|
【首のない女】
――放課後。
日も暮れはじめ、徐々に部活動に励む生徒の声も響かなくなった頃。
1人の生徒が神聖都学園の中を足早に歩いていた。
腕には抱えきれないほどの大きなプリント類。
「最近良い噂聞かないのに、どうして遅くなるかな」
彼女は神聖都学園の2年生。
もうすぐ行われる学園祭の資料集めに集中していたところ、気付けば下校時刻を過ぎてしまったのだ。
「このままじゃ校門を閉められちゃう。急がなきゃ」
彼女は階段を駆け降りると昇降口に向かった。
直線距離にしてもうそんなにない。
「良かった。間に合いそう」
ホッと胸を撫で下ろす。
そうしてそのまま下駄箱で靴を履き替え家路に着く筈だった。
しかし、その足が止まる。
「あれ? まだ残ってる子がいたんだ」
首を傾げながら近付いて行く。
同じ神聖都学園の制服を着た女の子が、俯いて立っている。タイを見るからに1年生だろうか。
「ねえ、もう下校時刻過ぎてるよ。なんなら一緒に校門まで行こうか?」
笑顔で声をかけたのだが、返事がない。
不思議に思って顔を覗きこんだ瞬間、女子生徒の顔が引き攣った。
「か、かかかか、顔がっ!!!」
バサバサっとプリント類が廊下に散らばる。
彼女が覗きこんだ場所には、顔らしきものが一切なかったのだ。
のっぺりでもなく、正に何もない状態。
「な、なんなの……ああ、もしかして、手品! そう、手品ね!」
慌ててプリントをかき集めながら、今見たものを忘れようと必死に頷く。
が、またもやその動きが止まった。
プリントをかき集めている際に偶然見えた、女の子の鞄。
その中身を見て、女子高生の顔が引き攣った。
ギョロリと目を向き、薄ら笑うのは顔だ。
「ひぎゃあああああ!!!!!!」
もうプリントなどどうでも良かった。
必死に駆けだして昇降口を飛び出す。
「なんなんなのよ!」
走りながら考えるが混乱した頭では何も浮かんでこない。
しかも後ろからは足音が聞こえてくる。
振り返りたくはないが、確認しない方が怖い。
彼女はチラリと後ろを振り返った。
そこに居たのは、紛れもなく顔の無い女の子だ。
彼女はスプリンター並の素晴らしいフォームで追いかけてくる。
「アハハハハハハッ!」
「何か笑ってるしぃ!!!」
こうして女子高生は人通りのある道に出るまで、意味不明な化け物に追われたのだった。
***
辺りが真っ赤に染まり、人通りの少なくなった路上に、ジャージ姿の女子生徒が立っていた。
目の前には神聖都学園の塀。
勿論その向こうには、神聖都学園の校舎がずらりと並ぶはずだ。
黒く艶やかな髪を頭上で束ねた少女は、胸に手を添えて真剣な表情で塀を見上げている。
ジャージには神聖都学園のシンボルが刻まれており、一見すれば学園の生徒にも見える。しかし実のところ、彼女は神聖都学園の生徒ではない。
彼女の名前は平城・美弥子。
神聖都学園に通う友達はいるが、彼女自身は都内の別の高校に通っている。
「これを登っていけば、確実に安全に入れるよね」
自分に言い聞かせながらゆっくりと頷く。
彼女は今、神聖都学園で噂になっている「首なし女」の実態を暴き事件を解決するためにやって来ていた。
通常、学園内には学園に関係のある者しか入れない。そのためにジャージを借りたのだが、美弥子が何故侵入と言う方法を選んだのかは謎だ。
「よし、行こう!」
そう言うと、美弥子は塀に手をかけた。
日頃から他人よりも運動能力の高い美弥子にとっては、学園の塀を乗り越えるくらいは訳ない。
軽々と塀の上によじ登り、辺りを見回した。
ちょうど良いことに人の姿は見えない。
遠くで部活動を終えた生徒たちの声が聞こえるが、この分なら鉢合わせることもないだろう。
「えっと、確か聞いた話だとこっちが下駄箱で、こっちが職員室……だったよね」
左右の方向を確認して塀を飛び降りる。
出来ることなら教師には会いたくない。
美弥子は周囲を見回すと、下駄箱がある場所へと足を運んだ。
そうしている間も、注意は怠らない。何せ追い返されてしまっては元も子もないのだ。
「それにしても、広い学校。うちの学校よりも広いよね」
流石は巨大複合教育施設だ。
見える範囲でも校舎が3つ。校庭どころか広場やテラスまで見える。聞いた話しだと校舎の数は見えている以上で、中には買い物をするための施設まであるとかなんとか。
「……う、羨ましくなんかないんだから」
勝手に自己嫌悪に陥りかけ、慌てて頬を叩いて気を取り直すと、目撃現場に急いだ。
目撃現場の奥は高等部の下駄箱。
しかも誰もいない下校時間が過ぎたあたりで発見されており、教師も被害にあっているという。
「下駄箱も広い……どこから探せば――あっ、あれ!」
複数の下駄箱の隙間から覗く、人影らしき姿に目を瞬く。
手に持ったと顔を俯かせる姿は、聞いた情報と一致する。しかし決めつけるのはまだ早い。
美弥子はそっと近付くと、後ろから声をかけた。
「どうしたの?」
俯いたままの生徒は女の子だ。
背中までの髪の毛がサラサラしていて、美弥子の髪の毛と良い勝負で綺麗だ。
彼女は美弥子の声に反応することなく俯いたままで、明らかに怪しい。
そうっと警戒しながら顔を覗きこむと――。
「何? お、お化け!?」
美弥子の顔が思いっきり引き攣った。
話に聞いた時は自分がどうにかしなければと意気込んでいたのに、実際に目にするのと聞くのとではやはり違う。
俯いた顔の部分がぽっかりと空いているその姿は、異形以外の何ものでもない。
「ひぃん! やっぱり怖いよおっ!」
一目散に逃げ出した美弥子の目尻にはうっすら涙が浮かんでいる。なんだかんだ言っても女の子なのだ。
半泣き状態で逃げる美弥子の後ろを、首なし女は追いかけてくる。その顔部分からは噂通り嫌な声が響いていた。
「アハハハハハハッ!」
「その笑い声、いやあぁぁ!!!」
スプリンター顔負けのフォームで駆けてくる首なし女に、怯えながら走り続ける。
それでも冷静さは残っているのか、辛うじて首なし女のスピードに合わせて走るのは、流石美弥子と言ったところだ。
だがこのまま追われるだけでは、何の解決にもならない。
「……うう、怖いけど、仕方ないっ!」
美弥子は校舎の曲がり角に入ると、そこで足を止めた。
そこで首なし女を迎えようというのだ。
意を決して首なし女が曲がってくるのを待つ。そして追いかけてくる足音が迫ると、美弥子は大きな声で言い放った。
「何でこんな事するの! 止めないと、只じゃ済まさない――うがっ!」
火花が散ったような、強い衝撃が美弥子を襲った。
それもそのはず、美弥子が足を止めたのは曲がってすぐのところだ。
美弥子を追いかけてきた首なし女が、曲がってこない保証などどこにもない。むしろ、曲がってくるのが当然だ。彼女もそれを待っていたのだから想像つくだろうに……。
「っっっ!!!!」
かなりな衝撃があったのだろう。
美弥子は頭を抱えて蹲っている。
その前には何故かオロオロとうろたえる首なし女の姿があった。
「……あ、あの……大丈夫、ですか?」
突然の声に美弥子の目が動く。
声の方を的確に見たが故に、美弥子の目が大きく見開かれ、顔が引き攣ってゆく。
「か、顔が、顔がぁ……」
もう頭の中はパニック寸前だ。
美弥子が見たもの。
それは鞄の中に納まる女の子の顔だ。
しかもその顔は心配そうにしながら美弥子を見て、声を駆けてきている。
「ごめんなさい。追いかけるだけのつもりだったのに、怪我してませんか?」
可愛らしい声で謝罪をする顔に、口をパクパクさせる。
なんて良心的な女の子なんだろう。というか、そこまで良心的なら何故人を追いかけるのか。
「あの、大丈夫ですか?」
顔を覗きこもうとする首なし女に、美弥子は慌てて首を横に振った。
良心的な首なし女のおかげか、徐々に頭の中が冷静になってゆく。
まだ内にある怖さは消えないが、何とか話はできそうだ。
「け、怪我はない、かな。それよりも、その……何で、こんなことしてるの?」
とりあえず話が聞けるなら理由を聞きたい。
そんな美弥子に、首なし女の顔がハッとなって顔を上げ、次の瞬間ガクッと崩れ落ちた。
顔を抑えながら肩を震わす様子に、そっと手を伸ばす。
「えっと……何?」
「だってぇ、みんな顔を見るんだもの。見て欲しくないのにぃぃ」
シクシク泣き崩れて顔を抑える胴体。でも、顔は鞄の中で、涙を垂れ流している。
その姿に美弥子はハンカチを取り出すと、そっと涙を拭ってやった。
「あの、ね。顔を見られたくないんだったら、元に戻せば良いんじゃ」
「ただ戻したら面白くないじゃないぃぃ」
「えっ……面白くないって」
だったらどうしろと言うのか。
未だ泣き続ける首なし女の涙を拭いながら、美弥子は考えた。
そして出した結論は……。
「わかったよ! 私が戻してあげる!」
「えっ、でも、それじゃあ面白く……」
「面白さなんて人生の二の次だよ!」
言うが早いか、美弥子は首なし女の顔を鞄から引っ張り出した。
改めて見ても気持ち悪い。
顔しかない状態で、ぽかーんっと口を開けている顔は奇妙以外の何ものでもない。美弥子はその顔を眺めると、意を決して頷いた。
「美弥子、行きますっ!」
目を瞑って一気に顔なし女の顔の部分に顔面を押し込む。
スッポン☆
何だか良い音がした。
目を向ければ顔が納まった女の人がそこにいる。
「か、顔が……」
「ちゃんと入ったみたい。よかったね!」
にっこりと笑った美弥子に、首なし女の目が瞬かれる。
ペタペタと自分の顔を押さえて感激する首なし女。しかしその顔が急に驚愕に見開かれた。
「え、どうしたの?」
頬を押さえて顔を俯かせる首なし女に、「?」と首を傾げる。
その瞬間――。
「嫌あぁぁぁぁ、恥ずかしいぃぃぃ!!!!」
ものすごい勢いで鞄を奪い去ると、首なし女だった女性は、ダッシュで逃げだした。
物凄い脚力は美弥子も感心する域に達している。
「えっと、これで一件落着?」
首を傾げた美弥子は、えへっと笑って踵を返した。
こうして目的は達せられたのだが、これで別の問題が浮上したことを美弥子は知らない。
後日、学園では新たな噂が広がっていた。
その名も「逃げる女」。
顔を覗きこむと猛ダッシュで逃げるらしい。
まあ被害はないので放っておかれているが、これも学園の七不思議に入るのではと、今密かに人気を集め始めている。
END
=登場人物 =
【整理番号/名前/性別/年齢/職業】
【8167/平城・美弥子(ひらき・みやこ)/女/17/女子高生。】
=ライター通信=
こんにちは、朝臣あむです。
OP同様に弾けた内容のリプレイとなりましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
個人的に楽しみ過ぎた節が無くも無いのですが、楽しんで読んでいただけたなら嬉しい限りです!
また機会がありましたら、ご一緒させて下さい。
この度は、発注ありがとうございました!
|
|
|