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<東京怪談・PCゲームノベル>


【りあ】Scene1・スペシャルな出会い / 石神・アリス

 どこか憂鬱な雰囲気を醸しだす午後。
 石神・アリスは部活動に使うキャンバスを手に歩道を歩いていた。
 行き交う人々、通り抜ける車。その全てがいつもと同じ、そして彼女を取り巻く環境もいつもと同じだ。
 ただ1つ、いつもと違うものがあるとすれば、彼女が抱えるキャンバスの大きさだろう。
「ふぅ、思った以上に重いわ」
 抱えたキャンバスには、校内展示会の為に描いた絵である。もともと親の仕事の関係で美術品には興味があっため、絵を見ることは勿論、描くことも好きだ。
 今回もノリノリで作品を仕上げたのだが、どうにもこうにも頑張り過ぎた。
 抱えきるには大きいキャンバスで前が見えない。それでも足取りに迷いがないのは、日頃通い慣れた道だからだろう。
「確か、この先の道を曲がると、近道が――」
 呟きながら、足の感覚と記憶を頼りに角を曲がる。その直後、彼女の手からキャンバスが落ちた。
「ああ! わたくしの芸術品が!」
 ゴトゴトと虚しい音をたてて倒れ込むそれに目を見開いた直後、アリスはキッと視線を飛ばした。
 キャンバスが落ちる直前、何かにぶつかった。どう考えても人か何かにぶつかって、その反動で落ちたに違いない。
「わたくしの絵になんたる侮辱です。弁償しなさい――……ん?」
 勢い良く指を突きつけたアリスの首が傾げられた。
 ゆっくりと目を瞬き、目の前のモノを確認するようにじっと見つめる。その表情が徐々に固くなるのがわかった。
「……あら、何やら人違い?」
 ほほほ、とわざとらしく笑ってクルリと踵を返した。これは早々に退散したほうが良い。そう本能が言っている。
アリスはキャンバスに手を伸ばすと、それを拾って去ろうとした。しかし世の中、そう簡単に物事が進むはずがない。
 去ろうとしたアリスの首根っこを、冷たい何かが掴んだ。
「きゃあ! ちょっと、何するのよ!」
 叫びながら後ろを振り返る。
 アリスの首根っこを掴むのは、人の形をした奇妙な化け物だ。餓鬼のように膨らんだ腹と、骨ばった体は黒く薄汚れている。しかも鼻には耐えがたい異臭まで漂ってくる。
「ちょっと、放しなさい! わたくしを誰だと思っているの!」
 ジタバタ足掻くが、力が強すぎて払えない。
 しかも相手の口からは尋常でない量の涎まで溢れている。明らかにアリスを捕食の対象と見ている証拠だ。
「うぅ、こうなったら仕方ないわ」
 アリスは渋々と言った様子で、気味悪い生き物の腕を掴んで振り返った。
 その反動で制服の襟が伸びるが、食べられてしまうよりはマシだ。
「これでも喰らいなさい!」
 アリスは化け物の目を見詰めた。鋭く光る金の瞳に、化け物の動きが止まった。
 涎を垂らしている状況は変わらないが、濁った目が虚ろになって、どこを見ているのか判断できないほどに揺れている。これはアリスが持つ能力によるものだ。
 彼女が持つ能力、それは魔眼――見詰めた相手を催眠状態、もしくは石化させる力だ。普段はもっと変わった使い道をするのだが、今回は止むを得ずこのような使い方をしてしまった。
「どうやら効いたようね――……って、手を離しなさい!」
 動きは止めたものの、依然首根っこを掴んだままの化け物に叫ぶ。石化はしていないが、明らかに催眠状態に入っているはずなのに、言うことを聞かないとは何事か。
「んもう、誰でも良いからこの化け物をなんとかしなさいよ!」
 自力での脱出は不可能。そう踏んだ彼女がとった最後とは、誰でも良いから助けを求めるというものだった。
「誰か、わたくしを助けなさいっ!」
 そう叫んだ時だ。
 先ほどまで絶えず降り注いでいた光が遮られた。その直後、声が響いてくる。
「伏せろ」
 低くけれど耳に心地よい声だった。
 その声に咄嗟に頭を下げたアリスの耳に、今度は耳を裂くような叫び声が響いてくる。
――ギャアアアアアア!!!!
「!」
 頭上をかすめた風、響く断末魔の叫び声。それに顔を上げるより早く、アリスの身体が放り出された。
 それを大きくて温かな何かが包み込む。
「ったく、面倒に引き込みやがって」
 耳に届いた声に顔を上げた。
 その目に映ったのは、左目に眼帯をした青年の顔だ。何の表情も浮かべず、ただ目の前の化け物を見据える顔に目を瞬く。
「あなた、いったい……」
 アリスの呟きに、青年の目がチラリとだけ彼女を捉える。しかしそれは直ぐに化け物に戻った。
 彼はアリスから腕を離すと、自らの手を一振りした。その手に黒く握った液体が付着している。
「この臭い、黒鬼か。喰らうことしか興味のねえ化けもんが、こんな時間に出てくるとは、よっぽど腹が空いてたのか?」
 ニヤリと笑いながら、汚れていない方の腕をアリスの前に出す。そして彼女の身体を、自分の後ろに押しやった。
「あ、あの……」
 戸惑いながら声を発するアリスに、青年は前を見据えたまま呟く。
「邪魔だ、退いてろ」
 彼はアリスにそう告げると、右手を自らの視界に納めて、そこに漆黒の日本刀を召喚した。
 その姿にアリスの目が見開かれる。
「今の力、もしかして……」
 何もない場所から物を召喚したように見えた。だがアリスには違うものが見えたようだ。大きな金の瞳が、青年の同行を伺うように細められる。
「さて、さっさと片付けようか」
 言うが早いか、青年は刀を振るって、鞘を払った。それがアリスの足元に転がる。
「……やっぱり、この力」
 アリスは鞘を拾い上げると、目の前で化け物に切り込む青年の姿をじっと見つめた。
 見るからに実力が違い過ぎる青年の刃が、難なく化け物を切り裂く。その瞬間、青年の眉間に皺が寄った。
「……手応えがなさ過ぎる」 
 どんなに下級の化け物でも、抵抗というものはある筈だ。だが今対峙している黒鬼には抵抗らしい抵抗が無い。
 何となく、ふわふわとした実態がつかめない感覚がある。
「あの女、何かしたか」
 チラリとアリスを見てから、青年はもう一太刀を黒鬼に放った。
――イギャアアアアアアッ!!!
 繰り出した刃が、黒鬼の胸を突き刺す。その直後、黒い煙のようなものが昇り黒鬼は消滅した。
 鼻を突く異臭は変わらないが、もう黒鬼の姿は何処にもない。青年は刀を握る手を見つめると、鞘を拾おうと身を返した。そこに目的の鞘が差し出される。
「どうぞ」
 ニッコリ笑って鞘を差し出すのはアリスだ。
 無言で受け取られる鞘に、アリスは更に笑顔を浮かべて彼の顔を見つめる。その目は彼が嵌める眼帯に向けられていた。
「――やっぱりそうだわ」
 口中で呟いて、青年の前に立った。
 そして勢い良く頭を下げる。
「助けていただいて、ありがとうございました!」
 無邪気な風を装って礼を口にしたアリスの耳に、刀を鞘に納める音がする。その音を聞き終えると、アリスは満足げに顔を上げた。
 そこに冷たい感覚が触れる。
「……いきなり何をするんです」
 一瞬にして冷えた瞳が、顎に触れる冷たいものの正体を捉えた。
 本来なら人間に向けられることはない代物。鞘には納められているが、危険なものには変わりない日本刀の先端が、彼女の顎を掬いあげていた。
「黒鬼に催眠でもかけたか? てめぇ、何を隠してる」
 アリスの目が見開かれた。
 その表情に青年の顔が寄せられる。間近で瞳を覗きこむ、その顔に無意識に息を呑む。
「目に、力があるか……」
「!」
 更に目を見開いたアリスに、青年は「当たりだな」、そう呟いて鞘を下げた。
 その上で自らの眼帯に指を添える。
「てめぇも気付いてるだろ。俺にも同じ力がある――違うか?」
 右目だけで向けられた視線に、アリスはゆっくりと目を瞬いた。
「わたくし1人の思いすごし……そうではなかったのね」
 相手の実証があってようやく確信が持てた。
 アリスの唇には自然と笑みが乗り、嬉々とした視線が青年に向かう。
「そうよ。わたくしには貴方と同じ力があるわ」
 真っ直ぐに見返した青年の顔を見ながら、にっこりと笑う。
「でも貴方とは使い道が違いそうね。わたくしはこの力を使って商いをしているの。石化させたものを芸術品として売ったり、自らの観賞用にしたりしているのよ」
 得意げに紡ぐ言葉は、異常以外の何もでもない。
 だが青年の表情は変わらなかった。
 笑みが消えたものの冷静な視線がアリスに突き刺さる。しかしアリスも態度を変えない。
 自らの胸に手を添えて、更に言葉を紡ぐ。
「力は有効に使ってこそ意味があるもの」
 無邪気に笑って同意を求める様に首を傾げる。しかし案の定、相手からの同意は返ってこなかった。
 その代りに、面倒そうな視線だけが注がれる。
「勝手にやっててくれ」
 そう言いながら踵を返した。
 それに慌てたのはアリスだ。歩きだした彼に駆け寄って、その腕を掴む。
「待ちなさい! 貴方、わたくしの話を聞いてなんとも思わないの?」
 普通の人間なら、今の話を聞いて恐怖に顔を引き攣らせるか、アリスを変なものでも見るような目でみるものだ。その上で関わりを拒否するのだが、どうにも青年の態度はそのどちらにも当てはまらない。
「何が」
 ぶっきらぼうに返された言葉に焦りが浮かぶ。
 こんなに反応の薄い人間をアリスは知らない。じっと見つめながら、無意識に口が動いていた。
「あ、貴方はわたくしの秘密を知ったの。誰かに話せば、貴方をこの世から抹消することだってできるのよ」
 事実、アリスが手を下さなくても、彼女の商売を手伝う誰かが、青年の存在を消しにかかるだろう。これは脅しではなく事実だ。
 それに彼女の能力で彼が石化させられることだってあるはず。
 だがこれにも青年は表情を変えずに、ただ面倒そうに息を吐くと、アリスに向き直った。その上で彼が差し出したのは一枚の名刺だ。
「……なによ、これ」
 言いながらも目はしっかりと名刺を捉えている。そこに書かれている名前は『鹿ノ戸・千里』。
 どこかの店らしき店名と、その住所や連絡先が乗っているそれに目を瞬く。
「面倒なことに首を突っ込まねえ。だが、てめえが心配だってんなら、監視でも何でも付けろ。大概はこの店にいる」
「店って……そうじゃなくて、わたくしが言いたいのは……貴方はわたくしが怖くないのかってことで……」
 アリスは名刺を見つめながらぽつぽつと呟いた。
 その声に大きな手が頭に触れる。
「同類相手に、んなこと思う訳ねえだろ」
「――同類」
 少し笑みの含んだ声に顔をあげる。が、そこに彼の姿はなかった。
 狐にでも摘ままれた気分で佇むアリスの目が、再び名刺に落ちる。裏を返せば、そこには手書きのアドレスが記されていた。
「……営業用?」
 呟きながらもアリスの目は笑っていた。
 遠くからはいつまで経っても学校に来ないアリスを心配し、駆け寄ってくる部員の声が聞こえる。
 彼女は名刺をポケットにしまうと、転がったキャンバスを拾ってこの場を後にした。

 END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 7348 / 石神・アリス / 女 / 15歳 / 表:普通の学生、ちなみに美術部長・裏:あくどい商売をする商人 】

登場NPC
【 鹿ノ戸・千里 / 男 / 18歳 / 「りあ☆こい」従業員&高校生 】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして、朝臣あむです。
このたびは「りあ☆こい」シナリオへの参加ありがとうございました。
まさか千里が初出動とは思っておらず、ご依頼を頂いた時には驚き半分、嬉しさいっぱいで飛び上りそうでした。
しかも能力も酷似しているとくれば、「面白い!」の一言です。
私自身は楽しくのびのびと書かせていただきました。
また機会がありましたら、大事なPC様を預けて頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。

※今回不随のアイテムは取り上げられることはありません。
また、このアイテムがある場合には他シナリオへの参加及び、
NPCメールの送信も可能になりました。