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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


奇妙な犬の依頼


 オカルト探偵の日常といえば、家族が心配するような意味深なセリフを残して会社の上司と釣りに行ったお父さんの捜索や、こんなに満たされたお金持ちの家から私のかわいいペットちゃんが逃げたザマスという地味な仕事ばかり。ふたを開けてみたら結果があまりにもとぼけた内容だからか、解決後に依頼料を値切られたりすることもしばしばである。
 それでも所長である自分がビシッとハードボイルドに決めているのは、探偵のカッコよさとかを守るため……とかではなくて、あくまで貧しい生活をごまかすための自己防衛……なのかもしれない。武彦は悲しい結論を導き出すと、ちょっと泣きそうになった。もう少し報われてもいいんじゃないか、勝利の女神さんよ。そんな気持ちでタバコの煙を天井に向けて吐き出す。まるで『天に唾をする』かのように。心の貧しさをお金で埋めるべく、せっせと労働にいそしむが、どうにも生活は楽にならない。それがここ、草間興信所の宿命である。


 そんなある日、武彦に絶好の依頼が転がり込んだ。
 内容はいつもとあまり変わらない。武彦の心の貧しさを誘う『迷子のペット探し』ではあったが、今回の依頼は報酬の額が違った。具体的に言うと嫌味になるので、ゼロの2つくらい多いとだけお伝えしておく。
 ターゲットは、マルチーズのカルボくん。ちゃんと正面から撮影された写真もあるし、なんとも特徴的な首輪もしてるし、つい最近までこの手の依頼をたっぷりこなしたばかり。そんな短期間で、このハードボイルド探偵の勘が鈍るわけがない。飼い主の飯田さんは「まず居場所だけ確認していただければ」と言われていたが、なんと武彦は初日の捜索であっさりと見つけ出してしまった。繁華街の路地裏に捨てられて錆びたドラム缶の上にちょこんと座っており、周囲には脱走を持ちかけたような悪友はひとりも見当たらない。今思えば実に奇妙だ。あの空間だけ近くを歩いているであろう人間の気配すら感じられないほど静かだった。

 「こんなところにカルボくんだけってのは、ちょっといただけないな。ま、早期解決なら飼い主も安心だろう。ほらほら、カルボくーん。こっちおいで……」

 これを最後に、『マルチーズだったカルボくん』はその場所からいなくなった。


 次に武彦が見た光景は、病院の診察室だった。全身は切り傷だらけで満足に動けない。必死の抵抗で強制入院こそ免れたものの、医者からは興信所での絶対安静を言い渡された。武彦は松葉杖で興信所までの長い道のりを進む。
 武彦はあの時の記憶を呼び覚ます……なんとカルボくんは『二足歩行の化け物に変化して歩き出した』のだ。そして目の前の不審者を切り刻み、適当に放り出したのだろう。自分が気絶していた時間を考えると、どこかに投げ捨てられたと考えるのが自然だ。

 「あれだな……痛っ! 首輪から吊るしてる、あのタロットカードみたいなの……あれが化け物になる力を秘めているのか。ったく、飯田とかいうのも怪しいもんだな。本当の飼い主でも何でもないかもしれないな……っ!」

 自分が忘れた頃にオカルトの方からやってくるとは、なんとも皮肉なものだ。武彦はいつものメンバーに事件の依頼を打診する。これは事件が複雑化する前に手を打つ必要がある。ハードボイルド探偵の勘が、そう告げていた。


 都内の女子高生・瀬名 夏樹は連絡を受け、草間興信所へと駆けつけた。ちょうど学校の帰りだったらしく、ブレザー姿にスポーツバッグ、そしてかわいいマイバッグを提げている。中身はバナナにりんご、そしてみかん。これは怪我をした所長へのお見舞いの品だ。盛り篭に入ってないのはご愛嬌。高校生の域を出ない精いっぱいの心づくしに、武彦は思わず涙する。

 「夏樹、お前はかわいい奴だなぁ〜! それに比べて……おい、あれ見ろよ。あそこに座ってる切れ目の女。俺の怪我を見て、ずーっと笑ってるんだぜ?」
 「お前も含め、なんとも世間はふざけてる。パスタみたいな名前の犬に媚びるまではいいが、ここまでボコボコにされるとは情けない……」

 武彦に説教をしているのだか、それともバカにしているのだか。そんないつもの興信所を演出しているのは、常連の冥月だ。夏樹はあまりの凛々しさにすっかり見とれてしまう。

 「おきれいな方ですね!」
 「口は汚いがな……って、んが! 灰皿を投げるな!」
 「まだ嫌味が言えるのなら、その敵も大したことないな。私の出る幕じゃない。」

 すっと立ち上がる動作に無駄がない。思わず夏樹はその動作に身じろぎしそうになったが、それを悟らせまいといつものように振る舞った。この手の素振りは、お世辞にもいい意味では受け取ってもらえない。そのことを夏樹は知っていた。これも普段の活動で培ったものなのだろう。もちろん、冥月もそんなことはお見通し。少女を見た感想を言葉にも表情にも出さないが、間違いなく『草間よりは使える』と思っているはずだ。
 零はみんなにお茶を持ってきた。各人の近くに湯飲みを置くと、お次は牛乳がなみなみと注がれたお皿を運ぶ。武彦が飲むにしては容器が嫌味だし、スプーンもストローも添えられていないのでは飲みようがない。しかもそれを地面に置く始末。夏樹はその様子を不思議そうに見つめていると、武彦がその様子に気づいて口を開く。

 「ああ、まだ手伝いがいるんだ。お、匂いに惹かれて出てきたな。」
 「ガウ!(訳:よぉ!)」
 「うわ! ビックリした! どこにいたの、キミ?!」

 夏樹が驚くのも無理はない。ソファーの影からいきなり大きなライオンが音もなく出てきたのだから。また見た目もインパクト満点。揺らめく炎を思わせるような赤い毛並みが、『百獣の王』たる二つ名を際立たせている。そんな彼がお辞儀のような動作をした後、ちょこちょこと舌を出して牛乳を飲み始めた。ずいぶんと人間社会に慣れているらしい。それにしても、なんとも不思議な光景だ。

 「玄関のブザーが鳴ったと思って玄関に行ったら、ちょこんと座ってたんです。今回の一番乗りですね。」
 「さっき飼い主から連絡があって、こいつ……ああ、名前はレオンっていうんだが、事件を手伝ってくれるそうだ。」
 「そ、それはいいとして。ど、どうやってここまで来たの……?」

 いくらおとなしいとはいえ、ライオンが道を歩いていたとなれば大パニックは免れない。しかし、ここに彼はいる。何らかの方法で安全にここまでやってくる術があったということだ。夏樹はあごに手を当てて、推理ドラマに出てくる探偵のように「うーん」と考え込む。冥月はレオンのトリックに気づいていたが、あえてそれを明かさず、依頼に話を戻した。

 「ひとりと一匹がいれば、それほど困らないだろう。私は保険だ。ま、高いがな。」
 「とりあえず俺は行く。飼い主の素性も怪しいもんだが、前金ももらってるしな。報告書も作らないと。それにしても冥月さんはここでふんぞり返ってぶぐ!」
 「わざわざ足手まといに来るというのなら仕方ない。他の連中に迷惑がかからないよう、適当に面倒を見てやろう。」

 もうひとつ怪我が増えそうな威力のエルボーを無傷の脳天に受け、傷の痛みも忘れてうずくまる武彦。悲痛な叫びは夏樹と零の心配を誘うが、レオンは腹ごしらえに夢中だった。それぞれにマイペースのまま、事件現場へと歩を進める。


 現場はさほど遠くない。ただ夕方を過ぎた繁華街の路地裏には、わずかだが人気があった。そこに忍ぶカルボちゃんの影を追って、チーム草間の面々がやってくる。
 夏樹はブレザーからジャージに着替え、服の入ったバッグを持参。零に「置いていってもいいですよ」と勧められたが、それを丁重に断っている。もちろんこの中にレオンが隠れていたわけではない。当たり前の話だが、まずスポーツバッグに入るわけがない。でも、ここにはレオンの姿があった。いや、レオンは潜んでいる。武彦の影の中で、猛獣が出てくるのを息を殺して待っていた。夏樹はひとつ謎が明らかになって、少しだけ納得する。

 「でも、この手段で興信所に来たってことは……ない気がするんだけど。あ、もしかして別の手段を使ったの、レオンくん?!」
 「ガルル〜。(訳:それは教えられないな)」

 実に微笑ましいやり取りが続く中、冥月がそれらしき動物を発見した。素早く手で合図し、みんなに声を出さないよう指示する。白い毛、ゴツい首輪、そしてタロットカードのような首飾り。武彦のいうカルボちゃんが目の前に姿を現す。目標からはかなり離れていたが、冥月の仕事の経験から「静止するのが妥当だ」と判断した。

 「お腹を空かせてる感じが……しないですね。」
 「ぞっとさせんなよ。ったく、どこで何を食ったんだか。」
 「お前も餌のひとりだぞ。しかし、またドラム缶の上か。どうやらこの辺をテリトリーと定めているようだ。今立っているところが、ギリギリ外なのかもしれないな。」

 冥月はそう分析し終えると、勝手に見学を決め込んだ。あとはお手並み拝見、ということだろう。
 一方のカルボちゃんは、人間の姿が見えても怯えたりはしない。それどころかあくびをして余裕を見せるほどだ。その態度を見た夏樹が「いける」とばかりに前へ出る。

 「怖くない、怖くないよー。そーっと、そーっと。」

 思わず本音が口に出ちゃったが、いとも簡単にカルボちゃんの近くにまで接近することに成功した。そのあっけなさに武彦は呆れてしまう。

 「な、なんだったんだ、俺の苦労は!」
 「なんだ、オスが嫌だったのか? それともオッサンはお好みじゃなかったのか? 何にせよ、贅沢な犬だ。」

 口ではお約束の草間いじりを楽しむ冥月だったが、どうにも腑に落ちない。男と女という明確な差はあるものの、たったそれだけの理由で気を許すだろうか。彼女は視線を犬から放さず、じっくりと様子を伺う。
 一方の夏樹は、慣れた手つきで動物と触れ合おうとがんばる。ところが手を伸ばすと、カルボちゃんはぷいっと顔をそらした。夏樹は思わず、そのままのポーズで固まってしまう。

 「冥月さ〜〜〜ん、カルボちゃんはどんな感じですか〜〜〜〜〜?」
 「そんなこと、私に聞くな。その贅沢な犬に聞け。」

 そっけない返事に涙しながら、夏樹は状況の整理を始める。
 手は出したままの状態だ。これをそのまま出すか、それとも引っ込めるか。ここが分岐点。こんなに小さくてかわいいワンちゃんだけど、絶対にかわいく甘噛みしてくれるとは思えない。でも噛まれた時のことを考える余裕は、今は必要ない気もする。夏樹は意を決し、「痛いだろうなー」と思いつつもゆっくり手を出した。

 「ワキャン! キャンキャ……グリュガーーーォォォ!」
 「カルボちゃ……きゃーーーっ! 出たーーーっ! 草間さん! 化けた化けた!」
 「なんだ! うまく行ってたんじゃないのか?!」

 場の混乱を静めるかのように、勢いよく飛び出したのはレオンである。武彦の影から獣の匂いを嗅ぎ取って飛び出すと、そのままカルボちゃんに一直線。速攻で首にかけているタロットカードを奪うのかと思いきや、それはフェイント。わざと相手の目の前で失速し、そのまま高くジャンプ。地の利を活かしたかく乱を始める。幸いにも、周囲は入り組んでいる。頑丈そうな配水管もあれば、中途半端に設置されたブロック塀などもある。音の鳴るものとそうでないものを組み合わせれば、ここもまた立派なサバイバルの舞台となるだろう。
 レオンがフェイントをかけたタイミングで、夏樹が自らの内なる力を解放させる。その身に宿す『焔虎』の力を使い、虎の獣人へと変化して押さえ込みを仕掛けた。レオンに視線を向けたカルボちゃんに完璧なタックルを決め、そのままテークダウン……と行きたかったが、二足歩行になった相手の大きさが異常すぎて後ろへ倒れてくれない。もちろん夏樹も常人離れした力を発揮していた。ところが相手をよく見ると、木の根のように太い尻尾が転倒を防いでいるではないか!

 「さ、さすがは化け物……ってとこ?!」
 「ゾウの鼻か、あの尻尾は! ってか、あれは動物と呼べるのか?」
 「ガルル〜!(訳:俺に任せろっ)」

 背後に回ったレオンが雄々しく吠えると、今度は後ろから力でねじ伏せようと襲いかかった。それを猫のようなひげで瞬時に察知したカルボちゃんは、狼のような爪を繰り出して炎の獅子を切り裂かんとする。とっさの判断で夏樹がその腕にしがみつき、レオンを狙う軌道をなんとか逸らせた。

 「あ、あっぶなーーーい!」
 「ガルル……(訳:助かったぜ)」
 「獅子と虎だからかな。なんとなく言ってることがわかる気がするなー。息は合いそうだね!」

 夏樹とレオンは即座に動き出す。いかに相手が動物の長所を駆使する肉体であり、それを自在に操る能力であろうとも、まだふたりの俊敏さを妨げる力は発揮していない。余計な知恵をつける前に勝負を決めてしまいたい。獣たちの戦いは続く。
 その間、冥月と武彦は『なぜ夏樹があそこまで近づいたのか』を話し合っていた。どうやら答えは彼女の能力にあるようだ。夏樹のあの力がゆえ、カルボちゃんは夏樹から人間と獣の匂いが混じった不思議なものを感じ取ったのだろう。それを相手が最終的に「警戒すべきもの」と判断しただけの話で、もしかしたらあっさり事件は解決していたかもしれない。その点では不運だった。しかしこうなった以上、戦わざるを得ない。武彦は戦いを見守り、冥月は周囲の警戒に神経を尖らせる。

 この戦いは、実に狭い空間の中で繰り広げられている。だが、驚くほど立体的で、展開がめまぐるしい。夏樹が最初にテークダウンを狙ったのを見ていたレオンは、攻守交替とばかりにタックルを仕掛ける。それも攻撃のリズムを変えたり、タイミングをずらしたりと決して同じ芸は二度しない。それを読んでいるのか、夏樹も入れ替わりで押さえつけを狙っていた。しかし巨躯を頼りにそれを阻んできたカルボちゃんにも、その流れはつかめている。タイミングを逃した相手を切り裂く爪を無駄なく振り、たまにサイのように硬い皮膚に包まれた足でキックをするようになった。
 夏樹とレオンは目を合わせて合図し、ここぞとばかりに同時攻撃。
 夏樹はアクション大きめで空中を舞って囮になりつつ、実はタックルを狙っている。一方のレオンは上半身を狙って、相手のバランスを崩すアシストに回った。もちろん踏みこむ時は雄叫びで「俺が仕掛ける!」という素振りを見せる。ところがこれは5つ目の武器・尻尾で遮られた。なんと尻尾を独楽の軸のように使い、体を完全に横に向けて攻撃と防御を同時に行ったのだ!

 「あ、危なーーーい! でも、動きは見える!」
 「ガルル!(訳:ひやっとするぜ)」

 少し水入りとばかりに、両者がにらみ合った。カルボちゃんがテリトリーと定めた場所から大きく動かないからいいものの、このままでは埒が明かない。
 ここで夏樹が静かに手をかざすと、どこからか炎が巻き起こって鞭を作り出した。その姿はまるでサーカスの猛獣使いのようである。レオンが一瞬だけきょとんとした表情を見せたが、すぐに元の凛々しい表情へと戻した。その刹那、笑みがこぼれたようにも見える。

 「もー、これ以上はダメなんだから! めっ!」

 夏樹が器用に鞭を操るが、相手は目立った反応を見せない。この時、冥月はある変化を読み取っていた。そして小さな声で「そういうことか」と納得する。すでに勝利を確信したのだろうか。
 炎という武器を持って、再びカルボちゃんに挑む。まともに当たれば火傷も免れない。さすがに相手も避けに専念したが、これがまずかった。今までの攻撃は余裕で受け流していた感があったが、この攻撃だけは不得手としか思えないようなせっかちな避け方。これをレオンが見逃すはずがない。彼は相手を炎の近くに行くよう仕向け、夏樹がそれに合わせた。

 「意外だったな……弱点は火か!」
 「人間が進化した理由に挙げられるもののひとつだな。動物には無縁なものだが、夏樹は人間。レオンも炎には慣れている。勝負あった。ま、もっと先に決まってたがな。」

 冥月がそう言い切るのには訳がある。実は夏樹とレオンはいつの頃からか、カルボちゃんのテリトリーよりも一回り小さい空間で戦うことを意識していた。そしてそれを実行することで、時間を味方につけたのだ。短い時間では気づかないが、長期戦になればいずれはその違和感に気づく。それは少なくとも大きな隙となり、もしかすると決定的な動揺を誘うかもしれない。これはまさに『見えない結界』というべきものであった。
 虎と獅子。どちらも狙った獲物は逃さない。この狩りは、どっちが狩る側かはすでに決まっていた。

 決着の時が訪れた。夏樹がフェイントでカルボちゃんの目の前で後方へとジャンプすると、そこにレオンが合流。文字通りの同時攻撃となる。しかも夏樹は身を屈め、どっちが先に来るのかわからないように工夫。敵は独楽を出そうと尻尾を操ろうとした瞬間、なんと目の前に炎の壁が噴き出す!

 「グオ、オオオオオーーーン!」
 「ガルル!(訳:行くぞ!)」

 レオンがその壁を突き抜けて、カルボちゃんにタックルを敢行。その瞬間、円形に炎が避けた……そう、夏樹は炎を自在に操れる。炎を鞭のように使っていたのは、あくまで見た目だけの話。本当は炎を鞭のように動かしていたのである。駄目押しは飛びかかったレオンが、カルボちゃんに向けて口の中から炎を見せたことだったが、このことを知っているのは相手だけである。この連携がきれいに決まり、無事にタロットカードを回収することができた。その瞬間、カルボちゃんはマルチーズへと戻る。
 さっきまで小さく見えたタロットカードをまざまざと見ながら、レオンは思わず自画自賛の唸りをあげる。ちなみに文字は読めなかったが、何やら動物が合体したかのような絵が描かれていた。

 「ガルル〜(訳:きれいに決まったぜ)」

 すると背後から身の毛もよだつ恐ろしい視線を感じた。ゆっくりと振り返ると、そこには怒りの炎に燃える夏樹の姿が。何かご不満な点があるらしい。

 「ったくもー、レオンくん。炎の中に飛び込んだら危ないでしょ! 草間さんや私が、飼い主さんに怒られるじゃない!」
 「ガルル……(訳:炎、大丈夫なんだけどなぁ……)」

 どんな動物にも分け隔てなくやさしく接するのが、焔虎の夏樹ちゃん。レオンは言い訳を口にしながらも、とりあえずは「すんませんでした」という態度を示すため、お座りをして片手を夏樹の膝にあてた。

 「おいおい、古いな。反省のポーズってか?」
 「お前もちょっとは反省したらどうなんだ? おっと、大事な小切手が……」

 驚く武彦の前でこれ見よがしに小切手を落とす冥月。拾わないとまた嫌味を言われると思い、武彦は痛い体を屈める。そのお値段、なんと1億円。

 「く……よく考えたらこいつがこんな不注意をするはずがなかった! 余計な親切しちまった!」
 「おっと、それは私のだ。ありがとう。これは個人で受けた仕事の報酬だ。ま、これでさらに貧乏さを自覚しろ。」

 さりげない嫌味をされた武彦は、絶対に飯田から金を取る決心をした。こっちは絶対安静の怪我まで負わされている。それに夏樹やレオンにも報酬を奮発してやらないといけない。あのタロットカードのようなものは気になるが、手元にあっても始末に困りそうなので、カルボちゃんと一緒にさっさと引き取ってもらうことに決めた。こうしてこの事件は、無事に解決した。


 一週間後。
 草間興信所を出た飯田は、せっかく武彦から引き取ったカルボちゃんをその辺に放す。やはり飼い犬ではなかったらしい。急いでその場を立ち去り、ビルの隙間へと吸い込まれるように逃げていった。そのタイミングでケータイが鳴る。彼は慌てた様子で電話に出た。

 「はい、飯田です。もちろんです、『黒い髪の魔女』。ヴィジョンタロットは回収しました。」
 『次の暗示は……どうなってますか?』

 安物のジャケットから取り出されたタロットカードは、いつの間にかカルボちゃんが持っていた頃の絵柄ではなくなっていた。街に潜む影たちが蠢く絵柄……いっそう不気味さが増すものへと変化している。

 「次は、『暗黒を統べる影』だそうです。」
 『そうですか。それは……あなたに与えられた力の形。私のために働きなさい。選ばれし者よ、闇に堕ちなさい……』

 魔女を名乗る女性の言葉を最後まで聞かず、飯田は姿を消した。文字通りの意味である。その場所から「きれいさっぱり消えた」のだ。
 武彦はとんでもないカードを引かされたことに、まだ気づいていない。いくら捨てても切れない赤い糸は、草間興信所に結ばれた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

8114/瀬名・夏樹   /女性/17歳/都内の高校に通う二年生
2778/黒・冥月    /女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
6940/百獣・レオン  /男性/ 8歳/猛獣使いのパートナー

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は意外にも動物がたくさん登場してます!(笑)
いちおう「オムニバス形式での続き物」ですので、最後にお話を広げてみました。
ちなみにヴィジョンタロットの暗示は『牙をも溶かす猛獣』でした。意味なし?

しかし今回のお三方は……相性バッチリでしたね。驚きました(笑)。
そして私の作品の中でも随一の戦闘範囲の狭さ。これもまた新鮮でした。
今後もこんな空間をお客様と一緒に作り出せたらなーと思っております!

それでは通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界でまたお会いしましょう!