コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


時を操る少女・深墨編

 異変は突然起きた。
 大学の帰り道、一緒に帰っていた友人の足が止まった。
 いや、止まったのは足だけではない。
 見回せば、周囲の車や人間の動き、全てが止まっている。友人も楽しげな笑みを浮かべたままピクリともしない。
「なんだ、いったい」
 訝しげに眉を寄せる彼の名は、葛城・深墨。
 常人ではない力を有する彼以外の時間が止まっている。
 空を見上げれば、雲も動きを止め照りつける太陽にも生の気配がない。
「へえ、時間が止まった街か……面白いな」
 楽観視できる状況ではないが、面白い状況ではある。
「これは珍しい。まさかこの中で普通に動ける人物がいるとは思ってもいませんでした」
 穏やかな声に深墨の目が飛ぶ。
 そこに立つのは、白髪を携えた男だ。
「それは俺の台詞だろ。なんだって、動けるんだ?」
 止まった時の中で動く人物に、警戒を抱く。
「貴方からは不思議な力を感じます。その力で、人を1人、救ってみませんか」
 スッと差し伸べられた手に、深墨の目が向かう。
「どの様に救うかはお任せします。さあ、貴方の武器です。あの子を救ってあげてください」
 男の手に黒い刀身が姿を現した。
 それを目にした深墨の表情が変わる。
「アンタッ、これ――」
 奪うように刀を手にし、睨みつけようとした時には、すでにその姿はなかった。
「……なんだ、今の」
 手にした刀は深墨の大事な物だ。
 自宅に保管していたはずなのだが、何故ここにあるのか。
 浮き上がる疑問は尽きない。それでも頭に引っ掛かるのは消えた男の言葉だ。
「人を1人救う……これは、人間の仕業なのか?」
 空を見上げればやはり時は止まっている。
 深墨は刀を握り締めると、この異変の現況を探すために動き出した。

   ***

――人を1人、救ってみませんか。
 その言葉に突き動かされるように深墨は歩いていた。
 何処を見回しても時間が止まってしまった影響で、誰も動いていないし、何も動かない。
 不思議な環境の中でふと呟く。
「……此処は良いところだね。でも」
 深墨は足を止めると、時間を止められてしまった人物に目を向けた。
 楽しげに話をしていたらしい様子に、目が細められる。
「時間が止まれば良いと思う事があることは否定しない――が、実際に時間が止まってしまって良いはずがない、か」
 深墨は自らが手にする刀に視線を落とすと再度足を動かした。
 そうして歩いて辿り着いたのが、何もない広場だ。
 だだっ広いだけのその場所に、幼い少女がボールを手に佇んでいる。その姿を深墨と同じように遠くから眺める人物がいた。
「……どっちが救いを求める人物か」
 探るように深墨の目が動く。
 そして深墨は歩き出した。
 黒髪の小柄な印象を受ける少年に近付き、そこから少女――綾鶴を見る。真剣にボールを見つめて首を傾げる姿に確信を得る。
「ふぅん、あれが救いを求めている人、か」
 そう言いながら少年の横を通り過ぎる。と、その際に見えた顔に、深墨は目を瞬いた。
 彼と同じように目を瞬く少年の時間も動いている。
「あんたも動けるんだな」
 呟きながら記憶を巡らす。
 幼さを残す顔に金色の瞳。整った顔立ちに覚えがある。
「えっ、お兄さん、誰?」
 ぼんやり考えていた深墨の足が止まった。
 首を巡らし少年の顔を見返す。やはり、何処かで見た気がする。
「うん? 俺は葛城・深墨。通りすがりのただの人な」
 そう言葉を返しながら、顎で相手の名前を促した。
「通りすがりって……まあ、良いけど。俺は月代・慎だよ」
「慎ね。了解」
 月代慎。最近テレビで聞く名前だ。
 なるほどと頷いて歩きだすと、深墨は綾鶴に近付いた。
「お嬢ちゃん、1人じゃつまんなくない? お兄さんが遊び相手になろうか?」
 腰を屈めて笑顔で話し掛ける。
 その声に綾鶴は目を見開いて固まった。
「そりゃ、驚くか」
 時間を止めた本人だからこそ、予想外の来訪者に驚くのだろう。
「お嬢ちゃん、可愛いね。そのボールで遊ぼうとしてたの?」
 優しげだがどこか飄々とした雰囲気を醸し出す深墨に、綾鶴は警戒心剥き出しにボールを抱えた。
 その姿に思わず笑みが零れる。
「別に不審者じゃないんだけどな」
 言いながらも綾鶴の反応は理解できてしまう。
 突然知らない大人が話し掛けてきて、元気の良い子供なら二つ返事で一緒び遊ぶかもしれないが、綾鶴はそう言うタイプには見えない。
「お兄さんと遊ぶの嫌?」
 小首を傾げて問いかける。
 若干困ったように眉を寄せるのも忘れない。
 案の定、深墨の表情が変化したことに気付いた綾鶴が、ボールと彼の顔を見比べた。
「……嫌じゃ、ない」
 小さく返された声に、深墨は頷くと手を差し伸べた。
「じゃあ、遊ぼう」
 ボールを綾鶴からもらい受け、立ち上がる。そこに声が聞こえてきた。
「待って! まさか、倒すつもり?」
 視線を向ければ、慎の他にもう一人、背の高い青年――神木・九郎が立っている。
「純粋で無垢、なんだろ。だったら今の内に終わらせる」
慎にそう言い放ち九郎は引き止めた腕を振り払った。そうして深墨と綾鶴の方へと歩いてくる。
「おいおい、無茶はしないでくれよ」
 真っ直ぐで迷いのない気をした人物だ。
 今聞こえてきた声から察するに、あの青年も自分が出会った男に会ったのだろう。目的は間違いなく綾鶴だ。
「なあ、あんたもその子が目当てか?」
 深墨の隣に立ち、綾鶴と同じ目線に膝を折った九郎に問いかける。
 彼は深墨を見やると、少し間をとって頷いた。
「厳密には違うが、元を辿ればそうだろうな」
 意味深な物言いだ。
 だが深追いするつもりはない。
 それに気づいたのか、九郎は綾鶴に視線を戻すと、少しだけ笑って見せた。
 話し掛ける声が聞こえるが、1つ気になることがある。
「この2人、知り合いか?」
 慎と九郎が話をしていた姿を思い出す。
 話をしていた姿をチラリと見る限り、顔見知りだという雰囲気が伝わって来た。だが親しいわけでもなさそうだ。
「……まあ、良いけどな」
 さほど興味のある事柄でもない。
「そのお兄ちゃんと、遊ぶの」
 綾鶴の声が聞こえた。
 目を向ければ綾鶴に合わせて話をする九郎がいる。彼は言葉を選ぶように、ゆっくりと話し掛けていた。
「そうか。嬢ちゃんは遊ぶの好きか?」
「うん!」
 無邪気な笑顔で応える綾鶴に、九郎は小さく息を吐いた。
 そして後ろで佇んだままの慎に視線を投げかける。
「慎、お前なら出来るよな?」
 唐突すぎる言葉に、普通なら困惑して考え込んでしまうだろう。だが慎は九郎の言葉に応えた。
「勿論、俺ならその子を救える」
 確かな自信を持っての答え。
 その答えを聞いて、深墨は己の刀に視線を落とした。
――人を1人、救ってみませんか。
 どうにも先ほどから頭を擽る言葉だ。
 深墨は刀を持つ手に力を込めると、九郎に一歩近づいた。
「なんだかよくわからないが、俺も協力する」
 九郎の肩を叩き、自ら申し出る。
「助かる。けど、その物騒なもんは振るうなよ」
 視線を辿った先には、深墨が握り締める刀がある。確かにこんな物を振われては困るだろう。
「わかってるよ。で、どうすればいい」
 目の前ではなにがなんだかわかっていない様子の綾鶴が不思議そうに首を傾げている。
「一緒に遊んでやるのが一番だろ」
「ああ、それならお安い御用だ」
 そう言って深墨が綾鶴に話しかけようとした時だ。
「オイオイ、俺様の怨霊ちゃんを勝手に消さないでくれるかなぁ」
 クツクツと嫌な笑い声と共に渦巻いた黒い気配に、深墨と九郎が身構える。
「九郎さん、深墨さん、あの子の後ろ!」
 遠くで佇んでいた慎の声が聞こえた。
「残念でした。もう遅いよん♪」
 深墨と九郎が反応するよりも早く、異変は起きた。
「あっ……」
 綾鶴の口からか細い声が上がる。
 それは悲鳴でもなく、ただ何かが起きたと認識するための物にも似ていた。
 そしてその声の正体は直ぐに明白になる。
「て、テメェ」
 九郎の怒気を含む声にハッとなった。
 綾鶴の後ろに現れた緑銀髪の男――不知火が、彼女の胸に鎌を突き刺していたのだ。
 怨霊となった身でも血液は流れているのか、鎌の刃を通じて地面に赤い染みが広がる。
「綾鶴ちゃん、自分のお仕事忘れちゃ駄目でしょ。悪い子は、オ・シ・オ・キ、だよ♪」
 綾鶴の耳元で囁くと、不知火はニッと3人を見て笑い、刃を引き抜いた。
「いやあああああっ!」
 視界を染めるほど大量の飛沫があがり、綾鶴の悲痛な叫び声が響き渡る。
 そこに不知火のランプに宿る金色の光が彼女を包み込んだ。
「さあ、怨霊は怨霊らしく逝こうか。そうじゃなきゃ、面白くないよなあ?」
 まるでこの場の全員を挑発するように声を発してくる。そして綾鶴を包んでいた光が消え去った。
 そこに佇む黒い着物を纏った少女に、目を見開く。
「なんだ、この禍々しい気は」
「ふふん♪ さあ、純真無垢なお嬢ちゃんと、精一杯遊んでくれよ♪」
 高らかな笑い声と共に姿を消した不知火に、周囲を探る。
 既に消えた人物の気配はしない。
 あるのは禍々しい気に包まれた綾鶴の気配と、怒りに震える3つ気だけだ。
深墨は自らの黒い刀――黒絵に手を伸ばした。
「このまま放っておくのは危険だな」
 そう呟いた時、慎の叫び声が聞こえた。
「その子は時計を媒体に動いてる。時計と引き離せれば、魂だけを浄化することもできるはずだよ!」
「やっぱりな。媒体があったか」
 九郎と慎の言葉に目を瞬く。
 何がなんだかさっぱりわからない。
 そうした気配を感じ取ったのだろう。九郎の目が向いた。
「さっき、頼んだんだよ。あいつは以前、2つの魂が合わさって出来た怨霊の魂を引き離したことがある。今回も同じことができるんじゃないかと思ってな」
 状況を呑み込めない深墨に、説明する九郎の言葉になるほどと頷いた。
 先ほどの九郎の慎に対する意味不明の投げかけは、そのためのものだったのだ。
「なら、時間稼ぎは俺たちがするのか」
「そう言うこった。協力頼むぜ」
 九郎はそう言うと地面を蹴った。
 それに続くように深墨もその場を駆けだす。
 挟み打ちをするかのように周囲から駆け込んでくる2人を、綾鶴は冷静に見つめ――ニタリと嫌な風に唇を歪ませて笑った。
「アハハハ、お兄ちゃんたち、綾鶴と遊んでくれるんだね!」
 甲高い声で笑う綾鶴に九郎の拳が降りかかる。しかしその拳が届くよりも早く、掲げられた綾鶴の手がその動きを止めた。
 不自然さは感じるが、九郎に気を取られている綾鶴の背はガラ空きだ。
「今、楽にしてやる」
 今なら斬れるかもしれない。そう思い刃を振るおうとしたのだが、それを遮る声が響いた。
「止まれっ!」
 九郎だ。
 苦々しげに奥歯を噛みしめ、後方に飛び退く姿に、深墨も間合いを測る。
「アハハ、面白い♪ もっと遊ぼうよ、お兄ちゃんたち!」
 綾鶴は高らかに笑って2人を挑発してくる。
 先ほどの大人しく可愛らしい少女の面影はない。
「あの嬢ちゃん、厄介なことに、まだ時間が止められるらしい」
 共に間合いを測る九郎の声に、視線が落ちる。
 怨霊とはいえ、幼子の力で大の大人の男の拳を軽々受け止めるのはおかしいと思った。
「てことは、不用意に近付けないか」
「いいや、範囲は狭そうだぜ」
 自らの拳を振ってみせる九郎の言葉に、思い当たる節があった。
 九郎の動きが止まったタイミング、そして間合いを測るために飛び退いたことも含め、範囲が狭いことは分かりきっている。
「どっちかが囮になって嬢ちゃんの気を引く。その後で攻撃を仕掛けるのがベストだな。それに巧くいけば、最高のタイミングで止めがさせるかもしれないぜ」
 そう言って九郎が示したのは慎だ。
 慎は2人の出方を見守るように、紙型のヒトガタを手にこちらを見ている。
「と言う訳で――」
 ポンっと九郎の手が深墨の肩を叩いた。
「俺が囮になる」
「なっ」
 前に進み出た九郎に目を見開く。
「あんたのその刀。物騒な気配はするが、俺の拳より効果がありそうだ」
 フッと笑って地面を蹴った九郎は、目にも止まらぬ速さで綾鶴の懐に入り込む。その常人離れした動きに深墨は無意識に刀を握り締めた。
 そして自分も綾鶴の間合いに入り込む。
「キャハハ、そんなんじゃ効かないよ!」
「今だ!」
 笑いながら拳を受け止める綾鶴に、九郎が叫ぶ。
 その声に抜刀の構えから一気に刃を引き抜いた。
「ぎやあああああっ!!!」
 薙いだ刀が綾鶴の身体を切り裂く。
 そこに慎の放ったヒトガタが飛び込んできた。
「ひっ、い、いやああああああ!」
 自らの体内から何かが出てゆく感覚に悲鳴が上がる。
 ピタリとくっついて離れないヒトガタと綾鶴の見えない攻防が繰り広げられる。
そして――。
「だめぇぇぇぇ!!!」
 カランッと綾鶴の足元に懐中時計が落ちた。
 それを待っていたかのように温かな光が彼女を包み込む。しかしそれだけだ。
 視線を巡らせれば、必死の表情で操りに手を伸ばす慎の姿が見える。
「成程ね」
 深墨は刃の晒された刀を構えると、それを綾鶴めがけ刺し込んだ。
 バリンッ。
 傍では九郎が懐中時計を砕いた音がする。
 そしてその音を合図に、綾鶴の身体が深墨の刃と慎の放った光によって弾けた。
――……ありがとう、お兄ちゃんたち。
 キラキラと舞い落ちる光りの中で聞こえた声に、深墨の双眸が下がる。
 彼は刀を鞘に納めると、眉を潜めて息を吐いた。
「なんだか、やり切れねえ」
 そう呟いた深墨の耳に、生きた音が響いて来た。
 クラクションの鳴り響く音、人々のざわめき、遠くからは工事現場の音も聞こえてくる。
「俺、もう行くよ」
 目を向ければ慎が大きく手を振っているのが見える。その姿に刀を持つ手を軽く上げて見せると、慎は背を向けて去って行った。
「俺もそろそろ行くぜ」
 深墨はそう声を掛け、自らの手を見つめていた九郎の肩を叩いた。
「あ、ああ……お疲れ」
「あんま気にすんなよ、兄ちゃん」
「……神木・九郎だ」
 苦笑して呟かれた声に眉が上がる。
 そう言えば自己紹介をしていなかった。
 今さらなことに気付いて思わず深墨も苦笑を零す。
「葛城・深墨だ。縁があったらまた会おうな」
 もう一度、九郎の肩を叩いて歩きだす。
 内にくすぶる何かはまだある。だが引き摺るべきものでもないだろう。
「ひと先ず、一緒に居たダチにどう説明するかだよな」
 突然姿を消した自分にきっと驚いているだろう学友を想像して、深墨は楽しげに笑みを零した。

 END


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】
【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】
【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】

登場NPC
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】
【 月代・佐久弥 / 男 / 29歳 / SSオーナー 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

はじめまして、朝臣あむです。
この度は発注、ありがとうございました!
今回のシナリオは穏便に、優しい感じに終わらせようと考えていたのですが、すばらしい役者が揃いましたので、頂いたプレイングを元に戦闘シナリオにさせていただきました。
なんだか深墨PCの魅力が引き出せているか心配な部分もありますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
また、朝臣のリプレイは他のPCさまのリプレイを読むと、この時あのPCはこんなことをしていたのか! と分かる仕様になっていますので、そちらも楽しんでいただければと思います。
ではまた機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせていただければと思います。
ご参加、ありがとうございました。