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<東京怪談・PCゲームノベル>


〔琥珀ノ天遣〕 vol.4



「みつからないなぁ〜」
 散々、夏見未来が言っていた言葉。
 思い返すたびに嫌な予感が胸をよぎる。
 明姫リサは軽く溜息を吐いて、高峰研究所へと足を踏み入れた。

 リサを迎え入れてくれた神秘的な雰囲気の女性は、小さく言う。
「あら。なにか面白いことでも?」
「草間興信所もゴーストネットもダメだったの。だからここが最後の砦って感じかしら?」
「なにか難解な壁に当たっているのね。どういうことが知りたいの?」
「………………」
 問われて、リサはもやもやしている内心をやっと口の外に出した。
「星についてのオカルトなものを」



 最近仕事のない日はこうして街をうろうろしている。
 やはり昼間にミクの姿は見えない。
(ミクは夜しか出没しないっぽいのよねぇ……)
 いきなり消えるし、夜しか出てこない。夜行性なのだろうか? いや、それにしてはおかしい。
 見た目も普通の人間だし、目立つものはない。
 際立つ美貌もなければ、体躯にも異性を引きつけるような特徴があるわけでもない。
 けれども……あまりにも平凡で、どこにでも埋没しそうだというのはある意味特徴かもしれなかった。
 あの平凡さの中で、緑色の髪だけが……異彩を放っている。そこが奇妙と言えなくもない。
(やっと捕まえてもすぐにいなくなっちゃうんだもの……。今度は逃げられないようにしないとね)
 気合いを入れていると、待っていた歩行者用の信号機が赤に変わった。慌ててリサは足を止める。
 夕暮れの中、学生も多ければ会社員たちもいる。車道の向こう側に待っている人物たちを、少し伏せた目で観察した。
 心なしか、自分の胸元を少し隠すようにしてしまう。開き直って胸を強調はしているが、やはり目立ちすぎる。
 信号の音を聴きながら、ふと視線を向けると、真正面で待っている人物が目に入った。
 うっすらと目を細めた、鮮やかな緑色の髪。ひょろりとした、女の子にしては痩せ過ぎな身体。
 リサは目を見開く。
 信号の音が夕陽の赤い色の中で、静かに流れていった。
 奇妙なくらいの静けさにリサはごくりと喉を鳴らす。
(あれ……ミク、よね?)
 無邪気な雰囲気がない。どこか張り詰めた、別人のような……。
 視線が、合う。

 はっ、とした時にはミクの姿がなかった。
 軽快なメロディに切り替わったそこで、リサは取り残されるように立ち尽くしていた。
 いない。
(さっきまで、そこに……)
 居たのに。
 どこへ?
 視線をあちこちへ動かすが、ミクの姿はない。
「………………」
 通行の邪魔になっていると気づいて、リサは慌てて歩き出す。
(また消えた)
 でも。
 夜じゃない、今は。
 これは何かの兆しなのだろうか?



 あの夕暮れの出来事は、幻かと思い始めていた。あれからミクに会えていない。
 あまりにもミクのことを考えていて、奇妙な幻影でもみてしまったのだろうか……。
 大学の講義を受けていたリサは、頬杖をつく。教壇では、老人が熱っぽく語っている。
 広げているノートには何も書いていない。
 ミクの探している星とは一体なんなのだろう? 天文の専門家に訊いても応えは返ってきそうにない。
 星……星、か。
 色んな例え話にもなる象徴。
 バイトの帰り、気づけば自販機の薄い明かりが見えていた。人通りはない。
 ぼんやりとしたその頼りない明かりにリサは瞬きをする。刹那、そこに人物が立っていた。
 自販機の薄い発光を受け、じぃっと見つめている。
「……ミク?」
 声をかけるとひょろりとしたその人物はこちらを見遣ってきた。
 真っ黒な瞳。明かりに照らされた緑の髪。間違いない、夏見未来だ。
 彼女はぼんやりとこちらを一瞥し、ああ、と洩らした。
「リサだ。どしたの?」
 覇気のない声でそう言う彼女はそこから動かない。仕方なく、リサのほうから近づいた。
「ねえミク、星は見つかった?」
「まだだねえ。こまったねえ」
 無邪気さは……なんとなく、ない。いつもの口調なのだが、そこに元気がないのだ。
(なにかあった……?)
 ミクは自販機を凝視している。上から二段目……ちょうど、よく目にする銘柄がずらりと並んでいる部分だ。
「ねえミク、考えてみたけど、星ってみんなが持ってる希望の星のことじゃないわよね?」
「……希望の星?」
 ちらり、と視線だけでこちらを見てくる。
「それはどういうもの?」
「どういう? そ、そうね……例えば、目標となる指針というか……ほら、よく言うじゃない。あの人は希望の星だ! とかって」
「…………その星じゃないかな」
「やっぱり違う?」
「それは例えだからね。一部分しか当てはまらないもん」
 ぼんやりとした視線のままで呟き、ミクは視線を伏せる。
「……もう帰ったほうがいいよ、リサ」
「え? どうして?
 星を探すの、手伝うわよ?」
 視線だけではなく、顔ごとこちらに向けてきた。
 漆黒の瞳の奥底で、なにかが燃えているような印象がある。奥のほうでちろちろと燃え盛っているナニかが……。
 怖くなって後退していると、ミクはうっすら笑った。
「あんたが明姫リサ」
「? だ、だれ?」
「夏見未来だよ。ふふ」
 薄く笑うが、明らかにミクと雰囲気が違う。リサが警戒して見遣るが、彼女は気にせず自販機に視線を戻した。
(なんだか性格悪そう……)
「性格悪くて、悪かったねリサ」
「っ!」
「ミクちゃんと違ってこっちはそうはいかないな」
「……ミクじゃ、ないのね?」
「いいや。ミクだよ。ミクはサマー。サマーはミク。夏見もミク。それすなわちすべてが一つ」
「?」
「人間ってのは複雑に考えるからだめなんだよ。簡単に考えなよ。ここにいるのもミクに違いないんだもん」
「そんな……。だってあんなに無邪気じゃないし……」
 性格が違う。
 ミクの姿をした少女がこちらを指差してくる。
「ではリサはなんなのかなぁ。いつもと違う行動をしたらもうリサじゃないわけ? 病気で気弱になってたり、すごく大変なことがあって性格が豹変しててもリサだって言える?」
 言える。
 自分は自分以外のものにはなれない。
 ではそう考えるなら……。
(目の前にいるこの子も……リサ?)
 二重人格? いや、多重人格?
 そんな感じではない。彼女はミクをも内包している。
 ゆっくりと人差し指をリサの胸元に向けた。
「相変わらずおっきいね。垂れるよ」
「たっ!? ちゃ、ちゃんと筋力で支えてます!」
「限界がくるまでがんばりたまえよ、お嬢さん」
 からかうように笑うミクに、リサはもっと近づく。
 これはきっとチャンスだ。いつもぼんやりしていたミクと違って、はっきり答えてくれそうだ。
「なぜ星を探しているの?」
「ん?」
「ミクは星を探してるんでしょ?」
「そうだよ。目にも見えないし、落ちてもない」
「……なぜ、探しているの?」
「なぜか。なるほど。
 探すためだよ、星を」
「どうして星を探すの?」
「探さないといけないから」
「なぜ探さないといけないの?」
「理由がないと探しちゃいけないの?」
「え……と」
 困ってしまうリサを見もせず、ミクは微笑む。
「……ねえ、『星』っていうのはなんなの?」
「なに、か。むずかしいこと言うなあ。ほしはほし。例え、かな」
「たとえ?」
「これも」
 ポケットから取り出した金平糖を見せる。
「星、と言えなくもないよね」
 星型の金平糖は可愛らしい。リサの掌にぽんと軽く乗せてきた。
「誰かに言われて探してるんでしょ?」
「そうだよ」
「誰に?」
「どうだろうなぁ……呼称がついてないからわかんない」
「…………じゃあ」
 リサが表情を引き締める。
「ミクは、どこへ行ったの? あなたたちの正体は?」
「質問の多いお姉さんだな。じゃあボクからも質問するね」
「え?」
「リサはなんで生きてるの? どうして呼吸してるの? なんの目的で生きてるの? 生きることに価値があるの?
 価値があるならそれを証明してみてくれない? それって本当に価値がある? それを喉から手が出るほど欲してる人の前でも同じこと言える?」
「………………」
「リサは何者? どういう意図でここに存在してるの? 親から生まれたけど、まぁそれは生殖機能のうちの一つだからしょうがないけど、そこってなにか意味があるのかな?」
 ないでしょう? いや、あるかなあ?
「でもその理由っていうのは、『確実』にはわからない。証明できない。そういうものじゃないかなぁ」
 喋ってから、ミクはにんまりと笑った。
「ミクはミクでしかない。サマーもサマーでしかない」
「……じゃああなたは、ミク、じゃないの?」
「……ミクではあるけど、面倒だからサマーでいいよ」
「サマー?」
「そう。こういう気分の時はそのほうがいい」
 ミクのはずだ。
「ミク、なのよね?」
「ミクだよ。そう。ミクだ。そっくりの双子とか? 多重人格とでも? 全部はずれ」
「でもいつもと喋り方が違う」
「リサだって接客中は違うんじゃないの?」
 ずばりと言い当てられてぎくりとしてしまう。
 ミクの時は気にしなくてもいいことを、サマーは言い当ててしまうらしい。
「サマーだってミクだし、ミクはミライだし、ミキでもある。べつにいいじゃん。たいした違いはないよ」
 淡々と言うサマーはふと、視線をリサに向けてくる。
「……逃げられないようにするつもりだ。違うかなぁ?」
「……だっていつも、消えちゃうんだもの」
「消えるように見えてるだけだよ」
 さらっと言うサマーは、薄く笑う。皮肉にも見える笑みが不気味だ。
 サマーは人差し指をリサの胸元に向ける。心臓、だ。
「人間ってのは、見たいものだけ見て、見たくないものは見ない。そういうものでしょ」
「?」
「まあ要約すれば、ボクは人間っていう生物とはちょっと違うってことかな」
「人間じゃない?」
「うーん、説明はむずかしいなぁ」
 そう呟いて、サマーはつと、視線をリサの胸元を見る。
「……人間て簡単に死んじゃうからすごいよねぇ」
「は?」
「あーあ。今日も星はなかった。どこにあるのかなぁ」
 まるで雨でも降っているように、片掌を空へと向けた。
「なんでだろう……なんでかなぁ」
 悲しそうに眉を寄せたと思ったら、サマーはすぐさま残忍そうな瞳をリサに向けた。
「なんでもいいんだ。ホシを見つけたらなんでもいいから教えてね」
 そんな声だけが残っている。反響するように。
「………………」
 残されたリサは初めて恐ろしさを感じた。
 闇に生きるリサからしても、得体の知れないものを初めてはっきりと……感じてしまったのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7847/明姫・リサ(あけひめ・りさ)/女/20/大学生・ソープ嬢】

NPC
【夏見・未来(なつみ・みらい)/両性/?/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、明姫様。ライターのともやいずみです。
 ミクが内包しているサマーが登場。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。