コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


超絶変形オトメゴコロ

 「……可愛くない」
 三島・玲奈は唇をひん曲げ、ぼやいた。視線の先に浮かぶのは、総重量十万トンの巨躯を誇る戦艦だった。人間界から隔絶された絶海の孤島の洞窟に身を隠している巨大すぎる物体は、ツバメを思わせる外見で、流線型のボディラインを持ち、女性的な柔らかな曲線を帯びている。金属ではなく、細胞を培養させて作り出された外装は鱗や鰭に覆われ、生き物らしさと機械らしさが微妙なバランスで混在し、ある意味では美しい。
 だが、その元である玲奈にとっては美しくもなんともない。髪を掻き上げると、エルフのように尖った耳からは細い触角が生えていた。その正体は、目の前の戦艦と玲奈の間隔を共有させるためのアンテナであり、実際、岸辺に立つ玲奈の全身には波が打ち寄せる触感と海水の冷たさが伝わっていた。きちんと服を着て陸に立っているのに海水浴気分を味わわされるというのは、凄まじい違和感がある。
「やってらんないわよ」
 自分自身である戦艦玲奈号。けれど、どうしてもそれを好きになれない。
「あたし、女の子でいたいのに」
 戦艦玲奈号は、同じ名を冠しているのにちっとも玲奈らしくない。
「あーあ、もうっ!」
 ふて腐れた玲奈がごろりと砂浜に寝転がると、戦艦玲奈号も同じ動作で横転し、洞窟の内側に高波が荒れ狂った。
「仕方ない奴め」
 砂浜に全く馴染まない黒いロングコートにサングラスを付けた屈強な男が、玲奈の傍に歩み寄ってきた。
「あ、鬼鮫さん」
 玲奈が目を向けると、IO2のエージェントである鬼鮫は洞窟に身を隠す戦艦玲奈号を見やった。
「アレの本体のお前がそんなんじゃ、こっちも作業が進まん。悩みとやらに付き合ってやる」
「え? 鬼鮫さんが?」
「女子高生のお守りも仕事のうちってことだ」
 鬼鮫は彫りの深い顔を歪め、笑みとも苦笑とも付かない顔をした。
「あたしの悩みは深いんですからね」
 玲奈は反動を付けて上体を起こし、背中に生えた羽根に付いた砂を払った。
「あんなのが本体だなんて、我ながらつくづく嫌になっちゃいます。元があたしだって知っているから余計に。どこをどう見たって、人間らしい部分なんてどこにもないじゃないですか。大きさもそうだし、中途半端な生っぽさが結構グロいし」
「棄てたもんじゃないと思うが」
 鬼鮫はサングラスの下で目を細め、戦艦玲奈号を眺めた。
「船体中部のくびれには色気があるし、両主翼はそうだな……スカートだ。ドレスみたいじゃないか」
「そう、かなぁ……」
 そう言われると、そう見えるような、見えないような。
「俺も昔、女にドレスを贈ってやったことがあってな。そいつはえらく喜んで、鏡の前で何度も振り返ってはスカートを広げていたもんだ」
 玲奈は耳から伸びるアンテナを髪で隠すが、神経を苛む感覚は消えない。
「戦艦の雌だなんて、もう、嫌っ!」
 鬼鮫の引き留める声も振り切り、玲奈は基地を飛び出した。自分であって自分でないあんなもの、見たくもない。だが、どれだけ砂浜を走っても、海に浸る冷たさは肌から剥がれなかった。

 

 生体部品を同調させる施術を終えてからというもの、玲奈の世界は一変した。
 戦艦玲奈号との同調率が格段に跳ね上がり、細胞の一つ一つが戦艦玲奈号と重なり合っていた。奇妙な不自然さや違和感は取り払われ、一体感しかない。視界には各種計器から弾き出される数字の羅列が連なり、水圧が肌を包み込み、不完全な装甲の綻びが痒みとなって末梢神経をくすぐる。だが、嫌っているだけでは何も変わらない。自分から自分を変えなくては。
 気を取り直して基地に戻った玲奈はセンサーで戦艦玲奈号としての己を視認したが、やはり相容れない。玲奈は超生産能力を駆使して機体を改装し、醜さを克服しようとするが、センサーだけでは要領が掴みきれない。鏡のように姿を映せるものが欲しい。
「そんなにでっかい鏡なんてあったかな……?」
 玲奈は少し考えると、戦艦玲奈号とは別の基地に格納されている自前の装備が脳裏に過ぎった。
「そうよ、この手があったわ!」
 玲奈はあらゆるセキュリティを一瞬で突破し、偵察衛星を射出した。遠い空に一筋の雲が伸び、宇宙に向かっていく。
「よっしゃあ!」
 続いて、戦艦玲奈号も洞窟から発進する。メインエンジンを点火し、発生した衝撃波で無人島の基地周辺の海水や砂を撒き散らしながら、垂直上昇し、サブエンジンで進行方向を調節する。機首には分厚い大気と地球の重力が押し寄せ、改装が終わりきっていないために余剰物が多い戦艦玲奈号を軋ませた。あっという間に無人島は豆粒よりも小さくなり、空の青さが薄らいで闇が現れ、星々の煌めきが迫ってきた。安定した加速で易々と大気圏を突破した戦艦玲奈号は、既に衛星軌道上に乗った偵察衛星に接近した。
 玲奈の思惑通り、偵察衛星は銀色の太陽発電パネルを展開していた。折り畳まれていたパネルが全開され、青味を帯びた黒いパネルが太陽光線を反射して白く輝いた。戦艦玲奈号の支援ツールに膨大な処理能力を要求される偵察衛星は、内蔵コンピューターを滞りなく稼働させるために、左右合わせて全長十メートルもの太陽電池パネルを搭載している。距離を取れば、戦艦玲奈号の姿は楽に映せた。
「うーん……。ここが気に入らないのよね」
 玲奈は太陽電池パネルの前で旋回し、砂時計状に窄んでいる機体中部を映した。鬼鮫曰く色気のあるくびれで、玲奈もそう思うが、その後部から伸びる両主翼がごつい。翼の下には加速を補うサブエンジンがそのまま付いていて、実用性しかない。
「せっかくだから、思いっ切り可愛くしちゃえ」
 玲奈は超生産能力を発揮して、両主翼の厚みを飛行に支障を来さない程度に減らしてから、サブエンジンをフィンで飾り付けた。
「これで良し。でも、まだまだ!」
 調子が出てきた玲奈は戦艦玲奈号を直立させ、機体両脇に装備された作業用アームを起動させたが、両肩はシャフトが丸出しで腕自体も平べったい楕円形で、空気抵抗は少ないが精神的な抵抗は大きい。玲奈は両腕と言うべき作業用アームの両肩にフリルに似たフィンを加え、円筒形の三本指のマニピュレーターをほっそりさせ、ネイルを施すように先端に塗装を加え、露出している逆噴射ノズルを覆い隠した。腕が出来れば、今度は下半身が気になる。上昇して機体後部を太陽電池パネルに映すと、メインエンジンが大きすぎて下半身がぼってりしている。しかし、メインエンジンとその周辺の外装は削れないので、大きさを意識させないようにラインを加えることにした。玲奈よりもいくらかボリュームのある胸部と呼ぶべき機体前部を強調しつつ、機体後部をデコレーションし、ラインの末端には花びらのようなデザインも加えた。
「ねーねー、似合ってるぅ?」
 機嫌が戻った玲奈は、作業用アームをしなやかに曲げてポーズを取った戦艦玲奈号の映像を無人島の基地に送信した。
『おい、あんまり経費を使うなよ。後が大変なんだ』
 無線機越しに返ってきた鬼鮫の声は苦笑混じりだったが、玲奈の年相応の行動を見守っていた。
「解ってまーす」
 と言いつつも、玲奈は作業を止めなかった。女の子のお洒落には、手間と金が掛かるのが常識なのだから。



 そして、改装を終えた戦艦玲奈号は、それはそれは可愛らしい宇宙戦艦になったという。



 終