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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『新たな出発』



 冬の足音が、少しずつ近付いてきていた。ほんの少し前までは眩しい太陽が照り続けていたが、今はその太陽も静かに、それでも空から毎日この大地にその恵みの光を贈り続けている。
 嵐・晃一郎(あらし・こういちろう)は、草間興信所から依頼された人探しの件を無事に解決し、興信所の所長である草間・武彦に報告を入れているところであった。 
 急に寒くなったせいだろう、興信所にはストーブがつけられていたが、そのストーブも一昔前のもののようで、たまに今にも壊れそうな鈍い音を出して震えているのであった。
「そうか、では依頼人にも、無事に探し人が見つかった事を報告したんだな」
「家からすぐの距離のところにいた。それほど大変な仕事ではなかったよ、報酬も貰ったので」
 武彦は晃一郎から聞いた話の内容をメモに書き込み、赤いペンでメモの一番上に事件解決、と書き入れた。
 普段なら武彦は、その後、ご苦労だった、とか、またよろしく頼む、とそっけないセリフを言い、ヘビースモーカーらしく煙草を吸うのであるが、この日は何か気になる事があるように、デスクに座ったまま晃一郎を見つめた。
「最近、相方と一緒に来ないな」
 煙草の煙を吐きながら、武彦は晃一郎へ言う。晃一郎のパートナーであるシェラ・アルスター(しぇら・あるすたー)が興信所へ最後に来たのは、もう何ヶ月も前であったから、武彦が気にするのも無理はないのかもしれない。シェラも晃一郎と共にこの興信所で何度も依頼を受けてきた。それが急にある日を境に来なくなれば、何かあったのかと思うのが普通だろう。
 その理由を言うのに、晃一郎は照れくさくなった。病気とか、怪我とか、そういう事が理由ではなかったから。晃一郎にも深く関係する大事な事が、理由であったから。
「ああ、実は」
 理由を武彦に話すのはとても照れくさいが、隠すような事ではない。それに、武彦は晃一郎とシェラがこの世界にやってきた時に、最初に世話を焼いてくれた人物でもある。ボロい倉庫とはいえ、住居も用意してくれたのだ。
 晃一郎は誤魔化す様に頭をかきながら、自らの腹を手で抱えるような仕草をしてみせた。武彦はしばらく沈黙していたが、やがて煙草を吸いながら晃一郎を見上げた。
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
 晃一郎はそう答えて、今自宅で安静にしているシェラの姿を思い浮かべていた。
「あいつの妊娠が分かった時、俺、ガラにもなく思考停止して『誰の子?』とか言っちゃってさ」
 少し前の出来事を、晃一郎は思い出していた。ある時、お前に大事な話がある、とシェラが真剣な表情で自分をじっと見つめていたのだ。彼女がずっと沈黙をしていて、しかし何かいいたそうであったが、彼女もまた素直になれなかったのだろう、実は妊娠した、と彼女の口から出てくるまでに、かなりの時間を要したのであった。
「で、胸倉掴まれて『お前以外に誰がいる!』とか言われたなぁ」
 晃一郎は再び頭をかいた。シェラから妊娠が告げられた時は、それがあまりにも自分とかけ離れた事だと感じ、受け入れるのに時間がかかったものだ。
 さすがに数ヶ月が過ぎた今は、日に日に大きくなっていくシェラの腹を目にし、自分が父親になる実感がどんどん深くなっているが、その時は、元いた世界で起きたどの出来事よりも驚いたかもしれなかった。
「お前ら、そんな仲だったのか」
 武彦は呆然とした表情で晃一郎に視線を向けた。武彦は、晃一郎とシェラの関係もある程度は知っていた。
 別の世界からやってきたということ、2人が元々は敵同士だったこと、そして、共同生活をしていく中で、2人がお互いに惹かれていき、今ではお互いを大事なパートナーだと思っていることも。シェラの男嫌いで男勝りな性格も知っているから、彼女が今は母親になった事も、意外な事だと思っているに違いない。
 しばらく、興信所の窓に見える外の景色を眺めていたが、まあ、若い男女が一緒に暮らしてれば無理もないか、と呟くようにぼやいていた。
「しかし、お前が父親になるとはな」
 武彦が目を細めて、再び晃一郎の顔を見つめた。
「俺だって、最初は実感なかったけどさ」
 晃一郎は、いつもの狸のようなのんびりとした表情で答えたが、彼のその口調は真面目であった。
「元いた世界は、大きな戦争ばかりだった。俺もあいつも、敵同士として戦い続けた。俺は死ぬまで、戦い続けると思ってたんだ。だから」
 晃一郎は、自分に笑顔が現れるのを感じていた。作った笑顔でない、心の底からの喜び。
 人間兵器となり、自分は人間でなくなってしまったと思っていた事もあったが、晃一郎は今、大事な女性と、やがて生まれてくる子供と共に有る。それが人並みの幸せでなければ、一体何だというのだろう。
「俺は今ある幸せを守りたいんだ。俺が守るのは、戦い続ける組織なんかじゃない。俺の帰りを待っているシェラと、そして、俺たちの子供なんだよ」
 晃一郎には、父親としての自覚と責任が芽生えていた。シェラの体調が少しずつ変化をしていく中で、自分が彼女を守ってやらなければ、という強い使命を感じる様になっていったのである。
 いくら戦いなれしているシェラといえども、生身の女性である事には違いない。妊娠という中で不安に陥った時、晃一郎はすぐに彼女のそばへ行き、優しくいたわった。
 シェラのつわりが酷く、彼女が何も受け付けない時、晃一郎はどうすれば彼女が少しでも楽になるか、昔、武彦から貰った医学書を読み、解決法を探した。大変だとは思ったがそれが辛いとは思わなかった。シェラを思う心が、彼を動かしていた。
 それでも普段の性格がのんびりとしている晃一郎なので、私がこんなに苦しんでいるのに、何てのんきなんだ!とシェラが怒り出すこともあったが、二人は確実に同じ歩調で、家庭という名前のフロンティアを歩き出していた。
「それなら、いい加減あのボロ倉庫引き払って、どっか安いアパートに移るべきじゃないのか?シェラの体のことを、第一に考えてやらないといけないだろう」
 武彦のその考えは、当然といえば当然であった。
 2人が今住んでいるのは、町の外れにある倉庫だ。住み慣れて家具なども揃えたので、最初よりは幾分家らしくはなったが、それでも倉庫には変わりない。暖房施設も十分ではなく底冷えもする。もうすぐ冬になるという時に、その寒さがシェラの体に障ってはいけない。
「言われてみれば、そろそろ綺麗な場所に移らないとな。シェラの体のこともあるし、それに、あんなところでさ」
 未来の光景が、晃一郎の頭の中で広がった。狭いながらも暖かい家で、子育てをする晃一郎とシェラの姿だ。
「あんなところで、子供を育てるわけにはいかないよな」
「シェラの事はちゃんと考えているんだな。お前のことだから、別にあの倉庫でいいじゃないか、というのかと思ったが、安心した」
「失礼だなあ、俺、これでも父親なんだけどさあ」
 自分が父親である、という言葉が今度は自然に口から出た。自分とは無関係だと思っていた現実が、晃一郎を父親として強くしていくのを感じていた。
「それなら、不動産屋をいくつか教えてやる。どこへ引っ越すかはシェラと相談するんだな」
 不動産屋の電話番号と住所がかかれたメモを武彦から受け取り、晃一郎は草間興信所を後にし、「我が家」への帰途へと着いた。



 倉庫の我が家はいつもの通り、どこか殺風景であったが、今日は不思議と暖かい雰囲気に包まれているように感じた。
「おかえり」
 暖かな、ほっとする様な空気が、ここには満ち溢れていた。
 シェラは野菜のスープとパスタを煮込んでいた様で、美味しそうな良い香りが漂っていた。白いエプロンをつけた彼女のお腹は少し膨らんでおり、その歩き方も以前の様にきびきびとした動きではなく、お腹を守るようにゆっくりとした動作に変わりつつあった。
「草間興信所に行ってきたんだろう?事件も解決したって」
「ああ、そうだ。それよりも、シェラの話になってさ」
「え、私の?」
 2人で食事をしながら、晃一郎は武彦との話の内容をシェラに伝えた。
 シェラは安定期に入ってきており、お腹の子供の分も食べるらしく、食欲がどんどん増しており、晃一郎よりも食事の量が多かった。
「そうか、私の事を気遣ってくれたんだな。妊娠している事も話したのは、少し照れくさいけど」
 シェラはそう言って恥ずかしそうに自らの腹を見つめ、優しく撫でた。
「やっぱり、あの人には世話になるってわけね。でも、今度ばかりはありがたいよ、私達はこの世界に大分なれて来たとはいえ、知らないこともまだあるからな」
 デザートに切ったオレンジを、シェラはまるまる1個、1人で食べていた。
「教えて貰った不動産屋、明日早速まわってみない?行動するなら早い方がいいと思う」
「そうだな、2人で探しに行こう」
 二人で家探しをしようと決めた晃一郎とシェラは、この住み慣れた家を見つめた。この世界に来て初めて住んだ家。2人がその距離を少しずつ縮めていき、交わっていった家だ。
 思い出の沢山詰まったこの家とも、ついに別れの時がやってくるのだ。



 翌日、2人は不動産屋を歩き回った。本当なら綺麗なマンションを借りたいところだが、2人に決してよい収入があるわけではないので、借りるとすれば安い古アパートぐらいだろう。
 紹介してもらった不動産屋を色々とまわり、それぞれで提示されている物件の値段や場所、まわりの環境などを念入りに調べた。
 不動産屋の店員に、どんな条件がいいのか、と質問された時、シェラはかかりつけの病院に近い場所があれば、と答えていた。
 不況であまり客が来ないのか、店員は2人の為にシェラの病院に近い物件をいくつか探し、実際に見学へ行くようにと案内してくれた。
 大事な新居となる為、安易な決断は出来なかった。草間興信所で紹介された次の日から始めた家探しは数日間かかった。
 最後に訪れた物件は、今までのアパートに比べてかなり格安で、下町風情のある場所にあった。シェラの病院にも近く、そばには商店街もあり生活するには困ることはなさそうであった。日当たりもよく、今までの倉庫の家にはなかった温かみが、このアパートにはあった。
「シェラ、このアパート、何か良さそうじゃないか?」
 アパートの室内を見学した晃一郎は、静かにシェラに問いかけた。
「私もそう思ったよ。この家は、家族の住む家って感じがする」
「家族?シェラからそんな言葉が出るなんてなあ」
 晃一郎はからかうようにしてシェラに答えた。彼女は人の事言えないだろう!と言っていたが、その顔は笑っていた。
「決まったな、ここにしよう」
 2人はすぐにこのアパートの契約をし、倉庫の家に戻り引越しの準備を始めた。
「ついにここともお別れか」
 荷物を整理している時、シェラが服を畳みながら小さく呟いた。
「始めてここへ来た時は、こんなところでこんなやつと住むのかと、腹がたってしょうがなかった」
「人が住むとこなのか!って、シェラが怒鳴ったんだったな」
 食器をダンボールに入れながら、晃一郎は彼女に言葉を添えた。
「だけど、不思議ね。今はここを去ることが名残惜しくなっている」
 そう言って、シェラは目を細めてこの家を見回した。
 敵だった彼女は、今は晃一郎の妻となった。この世界で共同生活を始め、二人は敵同士から夫婦になった。かつて誰が、そんな事を想像出来ただろうか。当人達でさえ、想像していなかったことだ。
 手早く引越しの準備をした2人は、翌日新たな住居へと向かった。もともと、そんなに荷物もなかったので、新しい住居での片付けもそれほど時間はかからなかった。
 ある程度の片づけが終わり、2人は休憩をとることにした。椅子に座っているシェラを見つめ、晃一郎はそのお腹に、2人の子供にそっと手を当てた。
「引越しも終わったし、元気に育つんだぞ」
 叶わないと思っていた、普通の幸せが、今ここに、シェラと共に有る。晃一郎と、シェラはもしかしたら、この幸せを手に入れるためにこの世界へやってきたのかもしれない。
 そう思うと不思議な感じがした。大事なシェラの為に、自分がしてあげられることはなんだろう。今は、子供が無事に育ち、生まれてくる事が一番の願いだ。
 晃一郎はそう思い、シェラの手を優しく握るのであった。(終)