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多くのカップルで賑わうオープンカフェのテーブル。その一角にぽつんと1人で座り、三島玲奈はため息をついた。
玲奈の遥か上空……衛星軌道上に浮かぶのは、彼女の細胞から作られた生ける戦艦、玲奈号。
玲奈号に取り付けられたレンズが蠢くと、それに映った地球の姿が拡大される。
もちろんその映像は玲奈にもはっきりと伝わり、玲奈は仏頂面で空を見上げる。
伝えられる映像を振り払うように玲奈が頭を振れば、それと同じように戦艦のレンズが蠢く。
玲奈は、再びため息をついた。
(ねえ、あんまりじゃない。……あんまりよ……)
先日、戦艦玲奈号の外部入力と玲奈の五感を統合する手術が完了した。
元々自分の細胞から培養された戦艦であり、彼女の『本体』である玲奈号を、玲奈は自らの手足のように使役することが出来る。
しかしさらに五感を玲奈号と繋ぐことによって、玲奈と戦艦はほとんどの感覚と機能を同調させることとなったのだ。
そしてそれと同時に、あることを知らされた。
ここまで玲奈号とシンクロしている玲奈は『戦艦』であり、人間とは結婚不能であると……。
(ひどい。確かに私は、戦艦としての能力を携えているかもしれない。でも)
そう、玲奈は女の子だ。
夢だってみていたし、憧れてもいた。
16歳の可愛らしい少女に突きつけられた現実。玲奈がどん底に陥り、荒れ狂うのも当然と言えよう。
(どうして? なんで? 夢なんか見ない方が良かったの?)
お前は戦艦だ、この広い宇宙を1人で彷徨えと……そう言うの?
口を結んでうつむく。
この怒りや悲しみをどうしていいかわからない、玲奈はぼんやりとこのカフェへやって来た。
(カップルばっかり。当たり前か、デートスポットだもんね。毒を毒で制してやろうかと思ったけど)
だがそれも逆効果にしかならなかった。
「……は……」
まるで自嘲のような息を吐き出して、玲奈は恋人達を睨み、1人で佇む。
握り締めた両手が冷たい。
と、ふいにかちゃりと音がして、玲奈の座っているテーブルにカップが置かれた。
「どうぞ、カモミール茶です。気分が鎮まりますよ。テーブル、ご一緒しても良いですか?」
顔を上げれば、そこには男性とも女性ともつかぬ不思議な人が立っていた。年は玲奈よりも、1つ2つ上だろうか?
「……」
玲奈は無言でカップをひったくると、バシン! とテーブルに万札をおいた。
「えっ? あの、これはボクのオゴリですから」
言いかけたその人の周りに、玲奈の放ったレーザー光線が降った。
「う、わあっ!」
「今は血を見る気分じゃない……とっとと帰んな!昏睡強盗さん」
「こ、昏睡強盗?! いや、そんな、ボクそんなんじゃなくて、ただ貴女に……!」
「私に話があるっていうのね? で……戦艦の『雌』に何の用?」
雌という部分をわざとらしく強調して、玲奈は凄む。
「そっその! あ、そうだ」
あわあわと相手はポケットを探ると、社員証のようなものを玲奈に見せた。
『白王社・月刊アトラス編集部』。
「え? ……あっ?! す、すみません! アトラス編集部の方だったんですか!」
玲奈はアトラス編集部にも、嘱託写真家としてよく足を運んでいる。
相手がアトラスの者だと知り、玲奈は慌ててしおらしく謝罪した。
「ボクの方こそ、驚かせてしまってすみません。アトラス編集部のアルバイト、桂といいます。貴女は三島玲奈さんですよね」
「桂、さん。どうして私のことを?」
「編集長から伺いまして」
桂は微笑む。
「玲奈さん、さっきから何だかため息ばかりついているみたいですね」
「あ、いえ、その……」
「まあまあ、同僚じゃないですか。何か悩みでも?」
「……あ……」
玲奈は戸惑った。
どう話していいかなどわからない。上手く説明も出来ない。
(でも、本当は誰かにこの気持ちを聴いてほしい……。そうよ、話せば少しはすっきりするかもしれないもの)
永久の愛を語らう恋人達の会話をBGMに、玲奈は『とある事情で、人間とは結婚出来ないのだ』と桂に話した。
「でもね、でも、いいの。愛情なんて身勝手な束縛……結婚は巧妙な搾取でしかないわ」
自分に言い聞かせているような玲奈に、桂はクスリと目を細めた。
「結婚か。永遠に一緒って素晴らしいですね」
「退屈な無限地獄よ?」
「いいえ。貴女は何も判ってない」
桂の言葉に玲奈はムッとする。
しかし桂は気にしたふうもなく、すいと立ち上がると玲奈に手を差し伸べた。
「気晴らしに行きましょう! 何も伴侶は人間とは限りませんよ」
「えっ?!」
「まずは、貴女の『本体』へ」
玲奈の手を取ると、桂の懐中時計がカチリと鳴った。
「ちょ、一寸! 何処へ?」
気付けば2人は玲奈号艦内にいた。これが桂の持つ、時と空間を移動する力なのか。
「ショートカット……木星・大赤班」
桂は懐中時計を片手に、今度は玲奈号ごと移動する。
言葉通り、木星にワープアウトした玲奈号は、大赤班を見下ろしていた。木星に存在する高気圧性の巨大な渦……。
「別に珍しくもないわよ」
確かに、宇宙戦艦が本体である玲奈にとっては、珍しくも何ともないだろう。
「不思議に思いませんか? 鬩ぎあう筈の2つの流れが安定した渦を作る。なぜか」
桂の問いに、玲奈は小首を傾げた。
「さあ?」
「カルマン渦といいます。一説で、力の源泉は未知の世界に由来すると学者は追及しています」
「えっ? 未知の世界?」
玲奈は目を丸くする。
どうしてこのように不思議な流れが出来ているのか。そして細部はどうなっているのか。
この広い宇宙の中、2つの流れが渦になり……
「本当、丸く収まってるわ!」
「巨大な愛情……ですね?」
にこりとあたたかな、桂の言葉。
「不思議……! でも何故?」
玲奈の胸に、疑問やワクワクとした気持ちが広がった。
(ああ、そうだ……こういう気持ち、何だか忘れていた)
元々好奇心旺盛な性格の玲奈だ。神秘的なことや謎に、心惹かれる。
ふっと目の前が開けた気がした。
広い、広いこの世界。真っ暗に見える宇宙には、様々な星、光、そして多くの謎めいた不思議なことが溢れていて。
そうね、そうだわ。
「うん……決めた! 私これを追及するわ!」
玲奈は顔を上げた。
戦艦として玲奈は、宇宙を飛び回ることが出来る。
(私はこの宇宙で、沢山の神秘に出会うことが出来るんだわ)
隣で桂が優しく笑う。
今ならわかった。きっと元気のない自分を心配して、上司が桂を遣わしてくれたのだということ。
そして、桂の言っていた『伴侶は人間とは限りませんよ』ということの意味が。
「ありがとう、桂さん……!」
そう、旅の目的は百人百様。神秘追求に目覚めた玲奈は、惑星を巡る仕事を伴侶にしたのだ。
玲奈号の周りにはきらきらと星が輝いている。
何気なくそれらを眺めて、玲奈は呟いた。
「綺麗ね……」
永久に鬱屈が続くと思っていたあの日。あの人が垣間見せてくれた扉の向こう側。
(興味津々の、不思議溢れる広い世界を閉ざしてたのは、私の心だったのよ)
惑星を巡り、神秘を追求することを仕事に出来るのなら、添い遂げても良い。
それらは玲奈を導き、様々な喜びをくれる。なんて素敵なことだろう。
惑星達の広がる世界を見上げて、玲奈は笑った。
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