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孤児院を探して
「どうしました。今にも泣きそうな顔をして……私と一緒に来ますか?」
そう言って伸ばされた手をとったのは、10年以上も前のこと。
思い返せば、何故こんな怪しい申し出について来たのかと疑問にさえ思う。
それでも後悔はしていない。
自らに居場所を与え、自らに生きる意味を与えてくれた人。その人のためなら何でもする覚悟がある。
血の滲む思いで戦う術を手にいれ、血眼になってたくさんの知識を吸収した。
その全てがSSのオーナー、月代佐久弥のためだ。
SSにはオーナーを含め、3人の従業員がいる。
その誰もが協調性が無く、各々が好き勝手に行動しているのが実情だ。
それは一重に、オーナーである佐久弥の放任主義が招いている結果なのかもしれない。
「佐久弥さ〜〜ん♪ お買い物に行きませんか〜?」
笑顔で佐久弥に抱きつくのは、SS自称従業員の星影・サリー・華子だ。
「申し訳ありませんが、今日は足が痛むのでお休みさせて下さい。難でしたら、幾生くんと一緒に行ってはどうですか?」
穏やかに微笑みながら促す提案に、華子は思い切り頬を膨らませた。
「パカとなんて絶対に嫌! 佐久弥さんとじゃなきゃヤ〜ダ〜〜!!!」
「コラコラ、そう聞き分けのないことを言うものではありませんよ」
優しく宥める声に、頬を膨らませたまま手を離す。
彼の体のことを考えればあまり無茶も言っていられない。
「仕方ないなあ。今回はお買い物無しにして、どこかに出かけてこようかな……」
「ああ、それなら華子さんに良いお仕事がありますよ」
佐久弥はそう言いながら1枚の写真を差し出してきた。
そこに写るのは古びた教会らしき建物だ。写真自体も古いので、実物の建物はもっと風化しているかもしれない。
「これって……」
「もうすぐ、そちらの神父様の誕生日なんです。お祝いの品を届けていただけませんか?」
普段の華子なら届け物くらい直ぐに引き受けるだろう。
だが、今回に限っては直ぐに頷こうとしない。それどころか表情が曇るばかりだ。
「華子さん。私のお願いを聞いてくれないんですか?」
「そ、それは」
写真を見つめていた瞳が佐久弥に向いた。
相変わらず微笑んだままの彼の表情から真意を伺うことはできない。
「……わかった。行ってくるわよ。でも、1人じゃ、その……」
「そうですね。誰かと一緒に行くと良いですよ。場所もそんなに覚えていないでしょうから」
にこりと笑った佐久弥に、華子は渋々頷いた。
その胸中に複雑な心境を抱えたまま……。
***
涼しさの中に太陽が降り注ぐ、心地の良い気候の中。
九郎こと神木・九郎は苦悩の想いでこの場を歩いていた。
ここは彼が住む場所から電車で2駅行った所。縁が無ければ来ることもなかっただろう場所へ無理矢理連れてこられたのは、ほんの一時間前のことだ。
そもそもの元凶は彼の前を行く、金髪碧眼の少女のせいなのだが、これまた頑固な娘らしく人の言うことをまるっきり聞かない。
「おい、馬鹿女。そっちじゃ逆方向だぞ」
珍しく出した親切な言葉さえ、振り向くともせずに完全に無視だ。そうして間違った道を進み無駄に時間を過ごす。
「あのなあ。好い加減にその手を離すか、事情を説明しろ」
この台詞も果たして何度目になることか。
九郎は重い息を吐くと、頭上に広がる空を見上げた。
――時は一時間と少し前に戻る。
普段は何かと忙しい九郎に、たまたま時間が出来たことが事の発端となる。
何となく外を歩いていた彼に突然の不幸が起きたのだ。
「ぬあああっ! ちょ、ちょっと、退きなさいぃぃっ!!!」
突如聞こえてきた声に目を上げれば、目の前の坂を物凄い勢いで下ってくる自転車が見える。必死にハンドルを握り締めている様子から、ブレーキでも壊れたのだろうか。
「チッ、仕方ねえな」
九郎はそう呟くと、坂の下に立って身構えた。
「ば、バカぁ! 退きなさいってばっ!!」
叫ぶ乗り主を無視して気を集中させる。そして迫る自転車を九郎の手が受け止めた。
「ッ……」
かなりなスピードを出していたのだろう。
前だけを押さえた反動で、後輪が浮くのが見える。
「あ……やべっ」
そう思った時には遅かった。
――キキキキキ……ガッシャン☆
引き攣った九郎の頭上を、自転車に乗っていた人物が飛んでゆく。その身体は宙で回転して未収拾のゴミの中に落ちて行った。
「……あー……ヘマした」
呟きながら自転車を元の形に戻して振り返る。
想像するにゴミの中に落ちた人物は、大小少なからず怪我をしているはずだ。
頭の後ろを掻きながら、ゴミの中でもがく人物に歩み寄ると、頭があるだろう場所のゴミを退けた。
「ぬあ〜……超サイアク」
赤く擦りむけた額を擦りながら呟く少女。
ゴミの破片を頭にかぶる、金髪碧眼の持ち主には覚えがある。
「お前は……あの時の馬鹿女」
第一声、謝罪をするはずが口を出たのはこんな言葉だった。
その声に少女の目が上がる。
そして彼女の目が九郎の姿を捉えるのと、吊り上がった瞳がニタリと笑みを模った。
「あらん♪ あの時の無鉄砲男じゃない♪」
猫なで声にも近い声に、九郎の足が下がる。
本能が危険を知らせている。
しかし逃げることは出来なかった。
歩き去ろうと踵を返した瞬間、みかんの皮が乗った腕が九郎の服を掴んだのだ。
「ま・さ・か、逃げないわよねぇ?」
目だけで振り返れば、額からツッと垂れる血が見えた。
***
不可抗力とは言え、女の子に怪我……しかも顔にさせたとあっては無下にも出来ない。
渋々という形で連行されたのだが、その間も服は掴んだまま。電車の中でもそこを出てからも、ずっと放される気配が無い。
とりあえず電車の中で目的地は聞いて地図も見たのだが、少女は頭を抱えたくなるほど方向音痴だった。
「おーい、馬鹿女。また逆だぞ」
若干呆れつつ声をかける。その声に、彼女の足がピタリと止まった。
クルリとその身を反転させて振り返る。その額には九郎が買って寄こした絆創膏が貼ってあるのだが、思いっきり不機嫌に顔が歪んでいる。
「星影・サリー・華子」
「あん?」
突然、何を言い出すのか。目を眇める九郎に、ずいっと緑色の瞳が覗きこんだ。
「あたしの名前よ。サリーか華子って呼びなさい。でないとアンタのこと、一生超爆裂無視男って呼ぶからね!」
眉間に突きつけられた指に、九郎の目が瞬かれる。
「んな阿呆な呼び方すんじゃねえ。大体なあ、目上の人間は敬えって教えられてねえのか」
「あはん? 誰が年上よ。アンタどう見ても年下じゃない!」
はんっと鼻で笑って胸を張る華子に、九郎の眉がピクリと揺れる。
「てめぇ、幾つだ」
「アンタこそ幾つよ!」
間近で睨みあいながら、顔は微妙に引き攣る2人。
何処をどう見ても犬猿の仲としか思えないのだが、それでも華子の手が放されないのが微妙に気になる。
「俺は17だ」
お前は? そう顎でしゃくって促す。が、九郎の年を聞いた途端、華子の顔が引き攣った。
その顔を見た九郎の中で「勝った」という思いが募る。
だが、次の言葉を聞いた時点で九郎の思いはすぐさま打ち砕かれた。
「……あたしも17よ」
しーん、と静まり返る。
なんとも言いようのない空気が流れる中、それを断ち切ったのは2人以外の人物だった。
「おや、そこにいるのはハナちゃんかな?」
穏やかで優しそうな声だが、その声を耳にした途端、華子の肩が大きく揺れた。
そして、ギギギッと不自然な感じに彼女の首が動く。
「何だ、知り合いか?」
九郎が目にしたのは、白髪に白髭を蓄えた優しそうな老人だ。どう見ても害はなさそうなのだが、明らかに華子の様子がおかしい。
引き攣った笑いを浮かべて、じりじりと九郎の後ろに隠れようとしている。
「あ、あたしが育った孤児院の園長先生よ。っていうか、何でここにいるわけ!?」
叫ぶ華子に園長らしい老人は、ニコニコ笑いながら距離を縮めてくる。
一方の華子は、逃げ腰でジリジリと後退するばかりだ。
そこまで目にして何となく状況が呑み込めてきた。
「お前、もしかして孤児院を探してたのか? いや、あの感じだとわざとか?」
「な、何がよ」
眉を不思議な形に寄せて見上げてくる華子に確信を得る。
「わざと道を間違えて着かないようにしてただろ。近所まで足を運んで何してんだか。阿保だな」
「ぬあっ!? あ、ああああ阿保ですって!? 馬鹿だけじゃなくて、あたしのこと阿保って言った!?」
わなわなと震えながら、それでもやはり服を掴んだ手は離さない。それどころか、服を掴む手にはいっそう力が籠ってる。
「逃げんのか?」
相手が逃げないように服を掴む腕を掴んで問いかける。その声に華子の眉が上がった。
九郎の詠みでは、ここで反発が来るはずなのだが……。
「逃げるに決まってんでしょ!」
「はあ? って、おい、俺を巻き込むな!」
九郎の服を掴んでいた華子が、物凄い勢いで走りだした。
何が何だか分からない九郎は狼狽しきった状態で、後ろを振り返る。そこで目にしたのは、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべながら追いかけてくる園長の姿だった。
「げっ……何だ、あの爺さん」
見た目は歩いているのと変わらないのに、スピードは華子たちと同じ、いや、それ以上だ。
「だから嫌だったのよぉ!! あ〜ん、怖い〜〜っ!!!」
叫びながら必死に走る華子は本気で泣きそうだ。
「な、なあ。あの爺さんいったい……」
走りながらチラリと後ろを振り返る。が、その目が真横で止まった。
「ッ!?」
「ハナちゃん、何で逃げるのかな?」
サカサカと同じ速度で走る園長に、九郎は声を失って引いている。それでも走るのを止めないのは、華子に引っ張られているからだ。
「ひぃぃぃぃ、ご、ごめんなさ――」
走りながら顔を覗きこむ園長に華子が謝罪しようとした時だ。
園長の手が華子に触れるのとほぼ同時に、彼女の身体が宙に舞い上がった。しかも九郎もその動きに巻き添えをくって、宙を飛んでいる。
そして――。
ドサッ☆
地面に落下した九郎。目の前には園長が立っている。
「あ、あんた、いったい」
「そこにいては危ないですぞ」
「え? ――……ぐえっ」
園長の忠告もむなしく、九郎の上に華子が落ちてきた。
こうして2人は衝撃に意識を失い、次に目を覚ました時には古々しい教会の中にいた。
「どういうことか説明してもらおうか」
ムスッとした表情で腕を組み、目の前の床で正座している華子に問いかけるのは九郎だ。
体のあちこちが微妙に痛むのは、明らかに華子が落ちたせい。そもそも華子に連れて来られなければ、こんなことにはならなかったのだ。
「だから言ってるじゃない。ちょ〜っと怖い園長先生で、ちょ〜っと嫌だったから、道連れ――じゃない、その〜……お供が欲しかった?」
えへっと笑う華子に、九郎の口端がヒクッと上がる。それでも必死に怒りを堪えて、相手の顔を見据えた。
「道連れ、か。お前、最低だな」
「違うわよ。あたしは正しいことをしただけよ!」
「何処がだよ!」
やっぱり耐えきれなかった。
思わず怒声で突っ込んで、荒んだ息を整える。そうして頭を抱えていると、目の前に温かな湯気が上る紅茶を差し出された。
「ハナちゃんは相変わらずのようじゃな。孤児院にいる頃も、そりゃあ、やんちゃな娘で、悪さをしては私に追いかけられておりましたよ」
ニコニコと、追いかけて来た時と変わらない笑顔で話しかける園長に、九郎は頭を下げながら紅茶のカップを受け取った。
よくよく考えれば、幼いころからあの状態で追いかけられれば怖くてトラウマにもなるだろう。
「怒られた後などは、1人でぶつぶつ言いながら泣いてましたな。そこにこの子を引き取りたいと申し出があって……良い方に貰われたものです」
しみじみと呟く園長の言葉に、華子は複雑そうに眉を寄せている。
今の話を要約するなら、園長が怖くて泣いていたところに助け船が来たということだろうか。
「……怖いまんま、引き取られたのか。逃げる要素満載だな」
ぼそっと呟いてカップを口に運ぶ。
何となく状況は理解したが、それでも許せない事項のほうが多い。
これ以上巻き込まれないようにと、苦労は口を噤むことにした。
「それで、ハナちゃんは何をしにここらへ来たのかな?」
園長はよいしょっと、華子の前に膝を折ると、そっと顔を覗きこんだ。その仕草に身を竦ませたものの、華子はもう逃げる様子はない。
「んじゃあ、俺は外で――」
「待ったぁっ!」
積る話もあるだろうから席を外そうとした九郎にストップがかかった。
目を向ければ、必死に「行くな!」と訴える華子がいる。
「そこまでして怖いのか」
若干呆れつつも、仕方なく少し席を離して腰を据えた。
それでも声は聞こえてきてしまう。
「佐久弥さんから、誕生日プレゼントを預かってきました」
そう言って差し出したのは一枚の手紙だ。
園長はそれを受け取ると、中身を読んで目元を綻ばせた。
「あの方は素晴らしい贈り物をしてくださった。感謝の言葉を伝えておいてください」
園長は華子の頭を撫でると、穏やかで優しい笑顔を彼女に向けた。
その笑顔にようやく華子の緊張も解けたのか、少しだけ嬉しそうな笑みがのぞく。園長もそんな華子の表情を見て、ホッと肩の荷を下したようだった。
そして思う言葉を口にする。
「良いお父様に巡り合えましたね。これは神に感謝を――」
「あはん? 園長先生、今のは聞き捨ておけないわ! だ〜れが、お父様よっ!」
教会内に響いた叫び声に、九郎の目が瞬かれる。
今の話の流れでは、明らかに華子を引き取った相手は、現在の父親と言うことになるだろう。
だがそれを否定するとはどういうことか。九郎の目がためらいがちに、華子たちを見た。
そこに映ったのは、立ち上がって大きく胸を張る華子の姿だ。
「佐久弥さんはあたしの恋人になる人なの! っていうか、もう恋人ど・う・ぜ・んっなのよ!」
言い切った園長が困惑げに九郎を見る。その視線を受けて九郎の眉が上がった。
「佐久弥様が恋人……あの方ではなく?」
「はあ? あれの何処が恋人に見えるのよ! あんなオコチャマ、アウトオブ眼中よ!」
九郎に指を突きつけて言い放った華子に、九郎の米神がヒクリと動く。
「……俺もお前だけは勘弁だ」
拳を握り締めて口中で呟く。
そうしている間にも、華子の熱弁は続く。
「年の差なんて関係ないわ! 佐久弥さんはあたしのものなんだからっ!!!」
大きく振りかざした拳。それを見ながら、園長は少し呆れたように微笑んでいた。
***
駅に辿り着いた九郎と華子は、彼女のゴミで汚れた自転車を回収して道を歩いていた。
電車に乗る間も、道を歩く際も、ずっと口を効いていない。
そんな中、華子の足が止まった。
「あたし、こっちだから」
そう言って示したのは、九郎が行こうとする方向等は逆方向だ。
それに視線を向けて九郎は視線を自らが進む方角に向けた。
「俺はこっちだ」
「じゃあ、ここまでね」
そう言って華子の視線が落ちる。
何やら口中でぶつぶつと呟く姿は異様だが、これで縁が切れるかと思うと九郎的にはホッと一安心だ。
「じゃあな、もう会うこともないだろ」
そう言って歩き出そうとした彼の服を、華子の手が掴んだ。
「あん?」
振り返れば戸惑う視線が目に入る。
「何だよ。まだ何かあるのか」
これ以上の厄介事は勘弁して欲しい。そんな思いで口を吐いた言葉に、華子の眉間にしわが刻まれた。
「……と」
「あ? 聞こえねえよ」
ぼそっと紡ぎだされた声に、苛立ちが募る。それが声にも出ていたのが拙かった。
今まで戸惑っていた彼女の瞳が一気に活性化したのだ。しかも吊り上がっていた目が更に吊り上がり、口端は思いっきり下がってる。
「ありがとって言ったのよ。ちゃんと聞きなさいよね、こんの、無神経男!」
そう言って服を掴んでいた手が放された。
「無神経男……俺の名前は神木九郎だ。そんなクソみてえな名前じゃねえ」
やれやれと肩を竦めて歩きだす。
その背に半ば投げやりな声が聞こえてきた。
「万が一、次会うことがあったらコーヒーくらいは奢ってあげるわ! じゃあね、無神経男!」
「結局、無神経男かよ。ったく、あれは完全に馬鹿女だな」
九郎は後ろに控えているであろう華子に手を軽く上げて見せると、少しだけ足早に家路に着いたのだった。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】
登場NPC
【 星影・サリー・華子 / 女 / 17歳 / 女子高生・SSメンバー 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
この度は発注ありがとうございました!
SSの暴走娘、華子とのお話はいかがでしたでしょうか?
華子のせいで九郎PCが若干壊れ気味に描かれていますが、楽しんで頂けたなら嬉しい限りですv
はたしてコーヒーの約束が果たされる日は来るのか……互いの性格を考えると、自分から果たすことはなさそうなので疑問ではあります(笑)
ではまた機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせていただければと思います。
ご参加、ありがとうございましたv
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