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<東京怪談・PCゲームノベル>


母子想恋、討伐・九郎編

 今宵は月が臨める心地の良い夜だ。
 開け放った窓からは涼しげな風が入り込み、熱が籠りがちな室内を癒してくれる。
 そんな中で神木・九郎(かみき・くろう)は複数の新聞を広げてそれらを読み漁っていた。
「この前の怨霊とその前に会った奴は似てた。ってことは、絶対に他にもある筈だ」
 九郎が探す事件は彼がここ最近で関わった事件に類似したものだ。
 どちらも散り方が似ていたことから、関係性があると考えた。そしてその裏には黒幕がいるのではと踏んで調べることにしたのだ。
 だが最近は可笑しな事件が多すぎる。その中から関係のある事件を探すには、かなり大変だった。
「クソッ、こんなんじゃキリがねえ」
 調べ続けるのにも飽きてきた頃だ。
 ふと、ある記事が目に入った。
「連続放火事件?」
 ここ最近世間を騒がせている事件だ。
「そう言やあ、テレビでも言ってたな」
 呟きながら記事を読み進める。
 そして火事の現場から無事逃げ伸びた人物のコメントを目にした途端、九郎の表情が険しくなった。
『火の中に女性がいたんです。腕に赤ん坊を抱いていて、薄ら笑ってこっちを見ていたんです。あれは火事で亡くなった女性の亡霊か何かですよ』
「亡霊……連続、放火?」
 何かが引っ掛かる。
「もしも、これが今までの奴らと同じなら――」
 九郎は新聞を閉じると立ち上がった。
「舐められっ放しってのは性に合わねえ。今度こそ、正体を暴いてやる」
 こうして彼は部屋を飛び出した。

   ***

 遠くで消防車のサイレンの音が鳴り響く。
 その音を聞きながら、母子想恋は川辺に佇む柳の下に立っていた。
 腕には赤子を抱き、愛おしげに視線を送っている。彼女はか細い声で子守歌を歌い、赤子を寝かしつけようとしていた。
「さあ、寝んね、寝んねしなさい……」
 夢の中に落ちてゆこうとする我が子を見るというのに、その目は悲しげだ。
 手にした我が子は目も開け、口も開く。なのに声を発しない。
 泣きもせず、乳もせがまず、起きているか寝ているかを繰り返す赤子。その存在に疑問を感じながらも手放せない。
 母子想恋は我が子の瞼が落ちるのを見て、視線を滑らせた。
 穏やかな川の流れを見つめ、やがてその目が橋の向こうへと向かう。
 そこまで目を動かして、ようやく表情に変化が生まれた。
 虚ろな瞳に若干の色が乗り、スッと細められる。
 辺りに明かりらしきものはなく、あるのは空に煌々と輝く月のみだ。
 その明かりに照らされる人物がいる。
 黒く澄んだ瞳で射抜くような視線を注ぐのは九郎だ。
 彼は母子想恋の視線がこちらにあると分かると、ゆっくり橋を渡って来た。
 そして足を自らの間合いよりも少し離れた場所で止める。
「あんた、何が目的だ」
 静かに問う声には怒気が含まれている。
 母子想恋の所業をわかっている。そう聞き取れる声音だ。
「あれ、先客がいたんだ」
 緊迫した雰囲気の中に響いた明るい声。
 その声に九郎は咄嗟に振り向いた。
 月明かりに目を凝らし見えたのは、金色に光る瞳を持った少年――月代・慎(つきしろ・しん)だ。
 彼は九郎の隣に来ると、母子想恋と九郎の顔を交互に見比べた。
「何だ。坊主もこいつが目当てか」
「『坊主も』ってことは、お兄さんもそうなんだね」
 ニッコリ笑う顔には無邪気さが覗く。
 どう見ても幼い子供にしか見えないが、世の中何が起こるかわからないことを九郎は承知している。
 幼く無邪気に見えても実は頼りになる。なんて事もざらだ。
「ねえ、連続放火事件の犯人。この怨霊でしょ」
「あん? 何でそう思うんだ」
 見た目は普通の女性でしかない母子相恋を怨霊と言いきるからには何か訳がある筈だ。
「この時間に赤ん坊を抱いて外に出てること自体、まずおかしいよ。それに、あの人からは生きてる者の匂いがしない」
 母子想恋を見る慎の瞳が鋭く光る。それを目にして九郎は腕を組むと、母子想恋を見た。
「坊主。お前は何ができる」
 母子想恋は動きを見せるどころか、今は赤子に視線を戻してしまっている。眠ったわが子を起こさないようにするのに必死。そんなところだろう。
「逆に聞くけど、お兄さんはなにができるわけ?」
 楽しげに問いを向けてくる慎に、九郎は目を瞬く。
 何ができると問われても、九郎ができることと言えば怨霊を倒すくらいだ。
 あと出来ることと言えば――。
「話、か?」
「……それなら、俺もできるかな」
 2人の間に奇妙な沈黙が走る。
 そこに母子想恋の子守唄が響いて来た。
 か細く、水の流れに消えそうな声で歌う様子に九郎眉が寄る。
「呑気に歌なんて歌ってんじゃねえよ」
 チッと舌打ちを零して慎を見た。
「俺は敵を倒す事が得意だ。お前はどうなんだ」
 焦れたように問いを向けると、慎が冷静な表情で答えを返してきた。
「あの怨霊は2つの魂で出来てる。俺ならそれを引き離す事が出来るよ」
 平然と凄いことを口にした慎に、九郎の目が瞬かれる。
「そうか。で、その魂ってのは?」
「……勘だけど、母親とその子供ってところじゃない?」
 なるほど。そう頷いて、九郎は足を踏み出した。
「ちょっと、どうするの?」
「俺が時間を稼いでやる。坊主はその魂を引き離すとかってことをやってくれ」
 ヒラリと手を振る様子に、慎がクスリと笑みを零す。
「変わったお兄さんだね」
 その声を聞きながら、九郎は自分の間合いに母子想恋を置いた。
 そのことに彼女も気付いたのだろう。
 そっと瞼を上げると真っ直ぐに九郎の事を見つめてきた。
「なあ。あんた、何が目的だ」
 先ほどは慎の登場に邪魔されて答えを聞けなかった。
 今ならその答えを聞けるかもしれない。そう思い問いを向けた。
 勿論、戦闘になった場合を考えて、足は踏み込みを深くし、拳には気を集中させて構える。
 だが母子想恋は一切身構えない。
 ただ静かに九郎の事を見つめ、その口を開いた。
「魂を、狩ることです」
「魂を狩る、だと?」
 九郎の眉間に皺が刻まれた。
 まさか素直に怨霊が言葉を返すとは思っていなかったのだ。
「魂を狩ることが、この子と共にある唯一の方法なのでございます」
 穏やかに、けれど何処か悲痛さを滲ませる声に、九郎は構えを解いた。
 何かがおかしい。そしてその考えは、九郎が持っていた考えに直結する。
「誰がそんな事を命じた?」
「……お願いです」
 九郎の問いには答えず、母子想恋の瞳に涙が浮かんだ。
「この子を助けて……お願いです」
 差し出された赤子と母子相恋の手が一体化している。
 縫い付けられたように1つになった塊に九郎が息を呑む。
 そして――。
「いやあああああっ!」
 悲痛な叫び声を上げて、彼女の腕から赤子が落ちた。
 まるで何か重い荷物が落ちたような音と共に、赤子の身体から黒い影のようなものが飛び出す。そしてそれが母子想恋の中に消えて行った。
「何だ、これは……」
「今まで殺した人間の怨念だね。赤ん坊の中に凝縮されてたものが、引き離したことで出てきちゃったみたい」
 いつの間に隣に来たのか、慎があっけらかんとして呟く。
「これが、『助けて』の真相か」
 赤ん坊から飛び出した怨念は、母子想恋を変化させた。
 黒々としていた髪は赤く染まり炎のように揺らめいている。優しかった相貌は鬼のように変化し、目からは赤い血の涙を流している。
 その周辺は炎に包まれ、殺気に満ちた目が二人の事を見据えていた。
「ヨクモ、ヨクモ、ボウヤヲッ!!!」
 雄叫びと共に、母子想恋の周りにあった炎が矢となって襲いかかって来た。
「チッ!」
 慌てて交わすが、数が尋常ではない。
「退いて!」
「おい、危ねぇ――」
 前に出た慎を引き止めようとした九郎の手が宙で止まった。
 目の間で糸を操りそれに炎を絡め取る姿に目を瞬く。
 世の中には変わった人間がいるのはわかっていたが、実際に目にすれば驚いてしまう。
「っ、数が多いよ」
 次々と襲いかかる矢を1つ残らず絡め取っている慎にも限界があるのだろう。若干顔に焦りが見える。
 それを見て、九郎は視線を動かした。
 母子想恋から少し離れた場所に転がる赤子の姿。
 もぞもぞと動く様子から、赤子の魂はまだそこにあるのだろう。
『この子を助けて……お願いです』
 耳に残ったままの母子想恋の声に、拳を握り締める。
「同情するわけじゃ無い」
 奥歯を噛みしめて瞼を閉じる。
 そうすることで、遠くで響く消防車のサイレンの音が良く聞こえた。
 それを耳にして九郎の瞼が上がる。
「だがあんたと同じ思いをする者を増やす権利はあんたにも無え!」
「えっ、お兄さん!?」
 左手を使って炎を分解させていた慎が叫んだ。
 その視線の先には炎の中に突っ込んで行く九郎の姿がある。
「子供を攻撃する。坊主はその間にアイツを倒せ!」
 容赦なく矢の炎が降り注ぐ中を躊躇いもなく突き進んでゆく。
 目指すのは母子想恋が手放した子供だ。
 九郎は自らの能力を解放して脚力を強化した。
 襲い来る矢よりも早く走る姿に、母子想恋の攻撃が追い付かない。その事がかえって母子想恋の注意を引いた。
 視界端には母子想恋に攻撃を加えようとする慎の姿が見える。
 それを確認して、九郎は拳に力を籠めた。
「喰らえ、奥義・散耶此花!」
「ヤ、ヤメロ――ッッッ!」
 九郎の拳が子供の身体に突き刺さる。
 その瞬間、子供と母子想恋の両方の体が風船のように膨れ上がり破裂した。
「あの世で、一緒に居てやりな……俺がしてやれるのはこれ位だ」
 上がった息の元に呟く。
 そこにゴトンッと鈍い物音が響いた。
 ちょうど母子想恋と対峙していた慎がいる方からだ。
 目を向ければ子供の形を模した人形が転がっている。
「まさか、これが媒体?」
 そう言って慎が手を伸ばすと、人形は触れる前に粉々に散ってしまった。
 その中央に2つの珠が転がっている。
「何だ、それ」
 息を整えながら九郎がやって来た。そして珠を拾い上げようとする。しかし、それよりも早く、鋭い光が彼の動きを遮った。
 咄嗟に身の危険を感じて、慎と九郎は飛び退いた。
 だが、2人の服が若干切れている。
「少し当たったか。意外と鈍いじゃん」
 クツクツと嫌な笑い声が耳につく。
 目を向ければ光輝く大きな鎌を持った男――不知火が立っていた。
 彼は赤い目を細めて2人を見比べている。その手には九郎が手にしようとしていた赤い珠が握られていた。
「……魂が完全に浄化されてやがる。使い物になんねえな」
 不知火はそう言うと、2つの球を放った。
「なっ!」
「おっと!」
 それぞれの手の中に落ちる赤い珠に、九郎と慎の両方が目を瞬く。
「怨霊を滅した褒美だぜぇ。くれてやるよ」
 そう言って歩き出す。
 だがそのまま逃がす訳にはいかなかった。
「待ちやがれっ!」
 未だに疲労が残る体を叱咤して拳を振り上げる。そして殴りかかろうとしたのだが、その動きは軽々と交わされてしまった。
「悪いな。玩具で遊ぶのはまた今度だ」
 じゃあな。そう言葉を残し、不知火は姿を消した。
「クソッ、逃げられた!」
 怒りに任せて地面を殴りつける。
 そこに慎が近付いて来た。
「あのおじさんと知り合いなの?」
 手の中にある珠を転がしながら問う慎に、苦々しげに首を横に振る。
「知り合いじゃねえ。ただ、アイツのおかげで犠牲者がたんまり出てんだ。許せねえ、あの赤目野郎」
 九郎はもう一度地面を殴りつけると、額の汗を拭って立ち上がった。
 そしてそのまま歩き出したのだが、その動きを慎が止めた。
「お兄さん!」
「ああ?」
「俺、お兄さんの名前聞いてない」
 無邪気に笑ってみせる姿に思わず苦笑する。
 心の内に巣食ったイライラが少しだけ柔和されるようだ。
 九郎は一つ気を吐いて向き直ると、軽く手を上げて見せた。
「神木・九朗だ。じゃあな、坊主」
 ヒラリと手を振って歩き出す姿に、声が聞こえてくる。
「俺は月代・慎だよ。またね!」
 その声を聞きながら、九郎は不知火が残した珠を手にこの場を去って行った。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】
【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】

登場NPC
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、朝臣あむです。
この度は、発注ありがとうございました。
途中、「あれ? 九郎PCってこんな返事するかな?」と疑問に思う部分もあるのですが、楽しんでいただけたなら幸いです♪
毎回、九郎PCの退魔後の台詞が楽しみな、朝臣でした!
ではまた機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせていただければと思います。
ご参加、ありがとうございました。