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<東京怪談ノベル(シングル)>


銀の金剛〜秋深山にて〜


「あれはまた山かね」
「あいつら、自分たちだけで良い茸の採れるとこに……」
「山のおめぐみを独り占めしてるとさぁ、いつかぁ山神様がお怒りになるよぅ」
「いや、山ン坊に肝を抜かれるンだよぉ」
「山ン坊なんていないよ。でもバチは当たるといいがな」
「いんにゃあ、山ン坊も山神様もおるでよぅ……」

「どうだそっちは――?」
 秋。山深く。
 山の幸を籠一杯に採って、男は相棒を呼んだ。
 夢中で採っていたので、異変には気が付かず。
「おい?」
 相棒が近くに居ないことにようやく気付いて、不安な顔を巡らせた。
 秋深まる山に、返事はなく。
 しかし、ゆらりと樹の陰に影が揺れて、男はひとまずほうと胸を撫で下ろす。
「そんな所に……」
 だがそう言いかけた声が凍りつき、喉元で止まる。
 ゆらりと。
 樹の陰から現れたものは人には見えぬものだったからだ。
 無論、相棒の姿ではなく。
 それは獣でもない、人ならぬもの。
 緩慢な動きかと思えば、それは急激に近づいて。
「ひ……っ!」
 引き攣った叫びをあげる間もなく、男は伸ばされた爪に捕らえられた。


 ――こんだけか。
 ――たんねえ。
 ――男だ。
 ――お、男、不味い。
 ――文句言うなら食うなぁ、捕ってきたんはオラだぁ、オラだけ食うわぁ。
 ――独り占めすんな。
 山の奥。
 廃寺となって久しく、人気のない破れ寺の裏で蠢くものがいた。さてどこから流れてきたか、はたまた目覚めたか。
 妖しの者だ。
 数は、四つ。
 形は様々だった。
 ぬめる肌のものは河童と称されるものに近かろうか。しかし爪は鋭く尖っている。
 巨きな人に近い姿をしているものには、けれど頭がなかった。
 そして人の顔をした巨牛。そして巨大な鼠。
 それらが囲んでいるのは、意識のない男二人。気を失っているのは、ありうべからざる現実から逃避してのことか。その身に打撲傷擦過傷はあっても、致命傷になるものはまだない。
 それは――これからだった。
 妖怪たちは、山に入ってきた男二人を喰らう相談をしている。
 捕ってきたのは凶爪の河童と、頭のない巨人。
 だが力関係では、人牛が四者の中では最も上位にあるようだった。それは多分、強さの順そのものでもあるだろうか。鼠は人牛のおこぼれに与るように、隣にくっついている。
 さて、人の肝を喰らわんと人牛がぬうと首を伸ばした、その時。
 落ち葉を踏む音がした。
 人も通わぬ破れ寺にどうして迷い込んだか、人形のような着物姿の少女がさくりさくりと落ち葉を踏み、妖物たちの元へと近づいていた。
 ――お、おなごだ。
 ――餌が増えたぁ。
 振り返った妖物たちは、そこに娘がいる意味など考えもせず、ただ歓喜の声なき声をあげる。
 獲物が増えた、餌が増えた、娘は旨いと。
 聞こえているのかいないのか、娘は怯えた様子を微塵も見せなかった。
 ただまっすぐに妖物に近づいて。
「……おまえたち、攫ってきた人を返しなさい。いいですか――人を喰らうてはいけません」
 子どもに言い聞かせるように諭す。
 少女の名は、九頭龍アマネ。
 しかし紅い着物の幼い少女の言うことなど、妖物たちは意にも介さなかった。
 ――先に、これにしよう。
 巨鼠が先頭に、じりとアマネに迫る。
 会話にならぬ相手に、アマネはただ溜息をついた。
 巨鼠がアマネの身に飛びかかろうとした、その瞬間。
 アマネは表情も変えずに、ただその……大きいと言ってもたかがしれている鼠を見て。
「変身」
 と、一言、なにものかに告げた。
 その瞬間に深い秋の紅葉に紛れたような紅い着物は掻き消えるようにして、山を彩る紅を押し分けて現れた白銀の巨体は鼠をぶちりと押し潰した。
 それはほんの一瞬のことで、鼠には自らに何があったかを知ることは叶わなかっただろう。
 妖しのものに骸は残らず、ただ消え失せるばかりだ。
「次は――どちらですか」
 金属の震えるような声音が、樹木の丈より高い位置より降ってくる。
 その銀色の竜の声に、それが今まで目の前にいた人の娘のものであると残る三体は気付いただろうか。
 否、気付かなくとも。
 それが敵だということだけは判じたようだった。
 ――オラだぁ!
 河童が爪を尖らせて、腕を振り上げた。
 逃げるというつもりは毛ほどもない。小物の鼠が潰された程度では、敗北を予見できなかったのだろう。
「今ならば、まだ間に合いましょうが――戦うのですね」
 ふう、と、溜息だけは同じに……銀の鋼の九十九神の身に変じたアマネは応えた。

 男はびりびりと肌を震わす気配に目を覚ました。
 目覚めてはならぬと、どこかで本能が告げてはいたが。
 激しい闘気は闘いに疎い人間の肌も刺激して、男は目を覚ましてしまった。
「う……わわ!」
 目を覚まして真っ先に視界に飛び込んできたものは、戦う竜頭の巨体と凶爪の河童。あの爪には見覚えがあった。あれに捉まれたところで、記憶は途切れている。運良く刺さりはしなかったのか、男の身に穴は開いていないようだ。それでも恐怖感に、後退る。
 だがすぐ後ろに倒れていた相棒につかえて、下がれなくなり。
「お、おい!」
 立って逃げることも思いつかず、相棒を揺り起こした。
「う……?」
「起きろ!」
「……うわぁ! ありゃなんだ、牛かっ」
 もう一人も目を覚まし、悲鳴をあげる。
 その叫びに起こした男も振り返った。
 河童が、竜頭の巨体に捻り潰されたところだった。
 そして人の顔の牛と頭のない巨人が、そこに突っ込んでいくところでもあった。

 アマネは押されるふりをしながら後退し、寺から離れた。廃寺と言えど、崩してしまえば問題もあろうし、なにより倒れていた人間たちを巻き込むことは必至だったからだ。強欲な人間であろうとも家族がいる。巻き込まれて潰されては、哀れだ。
 十分に距離をとったところで、ちょうど挑みかかってきた河童を文字通り捻り潰した。
 その拳のままに、巨人を薙ぎ払う。しかし人牛の突進で角を受け、火花が散った。
 鋼鉄の如き斧の九十九神たるアマネの身は、その程度で傷つきはしないが……押されて後退る。衝撃は内側に響いた。
 押されたアマネの身に樹は薙ぎ倒され、枝は飛び散る。
 駆け抜けた人牛の勢いにも、まだ落ちるに至らぬ葉が散らされる。
 衝撃が繰り返されれば如何な硬い身であろうとも、いや硬いからこそ砕けることもあろう。侮るべきではない相手なのかもしれなかった。
 そう思っている間にも、巨人と人牛は再び襲いかかってくる。
 巨人はアマネに吹き飛ばされて尚、怖れもなく。鼠や河童とは格も違おうか。
 だが九十九神たるアマネも、怯むことはなかった。
 負けようとは思わぬ。
 弾き飛ばして効かぬならば。
 向かってきた首のない巨人を、アマネは今度は受け止め――その両手で掴み、引き裂く。
 ――おおおおおぉ!
 断末魔の叫びが轟き、それで終わりだ。
 人牛の角の衝撃が再び来たが……残るは、と、アマネは人牛に目を向けた。
 体当たりして通り過ぎた人牛が、戻ってくるのを見遣る。
 そして腕を振り上げた。
「――金剛斧伐圧!」
 腕は輝く斧に変化し、人牛を脳天より圧し潰す。
 ごぐぅ、と呻きともつかぬ声を漏らして人牛も潰えた。
 敵となるものの気配が消え、アマネはゆるりと辺りを見渡す。樹々が倒れたことを悼む。そして、攫われてきた男たちが目覚めていることに気がついた。
 男たちに怪我はなさそうだと見て、そのまま樹々を縫いその場を離れ……距離を取ってから、アマネは少女の姿に戻った。

「あれは」
「助かった……化物から俺たちを助けてくれたんだ……」
 人でないことがどれだけのことか。
「山神様だ。祖母さんが言ってた」
「山神様……いや、なんでもいい、ありがとうございます……!」

 アマネに、その感謝の言葉は届かなかったが。
 それもいつものこと。
 人ならぬ身は、人に悟られてはならぬ。それがさだめというもの――

                                   終