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【ねこネコ・お猫さま】
『お猫さま』 投稿者:金色のマタタビ
わたしの通う学校のすぐ傍にある公園には、お猫様と呼ばれる人の言葉をしゃべる猫がいます。
お猫様は夜中の0時に現れて、会った人にお告げをくれるそうです。
わたしもお猫様に会ってみたいのですが、お猫様に会うためには試練を受けなければいけないらしく、今まで挫折した人もいるようです。
誰か、お猫様のことを調べてもらえませんか?
***
――深夜0時。
人の姿が消え静まり返った公園に、ある人物が足を踏み入れた。
暗がりの中で辺りを見回す人物は、ゆっくり公園の中を進むと、街灯の下歩みを止めた。
黒い艶やかな髪に、黒く穏やかな瞳。
このような時間に出歩くには少々不釣り合いな女性が、何かを探すように視線を巡らせている。
彼女の名前は深沢・美香。
ネット上の書き込みを見て以来、ずっと気になっていたお猫様の情報を思い出し、仕事帰りに寄ってみたのだ。
「もう直ぐ時間ね」
腕の時計に視線を落としながら、はあっと息を吐き出す。
季節的に寒さをまとい始めた風に、薄らと白い息が混じる。それを眺めてから美香の視線が動いた。
噂通りならそろそろお猫様の試練とやらが始まるはずだ。
だが辺りをどれだけ見回しても、ネコのネの字も見当たらない。
「やっぱり、ただの噂だったのかしら?」
残念そうに呟いた時だ。
ガサッ……。
耳を掠めた微かな音に、美香の目が瞬かれた。
無意識に音の先を見つめて動きを止める。
ガサガサガサ……。
気のせいではないようだ。
風はほとんど出ていない。
この状況下で茂みが揺れるのは、人為的か、それとも何か別の力によるものだろう。
美香はゴクリと唾を飲んで、一歩を踏み出した。
ベチャッ。
「――ッ!!」
冷たい何かが頬に触れた。
悲鳴にならない悲鳴を上げて、咄嗟に走り出す。
(な、ななな、なに、今のっ!?)
冷静になりきらない頭で考えながら必死に走る。が、その足がすぐさま止まった。
「きゃぁぁああああっ!」
足に違和感を覚えたかと思ったら、彼女の体が地面を離れた。
スローモーションで飛んでゆく体。
そして――。
ズザザザザ……ッ。
「……っ、う」
なんとか受け身がとったものの、腕や掌が擦りむいて薄らと血が滲んでいる。
美香は地面に膝を手と付いたまま、ガックリと項垂れた。
「なんなの、これは……」
手の砂を払いながら呟くが、この現象で思い当たるものは1つしかない。
『お猫様に会うためには特別な試練を受けなければいけないらしく、今まで挫折した人も何人かいるようです』
どう考えてもネットのこの書き込みが元だろう。
願いを叶えてくれるお猫様の試練。挫折する人間がいるのだから、壮絶だとは思っていた。
「でもこれは……」
試練と呼ぶには明らかに幼稚過ぎる、悪戯の範囲の出来事に疑問を覚える。
それにこれは霊現象や怪奇現象の1つと呼ぶにも拙いものだ。
(誰か意図的に行っているものよね。でも、どこから――)
「ひいっ!?」
美香の首筋に、先ほどと同じ感触が触れた。
濡れていて冷たい。べっとりと肌に着く感触に背筋に悪寒が這いあがる。
だが、今回は逃げなかった。
ある程度肝が据わったのか、美香はそっと手を伸ばすと首筋に触れる物に触れた。
ペタッ。
冷たくて、柔らかい、何かフニフニとした、とても覚えのある感触だ。
「……まさか、こんにゃく?」
思わず掴んで視界に持ってくれば、確かにこんにゃくだ。
灰色のフォルムにプルプルとした見た目、頑丈に括りつけられた凧糸が、何処かへと伸びている。
(この糸を辿れば、試練の相手に辿り着くかもしれない)
胸中で呟いて視線を巡らし、立ちあがった。
意を決して糸を辿ってゆく。
しかし、相手も簡単に捕まる気はないらしい。
辿っていた糸が不意に緩んだ。代りにコトンッと無機質な音が響く。
「っ、ケホッ……こ、これって……」
突然のぼった煙に思わずむせる。
慌てて警戒するが、いつまで経っても爆発は起きない。
それどころか、煙の量が増えて明らかに近所迷惑だ。
美香はこの現象に覚えがあった。
「これは……煙玉?」
昔、アパートに住んでいたころ、近所の子供たちが色とりどりの煙を背に、戦隊物の登場シーンを真似ているのを見たことがある。
それを疑問に思って尋ねたところ、「煙玉」と言う花火の一種だと知った。
「赤い煙、間違いないわ。これは煙玉ね」
こんにゃく、煙玉。どれもこれも、子供だましな悪戯ばかりだ。
美香は口を抑えると煙の中を突っ切って、茂みに入り込んだ。
もうすぐで犯人に辿り着く。
そう思った時、茂みから何かが飛び出してきた。
――にゃぁっ♪
視界に飛び込んで来たのは、ふわふわの真っ白な毛を持つ子猫。
子猫は美香の姿を見つけると、嬉しそうに鳴いて近付いて来た。
「え……まさか……あなたが、お猫様なの?」
なんとも可愛らしいお猫様だ。
子猫は美香にすり寄ったまま離れようとはしない。それどころか、何かを強請るように体を擦りつけてくる。
「なに、お腹が空いているの?」
思わず笑みを零してしゃがみ込む。
そして手を子猫に向かって伸ばした。
「触らなで!!」
突然響いた声に、美香の目が上がる。そこに立っていたのは中学生くらいの女の子だ。
彼女は顔を真っ赤にして美香のことを睨みつけている。
「この子は、あなたのネコ?」
手に握られた長い竿のような棒と、袋にピンとくる。
「……もしかして、あなたがお猫様?」
問いかけに少女の目が釣り上った。
苦々しげに唇を噛んで、歩みよってくる。
そして美香の足もとから子猫を奪うように抱き上げると、キツイ視線を投げてきた。
「馬鹿なヤツ! お猫様なんているわけないじゃない!!」
悲鳴にも近い怒鳴り声に、美香の目が瞬かれた。
そこに再び茂みの音がする。
「だめっ! 今出て来たら駄目よっ!!」
女の子は叫ぶが、茂みの音は収まらない。
そして出て来たのは数匹のネコだった。
それぞれ色や毛並みの違うネコたちは、女の子に擦り寄りながら鳴いている。
「あ、アンタたち……何で出てくるのよ……」
先ほどまでの強気は何だったのか。
女の子の目にうっすらと涙が浮かんだ。
その涙を目にして美香はすぐに理解した。
「この子は、ネコたちのために……」
美香は腰を上げると、女の子の背にそっと手を添えた。
「私は願い事があって来た訳ではないわ」
「え?」
「確かに、お猫様に聞いて欲しい悩みごとはあったけれど、あなたのお願い事に比べたら大したことないわね」
ニッコリと笑ってみせる美香に、女の子は顔をくしゃくしゃにして涙を零した。
***
「そう。あなたはこの子たちを守るために、お猫様なんて噂話を作り上げたのね」
ベンチに腰を下した女の子と美香の周りには、複数のネコがいる。
美香は女の子の背を擦りながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「でも、その噂は失敗だったわね。本当に守りたいのなら、飼い主を探してあげるべきだったわ」
「でもっ、誰も飼ってくれなかったら、この子たちは……保健所に」
再び女の子の目に涙が浮かぶ。
美香はハンカチで涙を拭ってやると、小さく微笑んで一匹のネコを抱き上げた。
「私の友達にいつも真っ直ぐで、すぐに行動に移してしまう子がいるの。後のことなんて考えないで、とにかく行動してみるの。たまにちょっと困ったことになることもあるけど、それでもきっと、あの子は動いたことを後悔していないはずよ」
そう言いながら抱き上げたネコの喉を擽る。
ゴロゴロと気持ち良さそうに目を細めるネコは幸せそうだ。
ここまで人に懐いているということは、女の子がきちんと愛情を注いで育ててきたこということだ。
「なにもしないでもしもを考えるよりは、行動してみてから考えても遅くはないんじゃないかしら」
微笑んでみせる美香の顔に女の子は目を瞬いた。
少しだけ女の子の首が傾げられる。
「アナタ――ううん、お姉さんの悩み事って、もしかしてそのお友達?」
問いに美香は少しだけ笑った。
そんなに分かりやすかっただろうか。でも否定はしない。
美香は照れくさそうに笑うと、頷いて見せた。
「ええ。今はちょっとした誤解で恋敵だと思われているの。でもきっと解けるはずよ。そう信じているわ」
「お姉さんも、行動中なんだ……」
ぽつりと呟いた女の子の手が握り締められる。
よし! そう呟いたかと思うと、彼女は大きく頷いた。
「わたしやってみる!」
キラキラと輝く瞳に、美香は穏やかに微笑む。
そして――。
「里親探しの前に可哀想だけれど、ワクチン接種や去勢手術が必要ね」
「あ、そっか……でも、お金」
途端にしおれた花のように俯く女の子に、美香が空かさず言葉を紡ぐ。
「大丈夫。予防接種や去勢用の手術費なら私が出してあげる」
「で、でも」
戸惑う女の子に、美香はネコを目線の高さに持ち上げてみせた。
その上でネコの手を取って小さく招く仕草を見せる。
「お猫様に悩みを聞いてもらったんだもの。当然の報酬よ」
その言葉に女の子は輝かんばかりの笑顔を浮かべて頷いた。
数日後。
ネットの書き込みにある書き込みがされた。
Re: Re:『お猫さま』 投稿者:匿名
ごめんなさい!
お猫様に関することはすべて嘘です!
全ては公園に集まった猫たちを保健所から守るために、ついていた嘘です。
嘘をついていたのに、こんなことを書くのは申し訳ないけど、
この掲示板を見ている人の中で、猫を飼ってくれる人はいませんか?
もし飼ってくれるという人は、噂の公園まで来て下さい。
お願いします!
END
=登場人物 =
【6855/深沢・美香(ふかざわ・みか)/女性/20/ソープ嬢】
=ライター通信=
こんにちは、朝臣あむです。
如何でしたか?
楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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