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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


【歌う鳥】

 アンティークショップの主「碧摩蓮」はカウンターに腰を据えていた。
 彼女の目はカウンターに置かれた鳥籠に向いている。
「どうしたもんかねえ……」
 細かな細工の施された籠には、七色の美しい鳥がいる。
 蓮が鳥を眺め悩んでいると、店の扉が動いた。
 きょろきょろと中を見回す客人に、彼女の目が動く。
「何か用なのかい」
 自分は忙しい。そう雰囲気に出すが、客人の目は蓮の傍にある籠に向かっていた。
「なんだい、この鳥に興味があるのかい。でも生憎だが、この鳥は売れないんだよ」
 蓮は煙管を取り出すと火を落として口に咥えた。
「こいつは死の鳥。歌声を聞くだけで爆睡、悪ければ永眠させられるって代物だよ。この間までは、厳重に封印して効果を和らげてたんだけどね。何がどうしたのか封印が解けちまって、今じゃあ元の効果が出るから眠らせてあるんだよ」
 煙を吸い込んだ唇から、ふうっと息の長い紫煙が吐き出される。
 その途中で蓮の瞳が眇められた。
「……何だって。あんたが封印をするって言うのかい?」
 今までは客人に対する瞳だったものに、品定めの色が浮かぶ。
「別に構わないが、鳥を起こせば死んじまうかもしれないんだよ。それでもやるのかい?」
 頷く客人に、蓮は煙管を置いて立ち上がった。
「良いだろう。あんたに任せるよ。これは、任せる代わりの保険だよ」
 店の棚から蓮が持って来たのは白い袋だ。中には匂いのキツイ草が入っている。
「ドクダミの葉だよ。それを耳に入れてれば、鳥の歌声は防げる。でも気をつけるんだね。効果はそんなに長くはないよ。それと、封印にはこれを使いな」
 手の中に放られた金色のカツラに客人の目が瞬かれた。
「その鳥は、女神に従う神の使いをモデルに造られたんだよ。優しい女性には目がないらしくてね。あたしには縁がなくてどうしようか悩んでたところだったんだよ。本当に、助かったよ」
 そう言って口角を上げた蓮に、客人は僅かに引き攣った笑いを返した。

   ***

「あのぉ、聞いても良いですか〜?」
 鳥かごを受け取りながら問いを向けたのは、歌う鳥の封印を申し出た少女だ。
 彼女の名前はアリアネス・サーバント、通称アリアと呼ばれている。
 彼女は黒い髪を揺らしながら首を傾げると、蓮の瞳を真っ直ぐに見た。
「なんだい。難しいことには答えらんないよ」
 そう言いながら蓮は煙を吐き出した。
 口からは白い煙が上がり、それを受けたアリアの赤い目が眇められる。
 ここで咳こまなかったのは、彼女なりの努力のたまものだろう。
 少しの間を置いて、ゆっくり息を吸い込んで口を開く。
「この鳥さんが作られた年代とか〜、わかれば教えて欲しいですぅ」
 もう少し何か情報が欲しい。そう言うことだろう。
 蓮はもう一口煙を吸い込むと、煙管を置いて足を組んだ。
「あんた、リアンノンって女神は知ってるかい」
 片肘を着きながら問う姿に首を傾げる。
「知らないですぅ。ジプシーの知識にあるものなら〜、アリアにも分かるんですけどぉ」
 聞いたことのない女神の名前に、無意識に眉が寄る。
 自らの知識は狭くないと思う。だが世界は広い。その中でアリアが知らないことはまだまだ沢山あるのだ。
 勿論、アリア自身、それは理解している。
「ほう。あんた、ジプシーに連なる者かい。こりゃあ、珍しいお客さんだね」
 言葉通り、珍しいものでも見るように向けられる視線に、居心地の悪さを感じる。
 がだ悪気があってものではない。それはアリアもわかっている。
 ニッコリ笑うと、頷いて見せた。
「はい〜。アリアは、ジプシーの末裔になりますぅ」
「なら、古代で鳥が天と地を繋ぐ者として崇められていたことは知っているね」
 そうした話は聞いたことがある。
「はいです。今でもそうした考えを持つ民族の方はいるはずですぅ」
 アリアは素直に頷く。
 その様子に蓮も頷き返して言葉を続けた。
「リアンノンは鳥が大々的に崇められていた時代の女神さ。そしてその鳥は、リアンノンに従っていた鳥をモデルに作られたものなんだよ」
「そうだったんですか……でもぉ、それなら寂しいですね」
 ぽつりと呟いた声に、蓮は口角を上げた。
「女神さんと一緒にいたのに、一人ぼっちなんて、寂しくて悲しいです」
「なんだ、わかってるじゃないか」
 蓮はそう言うと、置いたばかりの煙管を持ち上げた。
「そこまでわかってるなら、さっさと行って、鳥の封印をしておくれ。引き受けると言った以上、あんたがどうにかするんだよ」
 ふうっと吐き出された紫煙。
 それを見ながら、アリアは笑顔で頷いた。

 鳥を起こさないように細心の注意を払って移動するのは大変だった。
 歌う鳥は蓮の施した眠りを受け、籠の中で眠っている。
 だがいつ起きるかもわからないのだ。
 アリアはそんな鳥の入った籠を抱えて、自宅に戻って来た。
「少ぉし、待っててください」
 部屋の中央に鳥かごを置いて扉を閉める。
 そうして家の戸締りをすべて終えると、窓の間に出来た隙間などにも詰め物をして音を塞いだ。
「これで良いです。あとは〜、鳥さんの事を占ってみるです」
 そう言うとアリアはカードを用意して籠の前に腰を下した。
 鳥かごと自分の間にカードを落として、ゆっくりとシャッフルしてゆく。脳裏に描くのは、自らが占いたい事項だ。
 そしてシャッフルし終えたカードを、何回かに分けて切ると床の上に並べた。
「起源、背景、生い立ち……全部、蓮さんが言ったとおりです」
 次々と示されるカードの答え。
 それは蓮が語ったものと相違無かった。
 歌う鳥が、神々の住まう古き時代の産物であるということ。そして女神に従う死の世界へ誘う使者であったということが示されている。
「あとは〜、このカードです」
 手にしたカードを見つめながらぽつりと呟く。
 アリアが蓮に言ったとおり、鳥は寂しさを感じている。それは大事な人が傍にいないことの喪失感。
 ただし、鳥はレプリカだ。
 本物の鳥なら女神に返せば良い。でも返す相手がいない以上、封印という手段を取らざる負えない。
「鳥さんは寂しい……蓮さんはこの考えを否定しなかったです。カードもそれを示してるです」
 アリアはカードを置くと、蓮から貰った白い袋を取り出した。
 中には強烈な匂いの草――ドクダミ草が入っている。
 彼女はそれを取り出すと、小さく丸めて耳に突っ込んだ。
「うぅ、強烈な匂いですぅ」
 鼻を押さえたくなる衝動を、グッと堪えて鳥に向き直る。
 鳥は未だに夢の中だ。
 だが封印を施すためには起こさなければならない。
「では、鳥さんを起こしますぅ」
 誰にともなく言って、アリアは鳥かごを開けた。
 中では目を閉じたままの鳥がいる。
 彼女は両手でそっと掴むと、鳥を籠の外に出した。
 パチッ。
 鳥の目が開いた。
 そして――。
――ボエエエエエエッ!
「ぬあっ!?」
 綺麗とは程遠い、物すごい音痴な歌声が、鳥の口から放たれた。
 ビリビリと窓ガラスが揺れ、地響きまで起きている。
「な、なんですかぁ〜、この歌声〜!」
――ボヘエエエエエッ!
 強烈なんてものではない。
 ドクダミから少し漏れ聞こえてくる歌声に、正直めげそうになる。
「てっきり、綺麗な歌声かと思ってましたぁ」
 天と地を繋ぐ鳥。
 女神に従っていた鳥。
 しかも見た目もきれいと来れば、普通綺麗な歌声を想像するに決まっている。
 想像と現実のギャップに負けそうになるが、ここで負けてはいけない。
「鳥さんを、封印するですぅ!」
 新たな覚悟を決めて頷く。
 そして気を取り直して鳥に向き直った。
――ボヘエエエエッ!
「うぅ、気が抜けそうな声です……って、それではダメなんです」
 ふるふる首を横に振って、掴んでいた鳥の羽を撫でた。
 つるつると柔らかい毛並みに、何だか落ち着いてくる。
 アリアは深く息を吸い込むと、そっと顔を寄せた。
 その動きに鳥の目が瞬かれる。
 そして――チュッと鳥のくちばしにアリアの唇が触れた。
――ホゲ?
 歌声も酷ければ、鳴き声も酷いということか。
 もう既に鳥の鳴き声でない声で鳴くと、鳥はゆっくり首を傾げた。
 歌うのを止めてアリアのことを見つめている。
「もう、お休みしていいのですよ」
 突然の囁き声に、鳥の目が瞬かれた。
 赤く見る者を魅了するアリアの瞳が鳥のそれを覗きこむ。
「彼女は、私に託すのです」
 彼女とは女神のことだ。
 女神は鳥の傍にはいない。なにせ、鳥はレプリカだ。
 本物の女神は、本物の鳥の傍にいる。
 だが作られてしまった以上、レプリカもないもない。
 鳥は女神がいないことに気付き、その不安から封印を解いたのだ。
「あなたの存在も、全ては星に刻まれているのです。もちろん、女神さんの星も――私はアリア、ナミダの時は終わったのですよ、あなたは休むのです」
 歌うように囁きながら、鳥の羽を撫で続ける。
 その動きに今まで忙しなく瞬かれていた鳥の目が、うつらうつらとし始めた。
 まるで魔法でもかけられたかのように大人しくなった鳥の眠そうな姿を、もし蓮が見ていたら感心したに違いない。
 アリアは眠りに落ちようとする鳥の身体を両腕で包みこむと、小さな囁き声を零した。
「ダレカの為に作られたのなら、そのダレカの為にソンザイするのがソンザイイギ。ソンザイから抜け出してこそ、個というソンザイが確立されるのですよ」
 女神がいないことで存在意義を見いだせないのなら、その存在が現れるまで眠れば良い。
 アリアが掛けた封印はそういうことだ。
――キィ……ッ。
 先ほどまでとは違う、小さく穏やかな声が鳥の口から洩れた。
 そして瞼が閉じられる。
「お休みなさい。再び呼ばれるその日まで……」
 そう囁いてアリアは穏やかに微笑んだ。

 END


=登場人物 =
【8228/アリアネス・サーバント/女性/16歳/霊媒師】

=ライター通信=
はじめまして、朝臣 あむ(あさみ あむ)と言います。
この度は数あるOPの中から選んでいただきありがとうございました。
アリアPCの良さが少しでも出ていれば良いのですが……。
カードで占う際の記述等、不明瞭に濁した部分もありますが、楽しんでいただけたな嬉しいです。
それでは、この度は本当にありがとうございました。