コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


其処に無い場所



 朝起きた時から、嫌な予感はしていた。
 でも予感はあくまで予感であって、確信じゃなかった。窓を開ければ雲一つ無い晴天だったし、天気予報では降水確率10%だって言っていた。もちろん天気予報のお姉さんは「絶対に降りません」なんて言ってなかったけど、それでもこんなに確率が低かったんだから、「今日は降らない」って思うのが普通だと思う。
 滅多にない事だけど、今日は少し寝坊してしまって慌てていたし、傘を持っていこうなんて余裕はなかった。携帯電話も腕時計も忘れて、とにかく走る事にばかり気を取られていた。
 そして‥‥‥‥今は、それをすごく後悔している。

「わーん! 絶対に大丈夫だと思ってたのにぃ!」

 学生鞄を傘代わりにしながら、海原 みなもは、通学路を走っていた。
 前も見えない季節外れの大雨。空は見渡す限りの雨雲に覆われ、止む気配は微塵もない。
 周りに人がいるのかどうか、自分がどこにいるのかさえも、あたしは絶対の自信を持って答える事が出来ない。だって降り続けている雨の所為で、一メートル先だって見えないんだもん。自分がどこに向かって走っているのかも、正直自信が持てない。
 まぁ、家に向かって走っているわけでもないから、それは良いんですけど‥‥え? 早く家に帰れば良いんじゃないかって?
 あたしだって、本当は家にすぐに帰りたいですよ。
 でもですよ? 自分がどこにいるのかも分からないのに、帰宅するなんて無理だと思います。元が人魚と言う事もあって水に濡れるのは平気ですけど(服が肌に張り付いてくるのは嫌ですけど)、前が見えないのでは流石に帰るどころではありません。
 なので、あたしが探しているのは、雨宿りが出来る場所を探している最中だからです。体がびしょ濡れなので、喫茶店やコンビニに入るのは迷惑だと思うのですが‥‥‥‥こんな雨では、そうも言っていられません。
 店員の方に迷惑を掛ける事を覚悟して、あたしは街の中を走っていました。
 ‥‥‥‥こんな強い雨だからでしょうか?
 この雨の中を走り始めてほんの数分。走りながら、あたしは街の風景に違和感を感じてキョロキョロと周りを見渡していました。

(こんなに、広い場所でしたっけ?)

 雨で視界が塞がれているからでしょうか‥‥‥‥
 街の道が、すごく広く感じられます。
 反対側の歩道が雨に遮られて見えず、道路も半ばまでしか見る事が出来ません。走り始めてからずっと歩道を走っている筈なんですけど、道路には車の一台も通らず、誰とも擦れ違いません。そもそも、雨宿りが出来る店舗を探しているのに、お店らしいお店を見つける事が出来ないのはどうしてなんでしょうか‥‥?

(もう、どこでも良いですから‥‥‥‥開いてませんか!?)

 違和感は不安に転じ、あたしは周りを見渡して開いているお店を探す。でもどこにも見付からず、あたしは途方に暮れながら、周りを見渡しながら歩き続けた。本当は走りたかったけど、ずっと走っていた所為で疲れてしまった。
 いっそ、このまま歩いて帰っちゃいましょうか‥‥‥‥
 今更雨宿りした所で、全身ずぶ濡れですから、あまり変わらない気もしますし。
 そんな事を考えながら歩いていたあたしは、いつの間にか、盛大に降り続いている雨が自分の頭を叩かなくなっている事に気付いて、足を止めた。

「あれ? あ、いつの間に‥‥」

 周りを見渡しながら‥‥つまりは余所見をしながら歩いていた所為で、あたしは自分がどこに向かっているのか確認するのを失念していました。運が悪ければ、車や人にぶつかって大変な事になっていたかも知れません。
 そこについては後々反省会を開くとして、今現在、あたしが直面しているのは、そんな事故ではありません。
 降り続いている雨があたしを叩かなくなったという事は、傘か、屋根に類するものが頭上にあるからです。そして予想通り、見上げるとしっかりとした屋根がありました。振り返ると木製の扉があって(珍しい事に、両開きのすごく大きな扉でした)、ここがどこかの家の玄関口だと察する事が出来ました。

(どうしましょうか?)

 雨で視界が遮られていたとはいえ、あたしはいつの間にか、気が付かないうちに他人の家の敷地内に入り込んでいたようです。これはまずいです。家の人に見付かったら不審者扱いされてしまいます。
 扉を見る限りは、だいぶ大きなお屋敷のようですし、強盗扱いとかされちゃったりするかもしれません。雨で館の全貌が見えないのが残念ですが、たぶん大きなお屋敷です。だって両開きの扉ですよ? しかも木で出来た扉には、すごく複雑で綺麗な模様が入っていて、格好良く仕上がっていますし、間違いないと思います。
 となると、やっぱり警備も厳重だったりするかもしれません。捕まったら大騒ぎです。

「うーん‥‥‥‥」

 ‥‥‥‥流石に警察に突き出されたりはしないと思いますけど‥‥‥‥
 やっぱり人様の玄関前で、勝手に雨宿りをしているのも、あたしとしては気が引けます。ここは一つ、家主に雨宿りをさせて貰えるようにと断っておいた方が良いでしょう。

「ごめんくださーい! すいませーん!」

 呼び鈴らしい物も見当たらないので(たぶん、門とかの場所にあるんだと思います)、あたしは玄関を叩きながら声を上げました。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥しーん。

「あのー‥‥どなたかいらっしゃいませんか?」

 雨に負けないよう、少しだけ強く扉を叩く。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥しーん。
 誰も出てこない。耳を扉に当ててみても、物音一つ聞こえてこない。それどころか生き物の気配すらも、何もない。
 あたしは「まさか」‥‥と思いながら、そっとノブに手を掛け、回してみた。
 何の抵抗もなく回る。そして静かに扉を押した。何の抵抗もなく扉は押され、呆気もなく開いていく。

「すいませーん‥‥‥‥どなたかいらっしゃいますか?」

 今度は少し控えめに声を掛け、あたしは静かに中に入ってみた。
 扉を開けて入った先は、大きなホールになっている。足下には紅い絨毯が広がっていて、汚れた靴で踏み出す事が勿体ないぐらいの朱に染まっていた。でも掃除はされていないようで‥‥‥‥一歩踏み出しただけでモワッと煙のように埃が舞って、思わず咳き込んでしまった。

「けほっ、けほっ、けほっ‥‥‥‥だ、誰もいないんですか?」

 流石に、こんなに埃っぽい館に、誰かが住んでいるとは思えない。
 空き家でしょうか? それならしばらくの間、ここで雨宿りをさせて貰いましょう。持ち主が居るのかどうかは分かりませんけど、こんなに埃を被るまで訪れないようなら、遭遇する事もないでしょうし‥‥‥‥
 あたしはひとまず、館の中に誰かが居るのかどうかは置いておいて、体を拭ける物を探しに館の中を歩く事にした。電気は通っているのだろうかと玄関ホールを歩き、それほど経たずに壁際に隠されるようにあったスイッチをポチッと入れる。途端に明るくなるホールと廊下。古い館のようですが、電気もちゃんと通っているようです。もしかしたら、誰かの別荘なのかも知れません。
 勝手に電気を点けた事は、館の主人に出会ったらお詫びをするとして‥‥‥‥

「くしゅん!」

 このままでは風邪をひいてしまいます。体の丈夫さには自信がありますけど、雨に濡れたままの格好でこんな埃っぽい場所にいたら、流石に体を壊してしまうかも知れません。
 これは‥‥タオルを探すのも良いですけど、シャワーを浴びた方が良いかも知れません。長く雨に当たりすぎたせいか、心なしか頭が痛くなった気がします。

「えっと、すいません! シャワーもお借りします!」

 使えれば‥‥‥‥の話ですが、あたしは風邪をひく前にシャワーを浴びる事にしました。ここには居ないご主人に断りを入れて、あたしはシャワー‥‥お風呂場を目指して館の中を探索する。
 やはりお風呂場の類は一階でしょう。玄関ホールから大きな階段を上って二階にいく事も出来ましたが、今は上る必要もないでしょう。一階の扉を一つ一つ開けて、部屋の中をチェックしていきます。鍵の掛かっている場所は無視して、一部屋ずつ確認し、お風呂場を探します。

(一階は、使用人の部屋ばかりみたいですね)

 鍵の掛かっていない部屋を確認していたあたしは、未だに見付からないお風呂場を夢見ながらそんな事を考えていた。
 お風呂場を探し始めてから多くの部屋を見てきたが、大抵が質素な私室だった。ベッドがあり、机があり、鏡がある。大きな調度品はクローゼットぐらいの物だろうか。それ以外は何もない。机の上にもアクセサリーの類は見られなくて、とてもご主人の部屋には見えなかった。
 他には倉庫、厨房があったけど、未だにお風呂場は見つけられない。そんなに奥まった場所にあるのだろうかと訝しむ。使用人用のシャワールームと言うならともかく、ご主人も入るようなお風呂場を、そんな隠すように奥まった場所に作るのだろうか? こんなに本格的な洋館に入った事はないので、どうも勝手が分からない。

「あ、あった。ここですね」

 それでも、地道に一部屋ずつ開けていけば、目的の部屋にはいつかは辿り着くのが道理という物。幸いにもお風呂場(今居るのは脱衣所ですけど)には鍵が掛かっていなかったので、簡単に中に入る事が出来た。
 後は水‥‥特にお湯が出れば申し分ないのですが‥‥‥‥

(ここ、本当に放置されていたんでしょうか?)

 しゃぁあああ!
 脱衣所を通り過ぎるとシャワールームがあった。試しに水が出るかどうかを試してみると、まるで待ち受けていたかのように勢いよく水が飛び出し、ものの数秒でお湯へと変わる。流れるお湯は足下の塵を浮かび上がらせ、巻き込んで下水道へと流れていく。
 シャワーは問題なく使用出来た。お湯を止め、周りを見渡してみる。湯船が見当たらない所を見ると、恐らくは従業員用のシャワールームなのだろう。プールのシャワールームのように幾つものシャワーが取り付けられた広いシャワールームは、一人で入ってきたあたしを飲み込み、そのまま中に止めようと押し込めるようにプレッシャーを掛けてくる。
 ‥‥‥‥まるで、曰く付きの幽霊屋敷に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚え、あたしは軽く身震いした。

(誰か居る‥‥なんて事は、ありませんよね?)

 誰かに見られている。そんな気がして、あたしは脱衣所に戻ってからあっちこっちをひっくり返してみた。脱衣籠に放置されたタオル、その下にあったデジタルカメラに誰のものとも分からない下着に、ロッカーの中に入っていたメイド服‥‥‥‥
 あっちこっちを探してみると、色んな物が出て来た。ただ、残念な事にどれもこれも埃を被っていて、とても使えるようには見えない。全部使えないわけではないけど、使えそうな物と言えばメイド服と数枚のタオルぐらいの物である。
 ‥‥‥‥ううん。まぁ、着られるのならメイド服なんて、今更何ともないですけどね。
 あたしはメイド服の持ち主に心の中で謝罪とお礼を呟き、それを拝借する事にした。
 それまで着ていた制服を脱いで、ロッカーの中にあったハンガーで吊す。幸いにもロッカーの中はあまり埃っぽくなくて、放置していても汚れたりはしない。下着は‥‥‥‥水を絞ってから、同じようにロッカーの中に吊しておく事にした。皺が出来るのであまり絞ったりはしたくなかったけど、シャワーを浴びてから何も履かないのはまずい。誰も見ていないけど、精神的にまずい。
 念入りにシャワーを浴びて、体をほぐす。ここに来るまでに走り回っていた事もあって、足が少し痛くなっていた。雨で足を滑らせないようにと注意を払っていたお陰で転ぶ事はなかったけど、代わりに普段走るよりも余分に疲れてしまっていたみたい。
 そんな疲れも、体を冷やしていた水と一緒に洗い流す。足下に積もっていた埃も一緒に水に流れていって、何となく気分が良い。
 石鹸やシャンプーはなかったけど、人様の家で贅沢を言うつもりはない。体も十分に暖まったし、あたしは長居せずに脱衣所に戻り、タオルで体を拭いてから拝借したメイド服に着替え始める。湿った下着を着け、メイド服に袖を通す。
 メイド服は、あたしの体よりも少しだけ大きいサイズだった。これでサイズが合わなかったら濡れた制服をもう一度着なくちゃいけなかったから、思わずホッとする。
 着込んだメイド服は、街中で見るような、喫茶店のフリフリの可愛らしいメイド服ではない。白と紺の地味なデザインに、徹底して機能美を追求した本格的なメイド服である。動きやすく、暑くもなければ寒くもない。上等な布を使っているのか、放置されていた割には肌触りも心地良い。
 今度アルバイトをする時には、こんな制服を扱っている場所を探してみようか‥‥‥‥
 ふとそんな事を考えてみるが、すぐに頭から振り払った。制服で仕事先を決めるような事はしたくない。ちゃんと自分のためになる仕事をしないと‥‥‥‥
 そう思った時、あたしは着ているメイド服を眺めて、「うん」と強く頷いた。
 やっぱり借りるだけだと、館の人達にも悪い(誰もいませんけど)。
 ここは一つ、持ち主の代わりに、仕事をしてみるのも悪い事ではないだろう。

「それでは、張り切っていきましょうか!」

 先ほどの探索の時に見つけた倉庫に、あたしは向かう。
 この時までは‥‥‥‥ただの雨宿り。雨が止んだら、すぐに帰ろうと、心のどこかで思っていた。
 そう、この時までは‥‥‥‥‥‥‥‥


●●●●●


 どれくらいの時間が経ったのか‥‥‥‥
 何で今日に限って腕時計や携帯電話を家に忘れてきてしまったのか、少しだけ後悔している。館の中の時計は全部止まっていて、今の時刻が何時なのかが全然分からない。学生鞄の中にも時間の分かるような物はなく、あたしは家族に連絡を取る事も出来ずに途方に暮れてしまっていた。

「雨、全然止みませんねぇ‥‥」

 誰に話しかける出もなく、溜息混じりに呟いてしまう。
 窓から見える光景は、あたしがこの館に到着した時と何も変わっていない。分厚い雨雲に覆われた空は、太陽も月も何も見せず、薄暗く染まっている。その空でさえも大雨によって遮られていて、目を凝らさないと全く見えない。こんな豪雨が長々と続いているのなら、今頃街中は大騒ぎになっているかも知れない。

(こんな天気だと、さすがに走って帰ろうとは思えませんし‥‥‥‥もうしばらくはここに居るしかないかも知れませんね)

 あたしは手を動かし、目の前の窓に布巾を当てると、窓を傷つけないように埃を拭っていく。
 脱衣所で着替えてから、あたしはずっと洋館の掃除を行っていた。
 と言っても、あまり本格的な掃除じゃない。雨が止めばすぐに帰るつもりだったし、こんなに広い洋館の廊下や私室まで満遍なく徹底的に掃除をしようとすれば、何日掛かるか分かったものじゃありませんし、あたしは出来るだけ手早く掃除が出来る窓の掃除に集中しながら、外の様子を窺っていた。

(本当に参っちゃいますね‥‥せめて家族に連絡が取れたら良いんですけど)

 せめて家に連絡を取れれば、家族に心配を掛ける事もないんですけど‥‥‥‥
 掃除をしていた手を止め、帰ったら心配していた家族になんて言おうか‥‥そんな事を考えていたあたしは、深い溜息をつきながら足下のバケツを手に取った。
 布巾を水に浸して汚れを落とし、窓を拭く。そんな掃除に使われていたバケツの中の水は、もう真っ黒に染まっている。流石にこれ以上使うと布巾が返って汚れそうで、あたしは水を新しい水に換えるために、水道のある倉庫に向かっていった。

「よいしょっと‥‥」

 掛け声を掛け、少し重たいバケツを持ち上げて倉庫に向かい、扉を開ける。倉庫には掃除用具がたくさん置いてあって、大きなバケツにも水が入れられるよう、大きな流し台が用意されていた。あたしはその流し台に水を捨てて、新しい水を入れる。

(‥‥何で、こんなに掃除しているんでしょう。あたしは)

 バケツに水が入っていく様子を眺めながら、あたしは自分に問いかけていた。
 軽いお礼のつもりで始めた掃除なのに、ずいぶん長い間行っている気がする。この水替えも、もう四度目にはなるかも‥‥‥‥冷たい水に繰り返して浸した手はかじかんでいて、指が上手く動かない。

「少し、休みましょ」

 あたしは水道の水を止めると、バケツや掃除道具をそのままにして、倉庫から出る。休むと言っても、休憩室なんて気の利いた物はないし、こんな埃だらけの床や椅子の上に座るわけにもいかない。そもそも、あたしはそこまで疲れているわけではなかった。ただ、“なんでこんなことしているんだろう”なんて事を考えてしまって、気晴らしがしたかった。

 ――――メイドが掃除をしているなんて当然の事なのに――――

 何でそれを疑問に思ったのか‥‥‥‥いや、疑問の内容自体は、たぶん正しい。メイドが掃除をするなんて事は当然で、家事の一切を引き受けてこそだと思う。そこに疑問はない。
 でも、ただの雨宿りをしているだけの自分が、何でメイドの真似事なんてしているのだろうか? 勝手にこの館に上がり込んでシャワーを浴びて服を借りて‥‥罪悪感はある。でも、そもそもこの洋館に誰かが住んでいるのかどうかさえも怪しい。館の中で好き勝手に休んでいても、誰も気付かないと思う。
 結局の所、掃除は暇潰しでしかない。
 なのにどうして‥‥‥‥あんなに熱心に、手が痛くなるまで掃除に没頭していたんだろう。

(暇だったから‥‥でしょうか?)

 館の中で待ち続けるのは、ひたすら退屈で、時間を潰せる事なら何でも良かったのかも知れない。掃除には、あまりに汚れていたからついつい熱が入っただけで、それ以上の何でもない。
 何でもない。それ以上の‥‥何でも、無い。
 なのにどうして‥‥‥‥掃除の手を止めて館の中を散歩していて、こんなに落ち着かないんだろう。まだやり残した仕事が沢山あって、一つでも多く、早くこなしていかないといけない。そんな焦燥があたしの胸を焦がしている。

「あれ、ここは‥‥?」

 長い廊下を歩いていると、扉が半開きになっている部屋を発見した。どこからか風でも吹き込んできているのか、扉が微かにきぃきぃと揺れている。
 ‥‥‥‥何となくお化けでも出て来そうな雰囲気に、身を縮めて扉を見つめてしまいます。
 誰も‥‥居ませんよね?

「すいません‥‥失礼します」

 小声で声を掛けながら、意を決して扉を開けて、こそこそと中を覗き込んでみる。中は、他の部屋と同じような質素な私室。でも、他の私室と比べると調度品が揃っていて、ベッドの上はシーツが伸ばされて綺麗になっていた。
 それでも埃が積もっている事には変わりませんけど‥‥‥‥
 部屋の中を見渡すと、壁に大きなホワイトボードが貼り付けてありました。古めかしい洋館の中にあるためか、その一角だけが妙に浮いていて、思わずホッとしてしまいました。
 何でって‥‥ほら、この館に着てから、なんだか‥‥‥‥自分がそれまで居た世界とは全く違う世界に迷い込んでしまったような‥‥‥‥そんな気がしていたんです。学校やバイト先では珍しくもないホワイトボードを見て、懐かしくすら思えます。
 ホワイトボードには、使用人としてきていた人々のスケジュールが書き込まれていました。と言っても、ほとんどが掠れて読めないのですが‥‥‥‥

「メイド長さんの部屋ですね」

 同じメイドさんのスケジュールを管理しているという事は、たぶんメイド長さんの部屋だと思います。ホワイトボードには、他のメイドさん達の休日や休憩時間、担当の部署、他には来客のある日付や時間が書き込まれていました。
 何となく、ボーっと書き込みに魅入ってしまいました。あたしのスケジュールなんて書いてあるはずがないのに‥‥‥‥そこに、自分の名前があるような気がして、並んでいる文字を端から端まで読み込んでいきます。

「掃除‥‥厨房‥‥‥‥剪定‥‥‥‥‥‥洗濯‥‥‥‥‥‥‥‥来客‥‥‥‥‥‥‥‥買い物」

 気が付いた時、あたしはぶつぶつとホワイトボードの書き込みを読み上げ、呟いていました。
 思わず自分の口に手を当て、目を見開いて周りを見渡します。

「な、何をしてるんだろ‥‥」

 本当に、自分が何をしているのかが分からなくなった。
 まるで何かに取り憑かれているような、気味の悪い感覚。知らず知らずのうちに体が動いて、芸術品に目を奪われているように一心不乱にホワイトボードの文字を目で追っていた。

「こんな事、してる暇なんて無いのに」

 本当に‥‥‥‥どうかしていた。
 いったい何時まで、あたしはこの部屋にいるのか。
メイド長の部屋から出て、あたしはまた廊下を歩く。窓の外は、未だに雨が降り続いていて、雨音が騒々しい。滝のような雨は庭の草木を濡らし、ぬかるみを作っていく。雨が上がったら、一度外を見回っておかなければならないかと思うと憂鬱になる。

 ――――でも、そんな事は後の事。

 まずは‥‥‥‥そう、やりかけの掃除を最後まで終わらせておかなくちゃいけない。館は広い。今日中に窓だけでなく、使用人のための部屋も掃除しておかないと、“次に来る使用人”の部屋が用意出来ない。ああ、もう本当にメイド長の部屋に入ってるような余裕なんて無かった。“早くこの館を掃除して、綺麗にしなくちゃいけない”んだ。休んでいる暇なんて――――――――

 コンコン。コンコン。

「すいません! あの、誰かいらっしゃいますか?」

 扉を叩く音に、誰かの声が聞こえてくる。危うく雨音に掻き消されて聞き逃す所だった。
 ――――本当に危ない。もしも聞き逃していたら、“部下”が逃げ帰っちゃう所だった。

「はい。ただいま」

 決して声を上げず、走らずに玄関へと向かう。
 扉を開けると、そこには見た事もない女性が一人、全身をずぶ濡れにしながら立ち尽くしていた。

「あの、すいません。この雨で道に迷い、雨が強くて帰る事が出来ません。ご迷惑だとは思いますが、雨が止むまでここで待たせていただけないでしょうか?」

 女性は、申し訳なさそうにそう言う。
 あたしは微笑み、扉を大きく開けて、お客様を迎え入れる。

「ここは冷えますから、どうぞ。中に入って下さいませ」
「いいんですか!? ありがとうございます。いえ、もう本当に‥‥体が冷えちゃって」
「シャワーがありますので、遠慮無く使って下さい。服をご用意しますので、雨が止むまでの間は、ゆっくりしていって下さい」

 女性は安堵の表情を浮かべ、あたしに笑いかけてきた。
 あたしも答えて、ニッコリと‥‥‥‥女性を案内しながら、笑っていた。
 女性をシャワールームに案内した後、あたしは女性に渡すメイド服を手近なメイドの私室から探し出し、それを手に取りまた脱衣所に戻っていく。
 女性はまだ、シャワーを浴びている。女性が出るまで‥‥‥‥あたしは外で、待ち続ける。

「雨が止むまで‥‥‥‥ごゆっくりどうぞ」

 ザァァァァアア‥‥‥‥
 シャワーの音と、外の雨音が混じり合う。豪雨は依然として変わらず、時間の経過など無いかのように降り続き、耳にノイズのような音を間断なく送り続けている。
 窓からは、外の世界が見られない。
空も、街も、何もかもが滝のような雨に遮られ、何も見えない。そこには何もない。元から‥‥‥‥この館以外には何もなかったかのような、そんな錯覚を覚えさせる程に、外の世界が‥‥‥‥この世界からは、見えない。

「あの、着替えは――――」
「はい。こちらになります。申し訳ありませんが、こんな物しかありませんので‥‥‥‥服が乾くまでは、こちらで我慢していただけますでしょうか?」

 女性は渋々ながらも、どこか楽しそうに、差し出されたメイド服を着込み始める。
 雨はまだ、止みそうにない‥‥‥‥



FIN




●●●参加PC●●●

1252 海原・みなも (うなばら・みなも)

●メイドさんは普通の家政婦です●

 日本では、メイドさんって萌え要素にばかり見られますよねぇ‥‥溜息混じりに呟いてみるメビオス零です。
 メイドさんって、今でも普通に職業として存在する家政婦さんなんだけどなぁ、なんでこんなに萌え要素としてみられるのか‥‥‥‥これも文化なんでしょうかね? 私はどっちかって言うと割烹着の方が(ゲフンゲフン)‥‥‥‥
 まぁ、それはさておき‥‥
 今回のお話はどうでしたでしょうか? 今回は‥‥雨に打たれて洋館に迷い込み、襲いかかってくるゾンビ共を滅多打ちに‥‥なんて事にはならず、メイドさんとして洗脳完了。この後、多くの部下を引き連れて館の徹底的な清掃を行います。その後帰ることが出来たかどうかは‥‥不明。雨はいつまでも止みそうにありません。
 またシナリオに対してのご感想、ご指摘、ご叱責などが御座いましたら、遠慮容赦なく仰って下さいませ。出来る限り参考にし、今後の作品に行かしていきたいと思っております(・_・)(._.)