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<東京怪談ノベル(シングル)>


職人に宿るマナ


※(【王家のフェザーレイ】・後日談)

 いつもは静かなアンティークショップの中から、女主人の怒号が聞こえてくる。
 扉を開けようとしていた“スフィンクス”は、肩を強ばらせ、ノブに手を掛けるのをためらっていた。
「お邪魔いたします。ラクスですが……」
 扉の隙間、恐る恐る覗くと、薄闇の中で蓮が煙管(キセル)から煙を吐き出しているのが見えた。店内が霞むほどの紫煙で、ラクスは思わず咳き込む。
「ああ、いらっしゃい。……そうか、あんたを呼び出してたんだ」
 先ほど叩きつけられたアンティーク電話の受話器は、半分ずり落ちそうになっている。
「……出直しましょうか?」
「とんだトコロを見られたもんだよ。……いや、すまない。入って来てくれ」
 少し落ち着いたのか、煙草の灰を小気味よく貝蒔絵煙草盆の皿へ落とした。
「参ったよ……。あの職人、『修復できるが、やりたくない』って言い出してね。なんで今になってヘソ曲げたんだか……」
「売り言葉に買い言葉ですか? 蓮様らしくないですね」
 苦笑いする店主は、赤い髪を掻き上げてラクスを眺め、ぽん、と手を打った。
「そうだ! あんたに交渉を頼もう」
「……え……?」
「現地島民の血を引く日系人でね。コイツが頑固者で……。今はハワイアン・ジュエリーやフェザーグッズの製造や修復をしているんだよ」
 蓮は何処から取り出したのか、車のキーを持っていた。
「あ、あの……蓮様!? それはっ??」
「乗り込んでやろう。次の満月まで待てないからね」
 小型のトランク左手、片目を瞑って見せるとラクスを引き連れ、裏の車庫へ向かう。
 黒塗りに深いルージュ・ヴィオラのぼかしを施したクラッシックカーのエンジンを掛けて、一言。
「急ぐよ。首に気をつけてな」
 優美な車は急発進で大通りへ飛び出し、カーブでドリフトしながら矢のように走り出す。
「れ、蓮様!! 安全運転でお願いしますっ!」
「心配無用だよ。【王家のフェザーレイ】が御同乗してんだ。今、この車は死から一番遠いのさ」
 藍鉄の闇と金色の月光の下……。哀れっぽくラクスの悲鳴が上がり、遠ざかって行った。
◇◇◇
 やつれた顔となったスフィンクスは、車酔いで背中の翼をへたらせ、青ざめている。それを余所に、蓮は工房のドアをノックした。
「あたしだ。開けとくれ」
 しばらくして後、青年らしき声が聞こえた。
「……お断りしたはずです。工房の品物も騒いでいる……お帰りください」
「コイツを修復してくれないか。【不老不死】なんて、百害あって一利なしだ。輪から外れて、呪物(じゅぶつ)になっちまう……」
 重い静寂。
 ドアの四隅から緑のにおいがする。ラクスは思い切って話しかけた。
「ほ……。放置していれば留まっている少女の魂も、吸収されてしまうかもしれません」
「……では、アナタはどうしろと……?」
 静かな声音だ。まるで凪いだ海の上、一迅の風が吹いたかのような……。
「お願いです。“彼女”と“少女の魂”を助けてくださいませんか?」
 四拍してから、白いドアは開いた。
「アナタは、心からそれを望んでここまで?」
 ゆるやかに波打つ黒髪の青年は、半人半獣のアンドロスフィンクスを見ても驚かなかった。ありのままを受け止めている。
 ラクスは本来“男性恐怖症”だが、不思議と青年に、微塵の恐怖や嫌悪は湧かなかった。
 “職人”である彼から、確かに“マナ”の波動を感じる。
◇◇◇
 工房内、木彫りのイヤリングや、手作りのシルバーアクセサリー他、鳥の羽……フェザーグッズも並んでいた。
「蓮様のお店とは、違った雰囲気ですね……」
 ラクスは思わずあちこち見回しながら呟く。
「店と言っても、作業場ですから……」
「主に修復が仕事だしな」
 蓮がトランクの鍵を開けようとしたので、職人は手でそっと制する。
「開けないでください。その“フェザーレイ”……海の気配がします」
「最後の持ち主……。主人が、海で死んだらしいからな。コイツは“カプ”(禁忌)を承知で主人の魂を海から引き上げたんだよ」
 時間の流れが緩やかなようだ。職人の領域では、彼に従うしかない。
「……僕も父からマナを受け継ぎました。しかし、神々直系のものではなく【職人のマナ】です」
 “マナ”に種類があるとは……。
 ラクスは改めて“原始の熱”とも言える奥深さを知った。
 彼の瞳は流れる川に沈む黒。都会で暮らしているのに、吸い込まれそうなほど澄んでいた。
「基本は同じですが、性質が違うのですよ。……僕が持つ“マナ”は、漁舟や櫂、網など、海に関わるものに触れることが“カプ”(タブー)とされていますから、このまま修復作業をすると……【職人のマナ】は失われます」
 アンティークショップの女主人は、青年の肩を叩いた。
「だから、このラクスを連れて来たんだ。魔術のプロだからね」
「はあ……。でも、“マナの聖域”では、魔術が無効化されてしまいました……」
 ラクスが目をしばしばさせながら俯くと、蓮は左手の親指を噛んで床へ手を着き、血で円を描いた。
「コイツの“マナ”には、“カプ”で対抗するしかない。共同作業といこうじゃないか」
◇◇◇
 血のサークル内にラクスが収まると、蓮がトランクを開く……。
 どう見ても入れ物のサイズに見合わない内部から、小麦色の肌を持つ少女が一人現れ、希色(きいろ)の衣をなびかせつつ、爪先で床へ触れた。所作だけの威力で、瞬く間、工房は南国の森の中へ沈んでいく。以前の眩しさと違って、夜の風景だ。
 一度は接触し、完全な“未知”ではないため、発生し続ける膨大な“陽”のエネルギーも、幾らか耐えうるものだったが……、ジリジリ皮膚を焦がすかの勢いだ。
 千に届く鳥たちの囀り、地上に降りた空そのものが、“彼女”の正体。
「【職人のマナ】を使って【フェザーレイ】の破損箇所を修復します。ですが、直接触れることはできない。魔術に長けていると言うアナタ、空中で留めておくことができますか?」
 蓮のおかげで、魔術の行使は可能だ。
 ラクスはゆっくり頷いた。
「これは人で言うところの“手術”。……タイミングが合わなければ、噴火して流れるマグマと同じく、制御不能な“マナ”が工房から溢れてしまいます。そうなれば、誰にも止められません」
 神々直系の“マナ”が町を覆えば、耐性がない者たちは、皆、押しつぶされて抜け殻となってしまうだろう……。

 青年が両手を握り合わせると、彼の足元から微風が渦巻きながら発生する。拍動のような強弱繰り返しの空気の流れは、やがて間隔を狭めて彼の周りに“風の壁”を作り出した。
 鐘が延々と鳴る高音の響きが加わり、職人の手の内へ青白い光りが点る。
「修復中に、“彼女”と“少女の魂”は分離するでしょう。アナタは“少女の魂”を守護をお願いします」
 浮遊していた少女は目を閉じて、黄色いフェザーレイを首に掛けていた。表情は何とも言い難い。ただ、“趣(おもむき)”を持って、一種の覚悟が見て取れる。
 青年の左肩から一羽の梟が飛び立ち、旋回しながら勢いよく羽ばたいた。螺旋の風圧が、一枚だけ血に染まった羽を切り離し巻き上げると、少女の姿は薄くなっていく……。
 ラクスは刹那、飛び出した“少女の魂”のガードのため、二つの魔術を使用したが、固定していたフェザーレイが床へ落下していく。
「っっ……!!」
「ダメです! 床に落とさないで!」
 スフィンクスの額、玉の汗が浮かぶ。マナの制約がある中、三重の魔術で軋む全身の痛みに耐えながら、紙一枚で持続させていると、工房の天井……大きな虹が架かった。

“……Mahalo(ありがとう)……”
“……Aloha 'kaua(私達に友情がありますように)……”

 残ったのは黄色いフェザーレイだけだ。
 【職人のマナ】による【ホオカラクプア】は成功し、【王家のフェザーレイ】は変異を解消されて、本来の“業を挟み切る”役割へ戻った……。
◇◇◇
「おや? 泣いてるのか?」
 蓮はトランクへ“フェザーレイ”を入れると、ラクスの顔を覗き込む。
「“彼女たち”の気持ち……想い、繋がりが、どれほど深かったのか、染みるほど、感じたのです。……さようなら、とは言いませんでした」
「現地語に“さようなら”という言葉はないのですよ。挨拶、愛情、好意や思いやりは、すべて“Aloha ”なんです」
 聞いて、温かく抱擁されている心持ちになり、番人は再び涙腺がゆるむのをこらえる。
 職人から差し出されたハンカチを受け取り、両頬の涙を拭いて、チーン、と鼻をかんだ。



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