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<東京怪談・PCゲームノベル>


貴方のお伴に 〜笑顔への道程〜

 いつのまにか、季節が変わっていた。
 空は高く、薄く青く澄んでいて、秋を思わせる。
 陽射しは暖かいけれど、身体を撫でていく風は心地よいくらいの冷たさだ。
 もう慣れきった風景。でも、久しぶりの風景の中を歩くと、蔦に絡まれた洋館――久々津館が見えてきた。
 ――みんなは、元気だろうか。
 もうすぐ会えると思うと、気分が浮き立ってくる。
 今日はマリーも一緒だ。彼女は人形で、もちろん自分で歩くことはできないから、大仰なキャリングケースを転がしている。結構な重さだが、気にならないほどテンションは高くなっている自分がいた。
 ただ。
 ――レティシアさん、怒るかもしれないな……
 結局のところ、また無茶を言いに行くのだ。
 呆れられるかもしれない。無理、と断られるかもしれない。
 それでもまあ、当たって砕けろ、かな。
 なんだかんだ言って、今まで何とかなってるし。
 ――気楽に行くしかないか。
 そう心の中で呟きながら、久々津館の門をくぐる、みなもだった。

「また懐かしい話を持ってきたわね……」
 いつもの応接室。
 額に手を当てて、言葉を吐き出したのは、久々津館の住人、レティシアだった。
 それは、みなもの話を聞いての第一声だった。
 久しぶりの久々津館で、いつものように受付ホールで掃除をしていた炬に挨拶して、レティシアを呼んでもらって。通された応接室で、美味しいローズヒップティーを出してもらって、さらについでだからと、マリーをメンテナンスしてもらっている間に、みなもは用件を話した。
 懐かしい話、とレティシアがつぶやくその内容は、確かに随分前のこと。まだ春を迎える前のことだ。
 ひな祭りが終わったばかりの日だった。
 みなもは、道端で捨てられていた雛人形を拾った。
 アクシデントがあり、その雛人形はすぐに壊れてしまったのだが。
 みなもは――その人形に、魅入られた。
 もっと正確に言えば、同調してしまった。危うく意識を乗っ取られてしまうところだったが、何とかレティシアたち、久々津館の皆に助けてもらったのだ。
 ただ、その雛人形の魂はみなもに溶け込んでしまい、分離できなくなった。
 だから、今もみなもの中には、雛人形の魂が混ざり合っている。
 それは、何かの弾みで、再度雛人形の意識の方がが表層に出てくる――人形になってしまうことも、有り得ない話ではないうことである。
 そんなことを踏まえて、みなもが話したのは、こんなことだった。
「自分の意思で、雛人形になることはできないかな、って思うんです。父にも言われたんですけど、その子が生きたいと願うなら、『笑顔の雛人形』になれないかって。私にとっても、人形だとしても、人魚だとしても、自分の意識を保っていられるようにすることは重要だから、いい機会と捉えられないかって」

 そして、話は最初に戻る。
「しかし、まあ……親御さんもなかなか度胸あるわよね、ほんと。貴女のその前向きさは、お父様似かしらねぇ……向こう見ずにも、ほどがあるわ」
 レティシアの感想めいた口調からは、否定的なニュアンスが汲み取れた。上がったテンションが一気に坂を滑り降りていく。
「でも、まあ……いいわ、やってみる? ただし、安全は――命すら、保証しないわよ? ちょっと――聞いてる?」
 大丈夫か、と言わんばかりに目前で手を振られて、数秒後。ようやく話の内容が身体に染みてきた。レティシアは、やってみるかと問うている。断られたわけではなかった。
「は、はい! もちろん、やってみます! いえ――よろしくお願いします!」
 気を取り直して、みなもは大きく返事をしたのだった。

 それから、一週間。
 その間、みなもは、一言では言い表せないほどの体験をした。
 言われるがままに、色々なところに連れ回された。
 絶壁を誇る山へ登ったり。
 体力尽き果て気を失うまでマラソンをさせられたり。
 物凄く高いところからのバンジージャンプをしたり。
 絶叫マシーンが居並ぶ遊園地で、精根が尽きるまでそれらに乗りまくったり。
 世界的に有名なキャラクターのテーマパークで、開園から閉園まで一日中楽しんだり。
 
「……ええっと……」
 一週間前と同じ応接室にて。
 みなものは、困った様子で切り出した。
「一週間、楽しかったんですが……特に最後の方――なんだか、遊んでる……だけじゃないですか?」
 その問いに対する答えは、簡潔だった。
「あ、やっと、気づいた?」
 レティシアは少しだけ舌を出して、可愛く微笑む。そんな表情も似合ってしまうのだから不思議なものだ。
「気づいた? って……じゃあ、この一週間は意味なんてなかったんですか!?」
 気色ばむみなも。
「慌てないの。まあ、ほんとどうなるか分からないから、その前に楽しんでおいてもらおうかなって、ね。それに、意味が無かった訳じゃないのよ。まあ、いくつかはね」
 それに対して、レティシアは楽しげな笑みを返した。
 だけれど、その瞳は笑っていなかった。
 まっすぐ、みなもを射る。
 その眼光に押されて、次に出そうとしていた抗議の言葉を飲み込んでしまう。
「じゃあ、そろそろ」
 そこで、一拍の間。
「覚悟は、いいわね? ついてきて」
 レティシアは、流れるような動きで立ち上がった。

 するすると足音も立てずに進むレティシアの背中を追いかけるように、ただその背中だけを見つめて歩く。
 ほどなく、その背中が動きを止めた。
「ここから先、足元に気をつけてね」
 廊下の突き当たり。その先は、下り階段になっているようだった。明かりはほとんどなく、先を見通すことはできない。
 無造作に進むレティシアを見失わないように、けれど慎重に、探るように足を踏み出す。
 そうしていると、すぐに階段は終わった。床は石畳に変わり、二人分の足音が、硬質な響きを残していく。
「さあ、入って」
 促されたその先は、部屋になっているようだった。ひんやりとした空気が流れてくる。脇に退いたレティシアを追い越して、その先へ進む。緊張で胸が高鳴る。
「ここを閉めたら、もう、こちらから開けることはできないからね? 自分の手で、帰ってくるしかないのよ。それでも、行く?」
 冷淡だった声のトーンが、元の優しげなものに戻った。
 しばしの静寂。
 そして、その問いに、強く、頷きを返した。
 薄暗闇の中、レティシアにそれが見えただろうか。分からないけれど、伝わったのは間違いなかった。その証拠に、名残を惜しむように、ゆっくりと、扉が閉じられていく。
 扉が完全に閉まる。闇が濃くなり、やがて、残響となって残った重く鈍い音も消えていく。
 視界は一面の闇。自分の姿すら確認できない。
 全てが――消えた。
 宙に浮いているような、そもそも自分の身体から意識だけが抜け出たかのように感じる。
 それから。
 どれだけ経ったのだろう。ほんの数分にも感じたし、ひょっとしたら数時間経っていたのかもしれない。
 既に、立っていられなくなっていた。平衡感覚を失い、また不安感にも襲われて。少しでも何かを感じるために、床を触りたくて、座り込んだ。
 本当の暗闇の中に長くいると、人は発狂してしまうという。
 今、その言葉の意味を身をもって感じる。
 自分が自分でなくなっていく。
 何者でもなくなっていく。
 生きているのか、死んでいるのか。存在しているのか、いないのか。
 分からなくなる。
 自分の顔を触る。確かに感触はある。
 ――気がする。
 いつの間にか、触覚すら、麻痺してきていた。
 何がなんだか、分からない。
 記憶が蘇る。
 家族と過ごした記憶。たくさんの出会いと別れ。散々酷い目にあったこと。
 久々津館の皆。
 代々大切にしてくれた女の子たち。
 でも、捨てられてしまったこと。
 拾ってもらったこと。でも、そのすぐ直後に砕け散ってしまったこと。
 ――おかしい。
 それは違う。否定する。それは、あの人形の記憶だ。
 でも、どうだろう。溶け合ったのなら、それも自分の記憶、で合っているのかもしれない。
 納得した瞬間。
 意識が遠ざかっていく。
 いや――意識が、記憶が、あの雛人形のそれに押し潰されていく。押し寄せる記憶の奔流が、みなもの記憶を流していく。それは、いつかと同じ感覚。あの、人形を拾ったときのそれと同じもの。
 そのときだった。
 フラッシュバックする。この一週間のことが。辛かったことが、楽しかったことが。久々津館の皆の、さまざまな表情が。炬ですらも、うっすらと微笑っていた。
 焦点が、戻ってくる。
 あの子の記憶を残したまま、自分が返ってくる。
 闇に慣れてきていた瞳に、ドアノブがうっすらと浮かんだ。
 無我夢中で、手を伸ばす。手を掛ける。入らない力を精一杯出し切って、引き開ける。
 強烈な光が差し込んだ。
 誰かの手が見えた。
 それを、しっかりと、掴む。

「何とか、戻ってこれたようね」
 後から、レティシアは語った。
 あの暗闇の部屋で自分の存在を曖昧にすることで、人形の意識と姿を呼び起こしたのだと。意識を失いかけたとき、きっと姿も人形になっていたと。
 まだコントロールはできていないだろうけど、後は、これを何度も、少しずつ続けるしかないということ。
 そして。
「道程はまだ長いってことですね。でも! 頑張ります! しばらく、通わせてくださいね!」
 めげないみなもの台詞に、一同は苦笑するのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1252/海原・みなも/女性/13歳/女学生】

【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
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■         ライター通信          ■
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 伊吹護です。度々のご依頼、ありがとうございます。
 せっかくのカメラでしたが、人形化道半ばということで、今回は撮影会なしとなってしまいました。申し訳ありません。
 笑顔の雛人形、からもまだまだ遠い状態ですが、またの機会がありましたら、ぜひ書かせていただこうと思います。よろしくお願いします。