちに!)

 玲奈はヘヴィ・ギアと共に投擲されたコンテナに手を掛け、中身を確認する。重々しいマシンガン。戦艦の機関砲をそのままマシンガンに改造したような無骨さ‥‥‥‥玲奈が搭乗しているヘヴィ・ギアに、ある意味似合いの兵器だった。
 武器は手に入れた。ここからは反撃の時間だ。
 玲奈は巨躯を駆り、敵のロボットを追い詰めに掛かった。
建物に器用に隠れ、敵のロボットは執拗に玲奈の隙を窺っている。機動力は向こうが上、しかし武器の破壊力は玲奈が上だ。未知のロボット相手に必殺の武器になるかどうかは分からないが、好き好んで攻撃を受けるわけがない。建物を盾に、姿を隠しながら間合いを詰めるタイミングを計っている。
しかし‥‥‥‥建物の陰に隠れていても、玲奈は容赦しなかった。

「ほーらほらほら! 逃げ回りなさい!」

 何かのスイッチが入ったのか、盛大に情け容赦なくマシンガンを乱射する玲奈。流れ弾‥‥と呼んで良いのかどうか知らないが、敵のロボットは建物ごと攻撃を受け、派手に転倒し、それでも冷静に玲奈からの攻撃を回避し続けている。
 ‥‥‥‥端から見ていると、どちらが悪役かなど分からなかった。
 マシンガンのマズルフラッシュは夕刻に達した街を照らし、土埃を縫うようにして急接近するロボットを迎え撃つ。戦いが開始されてから既に数時間が経過したというのに、依然として二機の人型兵器は街中を蹂躙し、互いに一歩も譲らぬ攻防を繰り広げている。

「この、いい加減に、しな、さい」

 肩で息をしながら、玲奈は苦々しく唇を噛む。
 思ったよりも粘られ、弾薬が乏しくなってきた。敵にもかなりの数を撃ち込んでいるが、まだ倒れるような様子はない。このままでは、いずれは弾薬抜きでの殴り合いになりかねない。
 そうなっては、剣を持っている鉄器が絶対的に有利となる。出来ればそうなる前に決着を付けたいが、敵も弾丸の軌道に慣れてきたのか、回避行動が上手くなっている。
 どれほどの建物を壊してしまったのか‥‥‥‥‥‥
 カタタタタタタ‥‥‥‥と、マシンガンが乾いた回転音を奏で始め、玲奈は機体の動きを停止した。
 思わず、何かの誤作動かと思った。しかしそうではない。弾薬が尽き、マシンガンはただの頑丈な盾に成り下がる。

「あ〜‥‥まずいの、かな?」

 敵を見る。こちらの異常を察したのか、敵は悠々と路上に姿を現し、堂々と真っ向から歩を進めてきた。巨大な剣を手に、傷だらけとなった体に異様な闘気を漲らせ、重々しい足音を立てて近づいてくる。
 対する玲奈は、弾丸の尽きたマシンガンを手に、一歩も退かずに敵を睨み付けていた。
 退けない。ここで玲奈が弱気に駆られた時、相手は強くなる。本当に倒せない敵になる。“悪の侵略者は倒される”と言う認識、どれほどの効力があるのかは分からないが、それを信じて戦い続けるしかない。

「どっちみち、逃げ場なんてないもんね」

 溜息混じりに、間合いを詰める相手を睨み付けて待ち構える。

『ブォォオオ!!』

 振り下ろされる剣を、強引に銃身で受け止めた。
 激しい火花が放たれ、花火のように輝いた。衝撃にヘヴィ・ギアの重い体が膝を付いたが、銃身は断ち切られていない。
元々巨大すぎる敵の剣は、“斬る”ことには特化していない。それは鈍器として敵に叩き付け、叩き斬るための武器であり、直撃さえ避ければ十分に耐えることが可能だった。
 頑丈な銃に感謝をする間もなく、玲奈は敵に向かって跳ね、体当たりを放つ。向こうが敏捷性で勝るのならば、こちらは頑丈さでは勝っている‥‥と思う。無骨な作りである事もあり、装甲の重さとそれを持ち上げているパワーの大きさでは、勝機はあると玲奈は踏んでいた。
 敵の剣を銃身で押さえ込みながら、ガンガンと顔を殴り、肩を殴りつける。肩を掴まれて転がされ、のし掛かられ剣を振り上げられる。両腕で地を叩き、反動を利用して両膝を敵の脇腹へ、衝撃で吹き飛ぶ敵機に駆け寄り、自重に任せて頭を潰そうと肘を落とす。だが敵のロボットは両腕でヘヴィ・ギアの突進を受け止め、鈍い音を立てながら蹴り付け、玲奈を強引にはね除ける。
 ‥‥‥‥銃撃戦は、もはや起こらない。
 弾丸を徹底的に使い尽くした玲奈のヘヴィ・ギアに出来ることと言ったら、ひたすら敵を殴りつけて転がすばかりである。対する特権者のロボットも、意地にでもなっているのか、玲奈の攻撃を真っ向から受け、反撃する。子供の喧嘩のような戦いだったが、その死闘は夜通し続けられ、東京市民のみならず日本全国、世界へと配信される大試合となった。
 その事後処理にIO2の幹部は頭を抱えることになるのだが、それは玲奈に取ってはどうでも良いことである。

「とぉりゃぁあ!!」

 ガシャン!!
 玲奈は、敵のロボットから奪い取った剣を相手の胴に突き立て、大きく息を荒げた。
 ロボットの眼孔に宿っていた紅の光が消え、手がピクピクと痙攣したかと思うと力無く地に落ちる。元からパイロットなどいなかったのか、それきりロボットは沈黙し、辺りに静寂が舞い戻った。

「や、やった‥‥‥‥」

 長時間の死闘に神経を磨り減らしていた玲奈の声に力はない。
 ヨロヨロとコックピットのハッチを開け、暗い世闇の中に体を晒す。特権者のロボットは打ち破った。全天シートに映し出された情報を読み取る限り、特権者が放った尖兵は一機残らず撃破し、沈黙させた。
 ‥‥‥‥戦争は終わった。
 まだ第一陣に過ぎないかもしれないが、しかしひとまず、この場の戦いは玲奈の勝利と言っていいだろう。
 だが、まだ玲奈には一仕事残っている。
 疲れ切った体で、この世間の注目を必要以上に集めてしまっている戦場から、こっそりと脱出しなければならない。

(‥‥‥‥ここであたしの事が放送されたりしたら、今度は特権者がメイドとか使ってきたりして‥‥‥‥)

 自分の目立つ格好を見直し、憂鬱になる。
 さぁ、あまりグズグズしている時間はない。出来れば夜が明けないうちにこの場を撤収。事後処理はIO2の専門家に丸投げしてしまおう。
 玲奈はロボットが沈黙したと見るや姿を現し始めた警察や野次馬から身を隠しながら、決死の逃走劇を開始した‥‥‥‥





 この日の死闘は後に映画化され、戦争の結果は、遠い特権者の元へ電波として発信された。
 その情報から、いったい特権者は何を思い、どんな判断を下すのか‥‥‥‥
 それは、地球に住む玲奈達には、知る由もなかった‥‥‥‥



Fin







●参加PC●
7134 三島・玲奈

●あとがき?●
 初めまして。SFタグを本気で外そうと思い悩む、メビオス零です。
 今回のご発注、誠にありがとう御座います。まさか久々に窓口を開けて早々に発注して頂けるとは思わず、本気で喜んでしまいました。
 そして出来たこの作品‥‥‥‥動かすキャラクターのキャラが濃く、苦心してしまいました。結構な不安要素があちこちに散りばめられているのですが、いかがでしょうか? 出来る限り過去の作品なども読み返させて頂きましたが、キャラが把握し切れていないかもしれません。
 三島 玲奈さんの黒歴史にならなければ良いのですが‥‥
 作品に関しまして、ご意見、ご感想、ご叱責、苦情などが御座いましたら、ファンレター経由でどうぞ、ご遠慮なく仰って下さい。今後の作品の参考にさせて頂きます。
 ‥‥では、改めまして、今回のご発注、誠にありがとう御座いました(・_・)(._.)