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Trick or treat 〜血のハロウィン〜
『切り裂きジャックを狩れ。生死は問わず。
期限:ハロウィン(10月31日まで』
インターネットの掲示板に、ひどく短い文が載った頃、裏世界の人間が蠢き出していた。
10月に入り、連続殺人事件が横行していた。
被害者は女性。殺害方法は刃物での斬殺。
その殺害方法、被害者、時期は、19世紀大英帝國を震撼させた、ジャック・ザ・リッパー……切り裂きジャックに酷似していた。
故に、裏世界の人間は彼を追っていた。
第2の切り裂きジャックの次の犠牲者を出さないために。
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夜。
月はニィーと猫が哂った口のように、細かった。
細い月明かりは弱く、その弱い月明かりの下を、2つの影が走っていた。
「待ちなさい!」
1つの影が叫んだ。
身体のラインがくっきりと出るロングドレスのスリッドは深く、走っても脚をもつらせる事はない。
手には紅い刃。月明かりでぬらりと光るそれは、まだ少女を抜け出したばかりの女性が持つにはあまりにも場違いな代物であった。
一方、もう1つの影は、まるで飛ぶかのような勢いで疾走していた。
黒いマントに黒い服。そしてむわりと漂う、甘い匂い。
まるでむせ返るほどに甘い、血の匂いを嗅ぐわせていた。
女性に鈍く光るものを投げてきた。
女性は手元の刃でカンッと打ち落とす。
打ち落としたものは、メスだった。
「……なるほど、これであの人達の喉を掻っ切ったのね……」
女性は唇をギリリと噛んだ。
それは殺された被害者達への無念を思っての事だった。
女性が唇を噛んでいる間にも、黒マントは疾走していく。
やがて、高く跳躍した。
「あっ!」
黒マントは、高い階段を跳んでいった。
その階段の上には、民家が、それも大きなアパートがある。
「しまった……!」
このままでは、無差別殺人にまで発展してしまう。
女性は、短く深呼吸した後、長い長い階段を駆け上がった。
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あやかし荘は、築うん年と言う古いなんて言うものではない位に古いアパートである。
特色は天然温泉があるとか、馬鹿みたいに大きいとか色々あるが、最大の特徴は、人間もあやかしも普通に暮らしている事であろう。
来るもの拒まず、去るもの追わず。
それが居心地いいのか、住み続ける人間やあやかしは後を絶たない。
波波木もそんなものの一人であった。
一応蛇神と大層な事言われているが何て事はない。神はほんの何千年生き続ければ誰でもなれるものなのだから。
夜も更けに更けた時間、一人で月見をしていた。
細い月でも月である。
月を眺めつつ、酒を一人でのんびり飲んでいる時だった。
ツン……とする異臭に気がついたのは。
「ん……?」
杯をコトリと置き振り返ると、黒いマントの男が、男の手の平位の長さの刃を構えていた。
「何奴……?」
男は波波木の長い髪を掴んで刃を首に突き付けてきた。
刃物が波波木の喉に迫る……。
「やめなさい!!」
刃が波波木の喉をえぐる直前。
乱入者が男を大きく蹴り飛ばした。
男はボールのようにはねて転がっていった。
波波木が見上げると、乱入者は女性であった。紅い刃を構え、男を睨んでいた。
ふと目が合う。
「ごめんなさい、無断侵入して」
「別に構わん。しかし、あれは一体……?」
「説明は後で。アパートの方へ戻って下さい!」
「いや……手伝ってやってもよい」
「え……?」
「あれは一人では荷が重かろう」
波波木は薙刀を取り出し、ゆるりと構えた。
女性は怪訝な目で波波木を見た。
「来るぞ。策は?」
「……出来れば生け捕りで」
「殺す気でかからねばやられるぞ」
「ですが……やはり不要な殺しは避けたいです」
「ふむ……まあわらわには関係のない話じゃが。だがあれは人ではないぞ?」
「え……?」
女性が目を見開いているその刹那。
男が跳躍して、襲いかかってきた。
男は女性と波波木の前に躍り出ると、刃で切り付けてきた。
「! くうっ!」
刃は確実に喉を狙っていた。
寸でかわしたものの、頬は刃で引っ掻かれ、血が滲んだ。髪の毛が避け切れずに少し散ったのが悔しい。髪は女の命なのだから。
女性は避ける瞬間に自身も紅い刃を振るった。
男のマントを裂いたが、男はそれを嘲笑うかのように裂けたマントごと女性を引き摺り寄せた。
「!? マントはおとり?」
マントはまるで蜘蛛の糸。紅い刃はマントを裂いた際に絡み取られて、離れない。
「その刃を離せ!!」
波波木が叫び、薙刀を逆さに持ち直し、柄で男を殴りにかかった。
ゴスッゴスッゴスッ
鈍い音が響く。
脇腹が激しく殴られ、この音ならば普通はあばら骨をやられているはずである。
が、男は痛がる素振りも、ましてやマントで女性を引き摺り込む力も緩める様子はない。
女性はマントごと男の懐に入れられた。
男の手には刃。それは女性の喉に向けられていた。
その時、初めて女性は男の顔を見た。
その顔は、まるで能面のようにのっぺりとして、何の表情も浮かんでいないのだ。
いや、そもそもこの男の顔が、顔かどうかも怪しい。
細い月の光に照らされたその男の肌は、空に浮かぶ月そのもののようにぬらりと白く光っていたのである。
男は刃を振りかざすと、女性に一気に刃を突き刺した。
プシューッッッ
血は、しぶきを上げて吹き出た。
が、直後。
「……これだけは使いたくなかったんだけれどね」
女性が、ひどく冷静な、否冷徹な声を上げた。
女性の喉からは大量の紅い矢が吹き出てきた。
男は串刺しになる。
男がひるんだ隙に、女性は男を蹴り倒した。紅い刃は形がドロリと溶け、濃厚な血の匂いだけが漂った。
まだ喉から血は吹き出るが、その吹き出る血から長く紅い剣を取り出した。
女性は、先程までのためらいは一切捨て去り、一気に間合いを詰めると、男を剣で突き刺した。
剣は、男の胴に貫通した。
「……え?」
刺した瞬間、女性はようやく波波木の言った意味を知った。
男を刺しても、肉を刺す鈍い感覚は伝わらなかった。
まるで、空気を刺したような空虚な感覚。
女性が戸惑った瞬間、男の能面のような顔に表情が浮かんだ。
にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……
まるで嘲笑うように、からかうような笑顔を浮かべて、男は拡散した。
粉々になる訳でも桜が散る訳でもなく、雨粒がポタリと地面に落ちたかのように拡散したのだ。
むせかえる程の甘い血の匂いだけが、ただ漂うばかりであった。
「あれは……一体何……?」
「どこかのうつけが召喚した何かであろうな」
女性が振り返ると、波波木が薙刀をしまって寄ってきた。
「そんな事より、そなた、喉をえぐられたのでは? 大丈夫か?」
「ああ、大丈夫です。私の血、特別製ですから。私の喉をえぐったのが仇でしたね」
「そうか。ならよい」
「ですが、あれが召喚されたって言うのは……?」
「……盆の時期になると、あの世とこの世の境が曖昧になる。前は百鬼夜行など活発にあやかしが出歩いていたのだがな。その曖昧さを利用してうつけが自分が使役するためにあやかしを呼び出す事があるのじゃ。
しかし……妙な話じゃな。普通曖昧になるのは葉月と相場は決まっておるのだが……」
「あっ……もしかしてハロウィン?」
「何じゃそれは」
「ええっと、ヨーロッパのイベントです。ちょうど今頃に行われるイベントで、確かヨーロッパのお盆に当たるはずです」
「ああ。外つ国の盆か。世も愉快な事になっておるな。あんなもの、人間が操れるものではないと言うのに……」
「あんなもの、ですか……」
「狂気に飲み込まれるだけじゃ。あんなもの。しかし、あんなものを追いかけておった、そなたは何者じゃ?」
「あっ……」
そこで女性は、名前も名乗っていない事に気が付いた。
「九重朱花……この街が好きなものです」
「そうか」
いつの間にか、甘い血の匂いは失せ、気持ちのいい風が吹いていた。
朱花は自然と笑顔になった。
ハロウィン。
それはあの世とこの世をかけた祭り。
くれぐれも、血祭りにせぬように……。
<了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8126/九重朱花/女/18歳/アサシン】
【NPC/波波木/女/999歳/蛇神】
【ゲスト/切り裂きジャック/男?/???歳/猟奇殺人犯】
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■ ライター通信 ■
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九重朱花さんへ。
トリックオアトリート、ライターの石田空です。
パンパレ・ドリームノベルに参加して下さりありがとうございます。
ハロウィンと言うと日本ではカボチャのおやつを食べるだけの日ですが、ヨーロッパではわざと悪いものをたくさん並べて魔除けにする日なのだそうです。この話も少しは魔除けになったら幸いです。
それでは、よろしければ通常依頼やシチュエーションノベル、聖学園でお会いしましょう。
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