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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【虚無の影】姉妹
●オープニング【0】
 草間零の様子がおかしい。
 そう草間武彦が皆にそれとなく伝えたのは、9月の中頃のことだったろうか。夏の疲れから回復した草間とは対照的に、零の様子が少し妙になっていったのである。具体的にどのように妙なのかというと――。
「……ぼんやりしてることが増えてきたんだよな」
 零が居ない時に、草間がぼそりと言ってきた。時折何やら思案しているような、そんな様子が見受けられるようになってきたらしいのだ。
「まあ遅れて夏の疲れが出てきたのかもしれないし……。悪いが、ちょっと気を付けてやっといてくれ」
 と、皆に頼む草間。なのでそれとなく零の様子を気にはしていたのだが、10月に入ってもなおそんな様子は続いていたのである。

 そして、10月ももうすぐ終わろうかという日のことである。
 街中で草間が零の姿を見付けた。その場所はケーキバイキングで多少知られた店の近くであった。
(出かけるとは聞いてたが……何してるんだ、ここで?)
 声をかけようかと思った草間だったが、零が誰かが来るのを待っている素振りを見せたので様子を窺っていると、やがて1人の少女が零の所へとやってきた。
 それは金髪の小柄な少女。だが草間には、その少女の姿に見覚えがあった。
「あれは……確かエヴァといったか……」
 強張る草間の表情。少女の名はエヴァ・ペルマネントという。そして、またの名を霊鬼兵・Ωとも――。
(どうしてここに? それも……零と一緒に)
 疑問はいっぱいだ。すぐにでも駆け付けて、話を聞くのがよいのかもしれないけれども……。
(俺が出てゆくと逃げられそうだしな)
 小さく溜息を吐き、草間は携帯電話を取り出した。とりあえず、1人では如何ともし難いので応援を呼ぶつもりのようである。
(まあ、あいつが居るってことは……)
 草間の脳裏にある懸念が浮かんだ。エヴァがここに居るということはすなわち、背後に居る虚無の境界の存在を警戒しなければならないということで――。

●助けを請う【1】
(零ちゃん……最近変だよね)
 外出していたソール・バレンタインが、ふとそんなことを思ったのは何がきっかけだったろう。つい先程すれ違った少女の後ろ姿が草間零に少し似ていたことから、考えがそこに至ったのかもしれない。
「草間さんが言ってたみたいに、やっぱり疲れてるのかな?」
 とつぶやくソール。草間興信所に赴いた時、端から見ていても零は細々とよく動いていた。疲れが出てこない方がおかしかったのかもしれないが……それにしては少し長引いているような気がしないでもない。
(……今度マッサージしてあげてもいいかな)
 そうソールが思った時である、携帯電話に着信が入ったのは。発信者は草間武彦、何ともタイミングのよいことだ。
「はい、もしもし草間さん?」
 そして草間と少しの間言葉を交わしていたソールは、首を傾げながら電話を切ったのである。
「虚無の境界のエヴァが居る……?」
 草間はそんなことを言っていたが、あいにくソールは虚無の境界もエヴァのこともよく知らなかった。草間による簡単な説明と、声に若干の緊張もあったことから、何やら危険な相手らしいということは伝わってきたのだが。
 で、そのエヴァという娘が零と一緒に居るから、都合がつくなら来てほしいというのが、今の草間からの電話内容であった。
「……心配だなあ……」
 ソールの口から自然とつぶやきが出てしまう。足を止め、しばし手の中の携帯電話を見つめていたが、そのうちに指が動き始めた。どこかへ電話をかけるつもりらしい。
 2回ほどのコールの後、相手が電話に出た。聞こえてきたのは女性の声である。
「もしもし」
「もしもし、ブリジット姉さん?」
「ああ、ソール。どうしたのかしら、急に電話をかけてきて」
 女性――ソールの姉であるブリジット・バレンタインがそう聞き返してくると、ソールはほぼ前置きなしに先程草間からかかってきた電話の内容を伝えた。
「そういうことだから、もしかすると荒事になっ……」
「……虚無の境界……」
 ソールの言葉に、ブリジットのつぶやきが重なった。
「え、知っているの?」
「……ううん、何でもないわ。ともかく、事情は分かったから私もそこへ行くわ。だからソール、あなたは帰りなさい」
「えっ? 心配だから僕も行……」
「帰りなさい」
 再度言い放つブリジット。先程よりも、少し語気強く。
「……わ、分かったよ。じゃあ、草間さんには連絡しておくから」
 そしてブリジットとの電話を切ったソールは、小さな溜息を吐いてから今度は草間に電話をかけるのであった。

●会う理由【2】
「あちらのお店ですか?」
「ああ。入ってもう30分近くなるか……」
 清楚ながらも艶やかさある秋物の和服に身を包んだ天薙撫子の問いかけに、頷き答える草間武彦。その表情は固い。
 と、そこへ黒髪で細身の青年が近付いてきた。
「辺りに妙な気配はない」
 2人に対しそう静かに告げる青年――夜神潤。そして改めてもう1度、潤は周囲を見回した。
「……今もだ」
 やはり妙な気配はない。となると、この場に居る虚無の境界の者はエヴァ・ペルマネント1人だけなのか。
「何か使命を受けてやってきたのか、それともエヴァ自身の意志なのか……」
「いや、もう1つある」
 思案する草間に対し、潤はもう1つの可能性を口にした。
「零本人の意志、だとしたら?」
「……どうして、だ?」
 草間が潤をじろりと睨んで聞き返した。それに答えたのは潤ではなく撫子の方であった。
「お二人が姉妹……だからでしょうか?」
 その撫子の言葉に潤は無言で頷き、草間がはっとした表情を見せた。作り出した者は異なるとはいえ、元となる技術は同じなのだ。姉妹という言葉に嘘偽りはない。
「少なくとも、会いたくなければ来ないことも出来たはずだ。けれども話を聞いていると、零はそれをしていない様子。……だったら考えられるのは2つ。来なければならないよう仕向けられたのか、あるいは会いたいと思っていたのか」
 確かにそうだ。草間の話によれば零とエヴァは街中で今日偶然出会った訳ではない、明らかに合流をしているのだ。事前に何らかの接触がなければ、そんな真似は出来るはずもない。あとはその接触で、脅しがあったか否かということになってくる。
 その時、草間たち3人は背後に気配を感じ振り返った。そこに居たのは背の高い、超グラマラスな身体をスーツに包んだ銀髪美女である。
「ええと……草間さん?」
 手で草間を示し、その美女が話しかけてきた。
「ああ……草間は俺だが……」
 明らかに警戒している様子の草間。けれどもその警戒は杞憂であった。
「初めまして、いつも弟がお世話になってます」
「弟……? あ! もしかして、あいつの……」
「ええ。ソールは弟ですわ。姉の、ブリジットと申します」
 銀髪美女――ブリジット・バレンタインは皆にそう挨拶をして微笑みを浮かべた。
「あい……いや、ソールから電話で聞いています」
 警戒を解き、草間がブリジットに言った。草間はブリジットの弟であるソール・バレンタインにも連絡をしたのだが、そのソールが姉に相談してブリジットがやってきたという経緯である。
「これからどうされます、草間さん?」
 撫子が草間に尋ねた。気になることは色々とある。零とエヴァが果たしてどのような会話を交わしているかももちろんだが、エヴァの動きや目的、虚無の境界が何か動いているのかどうか……などなど。
「……どうしたもんかな」
 思案顔で答える草間。
「後から、理由を話して直接確認してはどうだろう?」
 潤がそんな草間に提案する。
「……入って30分経っているのに、店も平穏なもの。少なくとも、今すぐどうこうなるということもなさそうな……気はする」
 店の方を振り返り潤が言う。なるほど、一触即発という事態が起きつつあるのなら、他の客たちが店内に留まっているとも考えにくい。そういった様子がないのなら、今の所は普通に進んでいるのであろう、色々と。
「それに、完全にプライベートなことなら、本人たちに任せればいい。……姉妹のことなのだから」
 再び草間の方へ向き直り言う潤。草間は何も答えない。いや、答えられない。潤の言う通り『妹のエヴァ』とのプライベートなことであるのなら、踏み入ってはいけないのかもしれない。けれども、『虚無の境界のエヴァ』とであるのなら……そこは踏み入らなければならない。零の身が心配ゆえに。
「けれども、零がここの所ぼんやりしてるのも事実……」
 そこまで言い、潤はじっと草間を見た。
「……だからこそ、事情を聞いてもよいんじゃないか、ってことか……」
 ふう、と溜息混じりに言う草間。先程の潤の提案にも繋がってゆくことだ。
「では……お聞きしてみますか? お二人に」
 にっこり微笑み、撫子が他の3人に言った。
「……帰るようにって言われたけど……」
 その時、草間たち4人の姿を物陰からこっそり覗いていたソールは、小声でぼそりとつぶやいた。
(心配だから帰れないよね、零ちゃんのこと)
 そしてソールは物陰から出て、4人の所へと小走りで駆けていった――。

●接触【3】
 そこそこ混み合っている店内では、客たちが新たに追加されたケーキの大皿に群がっていたり、自分たちのテーブルにて楽しく喋りながらケーキを食べたりしていた。
 そんな中、テーブルで向かい合い無言のままケーキを食べ続けている2人の少女の姿があった。言うまでもなく、零とエヴァである。
 店に入る前からすると、そろそろ1時間にもなるだろうか。零もエヴァも、必要な言葉以外をまだ口にしていない。端から見れば喋る暇もなくケーキに夢中になっている2人に見えるかもしれないが、そんなことはない。互いに間合いを測っているような、緊張に満ちた小空間がそこには存在していた。
 と、そこに――。
「……あら。奇遇ですね?」
 2人に向け、声をかけてきた女性が居た。2人が振り向くと、そこにはケーキを皿に載せて立っている撫子の姿があった。
「な、撫子さん?」
「あっ……」
 一瞬驚きの表情を浮かべたエヴァは、同じく驚いている零をすぐさまじろっと睨み付けた。ふるふると頭を振る零。自分は何も言っていないという意志表明なのだろう。
「あら、覚えていてくださっていたのですね、エヴァ様」
 多少面識のあったエヴァに微笑みを向ける撫子。そしてゆっくりと店内を見回してから、こう言い放った。
「少々混雑しているようですし……せっかくですから、ご一緒しても構いませんか?」
「……好きにすればいいわ」
 ぷいと顔を背け、エヴァは撫子に言った。零はといえば、無言で頷いている。異論はないようなので、撫子は2人とテーブルを共にすることにした。
「えらく慣れたもんだな、おい」
 同じ頃、未だ店の外に居た草間はこの3人のやり取りを携帯電話越しに聞いて、撫子のスムーズさに少々呆れていた。実は撫子に携帯電話を繋いだまま手にしていた小物入れの巾着の中に入れてもらい、会話の様子を聞いていたのである。
「敵意はなさそうだよね。それに見た感じ、普通の可愛い女の子ぽいし……そんな危険そうには見えないよ?」
 撫子が店内に入る際、こっそりエヴァの姿を確認したソールが言った。
「……零よりも能力が強化されている、と言ったらどうだ?」
 そんなソールへ、草間がぼそりと言った。
「そうね。なかなか面白い娘だったわ……彼女」
 とつぶやいたのはブリジット。しかし、この言葉を聞いて草間が反応した。
「待て。知っているのか、エヴァを」
「……ちょっと縁があって、ね」
 草間の質問に、それだけ答えるブリジット。それを聞いて合点した様子を見せるのはソール。
(ああそうか……知ってたから来たんだ)
 そういえば何だか知っている素振りを見せていたなと、ブリジットに連絡した時のことを振り返りながらソールは思った。
「警戒されているな」
 潤が口を開いた。エヴァが撫子に気付いた様子から、撫子が言葉を発するまでの間に微妙に間があったことからそう思ったのだ。
「……ま、警戒はされて当然だろ。あまりにもタイミングがいいんだ。それよりも、もうしばらく周囲の警戒を頼む」
 潤たちにそう言って、草間はまた携帯電話から聞こえてくる会話に耳を傾けた。

●予告【4】
「……お元気でしたか?」
 席に着いた撫子は、エヴァにそう尋ねた。
「見れば分かるでしょ」
「ええ。ですが、やはり体調などはご本人の口からお聞きしないと……」
 素っ気なく答えるエヴァに対し、にこやかに言う撫子。その横顔に、零から心配そうな視線が注がれているのが伝わってくる。
「小さなケーキがお好きなのですか?」
 エヴァの手元の皿に目をやった撫子がさらに尋ねる。そこにあったのは、細かい細工の飾りがちょこんと乗った小さなケーキだった。
「……悪い?」
「いえ、全く」
「別にわざわざ小さいのを選んでる訳じゃないわ。この店で、私が気に入ったのがこれだっただけ」
 と言い、エヴァはケーキの欠片をフォークで口へと運ぶ。
「そうでしたか。でしたら……最近のエヴァ様は、このようにケーキを食べ歩いておられるのですか?」
 ケーキの話題を隠れ蓑に、エヴァの近況を聞き出そうと試みる撫子。エヴァはその真意に気付かなかったようで、自然と質問に答えていた。
「まさか。あちこち歩いてはいるけど……。そもそも、ここに入ることを決めたのは姉さんの方よ」
 エヴァが零の方を見ると、同じように撫子もそちらを向いた。
「そうなのですか、零様?」
 撫子が尋ねると零は無言でこくっと頷いた。
「……何を警戒してるんだか」
 零を見つめたまま、くすっと笑うエヴァ。その言葉で撫子はピンときた。
(もしや零様は、エヴァ様と戦闘沙汰になることを避けるためにここへ……?)
「大丈夫よ。今日はあくまで、会いに来ただけだから……姉さん」
 ぐい、と顔を突き出しエヴァは零に言い放った。そして、ちらと撫子を見てからこう言葉を続ける。
「何しろ私は、これからしばらく身を隠すつもりだから」
「えっ……?」
 零が驚きの表情をエヴァへ向けた。
「勘違いしないで。私は逃げるんじゃない、余計なことに巻き込まれたくないだけよ……姉さんを倒すまでは」
「……余計なこと?」
「ニーベル・スタンダルム。知ってるでしょう?」
 ふふっと笑みを浮かべるエヴァ。ニーベル・スタンダルム――それは虚無の境界の古参構成員の1人。零や草間たちにとっては、因縁深い相手である。
「あいつがそう遠くないうちに、何か事を起こすわ。そのための準備が、着々と進んでいて……」
「待ってください」
 エヴァが語っている所に撫子が口を挟んだ。
「エヴァ様は……何故それを零様に?」
「言ったでしょ、姉さんを倒すのは私だって。その前に倒されては困るのよ。それに……」
「それに?」
「……私は傀儡の女王にされたくはないから」
 エヴァがそう答えた時の横顔は、どこか寂しそうに撫子には見えた。

●因縁【5】
「あいつがまた何か企んでるのか……!!」
 同じ頃、店の外では草間がぎりっと奥歯を噛み締めていた。
「傀儡の女王とは……どういう意味だ?」
 ぼそっと潤がつぶやいた。聞こえてきた会話の流れから推測すれば、ニーベルとやらがエヴァに対し何やら行おうとしていたように思われるのだが……。
「……何かあったの? その、ニーベルって人と。草間さん?」
「ああ。俺が十手持って大立ち回りをしたんだ」
「とりあえず、戦ったってことだよね」
 十手うんぬんはよく分からないが、ソールは草間の言葉からそのように理解した。そのやり取りを、ブリジットは思案顔でただ聞いていた。
「ともかく……危険な相手なんだ」
 秋空を見上げ、草間が言った。そう、危険な相手なのである……ニーベルとは。

●姉として【6A】
「じゃあね、姉さん。また……会いましょう」
 店を出て、すぐにエヴァはそう言って零と撫子に背を向け歩き出そうとした。が、くるっと振り返ってこんなことを言ってきた。
「そうそう、1つ言い忘れてたわ。あいつ……変な奴を引っ張り込んだみたいだから、せいぜい気を付けることね。何をしている奴かは知らないけど」
 そして今度こそ歩き出すエヴァ。その後ろ姿を黙って見送る零と撫子。そちらが何もしなければこちらも何もしない――店を出る前にエヴァとそう約束をした以上、2人もそれには従わなければならなかったのだ。
 やがてエヴァが角を曲がって姿も見えなくなった時、零の名を草間が呼んだ。
「零!」
「あっ……」
 零が振り返ると、そこには草間や潤、それからソールが近付いてくるのが目に入った。
「……草間さん……」
「零、話がある」
 近付きながら草間がそう言うと、間髪入れず零が頭を下げた。
「ごめんなさい!」
 何か言いかけようとした草間の言葉が止まる。零はなおも謝った。
「ごめんなさい……! 勝手に……会いに来て……」
「……あ、いや。何も責めようっていうんじゃない。お前に、聞きたいことがあるだけだ」
 零の腕をつかみ、邪魔にならない所へと引っ張ってゆく草間。潤やソール、撫子たちも2人を囲むようにしてついてくる。
「零。いったいいつからエヴァと会ってたんだ?」
 小声で草間が零に尋ねた。
「……こうして約束して会うのは今日が初めてです」
「じゃあ、その約束をどうやってしたんだ?」
「手紙が……入ってたんです。8月の末頃に……」
 8月の末頃といえば、草間が夏バテをしていた時だろうか。
「その時はただ、近いうちに会いに来るとだけあって……。そして今月になって、また手紙が入っていたんです。都合のいい日時と場所を知らせるようにって。それで、指示された通りに知らせて……それが今日の、この場所です」
「……しかしまた、どうしてケーキバイキングの店を」
「普通に……普通に、話したかったんです。私と同じような時間を作って……あの娘と」
 零は草間の目をじっと見つめて答えた。
「なるほど、な。お前が『草間零』であるように……ということか」
 草間がそう言うと、零はこくんと頷いた。
「はい……『妹』ですから……」
 『妹』のことを心配するのは『姉』として当たり前。つまり……そういうことだ。
「そうだな……お前の『妹』だよな……」
 うつむいている零の頭に草間がそっと手を当て、ぽんぽんと軽く叩いた。
「……エヴァ……」
 零はぽつりと『妹』の名を呼んだ――。

●尾行【6B】
 角を曲がったエヴァは、その後も小刻みに道の角を曲がって歩き続けていた。まるで、自らを尾行する者を撒くかのごとく。
 やがて人気のない裏路地に入り込んだエヴァは、中程まで進んだ所で不意にその足を止めた。
 ややあって――エヴァがつぶやいた。
「出てきたら? ただ追いかけるのも……飽きるでしょう?」
 だがしかし、それに対して何ら反応は返ってこない。エヴァは再度つぶやいた。
「いくら追いかけても、誰とも接触しないわよ。だったら、直接私と話した方が面倒がなくていいでしょう?」
 数秒後、エヴァの居る裏路地に1人の日本人女性が姿を見せた。
「あなたのその言葉、嘘偽りはないみたいね」
 女性はそう言って、エヴァに不敵な笑みを向けた。
「……初めて見る顔ね」
 訝しげな視線を女性に向けるエヴァ。すると次の瞬間その女性の姿が変貌したかと思うと、ボンデージに超グラマラスな身体を包んだ女性が代わってそこに立っていたのである。
「この顔と姿なら、見覚えはあるでしょう?」
 ボンデージ姿の女性――ブリジットはエヴァに向かってそう言い放った。召喚し憑依させた魔神オセの力を用い、日本人女性へと変身していたのだ。
「……どうりで感じたことある視線だと思ったわ」
 くすっと笑みを浮かべるエヴァ。
「それで何、前回のリターンマッチでもするつもり?」
 実はエヴァとブリジットは、以前戦って引き分けたことがあったのである。もっとも互いに全力を出した訳ではないけれども。
「まさか。ただ……何をしに来たのかな、と思っただけよ」
「姉さんに会いに来ただけだわ、私は」
「……にしては、わざわざ虚無の境界の動きも伝えるのね」
「傀儡の女王にされたくないだけよ。あいつがやっているのはチェスじゃないんだから」
「チェス?」
「…………」
 ブリジットは聞き返したが、エヴァがそれに答えることはなかった。
「まあ、後は姉さん……そっちが片付けることだわ。それじゃ、いずれ……またね」
 と言い残し、エヴァはゆっくりと裏路地をまた歩き出した……。

【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
         / 女 / 18 / 大学生(巫女):天位覚醒者 】
【 7038 / 夜神・潤(やがみ・じゅん)
                / 男 / 青年? / 禁忌の存在 】
【 7833 / ソール・バレンタイン(そーる・ばれんたいん)
          / 男 / 24 / ニューハーフ/魔法少女? 】
【 8025 / ブリジット・バレンタイン(ぶりじっと・ばれんたいん)
    / 女 / 32 / 警備会社社長・バレンタイン家次期当主 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全7場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここにようやく『姉妹』が僅かに時間を共有している模様をお届けいたします。
・このお話は、来年に向けての高原のお話の流れの最初に位置するのではないかなと思います。2006年頃から徐々に仕込んできたお話が、来年は一気に流れてゆく……といいのですが。ともあれ春先くらいまでの高原のお話は、虚無の境界絡みなお話が増えることでしょう。
・ニーベル・スタンダルムについては、高原のNPCを確認していただければよいかと思います。本文でも触れていますが、色々な意味で危険な相手です。
・ブリジット・バレンタインさん、初めましてですね。尾行したことで、何気にもう少し情報を得られていたりします。さて、何で『チェス』なんて言ったんでしょうねえ……エヴァは?
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。