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<東京怪談・PCゲームノベル>


【桜姫討伐】

 狂い散る桜の花びら。
 ひらひらと、ただ風に乗って舞うだけだったそれが変化したのはつい先ほどのことだ。
 満開に枝をしならす花びらが、次々に風ではない力でふるい落とされてゆく。
 縦横無尽に駆け巡る花びらたち。その中央には、白い着物を着た人間ではない存在――桜姫が笑い声を上げていた。
「そうじゃ、泣き叫び、嘆き、恐怖に慄くのじゃ!」
 逃げ惑う人の波は逃げ場を求めて走り続ける。中には逃げることすら出来ず、腰を抜かして座り込む人もいた。
「あははは、愉快じゃ、実に愉快じゃ!」
 桜姫は着物から伸びた枝のような腕を伸ばすと、それを伸ばして鞭のように振るった。
 宙を駆け、地を這い、人に襲いかかる蔦に再び悲鳴が上がる。
 その声に桜姫の唇が楽しげに歪んだ。
「ああ、心地良い音じゃ。もっと、もっと、もっとじゃ!」
 桜姫の周りを鋭い風が囲う。
 風の音と桜姫の笑い声を耳にし、逃げ惑う人々の中で、一人だけ不機嫌そうに佇む人物がいた。
 艶やかな黒髪に、鋭い目を持つ男は、未だ枝をしならす桜の木を見ている。その眉が若干顰められているのは気のせいではないだろう。
 彼はチラリと桜姫の姿を見ると、面倒そうに息を吐いて視線を戻した。
「あはははは、もっと泣き叫ぶのじゃ!」
 暴風のように荒れ狂った風音と、桜の花びらの音がする。それに男の口から再び息が漏れる。
「うるせえな。ちったあ静かに出来ねえのか」
 男はそう呟くと桜姫を見た。
 先ほどの確認するためのものではなく、今度は対峙するための視線を投げかける。そして一歩、足を伸ばした。
「おい」
 静かな声が桜姫に投げかけられる。
 ともすれば、桜姫には届いていないようにも聞こえる声だが、どうやらその声は届いていたようだ。
 桜姫の動きがピタリと止まった。
「――何じゃ、そなたは」
 逃げ惑う人の中で、逃げずにいる者がいる。その事が不思議でならないらしい。
 不可解そうな色を含んだ声が零された。
「他人がどうなろうと知った事じゃないが、花は散らすなよ」
 男はそう言葉を向けながら、桜姫の周囲に視線を向けた。
 よく見れば、桜姫が荒れ狂った場所の枝には、花びらがほとんど付いていない。
「今さら、か……」
 ポツリと呟きながら桜姫に視線を戻す。
 注意をされた桜姫はその声に口角を上げて、面白そうに声を上げた。
「何じゃ、そなたは人間よりも花の心配をするのか。可笑しな人間じゃのお」
 興味が湧いたのだろうか。
 桜姫は地面に足を付けると、一歩、また一歩と近付いて来た。
「そなた、名はなんと申す」
 あと数歩で接触する。
 それぐらいの距離になって問われた言葉に、男は思案して口を開いた。
「……神木・九郎」
「ふむ、九郎か……そうじゃな。そなたがどうしてもと言うのであれば、散らすのは止めても良い」
 しなやかな動きで桜姫が自らの口元を着物の袖で覆い隠す。
「九郎、そなたの魂をわらわに寄越すのじゃ。そうすれば、桜もこの場の人間も、見逃してやろうぞ」
 桜姫はそう言って手を差し伸べてきた。
 当の九郎はその手を見ながら身動き一つしない。元より魂を渡すつもりも、闘うつもりもない。
 だが――。
「金にならねえ退魔はしたくないんだが、必要なら闘うさ」
 呟き、拳を握り締めた。
 その時だ。
「天誅っ!」
 ドゴッと物すごい音をたてて、桜姫の体が薙ぎ払われた。
 体制を崩して土煙を上げながら倒れ込む桜姫。そして桜姫が今までいた場所に、立つ金髪碧眼の少女。
 彼女は崩れ落ちた桜姫を見てから九郎を見ると、ヒラリと手を振って見せた。
「お礼なら良いわよ。ほら、さっさと逃げなさい」
 サヨナラ。そう言って手を振る少女に、九郎の肩がわなわなと震えだす。
「っ……こ、この女……」
「あらヤダ。怖くて足が動かないわけ? なっさけないわね〜」
 勘違いも良いところだ。
 九郎は握り締めた拳に力を込めると、少女を睨みつけた。
「この馬鹿野郎が!」
 そう言いながら地面を蹴った。
 そして少女に向かって拳を振り下ろす。
「え、ちょっ、ちょっと!」
 少女の方も慌てて警棒を構えるが、それよりも早く九郎の拳が迫った。
 そして――。
「ぎゃあああああ!」
 咄嗟に目を瞑った少女の耳に、悲痛な叫び声が響いて来た。
「ったく、余計な真似しやがって」
 目を開ければ、九郎が不機嫌そうな顔で立っている。
「何じゃ、何なのじゃ! わらわを謀ったのか!? 九郎、そなた……許さんぞ!」
 桜姫の周囲に風と花びらが集結する。
 それを見て九郎は拳を握り直した。
「馬鹿女のせいで予定が狂っちまった」
 九郎は一気に駆けだすと桜姫の間合いに入り込もうとした。しかし縦横無尽に駆け巡る花びらと枝が邪魔で近付けない。
 攻撃を避けるだけで精一杯だ。
「あはははは、早うせねば怪我をするぞ。もっと機敏に動かぬか!」
「チッ……クソ野郎が」
 舌打ちを零すその間も攻撃をかわしてゆく。
 このままでは一向に決着がつかない。
「ったく、情けないわね」
 近くで声がした。
 目を向ければ、先ほどの少女が隣に立っている。
「怪我したくなかったら引っ込んでろ」
 枝の一つを払いながら、呟く。
 しかし少女が逃げることはなかった。
 警棒を構えたままニヤリと笑って、九郎を見てくる。その視線に、彼の眉がピクリと動いた。
「あたしがあの化け物の攻撃を全部引き受けてあげる。その間に、あんたはその拳でも叩きこみなさいよ」
 顎で示されたのは先ほどから握りしめたままの拳だ。
 確かに少女に攻撃が集中すれば、九郎は容易に桜姫に近付けるだろう。だが彼は首を縦に振らなかった。
 それどころか、少女から視線を外して前を見据える。
「舐めんじゃねえよ」
 そう言葉を残して地面を蹴った。
 一気に飛躍して、桜姫に向かって突っ込んでゆく。
「えっ、ちょっと!」
 少女の叫ぶ声がするが視線さえも向けなかった。
 彼が視界に留めるのは桜姫だけだ。
 狂ったように花びらの髪を振り乱し、枝を振るう異形の姫。その顔がピタリと九郎を見て止まった。
「何じゃ、自棄でも起こしたのか。ならば思う通りにしてやるのじゃ!」
 暴風が凄まじい音をたてて花びらを終結させる。そして桜の木ほどの大きさまでそれが拡大すると、一気に襲いかかって来た。
「悪いが、効かねえな」
 皮膚を裂く花びらを浴びながら一気にその中に突っ込んでゆく。到る所に傷は増えるが、致命傷になるものはなかった。
 花びらには霊力が混じっているものの、強い攻撃にはなっていない。
 九郎は目を細めると、花びらの向こうにある桜姫の姿を捉えた。
「一撃で決める」
 握り締めた拳に霊気を集中させる。
 そして――。
「奥義・散耶此花!」
 花びらの中を抜けきるのと同時に、拳が桜姫の腹に命中した。
「ぎゃああああっ!」
 叫び声を上げながら硬直した桜姫の身体が一気に弾けた。
 まるで空気を入れすぎた風船のように弾けた桜姫から、大量の花びらが舞う。
「……クソッ、金になんねえのに」
 呟いて拳を握る。と、そこに花びらが飛び込んできた。
 視線を向ければ、まさに華吹雪と呼ぶにふさわしい景色が飛び込んでくる。
 それを見た九郎の口角が少しだけ上がった。
「まあ、悪くねえか」

   ◇◆◇

「ふーん、意外とあっさりしてたな」
 高層ビルの屋上で、鎌を手にした男が一人、フェンスに腰を下しながら花見会場を眺めていた。
 そこに足音が響いてくる。
「やっぱり、あんただったのね!」
 叫ぶのは先ほど九郎の元に現れた少女だ。
 彼女は嫌なものでも見るように男を見ると、警棒の先を男に突きつけた。
「不知火! 今度こそ、地獄に落としてやるんだからっ!」
「ふふん♪ 華子ちゃんが一緒なら、地獄でも天国でも何処へでも行っちゃおうかなぁ♪」
 不知火と呼ばれた男は、フェンスを蹴るとその上に立った。
 遥か下に佇む華子を見ながら、トンッと鎌で自らの肩を叩く。
「でもね、今はまだ無理。面白そうな玩具がいっぱいいて楽しそうじゃん♪」
「面白そうな玩具?」
眉を寄せた華子に、不知火はニイッと笑う。
そして彼女に投げキッスを落とした。
「それは、ヒ・ミ・ツ――じゃあね、華子ちゃん♪ 次は俺様とデートしてよん♪」
 そう言って不知火はフェンスから飛び降りた。
 ビルの下へと勢い良く落ちてゆく姿を見ながら、華子は警棒を握り締める。
視界には、ひらひらと小さな花びらが舞い降り、華子はそれを奪うように手の中に納めるとこの場を後にした。


 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】

登場NPC
【 星影・サリー・華子 / 女 / 17歳 / 女子高生・SSメンバー 】
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、朝臣あむです。
如何でしたでしょうか? 楽しんでいただけましたでしょうか?
また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします。
この度は、ありがとうございました。