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<東京怪談ノベル(シングル)>


参・ただいまドラゴン修行中

「つまり、俺達の仕事はヒーローショーの怪人みたいなもんだよ」
 そう言って、巨大なタコのモンスターのクラーケンは、八本足の一本を器用に動かして爪楊枝に刺したタコ焼きを口に運んだ。
「おかげで理解出来ました、ありがとうございます」
 ウォータードラゴン姿の海原・みなもは、巨体に似つかわしくない礼儀正しさでクラーケンに頭を下げた。
「でも、運営側も注文が多いよなぁ。俺達のやられ方が普通すぎるからモンスターらしくしろ、なんて」
 みなもらと同じ大型モンスター用のテーブルに付いているアスピドケロンは、寿司を頬張った。
「仕方ないよ、ネットゲームは客商売だ。ユーザーの意見を繁栄させなきゃ売り上げが伸びないんだよ」
 九つの頭を持つ水蛇、ヒュドラは一つの口でチーズケーキを食べながら別の口で喋った。
「俺達は雑魚だからまだいいけど、みなもちゃんは大変だな。求められるレベルが違う」
 アスピドケロンに匹敵する体格の半漁人は、アイスココアをストローで啜った。
「一生懸命頑張らなきゃ!」
 みなもは意気込み、大きく頷いた。オンラインPRG、『ネクストファンタジア・オンライン』内に設置されたモンスター専用の控え室で、今日もまた、みなもはモンスター達とテーブルを囲んでいた。顔触れは、クラーケン、アスピドケロン、半漁人、ヒュドラ、と見慣れた面々だ。
 前回、運営側から頼まれたモンスター強化週間の仕事を終えた後、またもメールが届いた。今度は、レベルアップした冒険者からモンスターが倒される時の動作が面白みがないから改善しろ、との注文があったとのことだ。だが、モンスターらしい倒され方と言われてもピンと来なかったので、みなもは海底洞窟に入る前に先にログインしていた面々から話を聞いた。要するに、冒険者が求めるような、派手でカタルシスを満たす倒され方であればいいのだ。けれど、みなもはクラーケンの言うようなヒーローものには精通していないので、せっかくのアドバイスを生かすのは難しそうだ。みなもは牙の並ぶ口を開いてストロベリータルトを食べながら、考え込んだ。
 けれど、上手い負け方など簡単に思い付くものでもなかった。



 海底洞窟に転送されたみなもは、緊張していた。
 暗く冷たい洞窟の奥で巨体を縮めながら、冒険者のパーティーが到着するのを待っていた。冒険者達に上手く勝つことは割と簡単だが、負けるのはそうもいかない。だが、ゲームである以上、負けることもれっきとしたモンスターの仕事だ。いい加減では、皆に楽しんでもらえない。
 ボスモンスターの出現時刻になり、辺りが騒がしくなってきた。冒険者達が戦い始めたらしく、そこかしこで魔法のエフェクトが光る。海底洞窟にランダムに出現する低レベルのモンスター達を蹴散らしながら近付いてきたのは、特に強い冒険者が集まっているパーティーだった。二次職だけでなく、レベルをカンストした上で転職する三次職もいる。リーダーは、最高レベルでないと身に付けられない杖を持つ女性ハイウィザードだった。
「それじゃあ皆、今日も元気に行ってみよーっ!」
 前衛と後衛と支援を配置して攻撃編成を取ってから、魔法少女シズク、という名の女性ハイウィザードは雷属性の攻撃魔法を撃ってきた。
「あぅっ、痛、痛い痛いっ!」
 分厚いウロコに覆われた肌や翼に魔法が被弾したショックでみなもの動きが一瞬止まると、今度は前衛の騎士や刀鍛冶が斬り掛かってきた。彼らも魔法少女シズクに劣らずレベルが高いのか、みなもの頭上に浮かぶダメージポイントを示す数字は百や二百などザラだった。
「んじゃあ行くよ、全体魔法、ライトニングハリケーン!」
 魔法少女シズクは詠唱を開始して足元に巨大な魔法陣を出すと、みなもの足元にも魔法陣が広がった。
「それはちょっとっ」
 凄く痛いから嫌、と言いかけたが、みなもは飲み込んだ。負けるために来たのに、うっかり勝つわけには。
「ライトニングハリケーンー!」
 魔法少女シズクの詠唱が終わると、みなもの足元の魔法陣の内側に雷撃の嵐が降り注いだ。
「きゃあああああっ!」
 頭から尻尾の先まで凄まじい衝撃が走り、翼の先からは電流が飛ぶ。視界が白く瞬き、神経という神経が痺れ、骨も細胞も煮えてしまいそうで、みなもはよろけて倒れ込んだ。だが、これでは普通すぎる、とみなもは意地で起き上がり、咆哮を放ってからコールドブレスを所構わず吐き出し、尻尾で海底洞窟の内壁を叩き壊し、最後に爪を振り回して前衛を巻き込んで息絶えた。
「こ、これなら……」
 良い感じかも、とみなもが自分なりに満足していると、魔法少女シズクが頭上に冷や汗のエフェクトを出した。
「見た目の割に動作が可愛いドラゴンっていう不思議な話だったから来てみたのに、いやに凶暴な死に方だね」
「うぅ……」
 そっちを期待されても困る。ゲームオーバーになったみなもが控え室に戻ると、既にクラーケンらが戻っていた。みなもは痺れの残る体を引き摺って立ち上がり、皆に近付いた。
「大丈夫です。ちょっと休めばダメージは消えますし」
「あの廃人パーティー、みなもちゃんの出現待ちをするんじゃないの?」
「そしたら、今日は後何回倒されちゃうかな、みなもちゃん」
「みなもちゃんがドロップするアイテムってレアでランダムだろ? となれば、もう……」
 皆から同情の眼差しを注がれ、みなもは両翼をだらりと伏せた。
「頑張ります……」



 それから、みなもは必死に戦った。
 出現時刻に海底洞窟に出現し、魔法少女シズクのいるパーティーと顔を合わせては倒された。攻撃に耐え、死亡時の衝撃と苦痛にも耐え、倒され方を追求した。そして、みなもを倒すごとに魔法少女シズクのパーティーは強くなった。終わりの見えない苦痛の繰り返しに挫けそうになったが、同じ境遇のモンスター仲間に励まされ、冒者達から倒し甲斐があった、と褒められたおかげで最後まで踏ん張った。
 運営側から頼まれたプレイ期間が終了する日、いつものようにみなもが海底洞窟に出現すると、最早宿敵とも言える魔法少女シズクが一人で現れ、みなもに話しかけてきた。
「これで取材は完了! おかげで良い記事が書けそうだよ、ドラゴンちゃん!」
「え、え…えぇっ!?」
 みなもが目を見開いて首を引っ込めると、魔法少女シズクは音符のエフェクトを頭上に出した。
「謎多き人気オンラインRPG、『ネクストファンタジア・オンライン』! モンスターに中の人はいるかいないか!」
「違います、いませんってば!」
 声は聞こえないのでみなもは否定の動作をするが、魔法少女シズクは意気揚々と海底洞窟を後にした。
「噂は本当だったんだね! ありがとうドラゴンちゃん、貴い犠牲になってくれて!」
「だっ、だからぁー……」
 ボロを出したつもりはないが、感付かれる何かがあったのだろう。みなもは演技力不足を痛感し、長い首を下げて項垂れた。
「精一杯、ドラゴンらしくしたつもりだったんですけど」



 後日。瀬名・雫の管理するHPに、『ネクストファンタジア・オンライン』に関するページがUPされた。人が中に入っているのでは、という噂が徹底検証されていて、特に力が入っていたのがウォータードラゴンの項目だった。それを見たみなもが、驚き、戸惑ったのは言うまでもない。
 

 終