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<東京怪談・PCゲームノベル>


〔琥珀ノ天遣〕 vol.5



 11月。冬を知らせる木枯らしはとうに吹き、秋用の衣服から冬用の厚手のものへとチェンジさせた。
 薄手だった長袖カーディガンはピーコートやダッフルコートに。ジーンズにロングブーツ姿は去年も見かけたファッションだ。
(今年はワンピースにレギンスも多いわねぇ)
 そんなことを大学構内で思う明姫リサだった。自分はお気に入りとはいえ、胸元を強調させてしまうバイクスーツだ。
 構内や、ここ東京の一部では……つまり、裏側の奇妙な世界を知る者からすれば変ではないのだろうが……。
 どうやっても多数決で一般人の多さには勝てない。
 きゃっきゃっとはしゃぐ声をあげて目の前を通り過ぎる同い年くらいの娘は、リサに見向きもしなかった。
 ……それが「当たり前」になっていて、もう珍しくもないからだろう。
 自分に似合う格好をするのが一番いいのはわかっているし、このバイクスーツ姿の自分は好き。だけど。
(……おしゃれしたくない女なんて、いないもの)
 興味がない者はいるかもしれない。でも「自分なんて」と謙遜しているタイプだっている。自分は……どっちかといえば後者だ。
 胸の大きさが邪魔で、着ることのできる衣服が制限される。開き直っても、やっぱり悩みは悩みのままだ。

 講義は朝の最初の時間だけで今日は終わりだ。なので、アンティークショップ・レンに寄ることにした。

 やはりいい結果は得られそうにない予感はした。
 機嫌よく出迎えてくれた店主に、リサはまず「星」について説明した。
 空にある惑星のことではない、ということ。きらきらしている、とか、ほわほわしている、という抽象的なことも一応説明してみた。
 店主は困っていたようだが、そんなことはしょうがない。リサだって困っているのだ。
 結局、成果らしいものは得られずに二人で悩んだ挙句……いわくのある隕石の欠片を出されそうになったので、慌てて店を出てバイクに乗る。
(星かぁ。むずかしいわね)
 ヘルメットを装着しつつ、リサは改めてそう思う。
 ミクの説明も悪いが、普通には手に入れられないものなのはわかる。
 それに怪しげな人格「サマー」という者までミクと一緒に星を探しているようだし。
(サマー、ね)
 夏。でも今は冬。
 なぞなぞが大好きそうなサマーに色々と質問をされた。なぜなぜ、と。
 口が達者なぶん、ミクとは違う意味で手強い。
「はぁ……」
 思わず溜息をついてしまうが、途中で投げ出すわけにはいかない。ミクのためにも。
 そういえばいつの間にかこんなにミクを気にしている。
 バイクを発進させ、リサは積もる悩みに頭が少し痛みを感じたように思ったのだった。




 バイクの走行中、事故に遭遇した。どうやら、軽自動車が人にケガを負わせたようだ。
 遠目に見たところ、どんっという音がしてまだそれほど経っていない。リサはすぐさま周囲に目配せし、事故現場へ行けそうな道を探した。

 想像通りだった。バイクを停めて、動転している運転手に素早く声をかける。
 軽自動車は見事に柱にぶつかっていたが、運転手にケガはないようだ。
「救急車に電話、と、それから警察ね」
 こういう時のために、上級救命の講習を受けておいたのが役立つはず。
 リサはバイクのリアボックスにあるミニ救急箱を取り出し、中に入っていたペットボトルを取り出す。ペットボトルの中は水だ。
 水が入っていたことに内心安堵しつつ、すぐさまリサは行動に移る。
 倒れている人は血を流しており、それがじわじわと地面に広がっていた。
「すみません、聞こえますか」
 普通の声量で声をかけてみるが、反応なし。
「聞こえますか! 大丈夫ですか!」
 大きな声に切り替えるが、それでも反応はない。完全に意識はないようだ。
 肩だけを揺さぶる。頭をぶつけている可能性があるので、それほど揺らせない。
 脈拍を確認する。ある、よかった。生きている。
 出血のほうも確認だ。額を切ったようで、そこから流れている。他の箇所もみてみるが、専門医にこのあたりは任せるしかないだろう。
 と、やっとそこで気づいた。
 こちらを遠巻きに見守っている群衆の中に、見知った顔の人物が立っているではないか!
(あれは……)
 着ているのは簡素なパーカーとジーンズで、その人物はパーカーのポケットに両手を突っ込んで冷たく事故現場を見つめている。
 あの細身と、若干の背の違い……。
(今は『サマー』なのかしら?)
 それにしては、観察するでもなく、ただ「見ているだけ」の様子にしか見えないのだが……。
(なんでここに……いや、それよりも今は……)
 運転手が救急車を呼んだという声をリサにかけてきたので、思考が中断された。
 目の前の人命救助のほうが優先だ。

 ある程度落ち着いた頃、リサはハッとしてミクが立っていたところを見遣る。そこに彼女はもう居ない。
 気落ちし、ついでに肩までそれに倣ってしまった。
(ミクにも手伝ってもらえば良かったかしら)
 でも、それどころじゃなかった。
 AEDが必要なところまでいかなくて良かったと思う。救急車はすぐに来てくれたのだ。
 あとは警察の仕事で、自分は関係ない。
 通りかかっただけだと説明すれば、もうそれで解放された。 
「ミク……ううん、あれはサマー、よね」
 無邪気なミクならばもっと騒いでいたはずだ。……きっと。
(……騒いで……?)
 こんな大変な場面でも?
 そのことにゾッとしてしまう。
 無邪気で、無垢。それは時に恐ろしいことだと今さらながらに気づいた。
 悪人に騙されていないし、いつもどこかにいなくなってしまうから……なにげなく安全なのだと思っていたが、違うのかもしれない。
「ねえ、あのひとどうして倒れてるの? なんか出てるよ。赤いのがさー。ギャハハ」 
 などと……この現場で言ってしまう可能性にリサは青ざめたのだった。



 コンビニからの帰り道、暗闇から突然声をかけられた。
「リサ」
 思わずびくっと反応して、声のした方向を探す。
 暗い路地に、パーカーを着たミクが立っている。あの事故の時のままの服装だ。
 それもそうかもしれない。事故があったのは今日だ。
「ねえ、リサ」
 ぽつりと、ミクは……未来は囁く。その声はあまりにも小さくて、聞き取りづらい。
 周囲に誰もいないからこそできることだ。
 右手にビニールのコンビニ袋を提げたまま、リサはあまりの異様さに内心、呆けていた。
 あれはミクだ。サマーじゃない。だけど。だけど……。
(アレは……ナニ?)
 唐突にそう思ってしまった。
「今日、事故をみたよ」
 淡々と喋るミクは、そこから動かない。リサもなぜか、動けない。
「ひとが、倒れてたよ」
「……ええ」
「死んでた?」
「いいえ。助かったわ」
「そうなんだ」
 そこで会話が一度、途切れる。
 静かだ。
 静か過ぎる。
 ふいに、ミクが口を開いた。
「リサは、なにしてたの?」
「あの人を助けていたのよ」
「それ、どういう気持ち?」
 ぎょっとするような質問だった。
 人として、当たり前の行為なのに。
「どういうって……当然じゃないの。人として放っておけないことじゃないの」
「……義務感」
 ぽつり、とミクが呟く。
「なるほど。義務感か」
 うんうん、と彼女は頷くが、そこにいつもの元気はない。
「義務とかじゃないわよ。人命が関わってたら、誰だって……」
 勢いで言ってから、そこで言葉が止まった。
 ミクは、たぶん助けない。助けようとしないだろう。
 一ヶ月に一度しか会えないのに、彼女のことがこんなにわかってしまっているのが辛い。辛くなる。
「一生懸命なリサ、きらきらしてたよ」
「……そ、それはたぶん、汗だと思うけど」
 太陽光が反射して、という言い訳をしてみる。だって、なんだか怖い。
(こわい?)
 どうして?
 ただミクが大人しく、静かに会話しているだけだというのに?
「ねえ」
 一段と声が低くなる。サマー、か?
 目をみはるリサへと、だが彼女は近づいてこない。
「みつからないんだよ。どうしても」
「……星、ね?」
「うん。みつからないんだ。ひどいよね。ひどいよ。どうしてなんだろう。それってさ」
 それってさ。
「ボク、『わるいこ』だから?」
 先月なら、違うわとすぐに否定できた。
 でも今は。
「リサはきらきらしてたのに、ボクはきらきらできない。だって、倒れてただけじゃないか」
 ちがう。サマーじゃない。あれは、彼女は、ミクだ。
 闇の中から、静かに、冷たく見ている。
「ボクもできるよ。クルマにぶつかって倒れられる。だけど、それだけだもんね」
 それだけ?
「そんなことをしたら、大怪我するわよ!」
 思わず怒鳴るが、ミクは反応しない。
「そうしたら死んじゃうだけだ。終わるだけだよ」
「死なせないために私は……」
「星を見つけなきゃ、ボク、死んじゃうよ。だからべつにいいんだ」
 なんでもないことのように言うミク。
 あまりの事実に、いや、本当かどうかなんてわからないが、リサは絶句する。
 そんなリサに構わずにミクは続けた。
「星って、なんだろうね。なんとなく……わかるよ」
「え?」
「ボクにないものなんだろうなぁ……」
 羨ましそうに、囁く。その声がなんだかすごく寂しそうで、悲しそうで……。
「だからみつからない」
 ひどいよ、と彼女はもう一度呟く。
「ひどいよ!」
 大声で再度怒鳴り、彼女は喚いた。
「リサは知ってるんじゃないの! ボク、わかんないよ! もう全然わかんないよ!
 だって『わるいこ』のボクには、星が見つからない。
 星ってなに? きらきらしてるけど、リサのきらきらとは違うよ! でもボクには見つけられない。
 あのひとだって言ってたんだ!」
 激昂して、ミクは吐き捨てるように言いつつ、リサを睨んだ。そこには居ない、誰かに向かって。
「おまえには無理だ、って」
「ミク」
 きびすを返して走り出すミクを、リサは慌てて追った。
 けれどもやはり途中で見失ってしまう。
「ミク!」
 叫ぶけれど、それに応える声はない。周囲をどれだけ見回しても、いない。
「……ミク」
 闇の中からは、ミクの気配さえもしない。いつもの通りに――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【7847/明姫・リサ(あけひめ・りさ)/女/20/大学生・ソープ嬢】

NPC
【夏見・未来(なつみ・みらい)/両性/?/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、明姫様。ライターのともやいずみです。
 ミクにも徐々に変化が出てきています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。