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悪夢が僕を苦しめる
●オープニング【0】
10月も中旬を過ぎたある日のことだ。放課後、同級生の原田文子と喋っていた影沼ヒミコのそばへ近付いてきた者が居た。
「影沼さん……ちょっといいかな。ああ、原田さんも聞いてほしいんだ」
と声をかけたのは、同じく同級生の佐山弘人というほっそりとした男子生徒である。ヒミコと文子が怪訝な顔を向けると、佐山はこのように切り出してきた。
「君たち、オカルトに詳しいんだろう? だったら、悪夢をどうにか出来る人に心当たりがあるんじゃないかって……」
そう言う佐山の顔をよくよく見てみると、目の下にうっすらとくまのようなものがあった。今の話からすると、悪夢を見てちゃんと眠れていないのではないだろうか。
「悪夢をどうにか……って?」
「うん。先週、いや先々週辺りからかな? 妙な夢を見るんだ。映像はもやがかかっているようでちゃんと見えないんだけど……女性らしい人が誰かに責められているっていうか……。ああ、本当に女性かどうか見えてないよ。けど、そんな感じが伝わってきて。とにかく、気配が2つ目の前にあることは確かなんだ」
ヒミコが聞き返すと、佐山は悪夢の内容をそんな風に一気に語った。
「そんな夢がほとんど毎日のように続いてさ。内容も不明瞭だし、気になってろくに眠れなくなってきて……。このままじゃ、母さんやお爺ちゃんにも心配かけちゃいそうなんだ」
佐山は父親を早くに亡くし、母親と父方の祖父との家族3人暮らしであった。なので、心配をかけたくないという気持ちも分からなくはない。
「だからさ、この悪夢をはっきりさせれば、少しはちゃんと眠れるようになるんじゃないかって……。じゃあ、頼んだよ?」
そう言って教室を出てゆく佐山。残されたヒミコと文子は顔を見合わせていた。
夢をはっきりとさせることの出来る者は、まあ友だちの瀬名雫にも探してもらえば見付かるだろうとは思う。ただ……。
「……夢をはっきりとさせることで、本当に解決するのかしら?」
文子がそんな疑問を口にした。
さてさて、本当に佐山の言う通りにしていいのかどうか――。
●夢の示す物【1】
「うーん。夢はね、脳が情報整理する際に起こる副作用のような物だって、誰かが言ってたような気もするけれど……」
思案顔で原田文子にそう語る影沼ヒミコ。
実の所、夢を見るメカニズムはきちんと解明されてはいない。ヒミコが語っているのもある程度は正しいのかもしれないが、その解釈はまた分かれるのだ。不要な情報をどうにかする時に夢を見るのだと主張する者も居れば、記憶しておかなければならない情報を刻み込むために夢を見るのだと言う者も居る。
そういえば、荒唐無稽な夢という物がある。起きてすぐに思い返してみても、話の前後がまともに繋がらないという奴だ。不要な情報をどうにかしてるからこうなるのだとか、いやいや記憶するべき情報を刻み込むからこうなるのだなどと、どっちの理由を口にされてもついつい納得してしまいそうなのだから面白い。
また、過去に自分が経験したことが夢となったり、自分の願望が夢となったり、あたかも実際に経験したような感じであるが実は全く経験していないことが夢となったりすることもあるから、夢とは不思議である。特に最後のは、何度も見てしまうといつしか本当にあったことではないかと考えたくなってくるから、ある意味恐ろしい。
さて、これらは脳の働きから見た物であるが、見方を変えるとまた違ってくる。内臓の疲れが夢となって出てくるのだと昔から言われていたりもするし、よく正夢などと言うように何かを暗示されるために見るのだというオカルト的な考え方もある訳で。
そう考えると、夢とは何と曖昧模糊な物であろうか。
「……話は聞かせてもらった……」
その時、文子とヒミコのそばにやってきた1人の女子生徒が居た。
「えっ? あっと……亜矢坂さん、よね? 確か」
文子が尋ねると、その女子生徒――亜矢坂9・すばるはこくんと頷いた。
「『夢』は……」
すばるは文子とヒミコの顔を順番に見てから言葉を続けた。
「警告や真実の暴露が少なくないのである。しかし、彼の見る夢はもやがかかっているという。それは……夢の警告、そして彼自身の無意識が為す防衛反応であるとも考えられる」
「防衛反応?」
「……見たくない物を、見せられないようにだ」
聞き返した文子の顔を見ながらすばるが言った。
「つまりそれって、佐山くんが見るとショックを受けちゃうような夢だってこと?」
「現段階でその否定は出来ない」
ヒミコの質問に、すばるはきっぱりと答えた。
「でももしそうだったら、夢をはっきりさせると……?」
文子が心配そうに言った。それは当然、佐山弘人は激しい衝撃を受けることになるだろう。そのことにより、どのような結果が出るかも分からない。
「……まずは彼について調べる必要がある……」
そうすばるは静かに言った。もし佐山が夢を見る原因がこれであると特定出来るのであれば、そちらについて対処することも可能だし、あるいはその原因となることを佐山が気にしないようにさせるという手も使える。
何にせよ、今現在必要なのは情報なのである。
●佐山家の事情【2】
「またなの?」
すばるは、佐山家のことを尋ねようと話しかけた中年女性から、怪訝そうにそう言われてしまった。佐山家のある近所での出来事だ。
「また……とは?」
当然ながら、すばるがこの中年女性に話しかけたのは初めてのことである。
「いえね、ついこの前も同じことを聞かれたのよ。背丈はあなたくらい……? ああ、とにかく小柄な黒髪の女の子にね。あ、でも、あなたみたく制服は着てなかったわね。あなた神聖都学園でしょう、その制服?」
一気にぺらぺらと喋ってくれる中年女性。怪訝そうな割には、あれこれと喋ってくれるものである。
「あっ。ひょっとして、お友だちのために調べてあげているとかかしら? 弘人ちゃんも年頃の男の子だものねぇ。ほんと、いいわねえ……私もそんな頃があったわぁ」
すばるが何とも言っていないのに、制服姿というだけで中年女性は勝手にストーリーを組み立ててくれたらしい。それをわざわざ否定する必要もなかったので、すばるはあえてそのまま何も言わないことにした。
「弘人ちゃんはいい子よぉ。道で会ったらいつも挨拶してくれるんだから。お母さんもそうね。ちょっと陰のある美人さんだけど、挨拶とかはちゃんとしてくれるわ。舅さんも……悪い人じゃないんだけど、ちょっと厳しい所があるのかしらねぇ? 時々、家の前を通ると大きな声でお嫁さんに注意をしていることがあったり……道で顔を合わせても会釈だけだしねぇ。あ、でも、孫の弘人ちゃんにはやっぱり甘いみたい」
佐山家のことを中年女性はあれこれと喋ってくれる。すばるとしては、こくこくと頷いているだけで済むのだから、こんなに楽なことはない。
「あそこも、旦那さんを早くに交通事故で亡くして大変だけど……。保険金やら慰謝料なんかで、経済的には困ってないらしいわよ」
今度は佐山家の経済事情にまで触れ始める中年女性。そこでようやく、すばるが口を開いた。
「それはいつ頃で……」
「10年以上前だったかしら? 弘人ちゃんが2つになるかならないかの。うたたねしてたトラックが、旦那さんの運転する車に真横から突っ込んで……ねぇ」
すばるの質問に、中年女性はそう答えた。話だけ聞く限りでは事件性は感じられない。不幸な交通事故であったのだろう。
それからしばしすばるは中年女性の話を聞いていたが、次第に話は自身の家庭の愚痴となっていったので、ちょうどいい所で礼を言って話を切り上げたのだった。
(……それにしても……)
帰り道、すばるには気になることがあった。
いったい、自分以外の誰が佐山家について調べていたのだろうか?
●接触【3】
それから2日後の神聖都学園――放課後。
すばるの姿は保健室にあった。それも、佐山と一緒に。
佐山はベッドに横になっており、すばるはその傍らで椅子に腰掛けていて……などと言うと、まるで恋人同士による青春の1ページのようにも思えてくるが、実際の所は違う。
佐山は気絶していたのだ。すばるの使っていたほうきの柄の一撃を喰らって。手が滑った振りをして、佐山の身体をほうきの柄で突いたのであった。まあちょっと狙いがずれて、想定以上に鈍い音が聞こえてきたというのはここだけの秘密だ。
しかしながら、すばるがこのような手荒な手段を使ったのにはもちろん理由がある。1つは佐山のDNAサンプルを得るためだ。昨日のうちに、佐山の母と祖父のDNAサンプルは取得していた。道でぶつかり、ゴミがついていると言って、こっそり対象の髪の毛を回収するという、非常にベタな方法によって。
そして理由のもう1つは――。
「セット完了……」
すばるがぼそりとつぶやいた。膝の上には何やらノートパソコンに似た機械があり、そこから色とりどりのコードが伸びて、佐山の頭をぐるりと取り巻くわっかへと繋がっていた。この機械はHALシンクパッドと言い、有線式無機的脳内情報抽出描写装置なのである。簡単に言うと、脳の情報を液晶画面へと映像として表示してくれる装置なのだ。
ただ有線式とあるように、情報を抽出するためには対象に接触する必要がある訳だ。だから、佐山はこの状態にされているのであった。
ベッドの周囲はカーテンで覆われている。なので、すばるが何をやっても他の者にばれる心配はない。情報の抽出さえ済んでしまえば、別の場所で映像を見ることも可能だ。ともあれ佐山が目覚める前に、作業を完了させてしまわねばならなかった。
10数分かけその作業を終わらせるすばる。そしてDNAサンプルとして佐山の髪の毛も回収し、装置などを片付けてから佐山の身体を揺さぶった。計算上、そろそろ目覚めてきてもおかしくなかったからである。
「ん……んんっ……」
軽く唸り、左右に頭を動かす佐山。それが3、4度続いたかと思うと、佐山の目がゆっくりと開かれていった。
「……え……と……?」
そんなつぶやきが佐山の口から漏れる。すばるは佐山が完全に目覚める前に、頭を下げてこう言った。
「ごめんなさい、ほうきを当てて」
そしてすばるはもう1度頭を下げてからカーテンを開け、そそくさと保健室を出ていった。佐山に自分の姿をよく認識させないために。
●解析【4】
保健室を出たすばるは、その足で校舎の屋上へと向かった。今の時間そこならば、まず人はやってこないからだ。
屋上に着き、もし誰かがやってきてもいいように、出入口から極力離れた所に陣取るすばる。そして先程の装置を取り出し、抽出した佐山の脳内の情報を映像として流し始めた。
映像はもやがかかっていてよく見えない。佐山が文子とヒミコに語っていた夢の様子とまるで一緒である。しかし、もやの向こうで何かが動いている様子は感じられた。
「もやを除去し、輪郭を強調……」
操作し、映像に処理を行うすばる。もやが少し薄くなり、その向こうで動いている物の輪郭が強調されてゆく。
「……人の形……?」
確定こそまだ出来ぬが、すばるが見た感じでは強調された輪郭は人の形をしているように思えた。それも、体勢の異なる2つの輪郭だ。
(手前は女性のようにも見えるのだが……?)
手前の輪郭は横にでもなっているのだろうか。そして奥の輪郭は中腰、あるいは立っているのかもしれない。奥の輪郭は、しきりに右手らしき物を手前の輪郭に向け振り下ろしている。いったいこれは、何の様子であるのだろうか。
「……これが限界なのである」
すばるはもう少し処理を行えないか試みてみたが、最初のもやが強すぎたのであろう、ここまでが精一杯であった。
けれども、ある程度のことは分かった。佐山が見ているらしい夢とは、女性らしき誰かが他の誰かに何かをされている様子である、と。まあ、その何かが分からないのが歯痒い訳だが。
すばるは今度は、取得したDNAサンプルを解析することにした。光学的物質分析装置、サーチアナライザの出番である。まずは佐山の祖父の分、次に母親の分、そして最後に佐山本人の分という順番で。
「……えっ……?」
すばるが、何故か驚きの声を発した。
「…………」
そして、すばるは黙り込む。しばらくの間、その場にて黙り込んでいた。
果たして彼女は、何に気付いたのであろう……。
●真実【5】
それから1週間が経った。
「紹介状?」
「うん。そういうことに詳しくて、ぴったりな専門の先生だから」
封筒を手に聞き返してきた佐山に対し、ヒミコは笑顔でそう言った。隣には文子の姿もある。放課後の、校舎の屋上でのことだ。
「予め説明はしてあるから、佐山くんは行けばいいだけ」
「そっか……わざわざどうもありがとう。さっそく行ってみるよ」
佐山の顔に笑みが浮かんだ。そして紹介状を鞄に仕舞うと、もう1度2人に礼を言ってから校舎の中へと戻っていった。
「……出てきていいよ」
少ししてから、ヒミコがぼそりと言った。すると、隠れていたすばるが姿を現した。
「あれでよかったの?」
文子が尋ねると、すばるはこくっと頷いた。
「向こうに行けば、全て解消してくれるように段取りを済ませているのである……」
「結局、どんな夢を見ていたの?」
ヒミコが気になっていたことをすばるへ尋ねた。
「……父親が母親を殴っている夢である」
「「えっ!?」」
文子とヒミコが声を揃えて驚いた。しかし、すばるの話はまだ続いている。
「ただし、亡くなった当時の父親が、今の母親を殴っている夢である」
「……どういうことなの?」
眉をひそめ、文子が聞き返した。
「すなわち、本来は見てもいない光景が、夢として作り出されたのだ。父親が亡くなったのは彼が2歳になるかならないかの頃。記憶として本当に存在しているかは疑わしい。恐らく、何か他の要素とくっつくことによって、そのような夢が出来てしまったのだと思われるのである」
淡々と、文子とヒミコに対してはそのように説明するすばる。
「あ、そうなんだ……」
「……じゃあ専門の先生に任せれば大丈夫そうね」
文子とヒミコが安堵したようにつぶやいた。
「…………」
が、すばるは何とも言わなかった。
何故ならば、今すばるが2人に語ってみせたことは、決して真実などではなかったのだから。
すばるが知り得た真実とは、表に出してしまえば不幸になる者を生み出すだけの物であったから……。
●そして、もう一手【6】
それからまた数日して、すばるは佐山家の近くにやってきていた。案の定、先日話を聞いた中年女性に出会い、捕まったすばるはしばらく話を聞くこととなった。
「……でね、そうそう思い出したわ! こないだ言った舅さん! 驚きよ、昨日道で会ったんだけど、笑顔で挨拶してきたの! いつもならむっつりと会釈だけだったのに!」
中年女性がそんな驚きをすばるに語って聞かせた。
「……きっと、何か心境の変化があったのだと」
すばるは中年女性に対し、そうとだけ言った。その口振りは、何か心当たりでもあるような物であった。
(ともかくこれで……問題は起こらないはずである)
などと心の中でつぶやくすばる。しかしそのように出来たのも、文子の疑問があったからこそだろうとすばるは考えていた。少なくとも、直感などではない、と。何しろすばるは、文子がどうも普通の人間ではないらしいことを知っているのだから。
中年女性は未だ、すばるに向かってあれこれと話し続けていた。
【悪夢が僕を苦しめる 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 2748 / 亜矢坂9・すばる(あやさかないん・すばる)
/ 女 / 16? / 日本国文武火学省特務機関特命生徒 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全6場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、夢にまつわるお話をお届けいたします。本文でもちょこっと触れていますが、夢は恐かったりしますね。どう考えてもそんなはずはないのに、何度も夢として見ることによって、本当にあったのかもしれない記憶として刷り込まれる可能性があったりしてですね……。
・ところで。本文中、何者かが佐山家を探っていた様子が語られていますが……さて、いったい何者だったんでしょう、その女性は?
・亜矢坂9・すばるさん、4度目のご参加ありがとうございます。お久し振りですね。調査法、対処法など問題なしです。おかげで、見事に最悪の展開を回避出来ました。もっとも真実は、このまま永久に封印することになりますけれども。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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