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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


親子の絆と想い

「ふぅ…」
 藤田は溜息を一つ吐いた。
 ダム建設反対派の乗った抗議船が何らかの事故により転覆。その船に乗った全員の安否は不明…。
 本当はそうでは無い事くらいは分かっているが、そう見せかけなければ人々はパニックを起こすだろう。ましてそれを引き起こしたのが得体の知れない殺人鬼の犯行などと知られては…。
 藤田は殺人犯の引き起こしたこの出来事を、いかにも自然にそうなったように見せ掛け隠蔽するべくIO2から派遣された。しかしその姿は裏の姿。表向きは医療ボランティアとして被災者家族のケアをしにこの村へやってきた。
「どう隠すか、よね」
 被災者家族の家を訪ね歩いている途中だった藤田は、独り言のようにブツブツとそう繰り返していた。
 その時、ふいにヴヴヴヴ…とポケットに入れていた携帯のバイブ音と振動が肌に伝わってくる。
 藤田はおもむろにそれを取り出し耳に当てた。
「はい、もしもし」
『………』
「もしもし?」
 すぐに反応はなく、携帯の向こう側からは濁流の流れるような音が聞こえてくる。そしてそのすぐ後にしゃくり上げて泣いている少女の声が飛び込んできた。
 藤田はふと眉間に皺を寄せると探るようにゆっくりと口を開く。
「玲奈…?」
『……ひっぅ…。おかぁさん…』
 電話の相手は確かに玲奈だった。酷く悲しみに呑まれているのか、話す声が震えている。
「どうしたの? 何があったの?」
『助けて…。大勢死んだの…あたしの目の前で…沢山…』
 しゃくりあげながら泣く我が子の言葉は、時折プツプツと途切れ聞き難いところもあるが、藤田はそれを聞き取って一度大きく頷いた。
「……そう。でも、その現場、母さんは見てないわ」
『だって…ほんとに…』
「玲奈。母さんの世界では事実は未確定と見なしているの。だから安心なさい。今迎えに行くわ。どこにいるの?」
 半ば強引とも言えるその励ましに、電話先の玲奈はまだしゃくりあげてはいるもののそれ以上の事は言わなくなった。
『村の…山の上…』
 電話を切った藤田はそれをポケットに仕舞い込み、玲奈の待つ殺人鬼との戦いの場へと赴いた。
 ここから行けば、そういくらもかからない内に玲奈のいる場所へ辿り着ける。
 藤田は俄かに早足になりながらその場所を目指した。
 そこへ辿り着くと、涙に濡れ全身ずぶ濡れになった玲奈がこちらを振り返り涙ながらに抱きついてくる。藤田はそれを優しく、そして力強く抱き締めた。
「大変だったでしょう。でももう大丈夫」
「おかぁさん…。ふぇぇ…」
 藤田の顔を見たのか、これまで堪えていた物が堰を切ったように涙となって、小さな子供のように声をあげながら玲奈は藤田に力いっぱい抱きついた。

                ****
 
「復活の呪文を使うわ」
 自宅へと戻った藤田は、突如としてそう言葉を発した。突然のその発言に、今ではすっかり泣き止んだ玲奈が小首を傾げながらキョトンとした顔で藤田を見つめる。
「何、それ?」
 玲奈の不思議そうなその表情に、藤田は得意げな笑みを浮かべ腰に手を当てながら口を開く。
「ふっふっふ…。敏腕弁護士と戦う海千山千の女実業家にしてエルフの私に不可能はないのよ! 必殺民法32条失踪宣告の取消」
 そう言いながら、藤田は近くの箪笥から玲奈の為に新しい洋服を取り出した。
「とにかく、そんな格好じゃ風邪を引くわ。はい、これ新しい制服と水着。ちゃんと羽の内側もリンスするのよ。出たら香油塗ってあげるから」
「うん。分かった」
 玲奈は嬉しそうに顔をほころばせ、シャワー室へと急いで行った。
 玲奈の背を見送り、シャワー室と隣り合う部屋に入っていった藤田はそこに待たせていた男に対し笑みを浮かべて近づいた。
「お待たせしてごめんなさい、草間さん。早速だけどお願いしたいことがあるんです」
「いえ…」
 藤田は棚の中に閉まっておいた、これまで集めた調査票を目の前にいる草間に手渡した。
「これは…?」
 草間は不思議そうな顔をして藤田を見る。藤田はそんな草間にニコリと微笑んだ。
「これは、私がこれまで集めたこの村の調査票。これを元に賛成派の首謀者の追求と反対派の意識調査をしてね」
 パチリとウインクをし、これを草間に託した。草間は受け取った調査票を鞄の中に仕舞い込むとそそくさと家を後にした。
 何となく、文化が違い過ぎる事が彼を居辛くさせていたのかもしれない。
「留守猫の生存率は五分五分。民法32条の2は死亡者の推定時刻を証拠次第で覆せる…。ふふふ。いい感じに悪用できそうだわ」
 ニヤリとほくそえみ、藤田は目を細めてほくそえんだ。
「あの子の為だもの。ここでやらなくちゃいつやるって言うの」
 藤田は玲奈の為に、死者復活を企む。
 これ以上玲奈の悲しむ姿を見るのは忍びない。少しでもあの子の為になるならなんだってやってあげる。
 藤田はそう考えていた。
 
 その日の深夜。誰もいない、反対派の乗った船が沈んでいると言う湖に立っていた。
 漆黒の水着を双方共身に纏い、月明かりに揺らめく水面を眺めている。
「いい? 行くわよ」
「うん」
 藤田の掛け声で、玲奈も藤田に続いて湖の中に飛び込んだ。
 水の中は外同様に暗く見通しはかなり悪い。しかし二人はそんな事もお構いなしにパクパクと動く鰓で水の中の酸素を体内に取り入れながら湖底を目指し泳いでいく。
 思った以上に深いこの湖の底に辿り着いたのは、飛び込んでからおよそ10分ほど泳いでからだ。
「あった…」
 そこには沈んだ船が横たわるようにして湖底の岩に寄りかかっている姿があった。
 藤田と玲奈は一度顔を見合わせると頷き、その船に近づいていく。
 藤田が船に手を当てると、ハッとした表情になった。
「もしかして…まだ空気があるのかも…。玲奈が見たと言う死者は幻影かもしれないわ」
 その言葉に、玲奈は眉間に皺を寄せ一笑しながら藤田を見た。
「まさか。だって、ここ湖の底よ? しかもただの抗議船だし、生身の人間が生きていられるわけないわ。それに、確かにあの時…」
 ありえないと言わんばかりにそう呟く玲奈の前に、藤田は人差し指を突き付け左右に振った。
「試してみなきゃ分からないでしょう?」
「………」
 藤田はその手に拳を作り、一縷の望みをかけて船底を叩いてみる。
 水の中でのそのドォン、ドォンと叩く音がくぐもった音を上げて響き渡る。そしてそっと耳を押し当てると程なくして船の中から返事が返ってきた。
 それを聞いた玲奈は大きく目を見開き藤田を食い入るように見つめた。
「ま、まさか…」
「うふふ。奇跡って言うのは偶然起きるんじゃないのよ。自らの手で起こす物なの」
 その時だった。暗がりから突如として襲い来る無数の魚群が現れ、玲奈と藤田を襲ってくる。おそらく、先程船底を叩いた音に過敏に反応したのだろう。
 群れを成し、凄まじいスピードで突撃してくる魚の大群にはさすがの藤田にもダメージがでかい。
「玲奈。船の皆を連れて先に岸へ上がりなさい!」
「でも!」
「いいから行くのよっ!」
 そう言い放つ藤田の言葉に、玲奈は真剣な表情で頷くと船の中へ飛び込み生きている人々を引き連れて湖面を目指し泳いでいく。
 魚群はその玲奈たちには目もくれず、突撃して去っては再び舞い戻り執拗に藤田を襲ってくる。
 藤田は体を丸め込み、顔の前で両手をクロスさせ魚群の攻撃から身を守りつつギッと睨み付けた。
「私を葬るつもりね! そうは問屋が卸さないわよっ!!」
 体に激しくぶつかりながら一度去った魚群を見送ると、藤田は両手を前に印を組んだ。その先には再び藤田を襲う為に魚群が凄まじい勢いで泳いでくる姿が見える。
「無駄無駄! あなた達の動きは完全に見切ったわ!」
 そう言うなり、藤田はニヤリとほくそえむと印を組んだ手を勢いよく広げ力を解放する。

 ザバザバと湖底から奇跡的に生還した人々が、手に手を取り合い喜びを分かち合う。そんな彼らに続いて湖底から上がった玲奈はすぐに後ろを振り返った。
「…おかぁさん」
 不安げにそう呟くと、湖の水面がユラユラと揺らめき出した。
 通常湖に波が立つ事はありえない。その湖の水面が徐々に大きく波打ちその激しさを増す。やがて湖の岸に小波が起き、湖全体を囲み込むように爆炎が数珠繋ぎに立ち上がった。
 その光景を見つめていた玲奈は目をキラキラと輝かせながら目を見開き、両手を胸の前で組む。
「おかぁさん凄〜い!」
 歓喜の声を上げたその次の瞬間には、数珠繋ぎの炎が突如としてフッと消え去る。そしてしばらくするとプカリ、プカリ…と海底で自分達を襲っていた魚達が水面に浮いて出てきた。
「凄い…の…かな?」
 何となく術に失敗したような雰囲気を漂わせる中で、玲奈は首をかしげ困惑したような苦笑いを浮かべ湖底から登ってきた藤田を見つめた。

                 ****

 数日後、自宅にいた藤田の元を調査を任された草間が訪ねてきていた。その草間と向き合うようにして座っていた藤田は上がってきた報告書に目を通している。
「頼まれた物です。結果はこちらに…」
 そう言いながら差し出したもう1枚の報告書に目を通し、藤田はなるほどね、と言った顔で頷く。
「時系列と共に故人の死を克服する人が増加。なるほど。人間って言うのは随分逞しいものね」
「そうですね…」
「お茶どうぞ」
 そんな二人の間に、玲奈が暖かなお茶の入ったカップを差し出すと、草間は小さく頭を下げて玲奈を見上げる。
 玲奈はそんな草間には興味を示さず、草間の前で報告書を眺めている藤田の横に盆を手にしたままドサリと座り込んだ。
「おかぁ〜さん」
 まるで猫のように擦り寄ると体全体で藤田に甘える玲奈の姿を、草間はただ不思議なだけの視線で見ている。
「願望砲…これは厄介ね」
 真剣な表情でそう呟く藤田のその言葉よりも、今の草間には目の前の二人の年齢差が不思議でならなかった。