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<東京怪談・PCゲームノベル>


【SS】愛されるために・九郎編

 ネットカフェの一番奥の部屋。
 仕事をする上でも、寛ぐにしてもそれなりに過ごせるこの場所へ、神木・九郎が来たのは数分ほど前のことだ。
 ここ最近世間を騒がせている行方不明事件。
 どうにも引っ掛かりを覚えた九郎は、誰に依頼された訳でもなく事件の調査を始めていた。
「どこも同じ記事ばっかだな」
 クリックしたネットニュース。関連記事を眺めても目新しい記事など何もない。何処も新聞やテレビと同じ情報しか扱っていない。
「やっぱ足で探すべきか……ん?」
 早々に諦めて画面を閉じようした九郎の目の前で、画面が突然切り替わった。
 真っ黒な画面に赤く大きく書かれたタイトル――東京怪談。それを目にした九郎の腰が再び椅子に据えられた。
「何だこれ」
 眉間に若干の皺を寄せながらも、マウスに手が伸びる。そしてタイトル画面をクリックした瞬間、彼の表情が険しくなった。
 画面いっぱいに映し出された、薄暗い部屋の中に置かれた巨大な水槽の映像。その中で何かが蠢いている。
「……魚――いや、違うな」
 探るように眇めた目が、何かを捉えた。
 それは水槽の下に敷き詰められたナニ≠ゥ。身を乗り出して確認した彼の目が見開かれてゆく。
「――人間?」
 折り重なるように存在する人の姿。顔も胴もあるが、腕と足が存在しないその姿に息を呑む。
 目は情報を理解しているのだが、頭が情報を整理しきれずに混乱してゆく。そんな中で画面が突然切り替わった。
 そこに映るのは何処かの地図だ。
 彼は少し迷った末にその画面をプリントアウトして地図の場所へと向かった。

   ***

 九郎はプリントアウトした地図を元に、この場所を訪れていた。
 立ち込めるカビの匂いに混じり、鉄の錆びたような匂いがしてくる。見上げれば蜘蛛の巣の張った天井が見え、照明器具のどれもが壊れて使い物にならなくなっている。
「バケモンの良い住処じゃねえか」
 苦笑いの元に呟く。
 誰も寄せ付けないビルは、人目を忍ぶにはもってこいだ。ここで何をしようがきっと人目に触れることはないだろう。
 九郎は手にした紙をポケットに突っ込むと、階段を昇り始めた。
 上に登るにつれて濃くなる鉄の匂い。それが血の匂いだと分かるのにそう時間はかからなかった。
「濃い匂いがしやがる。やっぱり、いるんだな」
 脳裏をよぎる異様な映像。薄暗い部屋の中に存在する巨大な水槽。その中を漂う異形の存在が彼の脳裏から離れない。
 やがて、彼の足はビルのワンフロアで止まった。階段を上っている時に感じた気温の低さ。それが一段と強まったのはこの階だ。
「ここか……」
 九郎の足は部屋の奥へとたどり着く直前で止まった。
 目の前で扉が閉まるのが見える。
「……誰かいるのか?」
 まあ居てもおかしくないだろう。
 その代り、そこにいるのが味方とは限らない。あの怪しげな生き物がいる場所であれば、敵となる者がいても何ら違和感はないのだ。
 九郎は閉まった扉の前で右手を握り締めると、扉に手をかけた。
 ゆっくりと開く扉の向こうに広がるのは、正に異空間だ。
 巨大な水槽とそこで蠢く生き物。足元に転がる無数の屍も現実感を奪い去ってゆく。鼻を抑えたい衝動に駆られながら中に足を踏み入れると、とある声が聞こえてきた。
「もしかして、お兄さんもネットを見てきた口?」
 この場にそぐわない明るい声が聞こえてきた。
 その声に九郎の口端に苦いものが浮かぶ。
「この声は、慎か」
 もう何度危険な場所で出くわしただろう。小柄で人懐っこい表情を浮かべる少年、月代・慎の姿を見止めてそちらに歩み寄る。その隣には、以前一度だけ一緒に闘ったことがある、刀を持つ青年、葛城・深墨が立っていた。
「皆、魂が抜かれてる。じゃあ、やっぱり――」
「あの変態野郎のせいか」
 慎の言葉を拾って、声をかけた。
 薄々感じていたが、やはりあの男が今回の件にも関わっているのだろう。
 九郎は驚いたように顔を向ける2人に対して軽く手を上げて見せると、遺体の合間を縫って2人に近付いた。
「よお、慎。また会ったな」
「そんな気はしてたから、大丈夫」
 互いに苦笑を向けて挨拶をする。それから深墨に視線を向けた。
「深墨さん、だっけ? 悪縁ってやつか?」
「どう考えても良縁じゃないだろうな」
 肩を竦めて苦笑いを零す。
「目的は一緒なんだから協力はしないとね。とりあえず、あの化け物をどうにかしちゃおう」
 慎の声に視線が水槽に向かった。
 中では状況を把握できていないのか、優雅に泳ぐモノ≠ェいる。
「俺は水槽の中から引っ張り出すのが良いと思うが、あんたらはどうだ?」
「ん〜……水槽の中の水ごと凍らせちゃった方が楽じゃない?」
 九郎の言葉に慎が首を傾げる。2人の言葉を聞きながら、深墨の目が水槽の影を捉えた。
「じゃあ、俺はあの人間ぽい奴の相手ってことで」
 言うが早いか、深墨が前に出た。
 水槽の影から姿を見せたのは土気色の肌をした人間だ。眼球全体が白く濁り、黒目がどこかもわからない生き物は、すでに人間と言う存在ではなくなっている。
「ゾンビに近い――いいや、屍だな」
 深墨は黒絵に視線を寄こすと、それを手にしたまま術を組んだ。
「少しだけ俺と遊んでもらおうか」
 そう口にした瞬間、彼の前にもう一人の深墨が浮かび上がった。そして本来の彼の姿が消える。
 これは彼が扱うことのできる魔術、シャドーウォーカーだ。自分の幻影を作りだし、自身の存在を隠し相手を翻弄する術。
 攻撃は出来ないが、その代わりに攻撃を受けることもない。
「あの男の人……」
 慎の声に、九郎は視線を深墨が対峙する屍から水槽に戻した。
「俺らの相手はあの化け物だ」
 水槽の中で優雅に泳ぐ化け物は依然、態度を変えずにそこにいる。自分を処分しに来た者がわからないのか、それとも見えないだけか。
「さっきの退治方法だけど、間を取って水槽から引っ張り出した化け物を、俺が凍らせちゃうってのでどう?」
「……中間か?」
 九郎の突っ込みに慎は自前の糸を取り出しながら呟く。
「どっちかが折れないとダメでしょ。それに九郎さんが引っ張り出してくれるんだったら、その間にいろいろと準備できるし、一石二鳥だよ」
 にっこり笑った慎に九郎は苦笑する。
 常々思っていたが、甘え上手というか、強かと言うか、意外と進行上手な少年である。
 だが彼が言う言葉の他に協力する術はなさそうだ。
「了解、お前の策に乗るぜ」
 九郎はそう言うと水槽に駆け寄った。
 濁った水の中で泳いでいたモノ≠ェ、九郎の存在に気付いて近付いてくる。そして水槽の向こうから顔を覗かせてニヤリと笑う。
「薄気味わりぃ面してんな……何がしたくてそんなん成り下がった」
 呟きながら水槽の端を手で打った。
 振動を水中に浸透させ、水槽全体にダメージを与える。そうすることで外に出た方が良いと思わせるのが狙いだ。
 案の定、中の化け物が驚いたように蠢いている。そこにもう一撃加えようとして反撃が来た。
「おっと!」
 水中から水槽へ体当たりをして来たのだ。
 慌てて飛び退くが、上がった飛沫に若干服を濡らす。しかしその程度で怯むことはなかった。
 再び水槽に近付き、そこに振動を送ろうとする。そこに邪魔が入った。
「残念でした。そのお人形ちゃんは喋れないんだな♪」
 目を向ければ水槽の縁に立つ緑銀髪の男――不知火の姿がある。
「やっぱりテメェか!」
 叫ぶ九郎に不知火は口角を上げると赤い目をゆったりと細めた。
「このお人形ちゃんは、俺様の大ファンなんだよ。俺様の事が好きで好きで堪らない。だ・か・ら、俺様のために働いててくれたってわけ♪」
 わかった? そんな風に首を傾げられて、九郎の奥歯がギリッと鳴る。しかし不知火はそんなことお構いなしに言葉を続けた。
「ああ、ちなみに、その男は俺様じゃなくて、このお人形ちゃんの大ファンな。男にモテテも嬉しくないしぃ♪」
 ゲラゲラ笑って鎌を召喚した不知火の目から笑みが消える。
「さあ、麗しの姫君。俺様の邪魔をする奴らを、召しあがれ♪」
 水槽に突き刺さった刃から、一気に水が溢れだす。その瞬間、慎の張っていた罠が発動した。
「へえ、やるじゃん」
 片目を眇めた不知火の口から口笛が漏れる。
 目の前で溢れだした水を、慎は糸を通じて凍らせたのだ。
 残らず凍る水の合間では例のモノ≠燗ろうとしている。流石にそれは阻止しようと言うのか、不知火の鎌が糸を断ち切った。
「悪いんだけど、今回はちょ〜っと本気なんだよねぇ。どうしても誘き出したいのがいてさ」
 そう言って再び鎌を振り上げて、中のモノ≠けし掛ける。
「さあ、行け!」
 鎌の光に魅了されたのか、襲いかかってくる人形に皆が構える。そこに無数の鱗が飛んできた。
 それを慎の糸が喰い止める。
「っ、ちょっと数が多いよ」
 焦ったような声に、九郎の目が化け物に向かった。
「核を探して打ち砕くしかねえ」
 呟いて気を探る。そこに声が聞こえてきた。
『核は、屍に、アル』
「!」
 振り返ってみるが何処にも人の姿はない。
 他の2人も同じように声が聞こえていたようだ。だが聞こえたものが同じなら、策はある。
 互いに目で合図をしてそれぞれの役割を瞬時に理解した。
 九郎は拳を握り締めると、気を集中させて突っ込んだ。
 その動きに合わせて全員が成すべき事の為に動く。
 九郎が目指すのは屍の元。化け物は慎が抑え込み相手をしている。視界には屍と対峙していた深墨が、術を解いて刀に手を掛けているのが見えた。
「愛情と食欲の区別もつかねえ化け物がっ!」
 深墨が刃で屍を切り裂くのと同時に、九郎の拳が化け物の身体に突き刺さる。
――ギャアアアアアアッ!
 強烈な叫び声が響き、その直後に屍の身体が光に包まれ粉砕する。それと同時に慎が対峙していた人形も粉砕された。
「……ッ、いや、そんな風に作られちまっただけか」
 九郎はそう呟くと、屍を砕いた手を見詰めた。
 後に残ったのは死臭の充満した部屋と、そこに転がる無数の屍だけだ。不知火の姿は、いつものように何処かへと消え去っていた。

   ***

 廃ビルの屋上に、不知火の姿はあった。
 彼の視線はビルの外ではなく、ビルの入り口に向かっている。
 不機嫌そうに寄せられた眉と、警戒を含むように構えられた鎌が彼の異変を感じさせる。
「……幾生ちゃん、何でココにいるのかな?」
 若干口元を引き攣らせながら、それでも辛うじて笑みを作り出す。そんな彼を見るでもなく、ノートパソコンを開いて捜査するのは幾生だ。
「依頼解決者ノ補助、アーンド、戻って来たコトの確認?」
 抑揚なく片言に紡がれる言葉に、不知火の顔が引き攣る。
「だ〜れかさんのせいで、暫く戻って来れなかったけどな。こうして無事に戻って来たぜぇ。おかげで暴れ放題だ」
 ニヤリと笑うが、やはり表情はすぐれない。しかし幾生的には不知火の様子などどうでも良いのだろう。一度、何か別のことに首を傾げてから、不知火に視線を向けた。
 普段はパーカーの下に隠れて臨めない、濁った瞳が向かう。それを目にした瞬間、不知火が息を呑んだ。
「幾生ちゃん……なにかな? おじさん、忙しいんだよねぇ」
 明らかに幾生に苦手意識を持っているらしい不知火をじっと見ると、彼はふいっと視線を逸らして背を向けた。
「眠いカラ、帰ル。オーナーから伝言、『好い加減にしなさい』ダッテ」
 そう言ってスタスタと歩き去る姿を見て、はあっと息を吐く。その上で不知火は鎌を肩に担いだ。
「相変わらず掴めねえ……つーか、これでも自分は出てこないってか。あの野郎、ふざけやがって」
 不知火は大仰に舌打ちを零すと、闇の中にその身を溶け込ませた。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】
【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】
【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】

登場NPC
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】
【 空田・幾生 / 男 / 19歳 / SS社員 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、九郎PCの台詞には毎回ドキッとさせられております、朝臣あむです。
今回はサポート役に回りながら戦う九郎PCのお姿をお届けします。
少しでも楽しんで頂けたなら本当にうれしい限りです!
また機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせてください。
ご参加、ありがとうございました。