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<東京怪談・PCゲームノベル>


Eden −白い箱庭−









 石神アリスは、学校帰りに物色がてら街中に赴いたはずだった。それは、高層ビルが立ち並ぶ都会であって、高い木々が生え並ぶ森ではなかったはずだ。
 当然の如く自分以外の人の姿は居ない。
 無意識にマイナスイオンでも求めていたのだろうかと考えるが、そんな事はありえない。
 突然、そう、本当に突然、この場所に気が着けば立っていたのだ。
「誰か……」
 口を開いたところで風の音さえもしないこの場所では、囁いただけのはずの自分の声がやけに大きく聞こえる。アリスは森の中を歩いていた足を止めて、改めて辺りを見回した。
 人が居ない場所というのは不安を駆り立てられる。
 カサクシャと地面の草を踏みしめる音だけが耳に響く。鋭く長い葉を持った草が生えていようとも、それが生身にあたろうともアリスに傷がつくことはなかった。
 ただ、それにさえも気が着かないほどに、アリスは状況に困惑していたが。
 低い木々の葉をかき分けて、先へ。先へ。
 けれど見渡す限りの茶と緑。抜け出る先の広場なり何なりは見えてこない。方角さえも分からず、太陽の位置で確認しようとしてアリスは止まった。
「………うそ…」
 見上げた空に広がっているのは、広大なる白。
 曇っているような雲が連なる白ではない。本当に真っ白なのだ。明るさや感じる光の強さは太陽の光そのものなのに、あるはずの場所にその恩恵がない。
 まさか、幻かなにか、疲れとかで、同じところをグルグルと回っているとか―――……
「誰か!」
 アリスは溜まらず大声を出して、同じように迷い込んでいる人は居ないか改めて探し出す。
 ただ人恋しさに、緑をかき分けて、かき分けて。
『誰もいない』
 ふと、脳裏に響いた声に足を止める。アリスは声の主を探して辺りを見回した。
『ここには、誰もいない』
 声だけが響き、見回した視界は誰の姿も映さない。
 アリスはまた歩き出した。何処から響いているのかも分からないけれど、声が聞こえるということは、近くに誰か居る証拠とも言える。
 光を湛えた白い空。影が落ちた森。一際光が差す方へ。森が開ける場所へ。
「あ…っ」
 小さな歓喜が零れ、顔も少しだけ綻ぶ。
 人が居た。
 そのことに、ほっと息を付いたアリスの膝から力が抜ける。
『こういった所は、初めてだね』
 人影はへたり込んだアリスに近付き、そっと手を差し伸べる。
「ありがとう」
 その手を借りて立ち上がったアリスは、やっとその人の姿をはっきりと瞳に捕らえた。
「……っ…」
 身長から推測する年齢からすれば、かなりスレンダーな体型だが、柔らかい雰囲気に“彼女”だと悟る。
『……そう』
 そう呟いた彼女の反応に、アリスは眼を瞬かせる。
 顔の半分が目隠しで覆われ、表情から感情を読み取ることは殆ど出来ない。それでも、彼女の現実の世に暮らす人々とは違う、どこか世俗からずれた雰囲気に、今まで出会ってきた女性達とは違ったものを感じて、アリスはただ呆然と彼女を見つめたまま固まる。
『綻びが、出来ているみたいなんだ。直ぐに、帰してあげる』
 彼女はそう告げているのだが、アリスはなんだか言葉を受け取った自分に違和感を覚えて眼をぱちくりさせる。
 確かに先ほども声が響いていたが、ソレは森という特殊な場所が起こす反響のようなものだと思っていた。
『ここは私の場所』
 彼女が口にした言葉は、アリスが感じた疑問に答えているような、いや、こちらのことなど気にも留めていないような、そんな、台詞。
 森で迷って、誰も居ないことに不安を覚えていた頃が嘘のように、アリスは目の前の彼女から眼が離せないでいた。
『君はただの迷子。安心して、もうこんなことにはならないようにするから』
(あ…)
 違和感の理由が分かった。そう、口が動いていないのだ。
『…その方が楽だから』
 少々気落ちした仕草なのだろうが、小首を傾げたような、そんな仕草にも見えてしまう。
 声だけを響かせ動かない口元も、表情を読み取らせない目隠しも、綺麗なものを隠す封印のようだ。
 アリスは徐に手を伸ばす。その目隠しの下が気になって。
 けれど、後多分数センチというところで彼女の身はすっと引かれ、手を伸ばしても間に人が1人くらいは入りそうな距離を置かれる。
(やはり、ダメですか)
 だが、何故、彼女にはアリスがしていることが分かったのだろう。目隠しをしているのに。
「見えているのですか?」
『見えてる』
「その目隠しは贋物ですか?」
『本物だよ』
 ならどうして? という疑問は飲み込んだ。自分だって、どうして魔眼が使えるのかと問われたら、答えられない。
 アリスはふと彼女を見つめる。
 余りにも淡々とした返答。目隠しというフィルター越しでありながら、見つめられているような感覚。
 彼女の行動や声が静か過ぎて、独り森の中の出口を探して彷徨っていた時の不安が甦る。
「わたくしは、ここから出られますか?」
『不安に、ならなくていい』
 開いた距離が縮まり、頭の上にポンっと軽い衝撃。
 温もりはないけれど、撫でられているのだと気付いてはっと顔をあげた。
『もう直ぐ、君の世界へ帰れるから』
 薄らと、口元に湛えられた微笑。
「……っ!」
 見た目もさることながら、距離を置きながら、突き放すでもなく、他人を気遣える彼女が、とたんに欲しくなった。
 可愛いものが好き。綺麗なものが好き。
 見た目は勿論、その中身が綺麗ならば、これ以上のものはない。
 アリスの眼に魔力が集まる。
『君は、実体のないものでも、石にできるの?』
 眼に込めた魔力が霧散した。
「え?」
 それは、どういう意味?
 そもそもアリスは、自分が見たものを石に出来るということを彼女に告げただろうか。
 しかし逆にも考えることが出来る。
「わたくしの力を知っているのなら話は早いわ。そうよ。わたくしは気に入った女性(ひと)を石にしてコレクションするのが趣味。怖いかしら?」
 ふふっと笑って少し試すように告げた言葉だったけれど、彼女の澄ましているわけでも強がっているわけでもない無表情に、アリスが逆に眼を瞬かせる。
「……バカにしないのですね」
 確かにこんな人っ子一人居ない森で独りでいるのだから、彼女自身が何かしらの力の持ち主であることは確か。普通の人と比べてしまうのも間違っている。
「最初は誰でも冗談半分なのですよ。でもいざ自分に降りかかると、浅ましくも醜く逃げようとする」
 そう、アリスが知りもしない誰かの名前を告げて、その人の方が相応しいだとか、何とかして逃げようと必死になる。その姿を見た瞬間、それまでどれほど聖女のように振舞っていた人でも、素をさらけ出し白けてしまうのだ。
『当たり前だ。ここに迷い込んだ時の君自身の反応を思い出すといい』
「…………」
 うろたえはしたけれど、醜く逃げようとはしなかった。でも、不安に潰れそうになった気持ちを思い返すと、分からない気持ちでも……ないのかもしれない。
 アリスは話題を変えるように息を吐いて、彼女を覗き込んだ。
「永遠の美しさほしくない?」
『永遠なんてない』
 確固たるぶれのない返答に、アリスは彼女の言葉を待つように視線を向ける。
『君の作品も、壊れてしまえばただの石ころだ。例え、元が何であろうとも』
「分かっているわ。だから、ちゃんと美術館に保管しているのよ」
 ちょっと不機嫌を込めた言葉でも、彼女は全く変わらない。
『君自身は永遠かい?』
 人を石にする力があるからといって、アリス自身は不老不死というわけでもない。そう、石にした人々をずっと愛でられるわけではないのだ。
『永遠なんて、ない』
 彼女はもう一度繰り返す。それは、何かを予見しているようにさえ見えた。
 一拍置いて顔をあげた彼女は、小さく告げる。
『君が迷い込んだ綻びを見つけたよ、アリス』
「え? あなた、名前―――…」
 急速に、まるでいつかに流行った近未来SF映画のように、彼女を中心とした世界が自分から切り離されていく。
『さよなら』
 名乗った覚えなどない。問いただそうと伸ばした手は空を切る。
 気が着けば、アリスは何時もの街に立っていた。























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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7348/石神・アリス(いしがみ・−)/女性/15歳/学生(裏社会の商人)】


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■         ライター通信          ■
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 Eden −白い箱庭−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 この状況からするとお互い名乗るというよりも、現状打破というか、バスの中で偶然名前も知らない人と意気投合したような、そんな意味合いの方が強いのではないかと判断したため、今回お互い名乗っていません。余りいい印象を持たれなかったとかではないので、ご安心ください。
 それではまた、アリス様に出会えることを祈って……